1-4 黄泉世界の資料
付属校舎/3年3組
昼食を終えた夏樹は、自分の教室に戻ってきていた。
「俺が資料を探し出すまでの間、今回も含めて黄泉の世界の事は他言無用だ、いいな?」
千博に言われたことを思い返す。
生徒会長という立場を有意義に扱える。そんなことを考えながら右から左と流している講師の声がだんだんと近づいて来る気配にハッと振り返った時。
バシンッ!
勢い良く教科書で頭部をはたかれた。
「こらぁ、夏樹!お前、朝の授業をサボっておいて帰ってきたかと思えば上の空か!?授業を受ける気がないのなら出て行きなさい!」
至近距離から響き渡る怒声に、夏樹は体勢を崩す。
「す、すいません!大林先生」
急いで、ノートを書き写しにかかる。
古文の大林先生は普段は物静かなのだが、授業に率先しない生徒に対しては尽く怒声を浴びせられる。
特に夏樹は、古文が苦手な科目であることもあって目の敵にするかのように見られていたりするらしい。
ノートを書き写している中で夏樹は、ある考えにたどり着いていた。
千博が言っていた『先日の新聞』という言葉。
新聞は、初音もとっていた。
だとすれば…初音もそれを知っているのだろうか?
この所の初音は毎日、深夜を過ぎた辺りから屋敷を抜け出しどこかに行っていた。
もしこれが射民国の調査だとすれば、なぜそんな時間にわざわざ調査する必要があるのか?
体調を崩してまで調べたかったのは、この風香学園に起こっている怪奇現象なのではないのだろうか?
初音もこの学園の生徒だ、噂を耳にすることは100%ありうる。
新聞の記事になる前から知っていたとすれば、おそらく今晩もこの学園を調査しに来るのだろう。
いくらラー家の血が流れているといっても、今の状態で黄泉の世界に引き込まれれば、初音は無事に生還することなどできないだろう。
今晩までに資料を探し出さないければ、千博一人ではとても探しきれない。
風香学園の図書室は学園内で最も大きな面積を占めているのだから…
そんな夏樹の焦りの中、千博はというと既にいくつかの資料を探し当ててしまっているのだった。
風香図書室/大資料庫
風香学園の図書室は大まかに二つの場に分かれており、フロアの左側が通常書庫、右側が古文書、資料庫、歴史書などが置かれている場所だった。
街の図書館とも思わせるここは睡眠不足の解消や、テスト前の一夜漬け等ある意味色んな理由で生徒達に人気の場所だ。
書庫と書庫の間はとても狭く、閉所恐怖症には居たたまれない場所だ。
千博は、一度目を通すだけで大体の内容を把握し、黄泉世界に関する内容と関係のありそうな資料を抜き取っていく。
しかし資料といってもおそらく黄泉の世界から生還した者などいないだろうから、地学学者や地象研究家などの推測といったものばかりだろう。
あくまで、黄泉の世界が具体的にどのような世界なのかを知るための資料を千博は一つずつ読み耽っていた。
「これも違うな」
期待させるような題を綴っておきながら、蓋を開けてみれば結局は自論ばかりといったものは、これで35冊目だ。
大きな期待をもってこの図書室に缶詰になってから、何時間が経過しただろう?
資料にならない本はいつしか、置くのではなく放り投げ始め、千博に苛立ちを覚えさせていた。
ガラガラガラ
その時、誰かがここに入ってくる。
足音は少し踏み出したかと思うと聞こえなくなる。
多分どちらに入ろうか迷っているのだろう。
しかし、そんなことよりもこれまでにこの図書室に入ってくる足音は何度も聞こえてきていた。
それなのに、今の足音には妙に気を紛らわされる感じがする。
まるで、足音の主が見つけてくれと言っているかのように…
その気配を感じ取ったのか足音は千博のいる資料庫の方に向かってくる。
コツコツと、向かってくる足音。
そこに現れたのは!
「やっぱり、ここにいた~」
現れたのは、燃える様に長い紅色の髪の女性。
「初音?」
千博は、この場にその人物がいることに驚いた。
「博なら、ここに籠ってると思ったのよ」
初音はとても陽気だった。
夏樹に聞かされたような疲れているような様子はこれっぽっちも見せなくて、
だから分かった。
「あまり無理はするな。何でも一人だけで背負い込まずに少しは周りに頼ってみたらどうだ?」
千博には、ちゃちな誤魔化しは通用しない。
初音とは長い付き合いであったし、何よりこの目の前の娘は筋金入りの芝居下手だ。
見え透いた嘘は本人からしてみれば精一杯の演技のつもりなのだろうが…
「夏樹が心配していた。お前がまた無茶をしようとしているんじゃないか、とな」
「そう…なんだ」
ところが初音はこのまま陽気な姿を保ち続けるのかと思えば、急に気を落としてしまうんだから、
(本当に困ったお嬢様だ)
千博は初音に座るよう指で指図する。
「黄泉の世界について調べている。お前は今晩そこに向かうんだろ?」
「う、うん…」
バタンと本を閉じて放り投げる。
「夏樹と俺、そして善之をつけていくと約束しろ。それならお前を行かせてやる」
千博の言葉に初音はえっ?と顔を上げる。
「それじゃあ射民国の調査はどうするのよ?」
しかし、初音の言葉をきくと千博は途端にその表情が冷たく凍った。
「お前はまだ分かっていないな…一体どれだけ夏樹に心配をかければ気が済むんだ!?」
テーブルを思いっきり握り拳を打ち付ける。
金属の板がすこしへこみ、拳を伝って痛みが走る。
「お前一人危険な所へ行かせて、俺達はのこのこと調査などしていると思うか!?お前は他人の気持ちを考えることができないのか?」
怒声の中に僅かに殺意を持っているかの様にも思える。
今の千博は、初音にとってはとても怖く見えた。
「わ、わかったよぉ…」
だから、初音は渋々観念した。
「バカが!!血筋なんて気にすることはない。お前の様な娘一人守れやしないような男にされる事を考えろ!」
思ったことを吐き終えると、千博は図書室を後にした。
「う、うえ~ん」
初音は泣いているだけ。
その鳴き声を図書室の扉の前で聞いて、抑えきれない感情を露にしてしまった事を悔やむ千博だった。
流石に言い過ぎた…だけど、あれくらい言わないと初音は必ず死に急ぐ事となる。
それだけは夏樹の為にも、やめさせなければと千博は心に思う。
これで、夏樹に頭を下げればいいのだが…
と、千博は考える。
初音の性格はもうひとつあった。
極度の口下手、恥ずかしがり。
絶対に言わないのだろうと、千博はため息をつく。
それは、もうひと芝居打つ必要性があると、すぐにわかってしまう自分に対してのものだった。
黄泉の世界の資料もその腕に収められている。
小さく丸め込んでしまった、一枚の紙切れに
『星の澄渡る時。黄泉の門は上階に開かれん』
そう記されていた。