3-2 出動・地球軍の諜報員
地球軍政府代表の各国挨拶への演説が幕を閉じてから早一週間、とても穏やかに過ごしていた様に思えた千博と善之に黒葉から任務が下された。
今現在の霊法町で、不審な動きがあるという情報を黒葉が掴んだのだった。
さっそくその正体と、最近霊法町にて起こっている、輸送船の輸入・輸出ルートに出没するという謎の異形の生物の調査を任された。
黒葉を信用しているわけではないが諜報員となった以上、下される任は果たさなければならない。
まず最初の調査は異形の生物の調査からである。
ここ最近は活発な動きは見せていないものの、この生物の影響によって、霊法町の経済力はガタ落ち気味になっていた。
このままでは、いつ経済破綻しても何ら不思議ではない。
そのような事態だけは避けなければならない。
霊法町の存在は、風香町と桜木町を繋ぐ存在にある。
もし経済破綻を起こしてしまえば、風香町も桜木町も貿易による強い影響線が失われ、大恐慌を生むことになってしまう。
それほどまでに、霊法町沿岸に住む生物は多大な損害を与えているのだった。
「異形の生物と報告はあるけど、恐らく覚醒生物だろうね。それもオーラによって強度を増した船舶の装甲でさえも破壊する生物と報告されている。極めて凶暴な海魔だろうから、十分に気をつけて調査するんだよ」
黒葉のおばさん臭い語尾の言葉を思い出しながら千博と善之は、霊法町の南南西にある船着場へと向かった。
霊法町/船内
今日は晴天日より春も中頃になっている海は、強い日差しでありながらポカポカと暖かく気持ちの良い日となる雰囲気を漂わせていた。
だが、甲板に立つ人達は船乗りの格好をしているわけではなく、目付きの鋭い親父風貌を持つ荒くれ者の集団だった。
目には切れ込み、丸太の様に太く組んだ腕は消える事のない痣や傷が無数にあった。
異形の生物退治任務は、黒葉だけでなく地球に数十はいる諜報員の中でもエリートを寄り直ぐって全員駆り出されているようだ。
その為、今回の任務は仲間割れによる手柄の奪い合いも起こりそうな状態にある。
そんな荒くれ共に混ざっていた千博と善之は、華奢な女性を見つけた。
こんなラグビー部の合宿の様な大男が群がる中に彼女がいるということは、やはり彼女も異形の生物の駆除が目的なのだろうか?
「はっ!?」
と、そこで気付く
かくいう自分もラグビー部の一員に自ら認めてしまっていることに…。
「あの…」
その時、千博と善之に話しかけてくるものがいた。
先程の彼女だ。
大男しかいないことに少々気を張りすぎていた為か、居た堪れなくなり二人に混じり緊張を紛らわせようとしていたようだ。
「神月:千博だ、君も異形の生物の駆除か?」
千博がその女性に問う
「はい、自己紹介が遅れました、恋野花:藍(このはな:らん)と言います」
女性はそういって深く頭を下げた。
とてもかしこまった性格の彼女はどこかで使われているような仕事をしているのだろうか?
「コノハナ?」
そんな彼女の態度などは気にもせず、千博は目の前の女性の苗字に違和感を覚えた。
「はい、『こ』は恋という字、『の』は野原の野、『はな』は花びらと書きます。恋に惹かれるや野に咲く花を見つめる乙女、という意味で付けてくださったのです」
その時の藍はとても可愛らしく見えた。
先程までのかしこまった態度などは一面もなく、とても嬉しそうに、
「そうか、いい名前をつけてもらったんだな」
と、千博は素っ気なく返した。
しばらくして彼女のグループと思われる者が藍を呼んだ。
それを気に彼女は戻っていく。
やはり、彼女とも手柄の奪い合いによって、戦うことになるのだろうか…
そんな彼女をずっと見届ける千博に善之が、
「どうしましたか、千博様。まさか先程の女性が好みなのですか?」
突然そんなことを言ってきたのだから、緊張していた千博は大慌てで顔をそらす。
「そうじゃない!彼女からは、ラー家の気配を感じたんだ」
「えっ!?ですが、あの女性からは純粋なオーラしか感じ取れませんでしたが…?」
善之は首を傾けて考える。
「だから、気になるんだ。何か嫌な予感が俺達に迫っている。そうおもえてな…」
千博は終始、藍の警戒を怠らないように気を配るのだった。
出港から2時間半/霊法町より南東の海峡
長い時間を船の上で過ごし、各員が戦闘態勢に入ろうとしていた。
到着した場所は完全に海のド真ん中、目的の生物は輸入・輸出ルート上に必ず現れると報告されている。
そこから予想される事としては、生物のテリトリーに踏み入ることで襲撃されているのだろう。
だとすれば、生物を呼び出すのは簡単だ。
ただテリトリーに入ればいいだけだ。
領域を侵された生物は激昂し、千博達のいる船を襲うはずだから…
しかし、一向に船体に異常は見られない。
それどころか、まるでこの海域には何もいないようにも思える。
千博や善之を含め、大半のグループが気配を感じ始めた。
この静かさと、そこから満ちるオーラの感覚。
すぐにでも、この船に来る!
艦長が近くに見える島に上陸を試みようと船体を動かした時、目的の物が攻撃を仕掛けてきた。
船は激しく揺れ、一部の者が海に落ちた。
「まずい、おい!手を差し出せ!!」
千博は船体の端に腕をかけ落ちた者を引き上げようとするが、
ズシュ!
「っ!」
その腕にこの海域の生物が襲ってきた。
元々この辺りは汚染によって凶暴化しているピラニアが無数に泳いでいる。
本来のピラニアは出血していなければ、その臆病な性格で攻撃してくることはまずない。
しかし汚染によって凶暴化した彼等は、出血の有無にかかわらず襲いかかるようになってしまっていた。
引き上げを試みて手を差し出した者は、身を抉られる痛みに絶叫するが、抵抗も虚しくその身体がみるみると剥がされていき赤い水溜りを残して黒闇の底に沈んでいく。
「くっ…」
人ひとり助けることができなかった千博は、めげずに他の者を助けることに専念する。
とても落ち込んでいる場合ではなかった。
「大丈夫か!?」
だから千博が先程の少女、恋野花:藍に腕を差し向ける。
男共と違って、藍は千博の腕にすぐに掴まる。
そして引き上げに掛かり、勢いよく船体甲板に上げる。
ゴロゴロと転がり、船体先の手摺りを受け止めにして強打する。
「うっ!」
強打した衝撃に藍は咳込む。
「善之!乱獲用投網を、はやく!!」
千博が善之に指示を渡す。
「はい!」
それに受け答えする善之は、船内の入口においてあったロケットキャスティングネットを射出する。
バシュー!と、発射された網は海上に放り出された班員を次々に網の中に収めていく。
それを善之はオーラを用いて握力強化を施した腕で引っ張る。ざっと20人程の人数が、甲板に上げられた。
残りは約10人程、ピラニアによって、70%余りが死に至った様だ。
「残りの回収も急げ、手の空いてる者は、ネットの射出準備を手伝うんだ!」
千博の指示の下、投網から抜け出た、疎らな班員達が新しい投網を射出機に装填する。
そしてロケットキャスティングネットとなったそれを、善之に渡す。
「ありがとうございます」
そういって善之が受け取ると、代わりに置いたロケットを班員が回収する。
再びバシュー!と、投網を海に投げ込み、残された班員を救出する。
一次はどうなることかと、思われたが全滅は避けることが出来た。
しかし異形なる生物を退治するグループとして構成された300人程の地球軍のエリート達はその数が80人程になっていた。
先程の衝撃は恐らく、異形の生物の仕業だろう。
船体ヘの衝撃は船を大きく揺るわせた。
ピラニアが体当りしたところで船が揺れるとは思えない。
一向は、一時的に上陸できそうな島を見つけそこで休息をとっていた。
死亡してバラバラになった班員が各々でグループに入りつつある。
5、6人の小隊を組んでいたグループは一人だけ生き残っていたりと、指揮の乱れも激しい状態だ。
全員がたすけあいをし、入隊の手続きなどは特に行わずに、快く迎え入れるところばかりだった。
そんな中、千博と善之にも一人、入隊希望者が現れる。
それは先ほど千博が助けた藍なのだった。




