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10:期待と困惑

 

 しばし後。

 哀れにも床に沈んだエリウスは部屋の端へとどかされ、彼のいた場所には学園長が、そして三人の座る長椅子の端にはアーシャが戻ってきていた。

 タウロー教授が出してくれたお茶を飲みながら、七人の話はようやく本題へと辿りつこうとしていた。


「それで……まぁ、あの人が新教授というのは置いておいて、新しい学科はどんな内容なんですか?」

「うむ、そうだったね。それなんだが……」

 タウロー教授は学園長と顔を見合わせた。学園長は白い髭を撫でつけながら頷き、子供達のほうに向き直ると笑顔を見せて髭に半ば埋もれた口をゆっくりと開いた。

「簡単に言うとのう、失われつつある精霊との絆を取り戻す方法を模索、研究する為に設立する学科なのじゃよ。今までのような、詠唱によって精霊を呼び出して使うような判りやすい精霊魔法という形ではなく、もっと身近な、日常に埋もれている精霊と人との繋がりを学び、その加護の正しい受け取り方を学ぶ、とでも言えば良いかの」

 学園長の言葉にタウロー教授も頷いて同意を示し、さらにそれを補足するように言葉を繋げた。

 

「ここに限った事ではないが、学校で教える精霊の扱い方や精霊魔法というのは、どうしてもその学校のある地域によって教えやすい属性などが偏る傾向にあるだろう? 我が校で言えば、光の属性が一番研究も教えも進んでいるし、大陸が隣り合わせていて交流のある、火や地と言った属性も学ぶのはまぁ難しくない。

 しかしその分、大陸同士の行き来が比較的不便な水や風の属性などは少々遅れを取っているし、闇にいたっては十分に教えているとは言いがたい。六大属性でさえもこうして差があるのだから、それ以外の派生属性となれば、知識としてほんの少し触れる程度なのが現状だ。

 この学科ではそういう今現在不足のある部分を補う授業を重点的に行い、個人の個性をより引き出すような実習を組んでいく予定でいる。それを通して精霊魔法学科全般の底上げを狙っているのだよ」

「うむ。一つの学科に対して二人の教授を招いたのもそのためじゃな。

 できれば今後も外部から様々な人材を招いて、今まで充分に教えられなかった六大属性以外も細かく教えたり、埋もれている才能の発掘ができればと思うておる。魔法学部以外の生徒を多く勧誘しておるから、一風変わった授業になるかもしれんのう」

「へぇ……」

 感心するような声を漏らしたのはアーシャだった。

 

 魔法、と言う名を付けるとどうしても人は火の玉が出たり風を吹かせたりというわかりやすい現象を想像しやすい。授業で教えるのもそういうやり方が主になる為、精霊魔法学科に属する生徒達というのは、そういった言葉や意思に頼った判りやすい使い方を得意とする者達だと言える。

 けれど精霊と親しく付き合うアーシャは、精霊の加護にはそういう使い方以外にも沢山の恩恵があることを良く知っていた。


 例えば、出かける日は何故かいつも晴れているという人。あるいはその逆でいつも雨が降るという人。動物に好かれやすい人、植物を上手に育てられる人、妙に勘がいい人――そんな他愛もないどこにでもありそうな話に、実は精霊の加護は隠れている。

 そういった小さな加護を持つ人々がそれらを自覚し、意識して精霊に呼びかけることができるなら、それは強い力となるだろう。

 六大属性ばかりに偏っていたり、それすらも個人に合わせた指導ができていなかったり、精霊との絆を軽視する傾向のある今までの精霊魔法のあり方に不満を持っていたアーシャには、新しい学科は確かに興味をそそられるものがある。

 

 四人は顔を見合せた。学科としての趣旨は理解できたし、賛同もできそうだ。しかし、具体性という点で気になる部分があったシャルは、軽く手を上げてカフィールへと視線を向けた。

「目指す所はわかりましたけど……具体的にレフィーネ教授はどういう事を教えてくださるんですか?」

「カフィールでいいわよ。名前を呼ばれる方が好きなの。

 私はそうねぇ、主に水の精霊の扱いかしらね。水に関すること全般や、流れる物を捉え、扱うのが得意なのよ。

 水脈の読み方や、水の精霊を使っての医術、人の命脈や天候の読み方、流れる未来の一筋を占うやり方とか、そういう事を教えたいわねぇ。最近、水脈や地脈が読める人間が減っているから、開拓地では随分と苦労しているらしいし。後は……魚を捕ったりするのも得意かしら。水に属する生き物なら精霊を介して操ったりできるのよ。

 あ、でもそれ以外の分野の知識もちゃんとあるから、安心して頂戴ね」

「……魚」

 

 魚が好物の少女の心がぐらりと揺れる。

 しかしアーシャは慌ててぶるぶると首を振った。授業は興味をそそられるし、魚にも魅力を感じるのだが、部屋の端に寝転がったままの天敵の存在が気になる。

 悩む少女の様子を察してか、今度はディーンがすっと手を上げた。

「では彼は……シェローア教授は何を?」

 ディーンの問いに皆の目が一瞬部屋の端へ向かう。しかしエリウスはまだ倒れたまま動く気配はない。先ほどのシャルの攻撃がよほどキレイに入ったらしい。学園長は視線を戻すと長い髭を撫で、首を傾げた。

「彼が得意なのは地の精霊と闇の精霊の扱いじゃな。あとは地の加護のお陰で体が頑丈なせいか、体術なども得意じゃなかったかのう」

「ええ、良くご存知ですわね、学園長。もっとも、エリーの本業は地質学者なんですけどね」

「学者!?」

「に、似合わねぇ……!」

 シャルとジェイは驚きのあまり高い声を上げ、ディーンも軽く目を見開いた。

 アーシャはそれを知っていたのか驚きはしなかったが、よほど彼が嫌いらしくそちらを見ようともしない。

 生徒達の反応に、カフィールは楽しそうにくすくすと笑った。

「皆そう言うのよねぇ。やっぱり見えないわよね。でもああ見えて地脈を読むのがとっても上手くて、彼が提唱する地脈を利用した都市構築理論や結界強化理論は高く評価されているのよ。

 闇の精霊の扱いにも長けているから、アルロード君にはいい教師になると思うわよ?」

「……」

 

 この学科に入ると必然的にエリウスに教わる羽目になることを知り、ディーンは沈黙した。

 己の可能性を積極的に追求して、望む未来に繋げる事を信条とするディーンにとって役に立つことは何でも学んでおきたいところだ。

 しかし一見闇とは無縁に見えるこの騒々しい男に手ほどきを受けなければならないとは、と考えると、少々暗澹たる気分に陥った。

 ディーンが考え込んでいると、すぐ隣にいたシャルが口を開いた。

「あの、じゃあ私はこの学科には向いてないでしょうか? 興味があったので付いてきたんですけど」

「そうねぇ、火の精霊魔法の習得、と言う事では今まで通り他の学科を受けた方が良いと思うけど、でもこの授業を受けてくれても全然構わないわよ? 火の魔法はどうしても攻撃に偏りがちだから、平和的有効利用の実例なんかを教えてあげられるしね」

 カフィールの言葉にシャルはホッと息を吐いた。そう言う事なら積極的に学びたいし、他の属性についても知識を入れておいて損はなさそうだ。シャルはそう確信すると、大きく一つ頷いた。

 

「私はこの学科、受けてみたいと思うわ。皆はどうする?」

 シャルの問いにディーンは少し躊躇った後、頷いた。

「気になる点はあるが……まぁ、損はなさそうだ」

「うーん……まぁ、俺も良いかな。魔法系の授業を少し増やしても悪くなさそうだし」

 ディーンとジェイはそれぞれ頷き合い、残る一人へと視線を向ける。

 皆に見つめられてアーシャは顔を俯かせて考え込んだ。

 授業には興味をそそられるし、仲間達と一緒の授業というのも楽しそうなのだが、エリウスが嫌で仕方がないのだ。もう既に精霊との絆の深いアーシャには、それを我慢して選ぶほどこの授業が必要かといえば否と言える。

 だがこの授業を選べば、しつこい他の教授達の追跡を逃れられるかもしれない。

 それらを天秤に掛け、少女が頭を悩ませていると不意に学園長が声を上げた。


「そうそう、言い忘れておったが、この授業にはわしも時々参加する予定になっておるのじゃよ。なるべく色々な属性を教えたいからの。教鞭を振るうのは久々じゃから楽しみじゃのう」

「そういえば野外での授業なんかも予定しておりましたな。屋外の方が精霊を呼び出したりしやすいですからな」

「う……」

 学園長とタウロー教授を交互に見ながらアーシャは小さく呻いた。新しい要素が天秤の上に加わり、更に少女の頭を悩ませる。よほど悩んでいるらしく、額にはうっすらと汗が浮かんでいた。

 カフィールはそんな少女に向かって、この上なく優しい微笑みを向けた。

「ねぇアーシャちゃん。もしエリーがまた養子縁組を迫るようなら、私がきっちりしばき倒してあげるから安心していいわよ?」

「……ぜ、絶対?」

「絶対よ。約束。ね?」

 カフィールの言葉を信じたのか、アーシャはようやくゆっくりと首を縦に振った。

 

「じゃあ、決まりね。良かったわぁ、授業も楽しくなりそうねぇ」

「うむ。これで少しは精霊魔法学科も活気付くじゃろう。四人とも、よろしくのう」

 学園長も教授達も嬉しそうに顔を見合わせ笑顔を見せた。その様子を見ていると、彼らがこの学科に力を入れていることがわかって生徒達にもなんとなくやる気が湧いてくるような気がする。

 学園長の言葉に四人がそれぞれ頷き返すと、カフィールがゆっくりと立ち上がった。

「さて、今日の面談の予定はこれで終わりですし、エリーが目を覚まさないうちに私は失礼しますわ。また騒ぎ出すときっとうるさいでしょうし」

 カフィールは部屋の端に転がされたままのエリウスのところまで歩み寄ると、彼の体をつま先でごろりと仰向けに転がした。

 乱暴な扱いだったにもかかわらず彼は全く目を覚ます気配がない。その様子にシャルは心配そうに立ち上がった。

「あの、まだ目を覚まさないなんて……私、やりすぎました?」

 エリウスは頑丈そうな男だったし、投げた灰皿の当たり所はさほど悪いとは思えなかった。それなのに未だに目を覚まさないことが気にかかる。

 しかし心配して近寄って来たシャルに対し、カフィールは朗らかに微笑んだ。

 

「あら、大丈夫よ。さっき気絶したエリーをどかした時に、アルロード君が眠りの魔法を掛けてたのよ。ね?」

「……気付いておられたんですか」

 僅かに目を見開いて驚きを示したディーンに、学園長もタウロー教授もにこやかに頷いた。

「うん、あれはなかなか素早く、判りにくい良い魔法だった。アルロード君は独学とは思えないくらい熟達してきているな」

「うむ、シェローア教授のことだからまぁ普通よりは短い時間で目を覚ますじゃろうがの。それでもなかなかの腕前じゃったよ」

 影に紛れさせた精霊を介した魔法がばれていたことに、ディーンは軽い衝撃と感嘆を覚えた。まだまだ学ぶことは多いと痛感させられると同時に、学園長ら熟練者には遠く及ばない己を悟り、身が引き締まるような思いがした。

 

「じゃあ、エリーは連れて帰りますね。ふふふ、だらしなくって可愛い寝顔」

 エリウスに関する謎が解けたところで、カフィールは文字で表すなら桃色で表現できそうな声音を出し、彼の頬をそっと撫でた。

 何か見てはいけないものを見てしまった感に、近くにいたシャルはそっと視線を逸らす。二人は同じ教会にいたという話だが、学園からの引き抜きの話も一緒に受けるくらいなのだから、もしかしたら深い関係なのかもしれないとシャルには思えた。

 シャルだって他人の色恋が多少は気になるお年頃だ。それにもし二人が付き合っていたりするならば、カフィールはエリウスの養女趣味のことをどう思っているのかとても気になる。

 まだエリウスの寝顔を眺めているカフィールに、シャルはそっと囁いた。


「あの……お二人は何か特別な関係なんですか?」

「あら、そう見えるの? やぁだ、嬉しいじゃない!」

 カフィールはシャルの言葉に嬉しそうに笑い、可愛らしく身をくねらせる。

「あ、じゃあやっぱりそうなんですか?」

「うふふ、そうねぇ、どうかしら?」

 少女の問いに曖昧な返事と笑顔を返し、カフィールは寝転がるエリウスの腕と服を掴んだ。

 しかしその返事だけではシャルにとっては不満だった。もしこの二人が特別な関係なのだとしたら、カフィールがもっとしっかりとエリウスの手綱を取ってくれたならアーシャが迷惑を被ることも無くなるのではないかと考えたのだ。


「同じ女としては気になるんですけど……その人がアーシャを養女にって言い張ってるの、平気なんですか?」

「あら、この人のそういうとこが可愛いのよ?」

「か、可愛い……?」

「そう。あ、ちょっと避けててね。よい、しょっと」

 カフィールは一言断ってシャルを脇にどかすと、ひょい、としか表現できない軽快さでエリウスの体を細腕で持ち上げ、その細い肩に乗せた。

 その行動にシャルもディーンもジェイも目を見開いて動きを止める。

 エリウスは鍛えられた立派な体格をしており、どう見てもその体は一般的な成人男性の体重よりも軽いとは思えない。

 それに対してカフィールはいかにも細身でたおやかな見かけで、どう見てもエリウスを軽々と肩に担げるようには見えなかった。

 シャルはぽかんと開けてしまった口をゆっくりと一旦閉じ、重くないのかと問おうと再び口を開いた時、その袖がくいと後ろから引っ張られた。


「シャル」

「え? あら、何? アーシャ」

「同じじゃないよ」

 シャルの袖を掴んでいたのはいつの間にか近くに来ていたアーシャだった。

 首を横に振りながら告げられた少女の言葉に、シャルは大きく首を傾げた。

「アーシャ、それじゃわからないわ。同じじゃないって、何の話?」

「シャルとカフー。さっき言ってたでしょ。同じじゃないよ」

 ああ、とシャルは頷いた。どうやらさっきカフィールに問いかけていた言葉のことを言っているらしいと思い至る。

 だが同じじゃないという言葉の意味は判らず、シャルは顔に疑問を浮かべて少女を見つめた。

 少女はもう一度小さく首を横に振り、カフィールを指差して口を開いた。

「あのね、カフー、男なの」

 瞬間、部屋はしんと静まり返った。


「……え?」

「……は?」

「お、男っ!?」

 口々に驚きを表し、そのまま再び固まったシャルら三人に、カフィールはにこにこと笑いかけた。その笑顔は相変わらず女神のように美しい。

 

 エリウスを肩に担いだままカフィールはアーシャに近づくとその頭を優しく撫でる。アーシャもその手からは逃げなかった。

 少女は首を反らして彼の顔を見上げ、少しだけ笑顔を見せた。

「カフー、相変わらずキレイ。力持ちなのも変わらないね」

「ふふ、ありがと。アーシャちゃんも、ちょっと育って可愛くなったわね。将来が楽しみだわ。これから一年、よろしくね?」

「ん……うん」

 一瞬ためらいつつも素直に頷いたアーシャに微笑むと、カフィールは担いだ男の体にちらりと目を落とした。

「エリーが、アーシャちゃんがちゃんとご飯食べているかどうかとっても心配してたんだけど、その分なら大丈夫みたいね」

 エリウスに心配されたことが不本意なのか、アーシャはその言葉には答えず黙り込んだ。

「あんまり嫌わないであげてくれると嬉しいわ。この人だっていいとこいっぱいあるのよ?」

「……そうかなぁ」

「あら、本当よ? 例えばお尻の形がとっても素敵だ、とかね。触ってみる?」


 カフィールはそう言ってエリウスの足を支えているのとは逆の手で彼の尻をさわさわと撫でた。もしエリウスが起きていたのなら恐らく彼はすぐさまその肩から飛び降り、なりふり構わず逃げ出していた事だろう。アーシャはその様子を見ても特に驚きもせず、ただぷるぷると首を横に振った。

「いい。いらない」

「あらそう? じゃあ、また今度ゆっくりね」

 そう言ってヒラヒラと手を振ると、カフィールは学園長とタウロー教授に目礼し、部屋を後にした。

 扉が閉まる直前に彼と手を振りかわし、アーシャは静かになった部屋の中を振り返る。


「……あれ?」

 振り返ったアーシャはそこにあった奇妙な光景に首を傾げた。

 そこには、床にがっくりとくずおれ、

「負けた……何あの肌、どうなってるの……」

 とぶつぶつと呟くシャルと、

「男……あれが男……どうしよう、ちょっと美人だとか思っちまったよぅ」

 などと、椅子に座ったまま頭を抱えて繰り返しているジェイ。

 にこやかなままの学園長とタウロー教授に詰め寄り、「学園の倫理や風紀をどう考えているのか」 を真剣に問いただしているディーンの姿があった。

 アーシャはそんな彼らに首を傾げつつ長椅子の端に戻ると、すっかり冷めてしまったお茶を飲み干し、置いてあった菓子を一つ齧った。

 部屋の中から天敵の姿が消えたことで少女はやっと落ち着いた気持ちで寛げる。

 ナッツの入った焼き菓子は香ばしくてとても美味しかった。

 

 こうしてこの日、学園には奇妙な教授二人が仲間入りを果たしたのだった。

いつも読んで頂きありがとうございます。

現在、私生活の多忙により更新が少々遅れ気味です。

不定期で申し訳ありませんが、ご了承下さい。

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