3-8 死の覚悟
ベロニカは文字通り自意幻覚を避けた。
必中のそれが、かわされることは過去に今までなかったことだ。
だからこそ異例の出来事に千博は驚いていたが、黒羽には全く動じた様子がなかった。
「がっかりだよ、私は君がもっと強い存在だと思っていたのだけれど、その程度でソレを使ってしまうのかい?」
ベロニカには更なる闘気が満ち始めていた。
今の状態でも黒羽とほぼ互角のオーラを放っていながら、更に強力になりつつあるのだ。
「チッ、流石に適わないか、最早俺であってもコイツを止めることは不可能。となれば…」
ブツブツと呟きながら、黒羽は覚悟を決めようとしていた。
「スピリトゥスを収束させている、もしや私を道連れにしようとしているのかい?」
ベロニカはそれでも余裕の表情を崩さなかった。
もうこの男にはどのような手段も通用しないのだろうか…?
「身体はいくらでも残っている。お前にその一つをくれてやるだけだ!いくぞ!!」
腹を括りベロニカに猛進していく。
最大限にスピリトゥスを循環させていればベロニカにわずかながらもそのスピードは優っていた。
「うんうん、速い速い」
しかしベロニカは驚くことなく、隙をうかがおうと颯爽する黒羽を見ることなくただじっとしていた。
「黒葉美運君、キミのオーラ・スピリトゥスは確かにプネウマである私のオーラと違って神のオーラだ、その力は私が捉える事はできないだろう」
ベロニカは目を瞑る。
それをここぞとばかりに黒羽は攻めようと接近する。
あえて正面から、
ガシッ!
ところがその捨て身の一撃も、ベロニカに見切られ腕を掴まれてしまう。
「だけれど、君の動きは余りにもシンプルなんだ。それが私には絶対に勝てない理由、同時に敗因でもあるんだろうね」
掴んだ腕を一気にグルリと凪ぎ、黒羽は直立の体制を180°回転させられ頭から地面に叩きつけられる。
バゴッ!とコンクリートの地面を割り、黒羽の頭部も砕けたコンクリート片によって無数にその皮膚が切れ動かなくなった。
「フッ、私を殺すにはそれ相応の覚悟が必要だ。半端な覚悟で迫られても私としてはつまらないだけだしね」
そういって、ベロニカは千博を見る。
倒れている千博からすれば完全に見下されていた。
「とはいえ、見下ろすのは可哀想だ、せめて同じ位置で安らかに眠らせてあげよう」
その足が近づく、
「もし願い事ができるのなら、核汚染の時代が起こりうる前に生まれたかったな、今のこのご時世醜い争いばかり…おちおち死ぬのもアホらしいと思わないか?」
少しずつ接近しながら、千博に近づいてくる。
死の鐘は今まさに鳴らされようとしていた。
「正直言って黒葉も君も殺すのは惜しいんだ、まだこんな良心的な子達がこの世界には残っている。だけど私に攻撃を向けてきたことで君達の運命は死というルートだけになってしまった。私を殺せるのなら、是非ころ…」
言葉を終える前にベロニカの身体が千博の視界から消える。
そしてワンテンポ遅れて、バキィ!という音。
千博には見覚えのある蹴りをベロニカは浴びたのだった。
「初音…?」
ボロボロの傷の中、千博の瞳にはその姿が見て取れた。
「遅くなってごめんね!」
華麗に舞う身体と、それに惹かれる赤い髪。
そして、見上げれば低空ながらも未だに飛行している旅客機。
初音は着地と共に左足を軽く押さえて片目を瞑り、痛みに耐えているようだった。
「お前、まさか飛び降りてきたのか?」
さすがの千博も目を見開き己の傷の事など忘れたように初音の心配をした。
「うん、ちょっと挫いちゃった♪」
てへへと舌を出して微笑む。
その仕草はとても700歳以上の歳月を過ごした者には見えず、思春期の少女しか見えなかった。
「バカ、少しは自分を大切にしろ!」
しかし、いくら可愛子ぶろうと千博には萌え要素1%にも満たないらしく、ひどく気に障ってしまったらしい。
「それにしても、あいつは何?」
気を取り直して向き直り、ベロニカを蹴り飛ばして破壊された市場の瓦礫を見る。
勢いに任せて不意の一撃を浴びせたものの、おそらく大したダメージは与えていないだろう。
その証拠にガラガラと音を立て、瓦礫の山となった場所からベロニカが立ち上がる。
「私の不意を突くとは、流石は血を分けた我が子だ」
頭部を蹴られ、壁にぶつかり、瓦礫に下敷きになるも傷一つないのは、そのプネウマが強力だからなのだろう。
更に初音の攻撃を受けたことによって、ベロニカは只ならぬ殺気を内から発していた。
「何勝手なこと言ってるのよ!貴女なんか知らないわ」
真実を告げられた事にまるで動じることはなく、初音はベロニカを前に構えた。
「死をも恐れぬその瞳、私の子に相応しいね」
しかしそれでも、余裕の表情は変えずにいた。
「違うって言ってるでしょ!理由分かんない事言ってるんなら早くかかってきたらどうなの!うそつきパパ?」
初音の言葉が終わると、冷たい笑みを浮かべる。
「フフ、折角再会できたんだ。私も冷たいことは言わずに少し遊んであげよう」
そう言って、スッと姿が消える。
だが実際には消えてはいない、速すぎて消えたように見えるだけだ。
「気をつけろ初音、奴には近付こうとする者を遠ざける力がある。不用意には近付くな!」
それをみた千博がいち早く初音に、その能力の恐ろしさを伝える。
ところが初音は特に気にした様子もなく、策もなし突っ込んでいく!
「仲間の言うことには聞く耳持たずかい?」
姿の見えぬベロニカの声が聞こえてくる。
「大丈夫よ、既に手は打ってあるから」
「…!?」
初音の言葉にベロニカは一瞬、寒気を感じ取った。
しかしすぐにそれは余裕の表情に変わり、
「何の策もないように見えるけどね…ハッタリはよした方がいい」
「ハッタリかどうかは今に分かるわ!」
その言葉を告げると初音は一気にベロニカとの距離を詰める!
「何の真似かな、仲間は愚か私の言う事までも聞こえないのかい?」
愚かな行動と見切りを付け、ベロニカは接近する初音に対して千博にも行った見えない攻撃を与えようとした。
だが次の瞬間!
「ノーベルテンタクルー!!」
突如聞こえてきた声と共にベロニカの足元、地上の岩盤を突き破って現れた深緑色の蔦がベロニカの足を捕らえる。
「束縛系能力か、こんな程度で私の能力が封じれると…」
自分の足を見ているあいだに初音が、拳に込めていたプネウマを一気に放ち間接攻撃を浴びせる。
「光波集突!!」
込めたオーラの硬度を利用して対象に物理的な一撃を与える。
原理は禍根集気砲と同じものだ。
相違点は拡散性がなく一点集中ということ。
初音の一撃と共に蔦は枯れ落ち、ベロニカの身体は重力に惹かれ地面を砕くように叩き落ちた。
直撃を受けながらもプネウマによって衝撃をカバーする形で地面に打ち付けられたのである。
「ナイス!コア、コナ」
地上に着地すると千博の方に向かって走っていく初音。
そこには、身長130cm程の小さな女の子が二人。
背丈も顔も瓜二つな少女がいた。
「うまくいきました~♪」
「たぁ~♪」
背中合わせになって笑顔を向ける。
「初音、この子達は?」
その様子を一部始終みていた千博が、初音に問いかける。
「この子達はえっと…」
説明しようとするが、初音が言う前に二人が千博の前まで近付いて行き、先程の様に背中を合わせて自己紹介をし始める。
「私達は魔導境界の双子エレメンツ、植物の旋律師コア:ルアと」
「大地の旋律師コナ:ルナで~す♪」
息の合った紹介をしてみせた。
「この子達は魔導境界って所から来た魔法使いさんなのよ突然空から降ってきて、私が助けたのよ」
「なるほど、そういうことですか」
初音の言葉に納得した声を上げたのはもうひとりの魔法使い、ルシアを連れた善之だった。
「ルーシア様~」
「ご無事だったんですね~♪」
ルシアを見た双子魔女は騒ぎ立てる。
どうやらこの二人は知り合いなどではなく、身内程の関係性があるようだった。




