1-1 風香学園
地下鉄/リニアトレイン
地下鉄のホームといっても、風香町と霊法町はかなりの距離を離した駅である。
徒歩だと2~3日はかかってしまう距離で、道も複雑だったりと何かと長距離を歩かされてしまうのだという。
ところがこのリニアトレインに至っては、その距離を片道僅か20分足らずで到着してしまうのだ。
現代の最新技術の進歩は並外れている。
初音に聞いたことがあるのだが、名前にはリニアと付けられているが、この原理は覚醒能力者の気をエネルギーにする事によって、物理的に不可能とされる限界スピードを超越する事ができるのだという。
しかも、そんな速度を走行していながら、揺れは殆ど起きないし、車内もかなり無音だ。
ブーーーン!ブーーーン!
だから夏樹の携帯がバイブレーションモードだけで鳴っている着音でさえも、この車両では、変に大きく聞こえる。
周りの目が注目する中、夏樹は恥ずかしそうに後頭部に右手を回し頭を下げる。
そして携帯を取り出すと、着信相手だけを確認して電源ボタンを押す。
先ほど車内警告が流れた手前、堂々と受話するわけにはいかない。
外線を切るとすぐさま、メール画面を開き、御詫びのメールを入れる。
「ふうっ…」
ため息を一つもらし、夏樹は気を落とす。
何故なら、夏樹の携帯は、小さな振動を起こして夏樹に伝えた後、バイブレーションがかかる様にセットしている。
その間は2秒くらいの感覚がある。
それを考慮すれば、比較的早い段階で気付き、バイブレーションモードになる前に、通話が可能となる。
この場でも、周りに迷惑をかける事無く、電源を押すことができたはずだ。
しかし、夏樹はそれができないくらいに、落ち込んでいたことになる。
頭の中では、何度も『しっかりしろ』、『大丈夫』と、激励していても、やはり不安なのは確かなのだ。
そんな中、リニアトレインからは、風香町の駅が見えてくるのだった。
紅の屋敷/紅の部屋
紅:初音、夏樹の保護者をしているお姉さん。
そんな彼女は今、ベッドから起床し、周りを確認した。
「おや、目覚めたようだね」
その時、声が聞こえてくる。
ドアを見ると黒葉がちょうど入ってくるところだった。
「ちょっと作ってみたんだ。よかったら食べてみてよ」
片手で持っていたトレイから、お粥をおろす。
「初めて作ったものだから、味の保証はできないけど、何も食べないのは身体に悪いからね」
そういって、塩もおろしてくる。
「・・・」
紅は少し、嬉しそうな、恥ずかしそうな顔を浮かべて、塩を振ったあと
「ありがとう、いただきますね!」
笑顔を向けて、一礼をした。
「それじゃ、僕はもう少し、教会の方に行ってるよ。何かあったら、そこの子機から連絡してくれるかな?」
「はい、わかりました」
返事を聞くと黒葉も笑顔を浮かべて部屋を出ていった。
紅一人になると、昨日調査した報告書に目を通した。
「無理はできない…けれど、学業に支障をきたしてでも、やらなければいけない」
紅の見ている報告書には、約一週間分の記事が綴られていた。
『風香学園にて、別次元に通じているとされる空間の歪みが発生。空間は夜になると亀裂が現れて範囲を広げ、その場にいた者を飲み込むとされている。別次元の世界は一定周期でこの世界との空間と接触、切断を繰り返しており、たとえ飲み込まれても、周期がわかれば脱出は可能と本社は見ている』
『風香町と桜木町を繋ぐトンネル内で、謎の爆発事故発生。開いた穴の内部には、亜空間への道が続いており、爆破物の特定は愚か使われた形跡が無かったため本社は何者かのテロという関連ではなく、全てが偶然によって起こったものだと推定、現在も調査が続いている』
『霊法町沿岸で、異形の生物を多数確認。この生物は、漁業中の船舶を襲う傾向が見られ、幾つかの船内に穴が広がり沈没するという、悲惨な自体だ。この事件によって死者も何人か出ており、自治体からは輸入船舶等の貿易を中止するようにと警告看板を各所に立てたとの事。霊法町沿岸に出る際はなるべく海には近付かないようにするのが襲われない為の最善の方法だろう』
現在の報告書はこのあたりだ。
どれも、この辺りで起こっている地象で、紅は風香学園の記事をよく見ていた。
風香学園は、付属と本校をまとめた学園だ。
歴史も古く、それゆえに学生数は多い。
そんな学園に事件を引き起こさせるわけにはいかない。
紅はお粥を食べ終えると夜に備え、また眠り始めるのだった。
風香町
風香学園は、風香駅を出てから、南南西にある学園だ。
一年の大半が雨の降るこの街は、植物の繁栄を願ってのことなのか、特産品が多い。
大都会をイメージさせる街並でありながら、田舎っぽい印象も持たせてくれる、夢の街だ。
あれやこれやと眺める生徒が賑わう中、夏樹は一人、トボトボと歩いていた。
こんな場の和みにはとても割っては入れない。
今日のような日は特に。
と、そこへ夏樹の背から声がかかる。
「お~い!夏樹ー!」
現れたのは、夏樹との悪友で、学園内でも有名な、八王子:睦だ。
「睦か、どうしたよ?」
夏樹は気落ちしているため、今のこの場の雰囲気が読めないでいた。
「どうしたはないだろ?ここは『おはよう』とでも、言っておけばいいじゃんかよ!」
無駄に高いテンション、何かいいことでもあったのだろうか?
「それよりも聞いてくれよ。俺、来週合コンに行くんだ。で、女性陣の方はメンバーは揃ってるんだけど、男性陣はまだ一枠空いてるんだよ。でさ、夏樹、よかったらお前来ないか?」
能天気な発言だが、不思議と夏樹の心に暖かい光をともさせてくれる憎めないやつだ。
だが、残念ながら、今回の任務が終わってしまえば、その合コンで万が一でも相手を見つけてしまった場合、辛い最後が待っているのは明白なのだ。
この目の前にいる睦も含めた、風香学園の者達全てをいずれは、忘れる時が来る。そう思うと、悪友という関係ならまだ許せるであろうという夏樹の判断だった。
だから、勿論
「俺、本命は既にいるからいいよ。ゆっくり楽しんでこいよ」
と、嘘をつくしかできなかった。
「そうだよな、お前は前々からそう言ってたよな、でもよ。一度もそういう人は見ないんだが、本当にいるのか?」
しつこく問い詰めてくる。
「いるさ、とびっきりの美女がね」
「くぅー!この裏切り者ーー!」
そういって睦は夏樹の首を締める。
それから学園につくまでの間はずっと睦と馬鹿を楽しんだ。
風香学園
風香学園は1000年以上の歴史が続いている名門の学園で、生徒数は付属と本校を加えると2000人くらいの人数がいる。
夏樹と善之と睦は付属の3年。
初音と千博は本校の2年である。
昇降口を抜けると、下駄箱に入り、上履に履き替える。
屋上を入れると、4階建ての、この学園にて、夏樹のクラスは3階にある。
2階への階段を上がり、3階の階段を上がろうとした時。
「まてまてぇー!」
と、その時、夏樹を目掛けて猛疾走してくる人が…
「う、うわぁ!」
咄嗟に、階段を踏んでいた足を戻し、後ろに下がって、避けようとするが、相手は夏樹を完全に狙ってきている。
まだ距離があるが、どこにいようと確実にぶつかってくるつもりだ。
仕方がないと、夏樹は、通学カバンを足元に置いて、構える。
実は夏樹には覚醒能力が存在しない。
核汚染の影響は受けているはずなのだが、何故か開花することがなく、今までを生きてきていた。
「力は抜いてあげますから、恨まないでくださいよ」
ぶつかる直前まで、だだずっと構えていた。
代わりに得たものは…独自の武術と、公平な体術だった。
猛疾走してくる人物の腕を取り疾走の勢いを消すと、前に崩しながら、前回りさばきで踏み込んで体を沈め、右ひじを相手の右脇の下に入れ、肩越しに投げる!
背負投を夏樹はしてみせた。
投げられた者は、地面に叩きつけられ、しばらく悶えていたかと思うと、突然、その場から消えた。
否、消滅したといったほうがいいのだろうか?
「な、なんだ、一体?」
夏樹の様子を見ていた睦は、夢でも見たかのように驚いていた。
先程の人物、短髪の女子生徒。
言うなれば、普通の生徒であるといっていいだろう。
ただひとつ、先程の事を除けば…
「睦、お前は先に教室に行っててくれ、俺は本校の方によってくる」
そう言い残して夏樹は、千博の元へと足を運んでいった。