4-9 遊撃と脱出
現れたのは物語の架空の代物に過ぎない翼を生やした人。
その者を背後に大量の同種族がいた。
「天界人がここに何の用?」
氷女は決戦を邪魔されたことに機嫌を損ねていた。
「貴方達の戦闘を止めに来ました。大人しく武器を仕舞い後退してください!」
天界人…華楼美母は槍のような杖を間に向けそう言い放った。
「お断りよ…」
しかしすぐにその返事が帰ってくる。
「貴女も危険な存在…ならば、私はその危険を排除することに努めるのみ!」
そう言った後、オーラを更に増幅させる。
「邪魔をした罪はその身で償ってもらう…」
怒りと冷酷さに包まれ、三叉氷晶に変化が現れる。
「ついにその姿に変わりましたか…」
善之のいうとおり氷女は三叉の氷柱から更に二本の氷柱を出現させた。
五叉氷柱その姿は絶対なる無敵の予兆を表現する。
「手加減はしない…生か死かの瀬戸際に貴女を導く」
強烈な視線を浴びせながら、猛進する。
勿論、華楼美母には見えてなどいない筈だが…
「光聖反壁!」
言葉と共に透き通る壁が華楼美母を覆う。
「ヴァッサーアタック!!」。
そして、壁に強力な反射能力を宿す。
「ちっ!」
氷女は猛進する足を止め、壁から遠ざかる。
既に上位クラスに入っている彼女になら見えるはずだった。
光聖反壁は反射系の能力の中でも特に厄介な部類に当たる能力。
だからこそ彼女は止まらざるを得なかった。
「さあ、貴方達は早くここからの脱出を!!」
初音そして、夏樹と善之の前に華楼美母は立っていた。
氷女が接近すれば早急にその前に立ちふさがり動きを止めている間に夏樹たちを逃がす、華楼美母はこの場から全員を生還させるにはそれしかないと自ら囮になることを望んでの行動だった。
しかし、その華楼美母の肩を掴む者がいた。
「その子の相手は私…でしょ…?」
初音が起き上がりボロボロの身体で華楼美母を見ていた。
蟀谷からは血が流れ、図体も最早ガタガタで意地で起き上がったようなものだろう。
しかし光聖反壁を潜り華楼美母の肩を掴むことまで行えるほどにプネウマは回復している。
(やはりラー家の血は只者ではありませんね)
そんなことを思いながら彼女の思考はこの場の全員が生還することを優先する。
「貴方は早く逃げてください、この場は私が引き受けますから!!」
叫ぶように言うが初音はまるで従う気がしなかった。
今の初音は初音ではないのかもしれない。
(プネウマの暴走はない…となると、本能で自我を失っている?)
ラー家の血が濃くにじみ出れば闘神化しているはずだ、しかし初音からはその気配はない。
なのになぜなのだろう?
嫌な予感と共に胸騒ぎばかりが華楼美母に漂わせていた。
「お嬢様ここは一度退きましょう」
夏樹が初音の前に現れ肩を貸す。
善之はいつの間にか夏樹が元に戻り更にすぐ隣にいたはずなのにと驚いた。
「いいですか、人間界の空間は数秒ほどしか開けません、開いたらすぐに駆け込んでください!」
華楼美母は手短に説明する。
光聖反壁をしてまま、空間を開くのはオーラを多大に消費してしまうのだ。
二重能力発生によるオーラの過剰消費は、神でさえ生死を彷徨う程に危険な行為だった。
しかし彼等を生還させるにあたって最小限の危険で済ませれるために華楼美母は空間を開く。
「させない!!」
その途端、氷女が再び猛進する。
夏樹達を逃がすまいと、向かってくる。
「くっ!僅かな開き具合ですけど逃げてください、早く!!」
空間を開く力を緩め、氷女の追跡に向かう。
予想以上に速い彼女を、後ろから追うのがやっとだった。
焦りが生まれる中、夏樹達はなんとか空間に逃げ込めた。
僅かな範囲でしか開いていなかったのが救いで、氷女が入る隙間はなかった。
「成功ですね」
華楼美母は勝ち誇ったような笑顔を浮かべた。
「何が成功なのかしら…」
しかし、すぐに冷たい力が華楼美母に向けられる。
獲物を仕留めそこねた猛獣の様に、次は華楼美母に狙いを定めようとしていた。
「残念ですが私は仕留めれません!」
だが氷女が華楼美母を見たとき彼女の身体は透き通り始めていた。
「何…!?」
「言い忘れていましたが、私自身はいつでも空間移動は出来るんです。別空間をだすのはちょっと安全面を考慮しないと黒羽様には劣りますけど」
自慢話のように喋りつつももう彼女の身体は、殆ど消えかけていた。
「あの赤い髪の女に言っておく…必ず私は貴女を殺す、と」
「わかりました、今回は貴女の勝ちということでいいでしょう。ですが彼女、初音様は貴女の行動心理を見様見真似とはいえコピーしようとしていた。恐らく次に対峙するときは簡単にはやれませんよ」
そこまで言われて、氷女は初めてフッと笑った。
「楽しみね、私も自分の力の限界が引き出せて嬉しい…」
黒葉共々に消えていく華楼美母に彼女はひとこと
「待ってる」
そう言い残してこの場を離れていく。
猛吹雪は氷女の気配が消えると共に嘘の様に晴れていき、明るい氷丘の姿を取り戻し無人の場となったのだった。
人間界/桜木町
初音達一行が降り立った場所は現在も都市の発展が進められている桜木町だった。
この都市の開発は何百年と前から行われていたが、完成予定は未だに未定でありところどころに荒地な部分が残っていた。
「どうして桜木町に?」
初音に肩を貸しながら夏樹はつぶやいた。
初音はというと氷女との戦闘で出血したことで貧血を起こして気を失っていた。
「善之、近くにお嬢様が横になれるところがないか探してきてくれ今のお嬢様は危険な状態だ、できるだけ早く頼む」
「分かりました」
夏樹の指示を受け善之は開発途上ながらも幾つか出来上がっている建物を片っ端から伺っていき、休息の取れる場所を探した。
と、そこに夏樹達に迫る者がいた。
初音をずっと介抱するあまり、その存在に気付けなかった夏樹は距離を詰められてようやく気付く!
「…誰だ、アンタは!?」
恐ろしい人相だったのだろう。
夏樹が振り向くと、その者は申し訳なさそうに初音を見た。
「すまない、脅かすつもりはなかったんだよ。それよりも彼女は怪我をしているのか?」
「え?ああ、そうなんだ。なあアンタ何処かにお嬢様を介抱出来るところはないか?」
夏樹とその者が会話しているのを善之は遠目から見ていた。
しかし警戒心をあらわにしている夏樹を見ると、声をかけてきたその者は敵だと勘違いして。
危うく仕留めそうになったのだった。
後からその者は夏樹達をサポートするためにやってきた地球軍の一人だと知らされたのだった。




