2-4 ラー家の秘密
セイレーン教/教祖室
一方、霊法町ではとある客人を招き入れていた。
その存在に真っ先に気づいたのはこの街の長でもあり、セイレーン教の現教祖だった。
客人とは神秘的な輝きを放つ羽翼を、幾つも生やす天界からの使者。
その者はこの街に足を踏み入れた途端、真っ直ぐ的確に、その教会が立つ場所に向かってきた。
そして今、彼女は現教祖と謁見の場にある。
「久しぶりだね、天界の長の君がまさかこんなところに態々足を運んでくるということは何か土産の一つでも手に入ったのかな?」
セイレーン教の現教祖、黒葉美運は教祖室の神像を見ながら背後にいる天使と呼ぶ者に言葉をかける。
「くだらないお話の為に、こんな辺鄙な所に赴いたりしないですわ。黒葉美運、いえ…二代目王」
天使の彼女は、黒葉に勝手な名前を当てる。
「フフ、その言葉とても嬉しいよ。華楼美母」
黒葉は天使の名を上げる。
すると突然、華楼美母とよばれた彼女は、腕を組みその見事なまでに豊満な胸を強調させる。
「今になっても不可思議です。悪にしか染まることができない貴女を好いてしまった事に」
そういって、ふと一滴の涙を流すような仕草で、誘ってみせる。
しかしそんな素振りで魅せても黒葉は全く魅了されることはなく、嘗て誰にも見せた事のない本当の姿を晒す。
肩甲骨から服を突き破って現れる。
華楼美母よりも大きく、吸い込まれるように美しく禍々しい漆黒の翼を。
更に少年のような姿は突如として、大人の姿に変わるように身長が伸び、単発の黒髪は、腰のあたりまで伸びる。
「それで俺に何の用かな。華楼美母?」
黒葉の今の姿は、華楼美母を恋に落とした時の姿。
何百年経とうとも華楼美母を含みその容姿は全く変わっていない。
ただ一つ言えるのは、
黒葉が初代王を引き継いだ二代目の王だということ。
「やはり…あなたは私には無い部分を持ち、そうやって必死に同意を求めさせようとするんですね」
その姿を見たとたん華楼美母は、凛とした姿に色気が余計に現れ始めていた。
「俺を褒める為に趣いたなら、今すぐ立ち去ったほうがいい。お前は清麗なる純心の天使、俺は冷酷なる非心の堕天使。結ばれる事のない接近を封じる枷をハメた者として、お前の心が朽ちる前に天界に戻ったほうがいい」
黒葉は、歩み寄ろうとする華楼美母を拒む。
黒葉の言うとおり、華楼美母は天使、黒葉は堕天使という、相克し合う力の者。
距離が縮まるほどに、華楼美母がその闇に侵される事となる。
「今日は重要な事を伝えに来たの。それにあなたのスピリトゥスを防ぐ方法を見つけたから…」
そういって、彼女は両手を添える。
すると、彼女の全身を神秘的な光が包む。
「心・封霊陣!」
そう叫び上げると、黒葉が無意識に放つ黒きスピリトゥスが彼女、華楼美母をまるで避ける様に接触できないようになる。
「へぇ…さすが、天界の長をしているだけの事はあるね。頭のキレの良さは俺並にはあるのか?」
「ごめんなさい。あなたを不に堕とした故に、私たち天界の掟でこんな牢獄に封じ込めることになってしまって…」
感心する黒葉に、華楼美母は神妙な顔をする。
「どうしたんだい?」
それを不思議に思った黒葉。
彼女には何か…非常に言いにくいことがあると確信した。
「実は、とてもいいにくいことがあります」
予感は的中した。
というより彼女が難しい顔をした時はいつも、とても重い出来事あるいは事件の予兆を示してきた。
「黒葉、あなたは二代目王としては認められていないかもしれません」
華楼美母の口からはそんな言葉が流れた。
それを聞いた黒葉は、細い眼で睨むように彼女を見た。
今までの付き合いの中で彼女は時々嘘をつくことがあった。
しかし、それは全て今のような神妙な顔をしている彼女ではなく、ふざけ合っていた時だけだったが…
だからこそ、黒葉は彼女の表情をもう一度見たのだ。
嘘偽りのないか、どうかを彼女自身の発声や発音だけで見切るのは難しい。
「その怪しむ態度…やはり真実を知らないのですね」
憐れむわけではなく、真実を知らない黒葉に同情を重ねるようにして華楼美母は涙をまたこぼす。
「実は初代王は・・・」
華楼美母から教えられた、真実…それは黒葉でさえも驚愕させる事だった。
それを離す華楼美母自身でさえ、信じがたい。
しかし、彼女を含む天界の者達が見つけた歴史を変える真実、それを置き換えると今までの出来事は全て辻褄が合う。
逆にその事実が違うと否定すれば、今の状況は確実におかしい地象、現象ということになるからだ。
だが、真実を聞かされた黒葉でさえ、未だに驚きを隠せず、彼女に何度も聞き返すのだから。
「もし、お前の言うことが正しいとすれば…いや、正しいと断定すると、とんでもない事を思いつく奴だと俺は思うな…残酷すぎる」
「私達天界がその真実にたどり着く前から、この歴史的事実は予想の中にありました…。でないと今までの出来事の全てが繋がらないのです」
あまりの出来事に華楼美母はついに嗚咽を漏らしてしまう。
その隣で、黒葉は口遊さむ。
「だからラー家は、呪われた血族と呼ばれるのか…」
その意味を理解したとき、黒葉の中である結論にたどり着く。
「は!だとすれば、天界に封印されている『アイツ』も世界の乱れに活気づいている事になる。華楼美母!急いで天界に戻ってアイツを、・・を」
焦りと急が告げる。
欠片が結晶になるかの様に、真実は今、その状態となって、事態の大きさがどれほど重要なのかをふたりに示したのだった。
そして華楼美母は黒葉に言われたとおり、天界に一度戻り、確認することにした。
天界/羅刹封門線の檻
天界は地球圏と宇宙の境目にある、危険な場所。
能力者といえど、この部分に長居することはできない。
華楼美母を始めとして、天界の住人である天使達はその巨大な翼をバリュートとして、生活することができる種族。
そう、厳密には天使ではない。
しかし、同じこの世界で育った黒葉は、漆黒の羽となり、天使達は彼を堕天使と呼ぶ様になった事から、天使と名付けられている。
その天界には、嘗て大罪を犯した天使がいた。
名を影融と呼び、そのモノは天使にとっても堕天使にとっても災厄の象徴たる存在として、この羅刹封門線という多重式の封印を施して監禁していた。
しかし、真実がわかるとともに、この影融が災厄という栄養源を得て、力が強くなり、檻を破って逃げ出している事に黒葉はいち早く気づいた。
それを追ってきた華楼美母だったが、おそらく先程の真実が発生した直後から、ソレは逃げ出していたに違いない。
檻は無理やり通り抜けたかのように、歪な破損の仕方と先端部の至る所に血痕が残っていたのだ。
勿論等に固まってしまっている。
しかし、油断はできない。
そのモノだって…そうなのだから。
真実を知った途端に、否、華楼美母は最初からラー家という呪われた血族に強い敵対心を抱いている。
黒葉がそれを今まで知らなかった事をどうしてもっと早く教えなかったのかを今でも後悔しているくらいに。
「今すぐに…影融を探す手筈を整えなさい!あの災厄の存在を地上で野放しにしていては…能力者は滅び、ようやく落ち着きを取り戻したかにみえた地球は再び、天国と地獄の境界線を彷徨うことになってしまいます!急ぎなさい」
華楼美母は監視役として連れてきた影融の看守に言葉を差し向ける。
女性とは思えないような気迫の看守達は翼を羽ばたかせ、天界に住む住人達に非常警戒態勢を敷く。
既に手遅れなのは分かっている。
しかしこのまま指をくわえて地球の最後を見ているわけにはいかない。
華楼美母に嘗てない力、煌びやかに輝くスピリトゥスが全身を包み込む。
そして、大気圏すれすれの所で、看守達の呼びかけに集まってきた天使達に、
「地球を守り抜いた者には、その栄誉を称え私、ケルビムの座を譲り、長としての使命を継ぐことができると信じ戦きなさい!全使子地上へ!!」
黒葉と喋っている時とはまるで別人の様に、高らかな声で天使達を地上へと向かわせていく。
こうして天空の使者達は、そう遠くないうちに迫る地球の危機の再開を目前させた者の捜索、及び、撃破の命令を受け、地上へと何百という数の翼人達が降り注いでいくのだった。




