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9:奇妙な二人

「それでは改めて紹介を――」


「エリウス・シェローアだ」

「カフィール・レフィーネよ。よろしくね」

 部屋の主であるタウロー教授に促され、二人の新教授は不機嫌な顔と美しい笑顔を並べつつ名乗りを上げた。

 教授室の応接セットの向かい側に腰掛けた三人も、それを受けて順番に名を名乗る。

 テーブルを挟んで向かい合う教授と生徒達の間の席に座ったタウロー教授はニコニコと笑顔を浮かべてそれを見守っていた。

 ちなみに長椅子に並んで座っているのはディーン、シャル、ジェイの三人だけだ。

 アーシャはといえば、タウロー教授の執務用の椅子を借りて窓際から部屋の中を見守っている学園長の傍に隠れたままだ。学園長のローブの中からはどうにか出てきたのだが執務机の影に隠れたまま、少女は姿を現そうとしない。

 それが何となく学園長に負けた気がして、三人の仲間達は先ほどから少々面白くない気分を抱えている。

 その気分も手伝って、口火を切ったディーンの声音はいつもより更に冷ややかだった。

 

「それで、お二人が新しい学科を担当なさると聞きましたが……失礼ですが幼女趣味の教授というのは倫理的にいかがなものかと」

「誰が幼女趣味だ、おい!」

 幼女趣味呼ばわりされた男――エリウス教授は思わず腰を浮かせて声を荒げた。しかし向かい側の席から向けられる三人分の視線の温度はこの上なく冷たいままだ。ディーンはエリウスの怒り声にも眉毛一つ動かさず、淡々と言葉を返した。

「先ほどの様子を見ている限りそうとしか考えられませんが。嫌がる少女に詰め寄って養女になれと強要するなど、そこに下心があると疑われてもおかしくないでしょう。アルシェレイアのあの嫌がり方も尋常ではないですし」

「そうよ、大体貴方くらいの年でアーシャくらいの子を養女にっておかしいじゃないですか。幼女趣味でもなければ普通はもっと小さな子を養子に欲しがるもんだわ」

 ディーンとシャルの容赦ない弾劾にエリウスは顔を赤くしてぷるぷると身を震わせた。しかしそこで怒鳴るのも大人気ないと思いなおしたのか、彼は何度か深呼吸をして懸命に己を落ち着かせると、少々引きつってはいるが笑顔を見せた。

 

「いや、あのな、本当に誤解なんだ。あれはアーシャに久しぶりに会えたのが嬉しくてつい、な。俺はあくまでただの健全な子供好きだ。なぁ、カフー、そうだよな?」

 カフーと呼びかけられたカフィール教授は美しい顔に微笑を浮かべたまま頷いた。

「そうねぇ、まぁエリーがエロい男だって事は認めるけど、幼女趣味ではないかもしれないわね。女好きではあるけど、好みとしては巨乳に弱いものね」

「エリーって呼ぶな! せめてエルにしろっつってんだろ! っつーか、エロいってなんだてめぇ、また誤解されるだろうが!」

 エリウスはカフィールを怒鳴りつけ慌てて生徒達に視線を向けたが、生徒達から返ってきた視線は前よりいっそう冷ややかだった。

 特に多感なお年頃の少女であるシャルの視線はまるで汚い物を見るかのようで、エリウスの男心に少なからぬ傷をつけた。

 

「ますます生徒の傍に置くのに相応しからぬ人物だと思いますが、よろしいのですかタウロー教授」

 ディーンは目の前の二人から視線を外し、脇の椅子に座っているタウロー教授に問いかける。しかし教授はにこにこと笑顔を見せて頷いた。

「ははは、シェローア教授は昔から子供が大好きなのだよ。彼は以前もしばらくここにいたことがあるが問題など起こしたことはないよ? それに、彼はグラウル君の身元引受人の一人だからね。信用してあげなさい」

「タウロー教授ぅ!」

 思わぬ味方を得てエリウスは瞳を輝かせ何度も頭を縦に振った。

 だがこの男がアーシャの身元引受人の一人だと言う事実に、今度はディーンらの方が驚きに固まる。アーシャのあの嫌がりようからいっても、両者の間に良好な関係があるとは思えなかったからだ。

 シャルは確認する為に立ち上がり、机の向こうにいるアーシャに呼びかけた。


「アーシャ、今の話本当なの!?」

 すると、シャルの声に誘われるように机の向こうからアーシャの顔がちらりと出てきた。少女は向こう側で膝立ちしているらしく机の端に手をかけ、頭を半分だけ覗かせてかろうじて頷いた。

「……何人か名前があると信頼度が高いって言って無理やり連名にした。ノーイのだけで良いって言ってたのに。だから、カフーの名前もある」

「……もうちょっと、分かりやすく言ってくれると助かるんだけど」

 今ひとつ意味の通じない少女の言葉にシャルは頭を抱えた。少女はまだ怯えているためか、その口調もいつもよりぎこちない。

 シャルが困っていると、向かい側からくすくすと涼やかな笑い声がこぼれた。

 顔を上げるといかにも楽しそうなカフィールと目が合い、シャルは思わずむっと唇を尖らせる。カフィールはそれに気を悪くした様子もなく、笑いを隠さぬまま皆に向かって何度か頷いた。

 

「ふふ、ごめんなさいね、相変わらずだから可笑しくて。そもそも最初から説明しないのが悪いのよねぇ」

「……なら説明していただけますか」

 ディーンの不機嫌な声にカフィールは頷き、隣に座るエリウスと自分を順番に指差した。

「あのね、私達はここに来る前は地大陸のオルストっていう地方都市で、地教会の司祭をしていたのよ。アーシャちゃんとはそこで三年前に会ったの」

 オルストとは地大陸ロアレスの西よりにある小国家の中の地方都市の名だ。

 地大陸では地の教会は正教会となるため、地方都市であろうともその規模は大抵どこも大きい。その地教会の司祭ならば、一般的に見れば確かに信用に値する地位だと言って良いだろう。

 けれど目の前の二人からは今ひとつ地教会の司祭と言う雰囲気が感じられず、三人はそれぞれ疑問を顔に出した。

 カフィールはそれに応えるようにまた一つ頷くと更に言葉を続けた。

 

「大丈夫よ、二人とも本当に資格は持ってるから。でも私は水教会で取った司祭資格で地教会では施療院のほうを主に見ていたし、エリーは孤児院の世話をしていたのよ。オルスト地教会は規模がそれなりに大きいから沢山の人間がいるし、私達みたいな変り種ばかりじゃないから安心してね。それに、責任者はもっとちゃんとした司祭っていう感じの人よ」

 エリウスはその説明に不満そうな表情を見せたが、特に口を挟むような事はしなかった。地教会の司祭、と言うには確かに自分達が少々変わっているという自覚はあるのだろう。

 地の大陸の人間というのは個人差はあれどもその多くが地味で実直で勤勉、頑固なところもあるが、大地のように大らかで穏やか、というのが世間一般の認識だ。

 大らかそうだが騒がし過ぎるエリウスも、穏やかではあるが雰囲気が華やか過ぎるカフィールも、その認識からはどう見てもずれていると言えた。


「ノーイはいい人だった。時々、手紙くれるよ」

 不意に机の向こうから、カフィールの言葉を裏付けるような言葉が届く。

 エリウスがそれをちらりと振り返ると、見えていた頭はたちまち引っ込んだ。それに傷ついた表情を浮かべる男を無視して、カフィールは三人に頷いた。

「ノーイって言うのは真面目な好青年って言う感じの司祭でね。今は若いながらも司教になって教会の責任者をしているんだけど、もともとは彼がアーシャちゃんを拾って教会に連れてきたのよ」

 

 カフィールの話によると、三年前、旅をしていたアーシャはオルストの街に立ち寄ったという事だった。宿屋に泊まろうとしたらしいが子供の一人旅という事を怪しまれてそれが叶わず、宿屋の人間と揉めているところをノーイ司祭に拾われたらしい。

 教会というのは貧しい旅をする人間などに宿を貸す事も珍しくはないので部屋数は多く作られているものだ。

 地教会に招かれたアーシャはしばしそこに留まり、併設された施療院や孤児院にいたカフィールやエリウスとも出会う事となった。

 

「それでね、アーシャちゃんの話を聞けば、あんな歳で苦労して一人旅してるって言うじゃない。心配しちゃったエリーがね、うちの孤児院には十八歳までは留まることが出来るからここにいたらどうだって、そりゃもうしつこくしつこく勧誘したのよ。

 でもねぇ、アーシャちゃんて、どう見ても人嫌いじゃない? それなのに毎日しつこく追い掛け回されて、挙句の果てに『孤児院が嫌ならなら俺のとこに養女に来い! 幸せにしてやるから!』 なーんて詰め寄られて、すっかり怯えて、エリーのことを毛嫌いしちゃってねぇ」

「自業自得ですね」

「最っ低ね」

「そりゃぁ、俺だって嫌がるだろうなぁ」

 呆れ果てた口調で三人にばっさりと切り捨てられ、エリウスは悲壮な声で呻くとがっくりと頭を落とし、悲しそうに膝を抱えこんだ。

 

「それで結局ね、ある日とうとう夜中にこっそり出て行こうとした彼女をノーイが見つけて慌てて引き止めて、それならって言う事でアウレスーラへの入学を薦めたのよ。ここなら色々な制度も整っているし、寮もあるでしょ」

「なるほど。しかし身元引受人の件は?」

「あれはね、本当は地教会の責任者が引受人になるところなんだけど、丁度あの頃うちの教会の司教様がお亡くなりになって、後任が決まらなくてちょっとごたごたしてたのよ。それで、臨時の責任者だったノーイが引受人になって、でも司祭だと立場が一段低いからって、連名にしたの。

 まぁ、アーシャちゃんと繋がりを持ちたかったエリーがそう主張してね。私の名前も書いてあるのはエリーのだけが追加されてるとアーシャちゃんが嫌がって納得しないと思ったからよ」

 

 三人はカフィールの話にようやく納得して少し警戒を解いた。

 今の話に嘘はないと思えたし、アーシャ自身も話を聞いていたはずだがそれを否定はしなかった。

 雰囲気を変えた三人の様子に顔を上げたエリウスはカフィールに恨めしそうな視線を向ける。

「なんで俺の時はだめで、お前ならいいんだ……差別だ」

「あら、人徳って奴じゃないのかしら。そもそも、エリーがちゃんと順序だてて話をしようとしないのが悪いんでしょう? アーシャちゃんの時だって、本人が嫌だって言ってるのを聞きもしないで追い掛け回すから嫌われるのよ」

「心配なんだから仕方ないだろう! あんな年で一人旅だぞ!? 放って置けるか!」

 そういって怒鳴ったエリウスの表情は真剣で、その声にも嘘は感じられなかった。それを見ていた三人はその様子に少し驚き、内心で彼のことを少し見直す。

 

「確かにねぇ。エリーは昔から孤児を見ると放って置けないものね」

「そうだとも! 世界中の孤児は俺の子供になるべきなんだ!」

 どうやら子供好きだというのは嘘ではなかったらしく、エリウスは拳を握って主張を述べた。

 それは本当に真摯な言葉と態度で、それを聞いた三人は自分達の態度が失礼だったかと反省しかけた。しかし、その後に続いたカフィールの言葉が、持ち直しかけていた場の雰囲気をぶち壊した。

「はいはい。でもできれば養子より養女がいいのよね」

「ああ、そうとも! 可愛い娘に本を読んでやったり、一緒にお風呂に入ったり、『大きくなったらパパのお嫁さんになるの』 と言われたりするのは男のロマンだ! 俺は決して幼女趣味じゃなく、むしろ養女趣味なんだ!」

 しん、と部屋の中に奇妙な静けさが流れる。

 周囲の温度が急に低くなった気がしてエリウスはハッと我に返り、目の前を見た。

 氷のように冷たい三人分の視線が真っ直ぐに彼へと向かう。

「変態だな」

「変態ね」

「俺、変態って初めて見たなぁ」

 ほほほ、と上品に笑うカフィールの声だけが、部屋の中で妙に優しく響く。

「ちっ、違う! 今のはその、あれだっ、親バカだ! 罪のない親バカなんだぁっ!」

「親バカが許されるのは血が繋がっている場合のみよ!」

 きっぱりと有罪を告げる少女の叫び声と共に、テーブルの上にあった大理石の灰皿が風を切るような音を立てて宙を舞う。

 本日二回目の顎への攻撃を食らったエリウス教授は今度こそ意識を飛ばし、哀れにも再び床に沈む事となったのだった。

 


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