5-5 屠殺者の襲撃
ガシャン!
爆炎によって割れたガラスが落ちて更に割る。
「マズイな…このままじゃ炎に焼かれる」
息苦しくなってきた空間の中で夏樹が叶破に駆け寄る。
「叶破さん立てますか?善之!」
肩を貸して介抱し、善之を呼ぶ
「こちらは大丈夫です、脱出経路も既に確保済みです!」
「分かった!こっちは叶破さんの肩を貸して移動するから、お前も先に脱出するんだ!」
そう言って、夏樹と善之はそれぞれの脱出経路へと向かって離れた。
「もう少しの辛抱です。今は一刻も早くここを脱出しないとですから」
「あ、ああ…」
肩を貸している叶破は俯いていた。
相槌を打ちつつも怪しげな微笑みを浮かべて…
風香町/国会議事堂前
政府代表控室から逃げ出したミハイルとベロニカは、ガラスの破片が散らばるコンクリで留まっていた。
「大丈夫か?」
ミハイルが手を貸す。
「ええ、しかし妙です」
ベロニカが左の掌を押さえる。
控え室から脱出した際、彼は掌にガラスの破片が刺さってしまったのだった。
破片は取り除き、ラー家の治癒能力を展開しているのだが、
「どうした?その程度の傷、お前であれば傷とは呼ばないで跡形もなく修復できるだろう?」
荒唐無稽な事を言うミハイルだが、ラー家であればそれは事実なのだ。
しかし、どうしてか掌の傷は全く癒える事がなくジワジワと流血し続けているだけだった。
(おかしい、傷の治癒ができない!?)
この現象がベロニカにとっては最も驚愕することだった。
更には、
(それに先程から私の中で、何かが起こっている…!?)
心拍数が上がり、脈拍も速くなりつつあるベロニカは自身の焦りを抑えるので必死だった。
「ベロニカ避けろ!!」
ミハイルの甲高い声も聞こえず、向かってくる刃物に気付いたのは命中する直前だった。
ザシュ!ザシュシュ!
「っ!!」
飛んできた物を真面に受けベロニカの体が地面に倒れる。
「大丈夫か!?」
ミハイルの声が周囲に響き渡るが、ベロニカからは返事がない。
その時、刃物の飛んできた方向から人の気配を感じ取った。
「一丁上がりって所かな?ラー家の大黒柱も存外大した事無いものだね」
ひと振りのナイフを片手でジャグリングさせながら準人が現れた。
「次は君かい?ミハイル:ウィスキーン!」
ジャグリングをやめ、ナイフの柄を逆手に握り、ミハイルにむけて挑戦的な態度をとる。
「面白い能力界の実力、お前で試させてもらう!」
準人、そしてミハイルが互いに駆ける。
正面衝突の鍔迫り合いに持ち越す流れで、逆手にナイフを構えて向け合い突貫する。
ガキィーン!
火花を散らし、両手で押さえる準人と、片手で押さえるミハイル。
一瞬の油断さえも許されない状況の中、ミハイルは片手が空いている事を有利に思えていた。
「やはり、卑怯と言われても仕方ないな…君の負けだよ」
そう言って左腕の砲塔を準人に向ける。
砲弾など使わなくても良い、この至近距離であれば機銃を用いるだけでも十分仕留められる。
巨大な砲塔の頭の小枠がスライドして開き、三連小口径の機銃が現れる。
「ほんっとに卑怯な手だね」
準人でさえもその言葉を口走ってしまう。
「戦争は卑怯の塊の様な物だよ、互いの意見が噛み合わず啀み合いそれが戦争という残虐な事を起こすこの世界から戦争を無くすには人を失くすしかない、だから…!」
「だから、私達を殺そうって言うんですか?」
ミハイルの背後からただならぬ殺気を感じた。
幾つもの界乱指が今正にミハイルの背中に無数に蠢いていたのだ。
「貴女は許せない!!」
ミハイルの言葉が彼女、北澤:結愛をの怒りに火をつけてしまっていた。
傷付ける事を躊躇い、いつでも攻撃を行える体制にあった界乱指を一気にミハイル向ける。
ドスッドスッドスッ!!
「うっ、うああっ!!」
怒りに任せた結愛の無数の界乱指がミハイルの背中を貫く!
全ての界乱指がミハイルの身体を貫通していた。
しかし心臓には一つも刺さっておらず、致命傷には至っていなかった。
その好機を逃さず準人は交じり合うナイフを一度外し一気に踏み込む。
「これで最期だよ、覚悟しな!」
そう言って準人の持つナイフの刃が鋏の様に二つに別れる。
「さようなら、ミハイル:ウィスキーン」
完全に捉えていた…はずだったが、
不意にミハイルの背後から恐ろしいものが現れた。
「きゃあ!!」
それは結愛を払い除け、準人にも襲いかかる。
「何!?」
準人が見たそれは、無数の翼手。
6~8はある巨大な翼に異形の腕が付いていた。
「何なんだこれは…?」
準人はその姿に溜息を吐く。
最早卑怯という言葉を発することもなく、ただその姿に呆然としていた。
「私はまだ倒れる訳にはいかない、世界を覆う闇がすぐそこまで迫ってきている。こんなところで遊んでいる時間などないんだ!」
ミハイルの翼に付いた腕が準人に迫る。
(くっ!オーラも実力も桁違いだ、しかも身体が怯えて動けない。まずい!)
金縛り状態の準人にも構わず巨大な翼手が振るわれる。
「消えろ!!」
(ここまでか…)
準人が諦めかけた時。
ザシュ!
と、何かが切れる音がした。
もちろん準人は無傷だ。
その目の前に現れたのは…
「なんとか、間に合いましたね」
大きな翼を携えた乙女が準人の前に立つ。
「後は私達に任せてください!」
更にその前には無数の翼人が武器を手に立ち塞がっていた。
「君達は一体?」
準人が声をかけると乙女は振り返り高らかに叫んだ。
「私は華楼美母、そしてこの者達は我が聖騎士団の精鋭達です、そして…」
華楼美母は変わり果てたミハイルを見てこう言った。
「あの者は世界を不へと導かんものとして羅刹封門線の檻にて我が聖騎士団が監視していた、聖邪の翼を持ち災厄を招く存在、影融!」
華楼美母の左腕には影融と呼ばれたミハイルの翼手の一本がしっかりと握られていたのだった。




