4-3 魔力の啓示
僅かに弾けた皮膚
覚悟を決めた上での無防備な状態なのだから当然だ。
そして同時に飛翔する血。
口内が切れたのかとも思える。
が、狙いすました彼女の前に別の者が盾となっていたのだ。
それは千博にとってはよく知る者。
ルシアにとっては、同じく敵対するであろうと思った者。
「夏樹!!」
初音がその名を叫んだ時、明らかに昨日までの夏樹とは雰囲気が違っていることを悟った。
いや、夏樹ではないのかもしれない。
その真実を更に認めさせるかの様に夏樹が発した言葉は初音達を驚かせる。
「およしなさい、貴方達は鋒の向ける相手を間違えている」
夏樹ではないと思わせるには十分な口調。
千博は戸惑いに思わず問う。
「誰だ、お前は?」
その問いに夏樹と思えぬ者は一度口をつぐんだが、決意の目をルシアに向けその口を開いた。
「私はミリーブ:レア。魔導境界の君主オヴリバス:イルミーズの摂政にして今は霊体となった者です」
目の前にいるのは夏樹という男なのに、仕草はまるで主を相手にするかのような振る舞いで、Gパンの裾を強く握り広げようとする中で頭を下げていた。
ちなみに摂政とは、君主制を取る国家において、君主が幼少、病弱、不在などの理由で政務や儀式を行うことができない時、君主に代わってそれを行うことであり。多くの場合、君主の後継者、兄弟、母親、あるいは母方の祖父や叔父などの外戚が就任する。
「摂政だと…と、すれば俺達の敵か!?」
千博が警戒を強くする。
だが、レアは先程の態度を改めて繰り返す。
「おやめになってください!貴方達は戦う相手を間違えています。ルシアは世界を救う鍵となる存在。彼女の存在を抹消することは世界の終わりを意味します」
レアの放った言葉に千博は手を止める。
「どういうことだ?」
「あれは生まれつきの持ち得ていた能力、幻偲の瞳。貴方はそれにかかっている」
レアの言葉を聞かされた途端、千博の感情に変化が現れた。
「はっ!?」
まるで何かに操られていたかの様な感覚に千博は焦燥する。
「何だ、今の感覚は?ルシアがとても憎らしく見えていた…クソ!!」
自分が何をしようとしていたのか、それを理解しようと必死に千博は自分を正そうと苛立ちを拳に込めて地面に叩きつけた。
「幻偲の瞳、見据えた者の精神を侵蝕し殺戮衝動を引き起こさせる能力、あの子が自らの失った眼と引き換えに移植した『イルミーゼ』の先祖に宿っていた瞳。」
過去を悔やむように言葉を綴っていくレアに初音は疑問を抱いた。
「レア、イルミーズは本当は敵じゃないの?」
「勿論です!あの子は戦争を嫌い平和の中で過ごす事を望んだ子…あんな姿だけれど、あの子はまだ10年も生きていないんです!」
「え!?あの姿はどう見ても人間が住んでいた頃の二十歳位にしか見えなかったけど…」
「それもあの瞳のせい…先代の『イルミーゼ』も国民全てにマヤカシを見せ最も若かりし頃、力を発揮していた姿を永遠に保っていたと言われています」
「ところで『イルミーゼ』っていうのは?」
「はい、それは…!?」
言いかけて口をつぐむ。
今まで気にも止めなかったような口ぶりからいきなりその言葉が出るとは思わなかったために、レアは言葉を遮ったのだ。
「どうしてそこで口をつぐむの?」
初音の言葉にレアは少しだけ笑った。
「大したものです、やはり貴女はあのラー家の血を引く人。すいませんでした」
いきなり頭を下げ、初音は驚く。
先程からこの夏樹に取り付いたレアと言うものは不思議な行動ばかり取る。
「お話しましょう、魔導境界の成り立ちを…そしてイルミーゼという名の正体を」
そこから、魔導境界の歴史を遡る事になる。
イルミーゼという名はオヴリバスの本当の姓、そしてイルミーズという姓はイルミーゼの祖が呼んでいた名前。
魔導境界は常に治安の悪い世界だった。
そこから立ち上がったのが帝国主義による人々の束縛。
それによって得たものは大きな地位と権力、最後に憎悪。
イルミーズが得たものはそれだけだった。
やがて世界は権力を勝ち取ろとする者だけが集まり、その中にイルミーズも混じっていた。
魔導境界は現在での名称であり、過去に学というものを用いた者はいなかったとされる。
つまり魔導境界という世界は今でこそ全く別でありながら、違う運命を辿った地球だということだ。
『異人』、魔導境界の彼等はそういうことになる。
彼等はこの地球にとっては生きていけるのが心配される。
この世界には魔力は無く、魔導境界のような勝手は恐らくとれない。
敵でありながら、彼等を死なせないように元の世界に返さなければならない!
レアにきかされたのは魔力という名の啓示なのだった。
それを知った初音は試行錯誤する。
彼等を元の世界に返す方法だった。
本来魔導境界の人間達はこの世界に干渉しないように、境界の狭間を設けている。
にもかかわらず彼等はそれを突破してこの世界に来た。
元の世界に返すには境界の狭間を越えるだけの膨大な魔力と学が必要だ。
しかしこの世界では彼等の魔力は無限に存在するわけではなく補給する事が不可能な状態だ。
果たして、元の世界に返すことなどできるだろうか…。
そんなとき、レアが発したのは思いがけない一言だった。
「そういえば…過去に一度だけ、魔導境界に別世界の人間が侵入したことがありました。あの者は確か…時間を自在に操ることができる者と、重力を巧みに操ることができる能力者でした」
レアの言葉は地球軍と同盟を結んでいるコンプレクシティとの連携を持ってしても全く歯が立たなかった、危険度SSS級超要注意人物の事だろう。
ややこしい漢字であった為、名前までは覚えていないが…
時間を操る能力者というのは恐らくその者で間違いないだろう。
しかし『重力を巧みに操ることができる能力者』というのは全く聞いた事がない情報だ。
地球軍のトップクラスに当たる階級であっても、そんな能力者は今まで聞いたことがない。
そして厄介なのが要注意人物と共に魔導境界にやってきたという事だ。
即ち、その者は敵であることは間違いない。
コンプレクシティからの情報によれば、時間を操る能力者は過去、未来を行き来し強力な能力者を連れてくるという。
『重力を巧みに操ることができる能力者』も、それで連れてきたのだろう。
それは何時の事かはわからない。
そして、次の増援を探すまいと向かったのは魔導境界だったのだろう。
その時にレアは目撃していた。
ただそれだけのことだ。
しかし、大きな情報にはなった。
間違いなく地球軍とコンプレクシティには新たな危機が迫っている。
もしかすると…と初音は考える。
(時間を操る能力者、その人が魔導境界の住民を煽ったのかもしれないわね…)
その推測を頭に浮かべる。
聞いた話によれば、時間を操る能力者はかなり好戦的だと聞く。
過去にコンプレクシティの一級兵士が交戦したという記録を映像化して見せてもらったことがある。
その時の光景を見る限り理不尽な戦闘だった。
コンプレクシティの兵士は一級と呼ばれるにふさわしい様々な状況に対応できる能力を兼ね備えた兵士であったが、対する時間を操る能力者はその兵士を人としてではなく物として扱っていた。
十分な強さに恵まれた兵士であったが、時間を操る能力を用い兵士は一瞬にしてその身を朽ちさせられてしまった。
その者の能力は単に時間を操るだけではなく、他人にも有効であり更には扱い方によって攻撃にも防御にも扱えてしまうのだ。
映像の中で兵士は地球軍の代表の能力『フリージングノーバス』の様な動きを止められる能力を受け、抵抗できない身体を目一杯に弄び、飽きたような態度を見せると御身を残らなくするまでに兵士を老化させ、身体の限界を迎えた兵士は灰の様に舞い消されてしまった。
生々しさを痛感させられる光景に危険度の高さをSSSにまで引き上げたのだ。
そして今もなおその者は生きている。
と、すれば再び地球の危機は間違いなく現実のものとなる。
それだけはなんとしてでも阻止しなければならない。
嘗て地球を守るべく必死に戦ったラー家の血筋として…
初音は決心を固めるのだった。




