4-10 エピローグ これからの事
「よし、これで大丈夫だろう」
傷ついた初音に手当てをし終わった。
丁寧に巻かれた包帯や絆創膏で、出血は一応止めることができた。
「あの、ありがとうございます」
夏樹はその者に感謝した。
彼にとって初音は母親のような存在である為、善之よりも深く頭を下げる。
「いや、いいってこれも仲間同士の助け合いってやつだろ?」
「いえ、それでもあのままだったらきっとお嬢様は危なかったはずです。本当にありがとうございます、えっと…」
感謝の態度は示したもののまだ名前を聞いていなかった夏樹は突然口篭る。
「ああ、自己紹介がまだだったね。私は齋:叶破(いつき:かなは)地球軍に新たに配属された兵士だよ君達のサポートを頼まれてここまで来たんだ、以後宜しく!」
そういって手を指しだし握手を求めてくる。
「羽真宮:夏樹です、よろしくお願いします」
「冬木:善之です」
二人も挨拶をし手を差し出す。
初音を除いた三人はこれからの事について話し合った。
当分は初音の回復を優先しつつ、氷界に赴いている間に世界の動きを確認しなければならない。
留守番を任せてある千博の事も気がかりだ。
「風香町か、ここからだと結構な距離だな…」
齋は夏樹達の事を聞き頭を悩ませる。
初音を置いて風香町に行くわけにはいかない。
何か方法はないかと案を練るが…
「二人がよければなんだけど、地球軍の新政府の代表に会ってみないかい?」
齋から聞き慣れない言葉が飛んできた。
「ミハイル:ウィスキーンにですか?」
善之はその名を口遊んだが夏樹はちんぷんかんぷんな顔をする。
「新政府?ウイスキー?」
余りにもどこか外れているような返答に齋は苦笑した。
「新しく政府の代表になった人ですよ、夏樹様達が海外の任務に行っている間に僕達の方で代わったんです。それと、ウイスキーじゃなくてウィスキーンですよ。ミハイル:ウィスキーン」
善之の説明に、
「まだ就任仕立てとはいえ、地球の国民を軍を含めて立場を対等に扱う稀な人だよ。地球の未来をよくしようと必死だから君達も丁重に扱ってくれるはずだよ」
齋が追加で加える。
詳しく聞かずとも二人は一度、新政府代表に合うべきだった。
地球軍の代表として、共に戦う仲間として二人は齋の提案に乗じたのだった。
霊法町/セイレーン教
その頃、華楼美母はというとセイレーン教の祭壇に仰向けに寝かせた黒葉美運の亡骸を必死に祈っていた。
どうやら氷界では氷女とノインズクーガー及び、過酷な環境を生きる生物達しかいなかったがために代わりとなる身体が見つからず黒葉の魂は彷徨っていた様だ。
いくら神といえど重力に抵抗する身体を持つ以上は人と同じ存在で魂の状態が続けば死という状態に昇天してしまうのだという。
よって氷界での黒葉の魂は亡骸となった身体に今も残り身動きが取れない状態にあった。
その魂を新たな身体に宿らせるため華楼美母は邪気を呼ぶ儀式を自らの体を傷つけてまで行い黒葉を復活させようとしていた。
「どうか愛しき人よ私の前にお戻りください」
強力な祈りになるほどに、華楼美母の身体を邪気が絡まってくる。
「くぅぅっ!!」
ただでさえ氷界で夏樹達を人間界に戻し、黒葉の身体と共に帰ってきて直後の祈祷であったために華楼美母の身体は既に限界だった。
黒葉が蘇る前に華楼美母は死んでしまうかもしれない。
しかし死を覚悟し自らの生命を削ってまでも愛する者を助けようとしていた。
「く、くろ・・は・さ・・・ま!!」
もはや生命の限界を迎えようとする直前。
ガシッ!と華楼美母の祈祷する腕が掴まれた。
「もう…いい、ありがとう華楼美母」
黒葉が息を吹き返しその腕が伸びていた。
「にしてもあそこでノインズクーガーに遭遇するとはね…」
蘇ったことによって黒葉の身体は驚異的な回復力を見せ、既に手足を始めとした多くの部分が動くようになっていた。
一通り回復した所で自身が神としては些か力不足になっていることを悩み始めた。
「少し戦闘鍛錬でもしてみようか、華楼美母悪いけど付き合ってもらえるかな?」
まさか頼まれるとは思わなかったのだろう、突然の黒葉の言葉に華楼美母はワンテンポ遅れて返事をする。
「も、もちろんです。私なんかでよければ!」
こうして黒葉は自身にとって扱いやすい能力を作り出す修行を始めるのだった。
その頃、千博達はというと…
「ルシアそっちはどうだ?」
「大丈夫です、なんとか振り切れます!」
初音達の存在が消えたと知った魔導境界が拠点としていた食量販店市場を奇襲してきたのだ。
そこからの逃避行の末、ようやく霊法町から逃れ現在の位置は霊法町と風香町を繋ぐ舗装された道路の脇の森林だった。
街道ではその存在がすぐにバレてしまうことを防ぐため、この森林に身を潜め魔導境界に気付かれない様に移動していた。
しかし地下鉄リニアトレインを経由すればものの数分でたどり着ける風香町も、徒歩で敵に見つからずに移動するともなるとかなりの時間がかかる事が目に見えていた。
あまつさえ2~3日はかかる距離だ。
とても逃げきれないものだろう。
しかし、その時の彼らのメンバーの中にはイルミーズがいた。
彼女は襲撃される3時間ほど前に意識を取り戻した。
両腕は目を覚ました時からいつの間にか元通りに戻っており、大魔道士としての力も完全に元に戻っていた。
だが今の彼女はどうしてか、あの時のような闘争心はまるでなかった、それどころか…
「怖いよぉ~、ルシアお姉ちゃん、レアはどこぉ~…」
幼子が啜る様に、両手で目を擦り泣いていた。
今の彼女はレアの言っていた本来のオヴリバス:イルミーゼなのだろう。
ルシアから離れない彼女は子供同然の様に力も弱くなり、ルシアにしっかりひっついているというのにたまにその体が引きづられていたりする。
学は全く変わっていないというのに…
失明した代わりに移植を施された眼、幻偲の瞳。
それが彼女の人格を乗っ取りイルミーズという亡霊に変化させる装置の役割を担っていたのだ。
おそらく元のイルミーズは眠っているのだろう。
目覚める事がこの先無ければいいのだが…
ガサガサッ!!
その時、枯れ葉のたまった地面が音を立てる。
一行は誰ひとりとして動いていなかったのに音が鳴る。
「誰だ!?」
だから千博は叫んだ。
現れたのは…
「いやぁ、悪い悪い驚かすつもりは無かったんだ」
「誰だ、あんたは?」
馴れ馴れしい態度に少し苛立ちを覚えながらも千博は問う。
「僕は齋:叶破、君達をサポートするよう新たに地球軍から送られた兵士だよ」
淡々と言葉を並べていく齋に千博は安心感を得た。
「そうか、新しく入隊したのか…ん?だが一体どこから来たんだ?」
千博は冷静になって考えてみる。
齋は千博達が魔導境界から逃げてきた方向から現れた。
とどのつまり、齋は敵をうまく振り切ったのか、あるいは遭遇しなかったことになる。
「ああ魔導境界はつい先程撤退していったよ。どうやら撒けたようだね」
「そうか、いつの間にか逃げ切れていたんだな」
齋の言葉にホッと息をつく。
魔導境界が撤退したとなれば、一度霊法町に戻りリニアトレインに乗ることも出来るはずだ。早速、齋に事情を話し一行は風香町ヘと向かった。
その道中で、新政府代表に会ってみないかという事を言われ一行はそれを承諾したのだった。




