1-7 操眼
隙の許されない中、夏樹と女子生徒はじりじりと様子を伺う。
黄泉の世界の王とも言うべき彼女の存在感は、この中で最も強い位置にある。
彼女を倒せれば、この世界は終わりを迎え、現代に帰れるかもしれない。
だとすれば時間はかけれない。
可能な限り、手短に仕留めなければ、
相手は油断ならない相手でもある。
(一発に賭けるしかない!)
心で呟くと、夏樹は仕掛けに出る。
「でえい!」
軽く飛ぶと、宙で右足を凪ぐ。
(まずはフェイントから…繋げて、腹部に大きく叩く!)
夏樹のそばにあった机を凪いだ右足に引っ掛け、そのまま女子生徒に向かって蹴り飛ばす。
強引な業だが、目くらまし、一時的なアクションシールドにもなる。
机はパイプに足を絡ませている。
当てた衝撃は脛に鈍い痛みを持たせたが、構わず夏樹は蹴り飛ばす。
机は勢いを消すことなく、女子生徒に向かって直線に回りながら飛んでいく。
当てれる。そう思った夏樹は、コンボを決める為に接近する。
しかし妙な感じにも気が付いていた。
薄暗いとはいえ、彼女はずっとここにいる。
だとすれば机が見えていないはずないのだが…
先の夏樹の行動が全て見えなかったわけではないはずだ。
激しい音と蹴り飛ばす衝撃、そんなものが聞こえないはず、
机は女子生徒を貫通していった。
そう、やはりこの女子生徒は…
「あたらないわよ、そんなの」
夏樹が近付いてこようにも、全く動じた様子はなく。
すかさず夏樹は蹴りを入れるものの、手応えは愚か触れてすらいない。
それどころか彼女の腹を貫通している。
しかし彼女の腕が伸び夏樹の足を掴む。
そして夏樹の顔に首を伸ばし、
「ねぇ?そんな荒っぽい事はやめて、楽しくなろうよ~♪」
彼女の目が夏樹を捉えた時、夏樹の中で、別の意識が割り込んでくる。
「ウフフ…」
怪しい笑みを浮かべる彼女を、夏樹は満面の笑みを浮かべる楽しげな少女にしか見えなくなった。
黄泉校3階/廊下
2階だけだった黄泉校は徐々に範囲を広げてゆき、今は風香学園のほぼ全体が黄泉校と化していた。
今日は早い放課後を迎えた為、残っていた生徒は千博、善之、初音だけだったのが救いだ。
余計な混乱を他の生徒に与えてはならない。
教師連中もほとんど帰っている。
何から何まで助かっているものの、逆にこれは敵の意図のような気もしていた。
「敵の狙いは初音なのか?」
千博は敵の狙いを考えている。
瘴気のようなものは一向に勝ち目がない、しかし突如として消えたことにより、三人は行動を再開することができた。
三人一緒になって3階を探索している時、夏樹のオーラがいることを感じ取っていた初音の表情が曇っていることに気づく。
「どうした?」
「どうしましたか初音様?」
千博と善之が、初音を見る。
当の本人は曇らせた表情がわからなくなるほど、俯きその素顔を髪が覆う。
そして覆われた髪で見えなくなっている本人の口から言葉が齎される。
「夏樹が消えた…」
「何!?」
千博が怪訝な顔をする。
「夏樹のオーラがきえ…いや、戻った!?」
初音の中で何かが起こっていることは確かだった。
夏樹が消えたと思えば再び現れた…一体どういう意味なのだろうか?
初音の同調とやらを過去に聞かされた千博。
しかし、彼女の言っていた意味とは今の状況のことなのだろうか?
「夏樹は屋上にいる…」
その途端初音は、ものすごい勢いで走っていく。
「初音!善之追うぞ!」
「わかりました千博様!」
そういって二人も駆けていく。
現在の場所から屋上に上がるのは簡単なことだ。
ただ廊下を突き進んで階段のあるところに行けばいい。
だから、すぐに屋上の外に出る扉の前にたどり着くことができた。
しかしそこには二人の人間がいた。
初音達が階段を上り終わった頃に一歩足を踏み出して、
「来たね」
「来やがったな!」
三人と二人が向かい合う。
相手のふたりは両方共男性。
一人はスリムな青年で腰に左手を添えている。
もう一人はごつい体格の大男で腕を組んでいる。
「呪われし黄泉校へようこそ、君達も永遠なる呪縛に取り付かせてあげるよ」
「手加減はせんぞ!怨霊と化しようと、実体だけは残している。覚悟しろ!」
大男はパキポキと腕を鳴らす。
青年は腕から軌跡の様な物を煌めかせている。
「初音お前は先にいけ。こいつらは俺と善之で相手をする」
「この二人は僕達がお相手をします。初音様は先へ」
千博と善之が前に出る。
「う、うん。お願いね」
初音は二人の方を見ながら駆ける。
この時、この場にいた初音を除く4人は見えなかった。
駆けているようにも見える初音は既に外に出ていることに。
しかし、それを気に止める者は誰一人としていなかった。
どうやら相手の二人は最初から、千博と善之を相手にするつもりだったようだ。
「さて2VS2だが、お前達はそれでいいんだな?」
千博は、さっそうと構え出す。
しかし、大男の方が笑う。
「ガッハッハッハ!!何寝惚けた事を吐かしてやがる!?シングルに決まってるだろうが!!」
大男の言葉が終わると、途端に千博と善之の視界は暗転する。
黒い空間に、それぞれが閉じ込められたのだった。
黄泉校4F/屋上
初音が扉を開けた時、真っ先に視界に飛び込んできたのは空の光景だった。
黒がかった紫色の雲、そこから落ちる雷。
現代の印象とは掛け離れてしまったかの様に、ファンタジーな世界へと変貌を遂げていた。
そして、広場の方に出ると、そこには見慣れた制服を着た男性が…
「なつ…き?」
声をかけると、夏樹は初音を見た。
その瞳の色は、能力者でも人間でもない雰囲気を持たせていた。
「やはりこれは邪気!夏樹は今は敵なのね?」
確認の言葉を掛けてみるものの、返答は帰ってこない。
常人ならば返事など聞かずとも、その雰囲気さえ見れば分かることだ。
鍛錬の模擬試合以来の夏樹との戦闘だ。
初音は嘗て3体の使役と共に打ち負かされた過去がある。
果たして、そんな強者を相手にできるのか初音のプネウマが奮起させる。
ラー家の本領30%からの始動。
ゴングがなったかのように互いの準備が整ったと思うと、二人は同じタイミングで仕掛けに入る。
初音は闘神の血を持つラー家の娘の一人、伊達に神速を起こせないわけではない。
しかし夏樹のスピードも初音に匹敵するほどに素早かった。
衝突寸前で、お互いが片手拳で叩き込むが、もう片方の腕で互いを弾き、再び攻めては防御。
この繰り返しだった。
拳がガードされると火花が散るかのように出血し、徐々に防御も攻撃の拳も少しずつ血に塗れる。
しかし、この牽制はどちらも本気などではなく、どちらも肉弾系最大の攻撃を先に仕掛けるかを伺っている。
拳の殴打は2分は続き、やがてはどちらも腕に加わる力が薄れていく。
初音は特に限界寸前だった。
もう生身はあてにできなくなる。
と、なれば残るのはプネウマによる、防御。
防御の形は変えずに直撃の瞬間に気を腕に張る。
ゴスッ!
しかしプネウマで防御しても、肉体的なダメージが少なからず入る。
出血するのは防ぎきれない。
「くぅ!!」
最終的に初音は、ガードした腕の痛みに怯む。
そこを狙うように夏樹の蹴りが初音に向けられる!
「はっ!!」
凪いでくる脚、その速度は凄まじい。
初音は怯んでしゃがんだ身体を上手く、飛び転がり剛脚を避わす。
その風圧は初音の髪を舞わせた。
避けたのはいいものの、着地する頃には夏樹は次の剛脚を繋げていた。
かかと落としが下ろされるのを再び転がり、体制を戻そうとするもすぐさま次の攻撃を回避することしかできなかった。
完全に夏樹に手が回っている。
初音には手も足も出ない状況だった。