1-3 凍りつく真実
風香学園/学生食堂
風香学園の食堂は券売制のシステムで券を購入し受付に出すことで、夏樹と千博が食堂にたどり着いたとき、既に受付には、長い行列が出来ていた。
この学園の半数以上の人数がこの食堂で昼食をとる。
その為、付属と本校の生徒数を想定して作られているものの、容量的に半数程度の人数が入れるくらいの面積しか確保できなかったのだという。
これは学園側にとっては想定外と言えるのだろう。
そして何よりも、この行列の原因は人数に合わない席の少なさだ。
席の確保より、もう少し人数が入れる方を考えて欲しかったと、毎年入ってくる新入生はボヤいているのだという。
「すごい混んでいますね」
夏樹はいつもにもまして、混んでいる事に驚いていた。
「ああ、確か今日は…新メニューが出るとかで、生徒会役員の間でも心待ちにしている人がいたな」
「新メニュー?」
神月の言葉に夏樹は、そんな話聞いてない、といった顔をする。
「確か、マーボーグラタンだったかな?名前のとおり、麻婆豆腐とグラタンを合わせたメニューだ。もともとクリーミーなグラタンに少々辛めの麻婆豆腐を加えたもので、何でも役員の間じゃあボリューム満点だとか言っていたな」
神月は役員達が鬱陶しいくらいに聞かされている、新メニューにタコができているようだった。
栄養士の方には悪いのだが、風香学園のメニューは殆どが、栄養を考えての事なのか生徒の大半が物足りなさを感じるような量にされているらしい。
特に昼食後の授業は体育が集中していることもあってか、満腹な腹では満足に動くことも叶わないからと、控えめにされている。
しかし量が計られていれば額も抑えられているのは救いと言える。
「俺が席を確保しよう。夏樹、お前は券を買ってきてくれ」
「わかりました。千博さんは何にします?」
神月が席の群に向かっていく。
「いつもの奴を頼む」
「わかりました、席お願いしますね」
そう言い残して夏樹は券売機に向かっていく。
券売機の方は、既に買い終えた生徒が多いため、大して待たされることなくゆっくりと選べれる。
「えっと、カツ丼と俺は…」
夏樹は券売機を見回した。
先程、神月が言っていたマーボーグラタンと書かれたボタンに目がいく。
普段夏樹は自分の食べたいと思っている物を食べていた為、今回のマーボーグラタンは完全にマークされた。
残りの発注券数は1と表示されていた。
楽しみにしている人が多いと言っていた割に、来た時には既に売り切れでないのは、人気が無いのだろうか?
それとも、少数では即刻売り切れになるだろうからと、数を多めに用意していたのだろうか?
「まあいいや、ラストいただきます」
そういって夏樹は、マーボーグラタンの…
ピッ!
横にあるボタンに指を押してしまっていた。
ウイィィン!
コロンッ!
当然出てきたのは、マーボーグラタンの券等ではなく。
「あぁぁぁーっ!」
出てきた券は牛丼鍋。
「何だよ!?これ」
夏樹は自分の指を見る。
不思議な事に、その指は異様な曲がり方をしてマーボーグラタンの横、牛丼鍋のボタンを押さえていたのだ。
「悪いな、夏樹~」
その後ろで、聞き覚えのある声がする。
指を離さず、夏樹は振り返る。
「睦!?」
そして驚く。
何故なら今まで気配すら感じることはできなかったのに、ふと現れてこの有様…
「いやぁ、俺もマーボーグラタンを食いたいからよぉ~」
その言葉で確信に至った。
犯人はコイツである。
この世界の人間は皆、能力者だ。
睦の能力は意思反射、思った行動を実行しようとする者に対して、別の思考に変えてしまうというものだ。
この能力のおかげで、夏樹の指は異様な曲がり方をして、牛丼鍋に触れさせていた。
「それにお前、結局午前中授業に出なかっただろ?蘭先生が無茶苦茶に怒ってたぞ!」
睦は苦労したといった様子で、手をひらひらさせた。
「だから俺にそんな苦労をさせたお前への罰だ、同時に俺からの俺自身に対するご褒美だ!」
そういって牛丼鍋の券をさっさと取り出して夏樹の左手に握らせると横に押しのけ硬貨を投入する。
ピッ!
ウイィィン!
コロンッ!
出てきたのは勿論マーボーグラタンの券だった。
「じゃーなー夏樹!ゼニ復讐が済んだら俺達は親友同士だ。またなー!!」
券を取ると、ぎゅっと握り拳にして、受付に颯爽と向かっていってしまう。
「………」
夏樹は、睦に握らされた左手を広げる。
そして券を一目見ると、券売機に記載されている値段と比べてみる。
牛丼鍋………………650円
マーボーグラタン……560円
「あ、あいつ…(汗)」
ただでさえ少ない食費を多めに使わされる事となってしまった。
ゼニ復讐とはつまりそういうことなのだった。
「なんだ?マーボーグラタンじゃなかったのか?」
「いやぁ、ちょっとね~…」
睦とのゴタゴタもあって、長めにかかったランチをみた千博は驚いた顔を浮かべていた。
千博は、夏樹が気まぐれでメニューを選ぶことをよく知っていたし、何よりコイツは新メニューと聞いて興味無さそうな態度とは裏腹に、篦棒に興味津々だったりする。
そんな夏樹が、新メニューに手を出さなかったのは、やはり…
「睦か?」
千博の突き刺す様な一言に、夏樹は千博のオーダーしたカツ丼と牛丼鍋を置いたトレイをテーブルに置くと、その場に項垂れたのだった…。
(千博さんってホント、人の心を読んでいるかの様に痛いとこついてきますよね)
夏樹は、現実を認めざるを得なかった。
「で、どうしたんだ?態々生徒会に午前の授業全部ポカしてまで待ち続けていたんだ。余程の事があったのだろう?」
千博は、カツ丼を自分の手元に、牛丼鍋を向かいの席に置いた。
「いえ、それが…あまり大きな声では言えないことなんですけど」
まあ、座れとテーブルを軽くたたく千博を見て、夏樹も席に着く。
そして、初音が過労で倒れたこと、今朝の時の事を順に話していった。
一頻り暗い話ばかりを聞かされた千博。
しかし暗い話を聞かされた程度で、同じようにブルーになる千博ではない。
伊達に生徒会長を請け負っていないだけあって、冷静さはいつまでも維持できていた。
「ふむ…短髪の女子生徒か、お前の言う通りだとすれば、この学園内の短髪の女子全員を敵に回しかねないな…」
千博は、悩むような素振りをして腕を組んだ。
だが、生徒会の最高の立場としての、確信出来る事が一つだけあった。
「そいつは見慣れない制服を着ていたということだな?」
それを聞けば千博の頭の中では一つの答えが導き出された。
まず風香学園の制服は付属と本校とで女子生徒に限り変わる。
男子生徒は付属の制服をそのまま持ち越す形になる。
ところが今この学食内には付属の生徒と本校の生徒が入り混じっている。
つまり夏樹が見知らぬ制服というのなら今この場に、この学園にはいない生徒だということだ。
更に、この辺りは他に学校らしいものは無く桜木町、霊法町の学生は全てここ風香学園に通うことになる。
そして、それでいて見知らぬ制服の生徒…。
「まさか、な…。」
千博が漏らした呟きを夏樹は聞き逃さなかった。
「何が『まさか』なんですか!?」
途端に立ち上がる夏樹。
テーブルを勢い良く叩いた為に食堂内に響き渡り、周りの生徒達が注目していた。
「落ち着け、周りに迷惑だろう」
「あ…す、すいません」
流石に驚きすぎだと反省する夏樹だった。
しかし、先程の言葉の意味はどうしても気になってしまう。
だからだろうか、千博は少し周りの目を気にし始め、夏樹に透き通るような目を向ける。
「まだ確証を持ったわけではないのだが…」
言いにくそうな千博、夏樹にとっては初めて見る姿だ。
「先日の新聞に載っていたことなのだが、この風香学園には過去に黄泉の世界へ通じる空間が存在していたらしい」
千博の発した言葉に一瞬、何を言っているのか理解できなかった。
「その空間は、ごく普通の階層に突発的にあるはずのない小部屋を形成し、迷い込んだ人間を黄泉の世界へと取り込んでしまうと聞いた」
夏樹に寒気が走る。
それを最大限にまで高める一言が、千博から発せられる。
「それは特に、2階に多いと聞いた」
言葉を耳に通した時、感覚が拒絶を要求してきた。
「そ、それじゃあの時、俺に襲い掛かってきた短髪の女子生徒は、黄泉の世界からの…使者?」
夏樹は己の身につけた体術と運気に感謝するのだった。
もし、あのとき気付かずにあの女子生徒に推し進められていたとしたら、夏樹は黄泉の世界に取り込まれていたということになる。
夏樹は恐怖を覚えた、しかし、
「そういえば、どうしてその女子生徒は、黄泉の世界からここへ現れることができたんでしょう?」
一つの疑問が残っていた。
そうだ、どうしてその女子生徒は裏表の世界を行き来することができたのだろう。
千博にもそれがわからない為に生徒会の時間を使って、この議題を持ち出していたのだという。
ところが今回夏樹が襲われかけたという事から今まで被害を報告してきた生徒達が、からかったり嘘をついているわけではないと確信できた。
「午後からはその資料を詳しく調べようと思っている。何かわかったら報告してやるから、お前は授業にでろ、いいな?」
そう言って話に夢中になってて箸の進んでいない夏樹を置いて千博は空になった丼を受付に返しに行ったのだった。