3-9 エピローグ 災厄の象徴
「善之、無事だったのね」
「ええですが、千博様が…」
初音の心配はよそに善之は千博に迫る。
そして、ボロボロの傷口に幾つも治療を施す方法で治癒能力を展開させ、千博を開放する。
「すまない善之、思ったよりも奴は手強かった」
腹部を右手で押さえ、吐血しつつあった千博の体調は幾分かましになった。
「それよりあいつ、今度こそは倒れたか…?」
「分からない、でも起き上がってこないということはおそらく…」
初音は落ちた衝撃で地面に埋もれたベロニカの方をじっと見ていた。
「おそらく倒せてはいないわ、あの程度で倒れる程、やわとはおもえないし、それに…」
「僕までも容易く殺されてしまった」
ただならぬ気配に初音はバッと振り返る。
そこには見慣れない姿をした少年の姿。
声の感じからして黒葉だと思ったが、気のせいの様で…気のせいではないらしい。
「手強い奴だ、僕のお気に入りが死んでしまったからね」
「どういうこと?」
「僕は堕天使と称されているとはいえ神に分類される存在だ。体が死んでも魂は死ねないのさ、今のこの身体はベロニカの襲撃に隠れていた市民の身体を使っている。転生と憑依は完璧でね、相性が合わなくてもある程度は無理やりにでも行使できるんだ」
黒葉は自慢げに言ってみせた。
しかし、よくよく考えてみれば、今黒葉が行っている行為は天界では禁忌に当たる。
近い内に、憑依している身体を元の意志に返す必要があるのだった。
だが、黒葉にはそのつもりはないようだ。
「まあどうでもいいのだけど、ベロニカの奴は生きている。確実にね」
「その通りだ…」
黒葉の言葉に続くように、割れた大地からベロニカが立ち上がってきた。
「ま、まだやる気!?」
初音は両手を構える。
既に戦意は喪失しているにもかかわらず、それでも守るべき人の為に戦う。
初音が初音自身に焼き付けた目標、それが彼女を無理にでも身体が応対しようとする。
ところがベロニカはフッと笑うと両腕を広げてプネウマを集中させ、その身体を宙に浮かせる。
「何をする気だ!?」
一同がその行動に目を見張る。
その間もベロニカは臆することなく、高度を上げていく。
「君達には一時のチャンスをあげよう。不意とはいえ私に一度ではなく二度も傷をつけた。それは褒めてあげよう」
紡いでいる時はその素顔をこちらに向けるも直ぐに、上空に向かって顔をあげる。
「今度、会う時は私の本気を見せよう」
その言葉を言い終えた途端、突如としてベロニカの頭上に巨大な空間が出現する。
「あれは!!」
いち早くそれに気付いたのはルシア。
そしてそれを見たベロニカは初めてニッと不気味な笑顔を向ける。
「その前に君達にはこの試練を乗り越えなければならないようだけれどね。彼らの相手を楽しむといい」
空間からは、夥しい数の人間が現れる。
現代の人には見られない服装を装った者達が現れたのだ。
「な、何だあれは?」
余りの出来事に黒葉でさえも驚く。
「さあ、本気で相手をするんだ。さもなければ君達は全員死ぬことになり地球は崩壊する」
その言葉を残してベロニカは姿をくらました。
超次元空間から現れた御伽噺の世界の人物達を残して、別の空間を呼び起こしたかと思うとすぐさまその中に飲み込まれ消えていったのだった。
霊法町の市場を埋めるように突如として現れた者達。
その中でも最も大きな威厳を放つ女性。
茶色い縦ロールの髪に、軽いのか重いのかわからないゴテゴテとした装飾が付いた服を着たその者は言葉を投げかける。
「妾はオヴリバス:イルミーズ、ここがフロンティアか?」
幾重も引き連れた魔導兵達が見知らぬ大地を見回すかの様にあたりをキョロキョロする。
どうやらオヴリバスという女性は初音達に言葉をかけたわけではないようだ。
しかし、初音達を見て敵意を露わにする。
「あれはフロンティアの人間か、妾達のホームとなる場所には似つかわしくない…」
魔導兵達の列によって、『あれは』という言葉を発するほどの距離だったオヴリバス。
初音達の服装を見ると、失礼極まりない言葉をかけていた。
しかし、失礼はやがて無茶苦茶な言動に変わる。
「ふむ、あの風格は醜い…あの者達を始末せよ!」
オヴリバスが魔導兵達にそう指示をした。
ベロニカの言う通り、この者達は本気で戦い合わなければ倒されるようだ。
オヴリバスの言葉に魔導兵達が大きな歓声を上げ…初音達に攻撃の準備をする。
相手は学を用いての力、魔法だ。
その為演唱を行うか、魔法陣と呼ばれるものを描くなど何か術式に必要なものがなければ通常は魔法を唱えることはできない。
ところが、魔導兵と呼ばれる者達はそんなものは必要ない。
自らに備わるオーラ・学と、魔力を消費して魔法を発生させることができる。
嘗て人間が住んでいた世界では初音達の目の前にいる兵士達は全て御伽噺の世界の人物。
それを目前としている彼等は正に、差詰RPG世界での勇者という立場なのだろう。
とは言っても、やはり能力を発動するにはわずかながらも一般の能力者の発動速度に比べれば遅い。
その為、初音はすぐさま臨戦態勢を取った。
「黒葉と善之はみんなを退かせて!ここは私がなんとかするわ」
そういって魔導兵達の群がるところへ突っ込んでいく!
「うわぁ!?」
兵士の一人が驚く。
魔導境界線での戦闘は接近戦を全くと言っていい程に得意としない者達の集まりだ。
だから初音の特攻は兵士たちから見れば自殺行為といってもいいものだった。
「遅いわよ!」
その隙を見逃さず初音は一気に兵士達を剛脚によって薙ぎ払う。
ラー家の家柄の少女達は裕福とまではいかないが育ちの良い環境というのもあり、全体的な身体バランスはほかよりも上に当たる。
例によってその育ちの良い環境で成長した初音の長い脚線美から繰り出される一撃は華奢ながらも広範囲に強力に効率よくダメージを与えることができた。
壊滅的打撃を与えつつある魔導境界の軍勢に果敢に立ち向かう中…
オヴリバス:イルミーズはある術式を描いていた。
兵士は次々と倒されていく中、平然とした様子でオヴリバスはその術を完成へと近づけていた。
その様子を伺っていた長身の男。
オヴリバスに最も信頼され義理堅さでは魔導境界一に当たる宰相・ガインヅィ:レガードが
「姫様の術が完成する。皆の者下がれ!」
その掛け声によって、兵達がオヴリバスの直線上を初音に向かって遠ざかっていく。
兵士達が道を開けた途端、オヴリバスが一気に術を唱える!
「ディディアヴァイヴァルグローム!」
二十歳前後の女性が唱えた術は強力な雷光。
兵士が道を開けたにもかかわらず、その範囲の広さから幾つかの隊員に甚大な被害が生じた。
だが同時に初音にも向かってくる。
「えっ!?」
当然その術が接近してくるのも気付く。
しかし回避は間に合わない!
避けるにしても範囲が広すぎて、回避したとしても不規則な動きをする雷撃線は初音を狙うようにして気まぐれな動きを見せるだろう。
万事休す!そう思った時。
バチバチチィーー!!
強烈な電圧を浴びたのは夏樹だった。
「な、夏樹!?」
電撃を浴びた夏樹の身体は抵抗することを許さなかった。
ただ初音を守るために身を投げ出した彼は言葉を発さなかった。
「チィ…」
小さな舌打ちの音を発したのはオヴリバスだった。
初音に当たらなかった事に思わず発してしまっていた。
それによって初音は怒りを爆発させようとするが、すぐに…
「初音、逃げるんだ!そいつらを相手にするのは危険だ」
黒葉の掛け声によって初音は、その方を向いたかと思うとすぐさま意識のない夏樹を抱えて一気に30m程あった黒葉との距離を縮め合流に成功するとその場を離れた。
こうして突如として現れた魔導境界の軍勢は霊法町をあっという間に占拠し、多くの人質と共に街を籠城の都市へと変えるのだった。




