4-6 隔絶されし世界への導き
霊法町/食量販店市場
一行が向かった先は最寄りの店内に続く医療室。
とりあえずは傷の回復を優先し今後の方針を決めていく。
もちろんイルミーズは動かなくなっているとはいえ、いつどんな魔術をかけるやわからない。
ちぎれた腕に負担をかけないように仰向けに寝かせていた。
初音達からすればイルミーズを生かしておくつもりはなかったのだが、レアの強い頼みにとりあえず医療室で共にいさせることにした。
それに両腕を失い制限の多くなった彼女に幻偲の瞳は力を失うかも知れない、そう考えた初音は彼女をここに置いておくことを承諾したのだった。
彼女も元々は平和を望むものだったというレアの言葉と真剣な眼差しには首を縦に振るしかできなかったなんてとても言えない。
それにレガードとの約束もある。
今の状態で彼を激昂させるのはまずいと初音は直感していたのだ。
何がまずいのかはその時はまだわからない初音だったが…。
傷の治療に専念する初音、今の彼女はちょっとしたイメチェンを行っていた。
流石に傷の手当をしている上で下ろした髪は不衛生だと思い、髪を後頭部の高い位置で一つにまとめて垂らしていた、人間のいた世界の古い歴史では総髪と言われるポニーテールという髪型だ。
その時ふと思ったことを口にする。
「そういえば千博、確か大昔の地球には氷女と呼ばれる能力者がいたそうよね?」
「ああ、かなり大昔だがな…地球という大地に住む俺達の世界人間界、能力者の墓場と呼ばれる世界能力界、地球の裏の境界に存在する世界魔導境界、大昔に気候の変化で隔絶した世界氷界、その氷床の下…極寒の海の底に沈んだ白き狼と黒き豹が永遠の眠りの中で惹かれあう海底都市メリベルンヌス、俺が知ってるのはこれだけだな」
指を立ててあげた世界を数えていく。
五つの世界の内、三つの世界は先駆者がいることから存在していることは証明された。
この他にも風香学園で初音達が遭遇した黄泉の世界というものも存在する。
想像を遥かに超える出来事によって世界は今も数を増していっていると考えられる。
「一説にしか過ぎないが氷の世界は確かに存在し、今もなお踏み入ることはできるようだ」
千博は憶測ながらも推論を述べる。
「だが世界を開くには五行思想と呼ばれるものの力をそれぞれの向きに合わせることで開くというが…一体何のことやら?」
千博の説明を聞いていた一行の中で、二名がそれについて詳しく説明するのに名乗り出た。
「それについては聞いたことがあります」
最初に名乗り出たのは善之だった。
「過去に冬木の家では五行思想の一つである水の力、水気を祀っていたという伝承があります。五行思想は木、火、土、金、水、という五つの力という意味を示しており、この五つの力が東西南北中に正確に向き合わさった時、氷界への道は開かれるのではないでしょうか?ですが冬木の水気は今や力がかなり衰えてしまって氷を加えることによって衰退しつつある水気を半分程度にまで戻すことはできましたが、それによって水器としての力は殆ど残ってはいませんね」
「そうか…五行思想、現時点だと初音が火気、ルシアが木気、善之が水気、三つの力があるわけか?」
千博が話を進める中もうひとりの詳しい人物が名乗りを上げる。
「五行思想についてなら僕も聞いたことがあるよ、覚醒能力と五行思想が関連しているというのは過去に神界の方で大きな議題になっていたことがある。確か五行思想の向きっていうのは東が金気、西が木気、南が火気、北が水気、中央が土気だったはずだよ。そして覚醒能力はたとえ気に関係していても能力の発動、つまり攻撃が防御といったものがどういった方法で行われるかが五行思想に関係しているようだよ。例えば初音ちゃんなら火を直接操れるから火気、そして双子エレメンツの二人は学を融合させて放つ能力、ルアは植物の芽を爆発的に成長させ、ルナが大地を操って植物を誘導させる、これは水気と木気だね。そして千博君も水気の能力だ」
黒葉の言葉に千博は納得がいかなかった。
「なぜだ?」
傷を負っていることを忘れ、勢いよく立ち上がる。
「千博くんの能力は連続的な攻撃能力が多い、攻撃が絶え間なく流れるという観点から水気しか考えられないんだよ」
「そうか…」
黒葉の説明に千博は納得した。
流石に今は暴れれる程の余力は残ってはいないらしい。
「話をまとめると氷界に向かうにあたって必要な五行思想、そのうち今の私達の中では三つの力が揃ってる。あと足りないのは土気と金気ね」
初音がメモ帳に記載していく。
「土気の能力者…そういえば金聖輝はどうしてるのかしら?」
初音がその名を口にする。
「きんせいき?」
夏樹を除いて、この場の全員がその人物を知らず全員を代表して千博が初音に問う。
夏樹はというと、レアがとり憑いていた事によって衰弱するほどに体力を消耗していた為に安静状態にあった。
金聖輝といえば、砂を巧みに操る能力者だ。
彼女程の強さであれば土気の力は十分にあてはまるはずだろう。
「金聖輝っていうのは旅行に行っている時に会ったの、強力な砂塵を巻き起こしていたからあの能力は土気に該当するはず…」
自信ありげに言ってみせるが、正直的外れの予感もあった。
(でもあの砂には抵抗力のない者が触れればそれだけで皮膚が爛れる程に温度の高い砂、火気に該当する可能性もあるかも…)
そう考えるとだんだん自分の言った言葉も自信がなくなってくる。
「試しに行ってみるかい?」
その時、黒葉が突然言葉を発した。
「え?どこに?」
「氷界に、だよ。だけどあの世界は隔絶されただけあって地形も悪ければ環境状態も劣悪だろうね。特に初音ちゃんの場合火気が主力だから、あんな低体温生命体の存在する世界にはとても耐えられるかどうかわからないよ?それでも足を踏み入れてみるかい?」
「大丈夫よ、これでもラー家の血族。なんとかなるでしょ…」
はっきりと言ってみせるが内心不安がっているのが誰の目から見ても明らかなのが伺える。
「分かった、それじゃあ翌日出発しよう」
そう言って黒葉は医療室を出て行く。
一行は傷の治療もままならない状態だったが、視察という目的のため少数で赴くつもりだった。
もちろん黒葉はそのつもりのはずだろうと、初音は思っていたのだが…
翌日、初音と正常に戻った夏樹、そして善之を連れて氷界に赴くことにした。
「揃ったようだね、それじゃあ世界を開くよ」
黒葉が医療室を訪れたかと思うと、すぐに氷界への入口を開こうとする。
「ちょっとまってください、先に教えて欲しいんですけど氷界はどうして世界から隔絶されてしまったのでしょうか?」
夏樹が問う。
今日になってようやく意識を取り戻した夏樹だったが、レアにとり憑かれていても意識はあったため、ある程度の状況は理解していた。
「いい所が目に付いたね、流石夏樹君だ」
しばらく意識のなかった夏樹に鈍っている部分は全く無い事に黒葉は感心する。
「氷界という世界、元々氷の世界なんかじゃなかったんだよ。平和な緑あふれる世界だった」
黒葉の知る現在の氷界…それは人のいた世界よりも過去、弱肉強食の世界に退けを取らないほどの緑が生い茂る世界だった。
しかし弱肉強食の世界とは違い生き物の数はかなり少なく緑こそが生き物に対して弱肉強食をしているほどだった。
そんな世界の秩序を乱す植物を世界が恐れ氷河期という時期を起こした。
それによって植物は瞬く間に凍てつき、やがては永遠の氷の世界を作り上げる結果になってしまってのだという。
このことからこり世界は氷界という名に変わったのだという。
もちろん減ってしまった植物の代わりに生き物達がこの世界の大地を踏み出し始め、凍りついた世界での弱肉強食が今も行われているとのことだ。
今までは大地を踏み出すことも叶わなかった生き物達は自らのテリトリーにて氷の世界を生き抜く耐性を身に付け、人の世界では不可能だった氷河期を生き抜く術を持ち今も尚生活しているのだという。
ところが近年この氷界の扉が開かれる事が稀にあるという報告が有り調査の対象として黒葉は同行者を求めていた。
それがこんな形で迎えるとは思いもよらなかっただろう。
だが氷界に踏み込んだ所で厄介なのは原界種に遭遇してしまうことだ。
何千年と経過した現在でも弱肉強食の系譜を辿っている生き物は一般的な好戦的野獣とは比べ物にならないほど屈強で手強い。
そんな彼等が外界との接触を受け入れるとは到底思えない。
長い年月を経て再び氷の世界を歩むことになると…黒葉は悪寒を募らせていた。
「じゃあそろそろいこうか、新たな仲間を見つけられることを信じて、ね」
黒葉が巨大な陣を作り出す。
この陣は神にのみ使える術式。
現在の世界と別の世界を行き来するために用いられる方陣だ。
もともと世界というのは地球の何処かにあるという訳ではなく、地球に何らかの空間事象が起こり現在の世界に新たな世界…つまり能力界や氷界といった世界を作り出している。
別の世界に行き来するのは極めて困難であり強大な力を行使できなければ空間を移動する途中の境界の狭間に断絶されてしまう。
この断絶とは文字通り世界同士の境目を遮断している空間に斬られることであり、世界に拒絶されてしまう事を意味している。
世界を移動する際に失敗は死を意味するといってもいいかもしれない。
だからこそ生半可な覚悟では氷界に連れて行くつもりはない黒葉だったが、氷女の存在は上手く交渉できれば良き力になるということを信じ初音達は決意を固くした。
その意志を黒葉も信じることにしたのだ。
実を言えば今、黒葉が行っている術式は世界への行き来を確実に成功させる方陣。
但し代償として身体の制御能力の低下、かつ体力の浪費という犠牲が伴う為、一時的に生身の人間よりも弱体化してしまう。
正に諸刃の能力だった。
もちろん普通の能力者がこれを行おうとすれば、術式の成功は愚か方陣を発生させることも不可能で即座に体力を使いきり命を落とす…それほど強力な能力である以上、禁忌という名に指定されている能力だった。
そして今、その方陣が完成し氷の世界への道は開かれるのだった。
世界を行き来するゲートを潜る4人の者達が、人の世界より遠ざかっていくのを千博達は静かに見送った。




