天宇受賣命と天手力男神、岩戸を開く算段をすること
彼と目があった途端、彼女は心底嫌そうな顔をして、ふん、と鼻を鳴らした。
「……話には聞いてたけど。まさか本当に、アンタと組む日が来るなんてね。まさにこの世の終わりだわ」
この世で一番美しい舞をみせるというその踊り子は、立ちすくむ彼に高飛車な態度でそう言い、そっぽを向いた。
女王が身を隠した。
その報がもたらされるより先に、民たちはすでに異変を察知していた。日が翳り、木々が音を立てて枯れていく。そして暗闇から、あってはならぬおぞましい陰が姿を現す。この恐ろしい状況を作り出した原因は、女王が自らすべての政を放棄し、岩の扉の向こう側へ身を隠したせいだとわかったときには、すでに少なからぬ犠牲者が出ていた。
女王が姿を現さなければ、遠からずこの世は闇に包まれる。長老たちの必死の協議の末、身を隠した女王に何とか外へ出てきてもらうべく、作戦が練られた。それが彼と、そしてこの高慢な踊り子が鍵を握る作戦である。
「君が踊り、人々がそれを見てにぎやかに宴会をする。陛下がそれを気になさり扉を開けられるように長老たちが誘導し、俺が陛下を外へお連れする。……という作戦だが」
「わかってるわよ。それにしてもいい気なもんよね、女王サマも。グレた弟を更正させられないからって、自分もグレてどうすんだっつの。こちとらグレてる暇なんてないってのよ」
周囲の視線などどこ吹く風といった表情で、彼女はそう毒づく。それを聞いて血相を変え、たしなめようと詰め寄った長老を完全に黙殺して、大きく伸びをして見せた。
白い肌に見るものを魅了する曲線美。たっているだけで十分官能的な美しさを秘めたその肢体が弓なりにしなる。うーん、と聞くものが聞けば十分悩ましい声を上げてもたらされるその光景に、そばにいた男たちはみな一様にギクシャクと視線をそらした。それはたしなめようとした長老にとっても同じだったようで、ろくすっぽ叱責もせずにやたらと咳払いをして去っていく。その背中に向かって思い切り舌を出している踊り子に、彼はため息をついてたしなめた。
「そう陛下を悪く言うものではない。弟君の乱暴狼藉についてのうわさは、君も耳にしているはずだ」
「あーハイハイかわいげのない対応ですことー」
「……それから」
「なによ。まだ何かあるっての?」
詰め寄る彼女に辟易しながら、彼はじっとりとした視線を、彼女のむき出しになった腹に向け、さらに大きなため息をついて指摘した。
「作戦までまた時間があるというのに。……そんな風に腹を出していては、体を冷やす」
ぴし、とその場が凍りついた。彼女の表情だけでなく、そばにいた男たちもみな信じられないという顔で彼を見つめていた。その意味がまったくわからず、彼は周囲に視線をやって首をかしげる。と、突然彼女はがっくりと肩を落とし、ぶるぶると全身を震わせ始めた。
彼はそれを見て、心配そうに眉を寄せる。
「……やはり、寒いんだろう。待ってろ、すぐ上着を」
「信っっっっじらんないっ! それがこの、このあたしに向かって言う台詞!? バカじゃないのアンタ! ていうかバカよアンタ!! バーカバーカ!!」
顔を真っ赤にして、彼女は全力で、しかし子供のように彼をののしってくる。突然の展開に驚き目を見張った彼は、いや、と小さく抗弁しようとした。
「女性に冷えは厳禁だと聞いたことが」
「それがよけーなお世話だッつーのよ! オンナノコにはね、さむかろーが体をひやそーが絶対に譲れないもんがあんの! そのためにこーいう格好をしてんのッ!」
「……譲れないもの、とは?」
冷静に聞き返されて、彼女は言葉に詰まる。ややあって、小さくふてくされたような声がつむいだのは、彼にとってはまったく関係がないように思える言葉だった。
「……あんたも見るんでしょ、あたしの舞」
「……いや、俺は」
「見るんでしょ!? 見るんだよね!?」
とんでもない形相で詰め寄られ、彼はがくがくと首を縦に振った。
「あ、ああ、見る。見るから。陛下に動きが出るまでだが」
「……してやる」
く、とうつむいて、彼女は小さくうなった。その声が聞き取れず、彼は首をかしげ、聞き返す。
「……何だって?」
「ノーサツしてやる! 今晩あたしの舞を思い出してヨコシマなモーソーをしちゃうくらいに、ノーサツして、めろめろにしてやる!! 覚悟しとけこの朴念仁!」
「わ、わかった。覚悟しておく」
その宣戦布告はむしろ絶叫に近く、彼はその迫力にただうなずくしかない。しかし、ふと思い出したように首をひねると、彼は口を開いた。
「……邪な妄想?」
「オンナノコに具体例を言わせる気かこのでくのぼう! けり潰して男として再起不能にしてやるー!!」
……むろん、怒り狂った彼女をとめるにとめられない男たちに遠巻きにされながら、彼がぽかすか殴ってくる彼女を必死になだめたのは言うまでもない。