4-8 天ノ使者現レシ刻
元々学の影響を受けたことによって、雷の能力を使うことはできた。
しかし本来宿っている能力の性質、初音の場合は炎の能力自体を変化させてしまうという能力転換は身体に多大な負担を与える。
無限の力を持つラー家とて例外ではなかった。
左腕に集中させた雷のプネウマを初音は未だに構えていた。
だが、この状態を維持するだけでも負担はどんどんかかってくる。
いつ倒れてもおかしくないような不安定な状態にあった。
それでも初音は倒れる様な素振りは見せない。
強がるのは初音の特権だ。
恐竜に迫り左腕の雷をぶつけるべく対峙する。
零距離でなければ決定的なダメージにならない、しかし恐竜の素早さから見ると隙を逃さずに決めるしかない。
全長の大きさも考えれば、恐竜の方が断然強い!
接近し合うと同時に大口を開く。
その間を飛び上がってくぐり抜ける様に飛び込み恐竜の頭頂部に捉える。
しかし頭部この拳をぶつけても効果は薄いだろう。
電気を発生させる脳に雷をぶつけたところで、逆効果を引き起こす可能性があるからだ。
嘗て電気を頭から流したことにより恐ろしい程のIQを持つ者が現れたという事例がある。
確証はなくとも事態は避けなければならない。
と、なれば心臓にぶつけるしかない。
狙いを変更し地に降り付こうと恐竜の後ろに付こうと回る時。
その尾が初音に目掛けて振り下ろされる。
「たたき落とす気ね?」
すぐさま行動を見切り迫る尾を右足で蹴りつけ左足で地に着き恐竜が振り返ろうとする。
(今しかない!)
そのチャンスを逃さず初音は振り返り様の恐竜に左腕の発光体をぶつける!
「雷光・重撃丸!」
クギャアァァァッー!
発光体に触れた途端、電光が恐竜の心臓部を中心に放たれる。
放出される雷は辺りに地走っていき氷の床を次々に皹を入れていった。
数十秒ほどの電光を浴びせた恐竜はそのまま倒れ動くことはなかった。
「ふう…」
安堵の息を漏らし、夏樹と善之がいるところに歩きだす。
「お見事です初音様」
善之が戻ってきた初音を迎える。
しかし、大して距離を詰めてもない途中で初音は足を止めた。
「どうしましたか、初音様?」
気になって善之は問うが、すぐに足を止めた意味を理解した。
初音の背後…約20m先にその者はいた。
見ている方でさえ凍てついてしまいそうな程に白く長い髪はサラサラのストレートで、素顔ははっきりと見えるよう前髪は短めに整えられていた。
身長は初音を基準として頭1/4程度の差だった。
そして彼女…氷女が現れると共に、辺りは猛吹雪に覆われる。
「くっ…!」
急激な温度低下によって初音は更に弱体化する。
しかし恐竜を仕留めた事に腕に覚えがある者とみた氷女は容赦する気配がまるで見られなかった。
「あのノインズクーガーを仕留める貴女は強力な能力者と見た、さすれば私達の驚異といずれはなる…」
友好的な態度は愚か戦闘態勢に入っていた。
「危険因子は始末する、それがこの世界を再生させる手段。手加減はしない!」
小さな顔にある細い目が初音を強く睨みつけオーラを現わにする。
全身に循環させる前に一歩踏み出しかと一瞬の内に駆ける速度が急速し残り5m程の所で両腕に薄い氷の刃が柱状に伸び初音に刃を向け突攻してくる。
「氷柱水晶!」
氷女の速度に焦りを覚え刃が迫る直前に初音は咄嗟に雷を剣状に生み出し左腕の氷刃を凌ぐ。
(速い!!)
防がれることは既に見切っており、左の氷刃が抑えられると流れるように交じり合う刃を離し右腕の氷刃を初音に迫らせる。
「な、なにこの動き!?」
初音は今までにない動きを見せる氷女に驚愕する。
右腕の氷刃を地面に立て、流れるような左腕の氷刃が初音を狙う。
パキーンッ!
再び刃が交じり合い、初音はそのまま氷女に向けて雷の剣を流す。
しかし見様見真似の一撃は当たらず空を切った。
「甘いっ!」
右腕の氷刃を倒すようにして初音の攻撃を避け、左腕の氷刃を地面に立てつけると勢いのついた右半身を初音に向けて動かし、そのまま顔面に向けて蹴りをいれた。
バシッ!
「きゃあ!」
勢いのある蹴りを無防備に受け、初音が頭から飛んでいく。
初音が遅れをとる様を、夏樹と善之ははっきりと見ていた。
ここまで苦戦する相手にこの2人が敵うはずがない。
ズタズタと切られていく彼女をただ漠然と見ていることしかできなかった。
寒気が漂うこの世界で初音は人並みに能力が弱くなってしまっている事からもわかるように状況は極めて不利であり、氷女は更にその環境に絶大に適応しその能力にプラスがかかっているのだ。
それでも不屈の精神が彼女を倒れさせまいと耐えていた。
「流石にしぶといわね…」
もう何回とわからなくなるほどに切りつけているにもかかわらず初音は一向に倒れない。
疲れを見せ始めていた氷女は一気に決着をつけるべく全身のオーラを更に引き出す。
「遊びはそろそろ終わりにする、貴女は倒さなければいけない存在…だから!!」
放出されたオーラは両腕各一本の氷柱水晶に驚くべき変化を起こす。
「あれは!?」
善之がその光景を見て叫ぶ。
氷女の氷柱が中心となって45°に反れた三つの氷柱を隆起させた。
「三叉氷晶!」
善之はその能力を知っていた。
氷柱水晶の時点でなんとなく予想はついていたのだが勘違いだろうと現実を見ていなかった。
しかし氷女が三つの氷柱を生み出した事によってはっきりした。
三叉氷晶…善之の性である冬木家の現当主、冬木:斗禰が持っていた冬木家最強の能力として体得の法を厳重な管理の元保管しているという。
斗禰はこの能力を七叉まで出現させていた。
幾つかの段階があるようだがそこまでは知らされていない。
そして氷女がこの能力を操れるという事は、同様に七叉でさえも操れるのだろう。
「初音様!」
そしてその能力は善之には、宿っていなかった。
限定種にしか宿らないと教えられていたが、確実な理由は不明で考えられるとすれば氷女にしか扱えないという理由しかない。
五叉クラスを上位能力者としてより高度な部類になると立方体の氷塊や氷床、果ては雪原からでも氷刃を作り出すことが出来る。
そして氷柱水晶には更に恐るべき能力抵抗を持っている。
「くっ、こうなったら!」
この絶望的な状況を打破するには一気に決めるしかないと初音は直感した。
プネウマをフル展開し、雷の能力を極限まで生み出す。
「うぉおおおおおー!!」
右腕で左腕を押さえ広げて地面に向け集中する。
雷光が出現しバチバチと発光する火花を散らせる。
ただでさえ性質変化を行ったことによって初音のプネウマは底を尽きかけているというのに雷を行使している。
「そんなにオーラを無駄遣いして…本当に大丈夫なの?」
驚く様子はなく余裕の表情を浮かべている。
「さあどうなのかしらね、私自身こんな無茶を冒してまで貴女を倒したいとは思っていないはずなんだけど…」
そう、初音は何故こんなにも自分が無理をしてまで戦うのかわからなかった。
逃げる意思は全く見せない、しかし彼女自身は逃げたいほど絶望的な状況だ。
それでも逃げない理由は…
初音はチラッと夏樹と善之の方を見る。
「きっと護りたい人がいるからなんじゃない?」
そう言って準備を終え両腕を広げて駆け出す、左腕には雷光を携えて。
多量に消費したプネウマによって全力で走っているのに人程の速度しか出なかった。
(たとえ刺違えてでも夏樹達は守らなくちゃ、それが私の生きる道だから…)
その信念だけを持って、氷女と激突する!
「甘い考えは捨てること…でなければ私は殺せない」
迫る初音を見据え、駆ける。
死の狂騒曲が奏でるこの世界で絶望に包まれながらも望む彼女。
しかしその思いは届くことはないと…分かっていたはずだった。
「ラー家の名において、負けるわけにはいかない!!」
自らの生命を燃やすことによって底ついたプネウマを一時的に増幅させ、本来の初音の状態に戻す。
「まさか…本当に死ぬ気?」
覚悟をみせる初音を見て氷女は驚愕の目を向けた。
初音の意図が分かったと知った時、氷女のオーラも爆発的に増幅した。
「うぉおおおおおおおーーーっ!!」
「はぁあああああああーーーっ!!」
二人の力が同時にぶつかった。
氷床が次々と皹を入れて崩れ落ち、砕け散った氷が冷気を生み出して砂煙のように二人を覆い隠した。
「あ、ああ…」
「なんてことを…」
夏樹と善之はこれほどまでに壮絶な戦いを見たことがなかった。
あのラー家の血が流れる初音がここまで苦戦を強いられ、そして尚全力を出してまで戦った相手。
しかしきっと彼女は勝つだろう。
いつもの様に、
バタッ!
と、そう時間が立たぬ内に、冷気に包まれた中から一人が倒れた。
それは勿論…
「うそ、だろ…?」
夏樹にはまだ冷気に包まれている段階で既に二人の姿が見えていたらしい。
立っている方が腕に一本の柱を中心に三つの突起物があるのが見えたのだ。
その突起物には紅い液体がこびりつき、ポタポタと雫をこぼしているのも見えた。
そして冷気が薄れていき、二人に見えるだろうと直感した氷女は二人に向けて言い放った。
「無茶をする子ね、勝てないと分かっていても立ち向かう…戦士としては格好いいけれど死に急ぐだけ」
こびりついた血を勢いよく薙ぐ事で払い落とし、元の透き通る水晶の姿を取り戻す。
「さあ後は貴方達ね」
そういって氷女が二人を悲しむように見る。
「大丈夫、あの子と同じ道をたどるんだから寂しくはない…」
罪に苛まれる様な悲しい瞳で氷女は三叉氷晶を構える。
やばい、ころされる!
そう善之が思った時!
「そこまでです!!」
前人未到の世界に氷女とは思えない高い声が響いたのだった。




