0-1 外伝・新たなる者達の歩み
霊法町…それは、世界中で最も大きな都市で、各国からの輸入、輸出が広く、実に様々な商品が売り出されている。
買えないものはないといってもいいくらいに。
そんな、都市から北西に向かって30kmほど離れた場所にある大きな屋敷。
見た目はただのボンボンが集う屋敷にしか見えないが、この屋敷は地球軍の最重要拠点だった。
ここにいるのは、4人の者達。
地球軍を代表しての対覚醒能力者用の戦闘、兼、諜報員だった。
紅の屋敷
全2階建ての、この屋敷は玄関を抜けると、すぐさま階段と廊下が目の前に見える。
廊下は突き当たりまで行くとT字型に分かれており、入ってきた方向から左は御手洗、右は居間へと続いている。
1階は一般的な家庭の作りで、2階からが4人の住居だ。
まず2階の階段を上がりきった先は、長い廊下が横に続き突き当りまでに個室に続くと思われるドアが4つ、一際雰囲気を持たせるオートドアが一つ。
おそらく、この奥が4人の活動の場となるところなのだろう。
その時、個室の2番目のドアが開く。
現れたのは、紺のブレザーを着た青年、羽真宮:夏樹だった。
「あ、黒葉さん。おはようございます」
現在の時間は、7:32。そして、現在の視点は黒葉美運のものだった。
「やぁ、夏樹くん。これから学校かい?」
当の黒葉はというと、着慣れしていなさそうな修道院教祖の服装で、動きにくそうなのは隠しきれないのだった。
黒葉の姿はあれから全く変わってはいない。
一説には彼の姿はその辺にいる子供と言ってもいい。
小学生後半から中学生前半、6年生から中1~2年生くらいの背丈で、目の前の夏樹は、ごく普通の高校生のような姿。
どうしても顔を上げないと夏樹の素顔を見ることはできない。
「今、お嬢様を起こそうと思っていたところなんです。朝は低血圧なのに、昨日も夜遅くまで調査に貢献していたみたいなので」
そう言って1番目のドアをノックし返事も聞かずにドアを開ける。
夏樹の言う『お嬢様』とは、紅:初音のことだ。
紅:初音はラー家の一人ということもあって地球軍を代表しての対覚醒能力者用の戦闘、兼、諜報員4人のトップだった。
そんな彼女は、昨晩もかなり遅くまで調査に貢献していたと聞かされた。
最近この辺りで起きている事件、事故を大まかに調査し、原因を探っているとのことだ。
ただでさえ、彼女はある問題を抱えているというのに、屋敷に帰宅したのは4:00頃になってからだという。
(よくもまあ、頑張ってくれてるよ。あの娘は…)
黒葉は口だけを動かし心でつぶやいた。
毎日ではないものの、週に2日から3日はこのように事を繰り返しているのだという。
朝は低血圧、と聞くが単に疲れが取れていないと考えるのが最もだ。
「神遊戯だね」
中々出てこない夏樹を後に、待ち時間を潰そうと、3番目と4番目のドアをノックする。
腕を組んでいる黒葉は、一見そんなこと出来やしない様に見えるが、
突然ドアの前から、腕が二本現れたかと思うと。
ココンコン!
と、ノックした。
腕、の様に見えたのは、黒葉を依代としている神の触手だった。
黒葉はあくまで依代とされているだけだが、相性はとても良いらしく、意思で自在に対応できるようになっている。
今のは初歩の能力、代替の操の一つだ。
さて、ノックをしたものの、二つのドアは開くことはなかった。
「いないのかな?」
黒葉はしばし考えるが、後回しにすることを決めた。
夏樹の足音が聞こえてくる。
「ほらお嬢様早く着替えてくださいね。俺はここで待っていますから」
そういってドアを閉める。
はぁ…と、一つため息。
顔を上げると、というか俯いてると視界に入ってくる。
「黒葉さん、まだいたんですか?」
夏樹は男子なのだが…おそらく言われなければ気付かないくらいに整った顔立ちをしている。
夏樹自身はそれを気づいていないのだが、黒葉でさえも見惚れさせてしまう事が時としてあるようで、
「いや、初音の調子はどうかな?」
こうやって誤魔化す事があった。
「やっぱりまだ起きていませんでした。今着替えるように言っておきましたので、少し待ってもらえますか?」
また、ため息を吐く
その息は白く、上へと上がっていく段階で薄れて見えなくなる。
今の時期は冬の真っ只中、乾燥を起こさない程度に暖房が利かされている。
もし、着替えている最中に眠ってしまっては忽ち風邪の原因となるだろう。
「ところで、千博君と善之君はいないのかな?」
黒葉は先程の、二つのドアの住人を問いた。
「はい、千博さんは生徒会の仕事で、善之は風紀委員で会議があるからと、行って出て行きました」
「そっか、初音が起きてれば、夏樹君もとっくに登校しているって、ところか」
千博と善之、この二人は初音、夏樹と共に、諜報員としてここに住んでいる。もうひとつのグループだ。
二人は、初音達とは違い、うまく予定を立てているようだった。
「千博君は今年生徒会長になったんだったかな?」
「はい、そうです。だから、特に忙しいみたいで、『一分一秒たりとも予定に支障をきたすと、全部の予定がずれるから、緊張の連続だ』って、言ってましたよ」
「そっか、大変だね。」
あまり、気持ちを込めていない黒葉の言葉だった。
「善之は風紀委員の副委員長ですから、担当している手前、欠席するわけにはいかないですからね」
「あの子も大変だね。どちらにもお世話にはならないようにするんだよ」
黒葉は夏樹に、ふざけてみせた。
「そんなことしませんよ。これでも、結構周りからは評価されてる側なんですから」
夏樹はちょっと怒ってみせた。
それをみた黒葉は、面白そうに笑みを作ってみせた。
「あははっ!ごめんごめん、ところで初音ちゃん、少し遅くないかい?もう50分だよ」
腕時計をつけているわけでもないのに、どこに目がついているのか、黒葉の真後ろにある時計を夏樹が見ると、長針は10の位置を指していた。
「お嬢様?着替え終わりましたか?」
ドア越しに夏樹が声を上げる。
しかし返事は聞こえてこない。
「おじょうさ…」
気になって、夏樹はドアを開けると、
「ま、お、お嬢様!」
慌てた様子の夏樹を見た黒葉は、少し表情を曇らせて、初音の部屋に入る。
「どうしたの?」
気になる黒葉に夏樹は…
「眠っています。ぐっすりと」
初音を抱きかかえた夏樹の姿がその目に映っていた。
霊法町/霊法地下鉄改札口
「夏樹君は学校へ行くといいよ。あとは僕が何とかしておくから」
「はい…わかりました」
夏樹は、一人定期券を通し、駅のホームへと向かっていた。
先程までの事がフラッシュバックする。
「これは過労だね。まあ普段から初音には疲労がたまっていただろうから、これが最初でないのは明白だね」
黒葉は、医師免許を持っており、病気の類等には詳しかった。
それだけではなく、博士号や教員免許など、資格は数え切れない程持っている。
逸材とも言われる彼が言うことは正確だ。
「とりあえず今日は安静にしておけば、大丈夫。夏樹君は学校へ行くといいよ。あとは僕が何とかしておくから」
「はい…わかりました」
夏樹は初音のことが気がかりだった。
元々、羽真宮:夏樹という名前は、夏樹自身の名前ではない。
夏樹は、捨て子として、羽真宮の家に引き取られた。
羽真宮は紅家の従兄弟に当たる所で、言ってみれば初音はお姉さんのような存在だった。
羽真宮と紅の人達には嫌われていたが、初音だけは弟ができたように可愛がってくれた。
夏樹はその名残で、初音をお嬢様と呼んでいるのだ。
元々、紅も羽真宮も俗に言うボンボンの家だった為。
余計なお金が絡むことに関して、夏樹を嫌っていたのだろう。
初音がいなければ、今の夏樹はここにはいなかっただろう。
夏樹にとって初音は、お姉ちゃんと保護者のような存在でもあった。
(早く良くなってくださいね…お嬢様)
初音のことだけしか考えられなかった。
ピンポンパンポーン
『まもなく、風香町行き、発車いたします』
アナウンスが聞こえ、夏樹は足を急がせるのだった。
この先、どのような出来事が待ち受けているのだろうか…
偽りの学生生活の中で、彼等はどこまで隠し通せるか、新たなる二人二声がスタートする。