1-2 千博との接触
「あ、おい!夏樹」
どうして生徒会に?
と、睦は不思議に思うのだった。
千博、神月千博は付属校学内でも、有名な生徒会長だった。
2年で担うことになった生徒会長の座は付属にしても本校にしても、憧れの座と言われるほどだからだ。
ところが夏樹は付属校の生徒。
理由はどうであれ、生徒会長の前に、他の物に聞くことができるのではないか?と、頭を悩ませるしかできなかった。
カツカツ!と、走る音。
風香学園は構造上、付属と本校を行き来する場合、1階へと降りて廊下を渡って行く必要があるのだが、今年の夏休み中に、2階にのみ本校に続く廊下が作られ、移動教室の際を行き来するのはかなり楽になった。
たとえ付属であっても移動教室によっては本校に、ちょくちょく足を踏み入れることになるため、付属の生徒も本校の生徒も顔見知りが多い。
それもあってか、急いでいる夏樹を本校の生徒が見ても、驚かれるといった様子はなく、単に一限目から移動教室だというのに遅刻しそうな生徒、という印象でしか持たれない。
止められることがない分、踏み込んでいけるが、逆に壁のように群がる人々に、たとえ止められても同じような感覚を覚えた。
中々退いてもくれないのも難儀だ。
夏樹は、心で、人混みを邪魔だと思った。
風香本校/生徒会室
風香学園の生徒会は、忙しい状況なら、授業を公欠することができる。
朝は神月が早くから出て行ったとおり、今回も相変わらずのように忙しく、まだ生徒会の中で、議論をぶつけ合う声が聞こえてきた。
いきなりドアを開け放ち飛び込むというのは、いくら親友という関係とはいえ周りに迷惑だ。
焦る気持ちはあったが、一限の始業ベルが鳴ってからも夏樹は、生徒会室の扉の前で、議題が終着に入るのを待ち続けた。
二限のベル。
まだ議論は交りあっているようだ。
三限のベル。
未だ依然として、終わる気配などなかった。
四限のベル。
時刻はランチタイムという名の昼に変わってしまっていた。
ぐーーー
夏樹の腹の虫が鳴る。
ここまでか、と、夏樹は落胆する。
一体何の議論が行われているのだろうと、気にはなったものの生徒会の人間でもない夏樹が聞いてもわからないだろう。
だから、神月が出てくるのを待っていたら、時間は昼休みになってしまっていた。
午前中の授業は全て夏樹だけ欠席だ…。
しかし、単位を気にするほど小さい事では無いのは、夏樹が一番よくわかっているつもりだった。
生徒会の扉が対になるように横に開き、中から生徒会役員と思われる人達がぞろぞろと出てくる。
思ったよりも人数は多い様で数にして、15~20人程いる。
その中に目的の人物を見つけた。
「千博さん」
夏樹の声に、一瞬『え?』と、いうような顔をしたが、すぐに元の冷静な表情に戻して
「夏樹か?どうした?」
神月は問いている間に、夏樹の状態をよく確認していた。
「お前その様子だと、会議が終わるまで待っていたな?」
神月の目が夏樹を強く見る。
「その、伝えたいことがあって、実は…」
夏樹が、先ほどのことを説明しようとすると、
ぐーーー
と、腹の虫がまたなった。
その音を聞いた神月は、からかうような笑みを浮かべる。
「急いでいないのなら、学食で聞かせてもらえないか?」
神月も腹を押さえて夏樹に言う。
「そうですね。一度学食で食事を取りましょう」
二人は、1階の学園中央部にある、食堂へと足を向けるのだった。
霊法町北東部/セイレーン教
セイレーン教…そこは、迷える魂の辿り着く安息の地とされている。
この教会の主であり、地球軍の諜報員を指揮する教祖、黒葉美運は不穏な空気を感じ取っていた。
「とても悪い事が…起こる気配がするね」
黒葉は目の前にある人の形をした石像を崇拝していた。
その後ろで顔を伏せて念ずる修道士達。
独特な修道服は紫色の布に十字のマークの入ったフードを被っている。
薄気味悪い光景だが、皆願うような姿勢で祈っていた。
「近々この辺に何かが起こるね…初音ちゃんは既に気付いたいたという事か~、流石はラー家の血筋の子、勘が鋭いものだね」
修道士達の事は全く気にもかけず黒葉は唯々ブツブツと何かを言っているのだった。
念ずる者達は次第に霊力が力尽きていき、途中で倒れる者があとを絶たなかった。
それを察した黒葉、手のひらを差し出して
「もういいよ、これ以上は君達の命に関わる。もう十分だよ」
そういって、念じることをやめさせた。
「ご苦労様だったね、ゆっくり休みを取るといいよ」
優しいようだが、尊大な態度の黒葉の言葉を聞いた修道士達は、この場をあとにした。
彼等一人ひとりの念力は弱い、しかし互いを共鳴させ合えれば、それは、大きなものとなり、黒葉を手助けする力となる。
しかし、修道服が黒葉の邪気を抑制する力があるとしても、やはり、彼等にとっては、黒葉の気…スピリトュスは人間には、有害物質でしかなかった。
普段黒葉は修道士達の前に現れることはない。
彼等を死に誘いかねない事もあって、黒葉自らが接触を拒否しているのだ。
「残された彼等地球人の為にも、一刻も早い地球の除染を願っているよ、地球を愛してやまない能力者の皆」
黒葉の言葉は果たして、誰の耳に届いたのか、それとも、ただの独り言だったのかもしれない。
黒葉の目的は、未だ嘗て、誰一人として知ったものはいない。
否、黒葉自身が知られたくないのかもしれない。
密かなる、願い。
彼にとっての地球は最も愛する大地ということを…