5-2 決闘
「なにぃ!?」
背丈の小さい準人から驚きだけに満ちた声を発した。
北澤:結愛の能力は無数の腕を至る所から出現させる異形種の力。
界乱指と呼ばれるこの能力は本来の人間にある5本の指1本1本の先端に微指と呼ばれる目には見えないほどの小さな指が各5本ずつあり、地面に突き刺すことによって微指の先から異界の渦を作り出し、対象の近くに転送して襲いかかるという能力だ。
異界の門を通ることで微指は人の腕ほどの大きさとなり硬質化しているのでそのまま武器として扱える。
弱点となるのがこの能力は異界の門を通して移動させている事から、時間がかかるということだ。
素早い相手にはいまひとつ良い効果はない。
ところが結愛はその弱点を克服しているかの様に能力を解き、準人の剛脚を受ける前に避ける事ができていた。
準人の経験上、異形種の能力は強力なものが多いが隙だらけになるという弱点を持つものが多い。
結愛の界乱指もその弱点を持つ能力のはずだった。
しかし彼女の場合は違っていたのだった。
(流石…補充という割に僕のパートナーに抜擢されただけの事はあるか、大した娘だよ)
滋の左腕の実力を持つ準人はあらゆる戦闘スタイルに合わせて有利に戦えるように実戦訓練を積み重ねている。
相手が如何に未知なる能力者であっても冷静に対応できるようになっているが、決め手となるのはそのパワーだ。
オーラを外にも内にも扱える能力者というのは案外少なく例え両方を扱える者だとしても、どちらかに特化していてそれが弱点となっていることが多い。
だが準人の場合は特化してはなく交互に使い分けることができるので汎用している。
そしてそれは結愛も該当していた。
まさか彼女こそが滋の右腕の実力を持つ主であることを準人は知る由もなかった。
「そろそろ本気でいきましょう、界乱指の実力はこの程度ではないのですから…」
結愛が攻めを決めた。
再び地に指を当て界乱指を発生させる。
無数の腕が準人の周りに山の様に出現させて取り囲む。
「フッフッフ…ハハハハハ!!」
危機的状況の中で準人は高らかに笑いだした。
「楽しくなってきた、本気で戦おうじゃないか!」
準人の身体中をプシュケーが纏う。
しかしそれは今までのプシュケーとは違った。
「濃ゆい…」
結愛は無意識にそのオーラを見て口遊む。
オーラの濃度は同種ものであってもその強さに差を生じさせる。
準人のプシュケーの濃度によって結愛の戦闘力との差を上手く縮めるに至った。
「行くよ…結愛!!」
掛け声と共に駆け出す。
元々速かった足並みが、
(速い!!)
結愛でさえも捉えるのが困難なほどに速くなっていた。
(右?左?いや、正面?)
四方八方に動き回る準人を捉えるのに結愛は目を動かしている。
目で追うのは捉えきれていない証明。
これでは彼を捉えることはできない。
「くらえーっ!」
結愛の頭上から声がする。
「上から!?」
迫り降ってくると共に強脚の構えをとっている準人。
結愛の中で危機という予感が働いた。
「トドメだ!」
最大限のパワーを宿した剛脚が今繰り出されようとしたその時、
「させません!!」
結愛の界乱指が地面を突き破って出現し準人を目掛けて強襲する。
準人は飛び上がったままの為に身動きは取れない。
僅かな一発でさえも致命傷になりかねない能力者の攻撃は、身動きを取れなくしたものが勝利への近道だ。
しかし準人は結愛の行動を読んでいたかの様に、ニヤリと笑みを浮かべる。
「それを待っていたよ」
「えっ!?」
羽織を手繰り彼が取り出したのは一振りの黒光りする得物。
右逆手に持ち出したかと思うと、結愛に向かって一直線に投擲する!
それを見た結愛はチラッとだけそれを見たかと思うと、
「やりますね、ですが無駄な抵抗です!」
準人の足元に出現させた界乱指を自身に近付け防御に徹させる。
だが、数の多い界乱指全てを防御に徹するのではなく、50本ある内の10本程度だけだった。
残りの40本の内、10本を上空の準人に向けて、10本は着地後の強襲用として、20本を待機要員としていた。
準人が投げ放った得物は防御する結愛の界乱指に命中する!
…事はなかった。
結愛に向かって投擲された得物は突然逆戻りをしたのだ。
「えぇ!!一体何が?」
一瞬の驚き、それが準人の狙いだった。
得物を手元に戻すと共にプシュケーを重力に変換して急速に着地し、一気に結愛との距離を詰める。
距離を詰められる、直感した結愛には待機させている界乱指では遅いと判断した。
互に全力で戦い合う中で勝敗の行方はというと…
結愛の身体には心臓を目掛けて得物を握り締めた準人、一方で彼の前には界乱指が得物の先端を中心として放射線状に盾を形成し、突き抜けた方向から準人の全身を目掛けて寸止めしていた。
両者とも相打ちという形に終わっていた。
準人も結愛も実力を分かり合い不満はなかった。
結愛は界乱指を、準人はひと振りの得物を懐にしまう。
「実力は良くわかったよ、君は強い。僕を負かそうとしていた、そしてそれは引き分けという形だけど勝利にもなっていただろうね」
「いいえ準人君の実力も中々のものでした、やはり貴方は滋の弟です」
結愛の言葉に準人は眉間に皺を寄せる。
「一体どういう意味なのかな?僕が滋の弟じゃなかったら相打ちは愚か、君には勝てなかったってことなのかい?」
「いいえ、ただ貴方は自惚れていると、滋は言っていましたので…」
結愛は途端に表情を落とす。
流石に少し言い過ぎたか、と準人は胸を痛める。
「そうかい、悪かったね君に当たる様な言い方をして」
そう言って煮え繰り返る怒りを無理矢理抑え込んで、二人は能力界を後にする。
月見里:準人、北澤:結愛、この二人は血は繋がってはいないが滋に拾われ育てられた兄妹なのだった。
だから育ててもらった恩もあって準人は滋に逆らうことができなかったし妹である結愛にあたる事もできなかった。
結愛との力試しによって、既に疲れを見せ始めていた準人はさっさと滋に与えられた任を成すべく、人間界へと再び赴くのだった。
能力界/グラース城
「どうやら認めたようだな」
「は?何がでしょうか?」
滋の言葉に、その側近、鎖爛は頭頂部に?マークを浮かべる。
「結愛が準人をパートナーとして認めたようだ」
それに滋が説明すると鎖爛は小さく微笑んで
「あの子はとても人見知りですからね、私達でさえ懐くのに9年は掛かりましたものね」
「準人は子供の因子を持つからな、母性本能を擽らせているのだろうな…」
滋は準人、それに結愛の成長を喜んでいた。
「どちらも育てるには相当気苦労が掛かったのでは?」
「もちろんだ、だがそれゆえに簡単に死んで欲しくはないものだ。今までの奴らではあそこまで背中を預けれる仲には到底なれまい」
滋の中で計画の進行が順調であることを予感する。
かの二人の血の繋がりは真実、だからこそ気が合いお互いを信頼しあえる仲になっているのだと滋は直感していたのだ。
「とはいえ、いつその信頼に亀裂ができるやもしれないでしょう?放っておいても大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫だ、あの二人の内どちらかが欠けたとしても片方が助け合うと、俺は信じきるとしよう」
最早親馬鹿に値する信用のしがいだ。
果たして滋の思いは何時まで持つのかと、楽しむ鎖爛なのだった。




