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12:少女たちのお茶会

 パタン、パタン、と窓を次々に開く音が家の中に響く。

 開かれた窓から吹き込んだ風は季節の花のほのかな香りを連れ、シャルの赤い髪をふわりと揺らした。

 その風に思わず目を細めながら彼女は目の前にある上げ下げ式の小さな窓の鍵を開け、下の窓を上に押し上げる。

 しかし古い家の古い窓はすんなりとは開かず、ガタガタと引っかかって軋んだ音を立てた。それでもどうにか窓を開けきったシャルはふぅ、と息を吐く。


「やっぱり大分傷んできてるわね。そろそろ修理しないとかしら」

「そのくらいなら窓枠から外して、少し削って表面を塗りなおせばなんとかなるんじゃないかな。直すなら手伝うよ?」

 後ろからかけられたアーシャの言葉にシャルは振り向くと笑って首を横に振る。

 大きな窓を全て開けて回っていたアーシャは首を横に振ったシャルの返答に不思議そうな顔を浮かべた。


「だめよ。私が不器用なの、アーシャも知ってるでしょ? だから自分で直すくらいなら専門の人か、技術学部の学生にでも依頼する方が良いわ」

「でも、勿体無いよ。窓全部って言うと、結構高いんじゃないかな。削ったりするのは私がやるから、シャルが塗料を塗るのは? ジェイやディーンに手伝ってもらっても良いと思うし」

「うーん……あの二人ならそこそこ器用だとは思うけど、でも素人にできるのかしら」

「多分大丈夫。その窓ならそんなに難しくないもん。私も自分の家の窓、何度か直してるよ」

「それなら頼んでもいい? 今すぐじゃないけど」

「いいよ。じゃあ今度、天気の好さそうな時にね」

 そう言ってアーシャは目の前にあった最後の大きな窓を開け放った。吹き込む風が柔らかな髪を舞あげ、部屋に入り込む。風に乗った精霊達がきゃらきゃらと少女にしか聞こえない笑い声をあげるのを耳にし、アーシャの顔に笑顔が浮かぶ。


「とりあえず窓のことはまた後で考える事にするわ。まずは掃除をしちゃわないと」

 シャルが祖母と暮らしたこの家に今日帰ってきたのは、掃除と風を通す事が目的だった。人の住まない家は傷みやすいので、こうして定期的に少しずつでも手入れをする必要がある。去年までは二月に一度くらい街の業者に頼んでいたが、春になってからはシャルが自分で手入れをしに来ているのだ。そろそろまた寮からこの家に戻って来ても良いとシャルは思ってはいるのだが、寮では食事を作る手間がないためついつい先延ばしになってしまっている。

 今日は埃を払ってカーテンを入れ替える準備をするというシャルに、掃除を手伝うと言ってアーシャがくっついてきていた。窓を開けたのはその準備のためだった。


「ん、そうだね。じゃあ、いい?」

「ええ、お願い」

 アーシャの簡潔な問いにシャルが頷く。それを受けたアーシャは右手をついと上に上げ、開いた窓から吹き込む風を受けるように手のひらを開いた。

「皆、お願い」

 アーシャが短い言葉を紡いだ途端、開いた窓から窓へと吹きすぎていた風がその流れを変える。


「きゃっ」

 部屋の中で渦巻くように吹き出した風に髪を煽られ、シャルが小さく声を上げた。慌てて手でスカートと髪を押さえたものの、長い髪はあまり大人しくならなかった。

 開けた窓から入り込んだ風はまるで遊ぶかのように好き勝手に部屋の中をかき回し、開かれた扉から他の部屋へも吹きすぎてゆく。それでも物を倒したりはしないその光景は何だかとても不思議なようにシャルには感じられた。

 しばしの時が過ぎ、各部屋を順繰りに回った風はやがてまた少女達のいる一階の部屋へともどって来る。

 最初とは異なり、彼女たちの足下だけで渦を巻くような動きに変わった風を眺めながらアーシャはシャルの方を見上げた。


「シャル、集めた埃はどうする?」

「あ、この袋に入れてちょうだい」

 シャルは傍に置いてあった布の袋を手に取り、口を広げるようにして床に向けた。アーシがどんなふうに掃除を手伝うつもりなのかあらかじめ聞いてあったので用意しておいたゴミ袋だ。

 ちなみにアーシャは自分の住む家をいつもこの方式で掃除し、出たゴミや埃はそのまま庭の隅に埋めている。勿論そこまですべて精霊頼みだ。

 アーシャは普段授業などでは精霊魔法をあまり使わないのだが、こういう日常的な小さなお願いは割と頻繁にしている。精霊達の方が積極的に少女と遊びたがるので、それを無視してあまり構わないでおくと頼んでもいないのに色々な事を引き起こし、かえって面倒なことになるらしい。だからこういう掃除などは、アーシャにとっても精霊にとっても遊びと実益を兼ねた交流のようなものなのだ。


「じゃあ、ここにお願い」

 アーシャがシャルの持った袋を指さすと、風達が一斉にその袋の口へと流れ込む。埃だけを袋の中に残し、布目を通って外にでた風は幾分勢いを弱めてまたくるりと部屋の中を回った。

「ありがと、皆」

「本当にありがとう。すっごく助かったわ」

 ゴミや埃がすっかり集められた袋の口を縛りながら、アーシャにならってシャルも笑顔で風に向かって礼を言う。

 風の中でくすくすと笑う風の精霊の姿はシャルにはもちろん見えてはいない。それでも笑顔で礼を述べた彼女に向かって精霊もまた嬉しそうに寄り添い、その髪をふわりと揺らした。


「シャルのお礼に喜んでるよ」

「本当? それなら私も嬉しいわ。出来れば髪をあんまりかき回さないでいてくれるともっと嬉しいんだけど」

「シャルの髪は長くてきれいだから、それで遊ぶの楽しいんだって」

「……次からは括ってくるべきかどうか悩むわ」

 すっかり乱れた長い髪を手ぐしで直しながらため息を吐くシャルに、アーシャがくすくすと笑う。

 それからまだ部屋の中で遊んでいる風の精霊達を外へと向かわせ、二人は彼らに別れを告げた。


「さて、じゃあ掃除は終わったし、お茶にでもしましょうか。美味しいお菓子があるのよ」

 掃除があっと言う間に何の苦労もなく終わったことにシャルはご機嫌だった。

 アーシャを居間のソファへと誘い、家具にかかっていた布をはぎ取ると二人で腰を下ろす。それからシャルは持ってきていたバスケットからあらかじめ用意してあったお茶の入った保温瓶やカップ、お菓子を取り出してテーブルに並べた。

 シャルがお茶を用意する間、アーシャは興味深そうな顔を浮かべてきょろきょろと辺りを見回していた。


「何か珍しかった?」

「ううん。ただ、居心地の良い家だなって思って。すごく心地いい空気が残ってる感じがする。シャルのおばあさんは、暖かい人だったんだね」

「ふふ、ありがとう。それおばあちゃんの自慢だったのよ。居心地の良い場所を作るのは得意だって言ってたわ」

 二人が見回す部屋の中は実際はそんなに生活感のある様子が残っている訳ではない。大きな家具には埃よけの布がかけられたままだし、昔はあちこちに飾ってあった小物や飾りの類も今はしまわれている。

 それでも部屋の家具の配置や、カーテンや壁紙の色合い、そして何よりそこに残る空気がどこか穏やかな気配を漂わせているようにアーシャには感じられた。


「精霊達も、この家とおばあさんが大好きだったみたい。ここをきれいに掃除したいっていったら、風の精霊はみんな嬉しそうだったよ。ここの庭は地の精霊が荒れ過ぎないようにそれなりに維持してるみたいだし、水の精霊は出番がなくて残念そうにしてた」

 アーシャの言葉にシャルは小さく目を見開き、それからくすりと笑みをこぼした。

「おばあちゃんは水の魔法が得意だったけど、やっぱりそうすると水の精霊にも好かれてたのかしらね。じゃあこの次は床に水を撒いて洗ったりした方がいい? とは言ってもそうするとまたアーシャにお願いしないとになっちゃうけど……」

 目の前におかれた焼き菓子を一口かじってから、アーシャはシャルの言葉に頷いた。

「次は洗濯でも手伝ってもらったらどうかな。水の精霊は洗濯するの好きだよ。私は別に構わないし」

 そう言ってはくはくとお菓子を食べる少女の姿にシャルは目を細め、楽しそうに頷く。

「じゃあカーテンを取り替えたら古いのは洗ってしまおうと思ってるから、その時はお願いするわね。またお茶とお菓子を用意しておくわ。」

 水の精霊が洗濯好きだ、などと聞いたら精霊魔法学の教授達がまた痛む頭を抱えるだろうと思いながらシャルもお茶を口に運んだ。爽やかな風が吹き抜ける居心地の良い居間で飲むお茶は一際美味しかった。



「そういえば……アーシャに聞きたいことがあったんだけど」

「ん? はに?」

 お菓子の詰まった口をもごもごと動かしながら、アーシャが顔を上げる。

 シャルはそれに微笑み、それから少し顔を曇らせた。

「アイツが……ジェイが、ここのところ様子がおかしいの、気が付いてる?」

「ジェイ?」

「アーシャはジェイにまだ時々魔法教えたりしてるでしょ? 何か聞いてないかしらと思って」

「ん、と……」

「何か聞いてるのね?」

 口ごもった少女の様子にシャルはそれを確信して問いかけた。アーシャは大抵のことははっきりと口にする性質だから、口ごもること自体が怪しいのだ。だがシャルはそれをすぐに問いただす事はせず、言葉を続けた。


「春休み中くらいから様子がおかしいのは気づいてたのよ。最初は毎年の通り、授業の選択で悩んでるんだと思ってたんだけど、どうも違うみたいだし。休みが終わってそれがなくなったと思った途端、今度は仕事の依頼を頻繁に受けるようになって。あれでおかしいと気づかれてないと思う方がおかしいと常々思うわ」

「……ジェイもさすがに、全然気づかれてないとは思ってないんじゃないかなぁ」

 シャルの言い様に何となくジェイが哀れになったアーシャは一応彼を擁護してみた。

 しかしそれはシャルには逆効果だったようで、途端にずいっと顔をのぞき込まれてアーシャは思わず軽く身を引いた。


「それなら余計腹立たしいわよ! そんな思わせぶりな態度をとられるくらいなら、さっさと相談しろって言いたいのよ! で、アーシャは何を知ってるの? 具体的に相談とかされたの?」

「あ、う……えと、わ、私も別に聞いたわけじゃなくて……その、たまたま行き合わせたっていうか」

「行き合わせた? どういうこと?」

「んと、その……ジェイが、困ってるとこに、偶然出くわしたっていうか」

 もごもごと言いづらそうに紡がれた言葉にシャルは首を傾げた。

 少女にしてはとても歯切れの悪い言葉だったからだ。しかしアーシャは基本的に嘘を吐いたりしない少女だとシャルを含めた仲間達は皆知っている。彼女は何か聞かれて言わない事があったとしても、それを隠すために嘘を吐くようなことはしないのだ。

 だから言い辛そうにはしているが、口に出したなら恐らく嘘ではないのだろうとシャルは判断した。


「じゃあ、その成り行きで何か知ったけど、それを内緒にしてくれとか言われたのね?」

「……うん」

 ジェイ本人から内緒にしてくれと言われたのなら、アーシャはその内容を語ったりはしないだろう。

 シャルはため息を一つ吐くと、気まずそうにしている少女に笑顔を見せた。

「それならしょうがないわね。無理に聞かないわ」

「ごめん……約束、したし」

「アーシャが悪いんじゃないわよ。偶然行き合っただけで、ジェイがアーシャを訪ねて来て自分から悩みを相談したとかじゃないんでしょ? それなら、まだ放っておくしかないわ」

「そうだけど……放っておいていいの?」

 どこか突き放したようなシャルの言葉に、今度はアーシャの方が不思議そうに首を傾げる。シャルの事だから、下手をすればもっと苛烈に問いただされるかもしれないと半ば覚悟していたのだ。それなのにそのあっさりとした諦め方はアーシャには何だか不思議に思えた。


「いいのよ。アイツが私達にまだ言わないなら、自分一人でまだ頑張れるって思ってるってことだから」

「ジェイが頑張ってるから、それを尊重するってこと?」

「そんな感じかしらね。ジェイはね、どうでもいいことではすぐに助けてくれって言う癖に、大事な事になると本当に自分一人ではどうしようもなくなるまで絶対言わないのよ。昔からそうなの」

 そう言ってシャルは面白くなさそうな溜息を一つ吐いてお茶を口に運ぶ。


「それでも、聞いたりしないの?」

「そうよ。私やディーンが聞いてもどうせ言わないだろうしね。だから言い出すまでは黙って見守る事にしてるの。ディーンがどう思ってるのか私ははっきりとは知らないけど、多分アイツも似たような気持ちで黙って見てるんだと思うわ。いつ頃からかもう忘れちゃったけど、何となくそういう風に暗黙の了解って感じで、定着しちゃってるのよね。何せジェイはああ見えて意地っ張りだから」

 小さい頃からそうなのよ、とシャルは懐かしむような優しい目で小さく呟いた。


「ジェイは小さい頃は本当に泣き虫でね。アイツんちのバカ姉にしょっちゅう苛められて泣いてたのよ。でもね、すぐ泣く癖に、絶対泣きつかないのよ。アイツのお祖父様やお祖母様にも、乳母にも。いつも一人で庭の隅の植え込みとかに隠れて泣いてるの。私が遊びに行った時に姿が見えないとほぼ間違いなくどこかで泣いてるから、まずそれを探しに行くのがいつもの事だったわ」

 子供の浅知恵故か、彼の生来の素直さによるのか、それとも本当は見つけて欲しかったのか。それはわからないが、ジェイの隠れ場所の数はそう多くなかったから、シャルはいつもすぐに彼を見つける事が出来た。誰にも縋らず一人で泣く小さな背を見る度、彼を泣かせた相手への燃えるような怒りを覚えたものだ。勿論シャルがその怒りを彼に代る報復という形で解消したのは一度や二度ではない。


「私が何度か、お祖父様達に言いつければいいじゃないかって言ったんだけどね、絶対嫌だって言うのよ。頭に来て喧嘩したことも結構あったわ」

「それで、意地っ張り?」

「そう。私がおばあちゃんにジェイの事を話したらね、男の子ってのはそういうものなんだって教えてくれたの。男ってのは瘦せ我慢する生き物なんだって。だから見守ってやれって」

 祖母の言葉が少なからず不満だったシャルは、なら会ったことのない祖父もそうだったのかと彼女に問うた。すると祖母は笑って首を横に振って教えてくれた。


『あの人はどっちかって言うと、我慢なんかしないで嬉々として戦う性質だったわねぇ。まぁ、男の人も色々だから。シャルはあの人に似たのかもしれないわね』

 祖母によれば祖父はどうやら激しい気性の人だったらしい。穏やかな祖母とは対照的な祖父の話はシャルにはとても面白く、幼かったシャルが私もそういう友達がいい、と訴えると、祖母はまた首を横に振った。


『あえて我慢しない人は扱いが大変だからあんまり勧められないわねぇ。でも、瘦せ我慢もできない男はもっと駄目ね。瘦せ我慢している男の子は見所があるのよ。だからその子がじっと一人で頑張っている間は、黙って見守ってあげるのが良い女ってものなのよ』

 瘦せ我慢もできない男とは付き合っちゃダメよ、と祖母は笑って言いながら、不満げなシャルの頭を撫でて宥めてくれた。

 敬愛する祖母の言う事は素直に聞くようにしていたシャルは、彼女にしては大変不本意ながらその言葉に関しては我慢強く守り、ジェイが痩せ我慢をしている間は大抵は黙って見守ってきた。(勿論耐えきれなくて爆発したこともあるのだが)

 シャル自身は『あえて我慢しない』の部類に入り、その彼女にいつも振り回され続けてきたジェイはある意味その扱いの熟練者と言えるのだが、それはシャルには関係のないところだ。


 そんな昔のジェイやシャルの祖母の話をアーシャはとても面白そうに聞いていた。

 話している間に手元のお茶はすっかり無くなり、それに気づいたシャルが保温瓶からまたお茶を注ぐ。

 注がれたお茶を一口飲んで、アーシャはまた顔をあげた。


「シャルはお祖母さんの言葉があるからジェイを見守ってるんだね。じゃあディーンはどうなのかな?」

「そうねぇ……多分、自分から切り出すのが面倒とか、そういうんじゃないのかしら。心配してない訳じゃないとは思うけど。アイツはそういうとこ、結構不器用なのよ。聞き上手だから誤魔化されがちだけど、人間関係には割と受け身だしね」

「そうなの? なんか意外……でもないのかなぁ」

 シャル達三人が友達と言う言葉で括るにはもっと深い繋がりを持っていることはアーシャにもわかっている。けれどまだまだ知らない事は沢山あった。だからそんな三人の関係を、それぞれの視点で聞くのは面白く、そしてどこか羨ましいように思いながらアーシャはシャルに話の先を求めた。


「ジェイは、二人には内緒にしてくれって言ってた。ディーンにも、意地張って我慢してるのかな」

「そうね。ジェイは近しい人にほど悩みとか言わないから。ディーンも、ジェイの自立を妨げる様な事は自分からしないでしょうし」

「自立?」

 悩みの相談の話が即そこに繋がる事が不思議で、アーシャは首を傾げた。

 シャルは沢山話して渇いた喉をお茶で潤し、それから窓の外にゆるりと視線を向けた。


「何て言うかね、私達はお互いを仲間だと思っているけど、寄りかかりたいわけじゃないのよ。いつかは絶対一人で立てるようになりたいと皆思ってるの」

「今も皆ちゃんと立ってるんじゃないの?」

「まだまだ、全然だめよ。私は結局は今もおばあちゃんに助けられてここにいるんだもの。それでも、本気で親が手を出してくれば、法律上では親に従うしかなくなる立場だわ。ジェイだって学費から何から親の庇護下にあるんだし。ディーンだって親はいないっていくら嘯いても、誰かの助けを借りてここに通ってる事は確かなのよ。アーシャとは違うわ」

「でも私だって、一応自分でお金を稼いではいるけど、じいちゃんから貰った物でここの学費とか払ったよ?」

「それでも、例えば今ここで学園から追い出されても、アーシャは一人でも生きていくでしょう?」

「それは……うん、そうだね。今は仕方なくここにいるだけで、ここにいられないなら別の場所でも生きていけるし」

 シャルのその言葉には納得してアーシャは頷いた。

 確かにアーシャならそれこそ森の中でだって暮らせるのだから、ここから追い出されたところでさほど困る事はない。旅をしても不自然でない年齢になるまでの間、森の奥で隠遁生活を送る選択だってなかった訳ではないのだ。


「私達もね、いつかそういう風になりたいの。ここじゃなくても生きていけるって、一人だって平気だって胸を張れるようになりたい。自分の足で立って、仲間と肩を並べてるっていうのが理想ね。だからこうして勉強してる訳なんだけど、まだまだだっていうのも分かってる。だからお互い少しでも一人で立てるようになる為に、寄り掛かりたくないし、それを仲間に許してもいけないって思ってるのよ。寄り掛かる事に慣れたら、もう立ち上がれないかもしれないから」

「仲間は大事に思ってるけど、お互い甘えられないってこと?」

「そうね。気持の上ではそれなりに甘えてると思うけど。何て言うか、多分、怖いのかしらね? 仲間は大事だけど、お互いの存在に依存することが、少し怖い。甘えたり、甘えさせたりすることに慣れちゃいけないって思ってるのね、きっと」

「そっか……」

 育ての親以外に甘えることなく一人で生きてきて、未だ人間関係に疎い少女にとっては三人の関係は少し難しかった。それでもお互いがお互いの自立のため、悩むこともまた大事な事だと尊重しているらしいという事はわかった。恐らくはディーンもその信念に従って、黙ってジェイを見ているのだという事も。


「ディーンなんて、最近は大分柔らかくなったけど、基本的には他人にも自分にも厳しい堅物だもの。それに加えてあんまり親密な人間関係に慣れてないから、どこまで踏み込んでいいのかの線引きが上手く出来なくてあの無表情の下で人知れず悩んでるってのが正解だと思うわ。きっとね」

 そう語るシャルの口調はどこかからかうような調子だったが、表情は優しかった。

 不器用なお互いをちゃんと知った上で認め合っている様で、三人のその絆がアーシャには少し羨ましい。そこにまだ入っていけないような気がして、少し寂しいような気持を抱いている自分自身を、少女は不思議な気持ちで眺めていた。

 そんな己の心を宥める様に口に運んだ焼き菓子は、どうしてかさっき食べた物よりほんの少しだけほろ苦いようだった。


更新再開といってからまたも間が空きましてすみません。

あまり話の内容としては進んでいないので投稿は迷ったのですが、シャルの側からを描いておきたいと思ったので今回はこれで。


おかえりなさいという言葉を沢山頂き本当にありがとうございました。

一つ一つ返信できなくて申し訳ありませんが、全て励みにさせて頂いております。

こちらでまとめてのお礼となる事をご容赦下さい。

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