5-9 ブラッディ・サテライズ
しかし、黒羽のその油断が背後に新たな気配を作り出していた。
「なに!?」
バラバラになった肉片は地面に落ちることなく、くっつきあってベロニカの姿を戻していく。
「効いていないのか…」
黒羽の呟きと共にベロニカの姿が元に戻る。
同時に身体中にあった赤黒い傷痕も消えている。
「無駄だ、私の血はそんな程度では死なせてはくれない…」
ベロニカの身体から赤黒いオーラが現れる。
そして微かに放電しているのも見えた。
「電気だと?いつから扱えるようになった?」
黒羽はベロニカを睨みつけ、彼の言葉を待つ。
「分からない…だが、血は君を敵として認識したようだ」
そういってベロニカの身体を回遊する何かが黒羽には見えた。
それを目の当たりにした途端、確信する。
「なるほど。そいつがお前に接触できない理由か!?」
黒羽が眼のしたモノ。ソレはベロニカの身体の周りを駆け回る小さな生命体。
「聞いた事がある。能力界特有の生体吸血鬼、殺人小僧だったか?」
その言葉にどうやらベロニカは自我を取り戻した様だった。
「詳しいな…そうだ、この生体のおかげで俺は人との付き合いをやむ無く拒絶することになり、攻撃にも防御にもなる能力として今まで纏っていた」
何か胸騒ぎがする…黒羽はそう直感していた。
「もう私の意思は消える…血が私を殺すんだよ」
それが最後の言葉となった。
「うっ!かはぁっ!」
少量の吐血と共に再び全身に赤黒い傷痕が浮かび上がり、電光を放つ血色のオーラが濃く滲み出る。
その変化したベロニカを見て黒羽は怪訝な表情を浮かべる。
「これは厄介だな…どうやらコイツは闘神化を超えた闘神化か!」
黒羽は目の前の変異能力者を見据える。
(神力を最大にするか、だが最大まで放出したとして果たしてアイツは止めれるのか?ん!?)
黒羽が試行錯誤している間にベロニカは、既に黒羽にゼロ距離まで接近を許していた。
「速いっ!!」
言葉を終える頃にはベロニカの血色のオーラが混じって変化した剛爪が振り下ろされている所だった。
ドッシーンッ!!と大地を叩き割る音と砂煙に周囲は包まれる。
「ぐっ!!」
砂煙から黒羽が出てくる。
間一髪避けたかに見えたが左肩を押さえ痛みに打ちひしがれていた。
「痛!」
抉れた部分から出血し、左肩から腕の先までを血が染めていく。
(くっ!なんて奴だ、神力をフル解放しても避けきれない!?)
未だ砂煙が立ち込める中からベロニカが姿を露にする。
(まずいぞ!このあたりに寄り代となる身体はいないし、何よりベロニカがあんな状態だ。『神の力を超える者は幽幻の存在でさえも掴むとされる』噂だけの話でしか聴いた事はないが事実だとすれば俺は今確実にヤバイ状況にいる!)
再び黒羽が試行錯誤しているうちにベロニカは一気に距離を縮め、血色の剛爪を振りかざそうとしているところだった。
「はっ!?しまっ…」
黒羽が死を覚悟した時!
ドゴッ!!と鈍い音がしたと共にベロニカの姿が消えていた。
「…!」
その時の黒羽は自身の目を疑った。
何故なら目の前にいたのは…
風香町/国会議事堂前
その頃、夏樹、善之、そして意識を失っている初音は燃え盛る議事堂からようやくある程度の距離を離せたところだった。
道中で齋は妙な男の言葉にフラフラと付いていくし、夏樹自身先程から心の奥底で何かが脈打っているのが気になっていた。
「夏樹様、初音様はどうしましょう?このまま負ぶさって行くのもそろそろ限界があります。私がみておきますので夏樹様は千博様と合流されてはどうでしょう?」
善之は初音をずっと負ぶさる事に少々疲れていたようだった。
そこで夏樹に提案を申し出ていたのだが…。
「夏樹様?」
どういうわけか夏樹の様子がおかしい。
ドクン!ドクン!ドクン!
(なんだ…?この脈動は?はぁ、はぁ、はぁ…っ!?)
その途端、夏樹の意識は途切れた…しかし、
「夏樹様!?」
善之の視界には、忽然と立ち上がる姿があった。
心臓の部分を押さえながら倒れ、直様起き上がったのだ。
何が起こったのだと善之は慌てふためる。
が…
気付けば夏樹は、議事堂から更に離れた森の奥に超高速で駆けていった。
その速さはとても普通の能力者の域を超えていた。
そしてその夏樹はというと…
夏樹が向かった先は全く見知らぬ場所。
風香町の森の中でも最奥地に当たる場所だった。
しかしそこに夏樹は目的を持って向かっていた。
彼を助けるために。
夏樹の目に目的のモノが見えたとき、既に状況は最悪の時を迎えようとしていた。
黒い翼を持った青年が邪気に覆われたモノに今まさに殺されようとしているではないか!
だから夏樹は間に合うか間に合わないかの瀬戸際で、飛び蹴りを浴びせたのだった。
ドゴッ!!と
その時、黒い翼を持つ青年はその姿を見て何故か驚いていた。
何故なら、彼にとって夏樹は、ありえない姿をしていたからだった。
「夏樹、一体どうしたんだ?その身体は!?」
黒羽が驚くのも無理はなかった。
何故なら夏樹の身体には金色の傷があちらこちらに浮かび上がっていたからだ。
これはラー家の者にしかない傷跡で、正確にはある状態に変化する事によって浮かび上がる覇気の印の様なものである。
…そう、夏樹は闘神化していたのだった。
黒羽の言葉を無視し、夏樹はベロニカを見る。
蟀谷に勢いを付けた蹴撃を浴びせたが、それでもベロニカには傷一つなかった。
「君は初音に付いていた従者か…その様子だと初音の血を浴びた様だね」
再びベロニカが意識を取り戻す。
どうやら彼には夏樹が闘神化した理由がわかっていたようだった。
「一体夏樹に何をした!?」
黒羽がその間に割って入るようにして高らかに言う。
「私は何もしていない、その子が何らかの理由で初音の血に触れてしまったんだよ」
「なんだって!?」
そこまで言われて黒羽はようやく気付く。
「あの時か!」
黒羽は思い出していた、氷界での出来事を。
初音は氷女に敗北し大量に流血していた。
その頃は知らなかった夏樹は溢れ出る血にためらうことなく触れ、介抱していた。
「あれが原因なのか?つまり初音、いや、ラー家の血は闘神化を生み出す感染源だというのか!?」
「そう、そして感染した能力者は皆、闘神化を可能とする。勿論、意識も心も乗っ取られてしまうが…」
傷のない蟀谷を抑えるベロニカはその時ばかりは人間のような雰囲気を醸しだしていたのだった。




