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34:その手の先に

 次の日の朝、朝食を病室で食べたアーシャは身支度を整えて医務棟を出た。

 今日はシャルの試合がある日だから早く出ようと思っていたのに朝食を摂ってから行けと看護士に強要されてしまった。

 何故か朝から随分品数が豊富だったのでお腹が重たい。

 きっと仲間達が去り際に何か言っておいたに違いないとアーシャは読んでいた。

 心配性の仲間達に苦笑しながら医務棟の出口をくぐると、その向こうに意外な人物の姿が目に入った。

 アーシャがこれから会いに行こうと思っていたカトゥラは、日向ぼっこでもするかのように出口の脇の芝生の上でぼんやりと空を見ていた。

 アーシャの足音が聞こえたのだろう。

 芝生に座り込んでいたカトゥラはゆっくりと振り返り、目当ての少女が出てきたことに気付いて立ち上がった。

 

「……」 

 二人の間にしばしの沈黙が流れる。カトゥラは何から話したものか迷ったように目を伏せた。

 

「……おめでとう」

「ありがと……あの、凍傷を治してくれたって聞いた」 

 アーシャの言葉にカトゥラは首を横に振った。

「私だけじゃないわ。シャルフィーナやコーネリアもいたもの」

「でも、あなたにもお礼を言わないと」 

 カトゥラは少し困ったような顔をしたが、やがて小さく頷いた。

 

「……大した事はしてないわ。それよりも、約束を果たしにきたのよ」 

 賭けに負けたから、と彼女は呟いた。

 その顔には負けた悔しさはなく、どこか放心したような、不思議な透明感が漂っている。

 

「私は、何をすればいいのかしら? 貴女に謝ればいい? それとも魔技科の人達にでも?」 

 アーシャはカトゥラの問いに首を横に振った。

 

「別に謝らなくていいよ。何されても私、気付いてなかったし。魔技科の人達も多分あなたとは直接関係ないし」

「じゃあ私は何をすればいいの? 条件を挙げただけって言うわけじゃないんでしょう?」 

 アーシャは頷くとカトゥラを誘って歩き出した。

 医務棟には少なからず人の出入りがある。もう少し静かな所で話をするつもりだった。

 やがて二人は医務棟の近くにある噴水の近くで立ち止まった。

 冬の間は水が枯れている噴水はなんとも寂しげで、寒さも手伝って辺りに人影は見えなかった。

 アーシャは辺りを見回すとカトゥラの方に向き直り口を開いた。

 

「新年の休暇……家に帰る?」

「休暇? それはもちろん帰るけど……それがどうかして?」 

 アーシャは頷くと真剣な目をカトゥラに向けた。

 

「じゃあ、私の要求は、一つだけ。家に帰って、家族と話をして」

「……!」 

 カトゥラは思わず目を見開いた。驚きに開かれた唇が怒りに震える。

 

「な……何よそれ! それが貴女に何の関係があるっていうの!?」 

 だが思わず怒鳴ったカトゥラにアーシャは静かに首を横に振った。

 

「何も。私には関係ないよ。でも、私の言う事何でも聞くっていう条件だったよね? だから、あなたが家に帰って、家族にあなたの想いを伝えること。それが私の要求」 

 カトゥラはぐっと唇を噛み、両手を強く握り合わせた。そして、呻くように応えた。

 

「……できないわ。第一、今更何を話せっていうの?」

「何でもいいよ。あなたが、ずっと寂しい想いをしてきた事や、夢があること。家族に対する想いとか、そんなこと」

「そんな事って……なんで知ってるの」

「当たってた? ただの予想だよ。もちろん簡単じゃないと思うけど、でもそれ以外にして欲しい事はないし」

 それでもカトゥラには到底納得できそうにはなかった。

 彼女は首を横に振ると懇願するように少女を見た。

 

「無理よ……話なんて、できるわけない」

「……どうしてそんな簡単に出来ないって言うの? 帰る家があって、家族と呼べる人がそこにいて、話だってできるのに」 

 少女の声が一瞬揺らぎ、カトゥラはハッと顔を上げた。

 だが目の前に立つアーシャの表情は変化していなかった。

 ただ、真剣な目がじっとカトゥラを見つめていた。

 

「……私は、精霊に愛されているけど、彼らを愛してるけど……もしその加護と引き換えに失ったものが取り戻せるなら、多分、すぐにでもそうする」 

 森の色の瞳がゆらりと揺れる。少女の目はここではないどこかを見ていた。

 

「きっと、シャルだって、ジェイだって、ディーンだって。加護と引き換えにしてもいいから欲しいものを持っている。でも、それが手に入らない事も知ってる」

「……だから貴方達は一緒にいるの?」 

 アーシャは小さく頷いた。

 

「一つでいいのに。たった一つでいいのに……それはもう取り戻せない。手に入らない。精霊の加護があっても」

 何を、とはアーシャは言わなかった。カトゥラもそれは問わなかった。ただ静かに考え、やがて小さく呟いた。

 

「……私は、まだ間に合うかしら」 

 独り言のようなその呟きにアーシャは頷いた。 


「……きっとね」 

 カトゥラは黙って目の前の少女を見つめた。

 自分よりもまだ大分小さなその姿を見ていると、やはり故郷の妹を思い出す。

 妹も魔法医になる為にアウレスーラに行きたいと言っていたけれど、娘が二人も遠くへ行く事を嫌がる両親の反対にあって未だそれは叶っていない。

 カトゥラは妹が何故魔法医になりたいのか知らなかった。

 両親が自分に何を望むのかも知らなかった。

 いつから話す事を諦めたのかそれも思い出せない。

 だが思い返してみると、先に諦めたのは自分のような気がした。

 

「もっと……話していたら、何か変わったかしら?」

「まだ遅くないと思うよ。多分ね」

「そう……そうね」 

 カトゥラは吹っ切れたように一瞬空を仰ぎ、それからアーシャに笑顔を向けた。

 

「じゃあ、約束、守れるか頑張ってみるわ。けど、もしひどい事になったら、貴女慰めてくれる?」

「慰める……それはまだやった事ないけど……いいよ。じゃあ学部の門の前の喫茶店、予約しとくね」

「喫茶店?」 

 カトゥラが訝しげに問うとアーシャは大真面目に頷いた。

 

「シャルがね、女の子同士で、んーと……しつれん? とかの慰めをするには、甘くて美味しい物をヤケ食いするのが基本なんだって言ってた。良くわかんなかったけど、つまり傷ついた時には甘い物が効くのかな?」 

 その言葉にカトゥラは思わず吹き出し、くすくすと楽しそうに笑った。

 

「まぁ間違ってるわけじゃないとは思うけど……それ、本当にやってくれるの?」

「ん、いいよ。じゃあ賑やかな方が良いって言う話だから、その時はシャルとあの人……えっと、コーネリアも誘っておくね」

「……シャルフィーナはともかく、コーネリアも?」

「だって、友達じゃないの? 貴女の。それに、あの人が居るときっと面白いと思うな。あの髪型の事、もっと聞きたいし」

「それは……確かに、私も興味あるわね」

 カトゥラはさぞ奇妙だろうそのお茶会を想像してみた。それだけで更に笑いがこみ上げる。

 目の前の少女は本当に何をしても応えないし、いつもこちらの予想外の返事をしてくる。

 けれど今はもう、それが嫌ではなかった。


「じゃあコーネリアに八つ当たりでもしてからかう事にするわ。きっと賑やかで、落ち込んでる暇なんて無さそうだし。その時はよろしくね」

「うん、待ってるね」 

 カトゥラは頷き、笑顔で手を差し出した。

 アーシャはそれを一瞬不思議そうに見つめ、それから笑顔と共に手を伸ばして握り返した。

 慰めるとは言ったけれど、きっとその必要はないだろうとアーシャは感じていた。

 握った手からは初めて会った時と良く似た透明な水のような気配がした。

 カトゥラの笑顔は、綺麗だった。






 

 

 

 上級学部構内の北にある講堂は大勢の生徒で賑わっていた。

 何日も続いた魔法競技会もついに昨日終わり、今日はその表彰式と閉会式が講堂を使って行われていた。

 全ての結果は既に構内に貼り出されているからほとんどの生徒が知っているが、それでもお祭り気分の最後の日を味わおうと出席者は多かった。

 大半は魔法学部の生徒だが、他の学部の生徒の姿もちらほらと見える。

 

 賑わう講堂の片隅に、アーシャ達四人も集まっていた。

 壇上には学園長が立ち、部門ごとに読み上げられる成績優秀者を称え、三位までの生徒に賞状や盾を渡している。

 

「あーあ、惜しかったわね。アーシャ達は学年対抗戦、棄権だなんて」 

 既に三学年の表彰は終わり、二つの部門の優勝の盾と賞状を受け取ったシャルが呟いた。

 アーシャとジェイは顔を見合わせて首を横に振った。

 

「これでよかったよ。だってもう魔具もあらかたネタ切れだったし。それに、目的は果たしたもん」

「そうそう。アーシャもゆっくり休めたしな。無理するより良かったと思うぜ」 

 競技会の最後にまとめて行われる各部門の学年優勝者が出られる学年対抗戦を、結局アーシャとジェイは棄権したのだ。

 勝ち負けに拘りの少ないアーシャは目的が果たせたから、とあっさりとそれ以上の戦いを諦め、ジェイにも異論はなかった。

 むしろ二人は残りの試合をのんびりと観戦できて喜んでいたくらいだ。

 

「まぁそれはそうだけど……」

「無理をしてまた危ない目にあうよりはいいだろう」 

 それもそうね、とシャルは頷いてため息を吐いた。

 

「それにしてもこれ、重くて邪魔だわ。ジェイ、一つ持って」

「お前……そんくらい大した重さじゃないだろ。ったく」 

 口ではそう言いつつも、ジェイは二つの盾のうち一つをシャルから受け取った。

 入賞の証としてもらえる盾はその順位で大きさが違い、優勝の盾はそれなりに大きい。

 ジェイ自身も自分が受け取った盾と賞状を持っているから邪魔そうにそれらを重ねて小脇に抱えた。

 

「これって来年返すの?」

 アーシャが手に持った優勝の盾を持ち上げて問いかけた。

 少女の顔がすっぽりと隠れて尚余るほどの盾は、部屋に飾るとなると邪魔そうだ。

 

「これは返還するような物ではないので、君の物だ。別に飾らなくてもどうという事もないが……」

「厚くて立派な木を使ってあるんだよね……装飾を削り取ってまな板にしたら怒られるかな?」 

 少女の呟きに対する突っ込みは意外な方向から届けられた。

 

「ちょっと! 今何て仰いましたの!?」 

 四人が振り返るとコーネリアが眉を吊り上げて仁王立ちしていた。

 きょとんとする少女にコーネリアはビシ、と指を突きつけた。

 

「由緒正しい優勝の証をまな板ですって!? 言語道断ですわ!」

「だめ? じゃあ鍋敷きは?」

「なっ、鍋敷き!? 大差ないじゃありませんの! 使い道が違えば良いとか、そういう問題じゃありませんわ!」

 コーネリアは手に持った、アーシャ達の物よりも一回り小さい盾を怒りに任せて振り回した。その後ろを歩いてきたカトゥラが迷惑そうにそれを避ける。

 

「コーネリア、声が大きいわよ」

「うっ……と、とにかく! 優勝の証をまな板や鍋敷きにするなんて許しませんわよ!」 

 壇上では高学年の生徒の表彰式がまだ続いている。

 コーネリアは声を落としてアーシャに詰め寄った。

 

「だって邪魔な物は邪魔……じゃあ、あげ――」 

 もが、とアーシャの言葉が途切れた。

 少女の口を後ろから片手で塞いだディーンは、もう片方の手でひょいとアーシャの盾を取り上げた。

 

「これは裏側に紐が取り付けられるから、後で邪魔にならないような高い所に飾ってやる。だからまな板は諦めろ」

「まぁ! ディーン様ったらお優しいわ!」

 コーネリアはディーンの発言に感激で目をキラキラと輝かせた。

 彼女はペア部門でアーシャに負け、その後の個人部門でシャルにも負けて今回も全て二位で終わっている。

 優勝の盾をあげる、などと言われたら絶対にこの場でぶち切れていただろう。

 彼女の逆鱗に触れただろう言葉を遮ったディーンのその手際の良さに、誰もが胸の内で拍手を送った。

 

 ワァ、と周囲に突然歓声が沸いた。

 壇上を見るとどうやら最後の表彰が終わった所らしかった。

 観客に向かって手を振る各部門の学年対抗戦の優勝者は六年生がほとんどだ。

 シャルはそれを見ながら少し面白くなさそうな顔をした。

 今回出場した二部門で、シャルはどちらも四年生を降し三位だった。その後の五年、六年との試合は惜しくも負けてしまったのだ。

 入賞はしたが、学年対抗戦で表彰台に上がれるのは優勝者だけだ。

 

「……次は、あそこに立つわ」

「次にあそこに立つのは私です!」 

 シャルとコーネリアの闘志は少しも衰えることがないらしい。

 もう二年後の話をしている二人を仲間達は呆れた顔で見つめた。

 

 やがて優勝した生徒達が降り、壇上には学園長だけが残された。

 学園長は白い髭を揺らしながら一歩前へと進み出て、片手を上げた。

 騒がしかった会場が徐々に静まり、生徒達の視線が壇上へと向かう。

 学園長はこほん、と咳払いを一つするとずらりと並ぶ生徒達を見渡し、にこりと微笑んだ。

 

「まずは、君達に良く頑張ったと言わせて貰おうかの。皆が力を尽くし技を競い合う所をまた今年も見せて貰った。

 うちの生徒は皆優秀だと感心するばかりじゃよ」 

 生徒達はその言葉に顔を輝かせた。学園長は更に言葉を続けた。

 

「さて、わしは先日、この大会の中で非常に興味深い試合を見せて貰った。魔法競技会では余り見かけない科の生徒が出ていた試合じゃ」

 ざわ、と辺りにかすかなざわめきが広がった。学園長が語った試合が何の事か誰もが判ったのだ。

 

「魔法技巧科の生徒の作った魔具と、武術学部の生徒の不慣れな魔法の組み合わせなのに驚くほどの工夫とチームワークで学年優勝まで勝ち登ったのは称賛に値する。わしも久しぶりにわくわくしたわい」 

 学園長はそう言って自分のベルトのホルダーに指していた杖を手に取った。

 細くて軽そうな白木に金の装飾が施してあり、頂点に嵌った透明な石が美しい杖だ。

 

「これはわしがもう随分長い間愛用している杖での。この老いぼれを長い間支えてくれておる。この年になると大きな魔法を扱うのはなかなか億劫でな。もう何度助けられたか判らんほどじゃ」 

 そう言って彼は愛しそうにその天辺に付いた石をそっと撫でた。

 

「これを作ったのはわしの長年の親友である男での。彼は腕のいい魔技師であり、わしの尊敬する職人の一人じゃ」

 生徒達は学園長が何を意図して話をしているのかわからずに黙って視線だけを向けていた。

 学園長はその視線を受け、ゆっくりと生徒達を見回した。

 

「君達も皆杖を持っているじゃろう。未熟な学生には杖はあった方が良いからの。そしてそれらは全て、魔法技巧を修めた魔技師達が作っている。杖だけではないな。そのローブも、身に着けているであろう護符も、魔技師の手によるものじゃ。我が学園の制服も少しばかりの魔法が掛かっておる」 

 生徒達はハッとして自分達の体を見た。

 彼らのほとんどが制服やローブに身を包み、護符や杖を身につけている。

 

「それだけではない。この試合場も、学園の様々な施設もそうじゃな。最近普及している光球も、街を潤す水道施設も、そういった物の多くに彼らの手が入っておる」 

 学園長は静かに壇上を見つめる生徒達をゆっくりと見回した。

 生徒達の中に自分の言葉が染み込むのを待つかのように。

 

「君らは知っておるじゃろうか? この世界では強い魔道士が段々と減っている事を。どういう理由かは、研究者達の間でもまだわかっておらぬが、そもそも世界が二つに別れたのが発端なのだろうと言われておる。千年の永きの間に、何かが起こっているのだろうとな。

 だが何が理由としても、年々優秀な魔道士が数を減らしていることは事実じゃ。特に、精霊魔法の使い手が余り現れなくなっておるな。この学園は大陸の内外から多くの優秀な生徒が集まるから、実感は薄いかもしれぬが、この学園でさえその傾向は近年ますます強くなっておる」 

 それはほとんどの生徒が初めて聞く話だった。

 不安そうなざわめきが講堂に走る。

 学園長は静かに片手を上げてそれを制した。

 

「だから、長い年月の間に少しずつ弱くなって来た魔法の代わりに、人は戦乱で消えかけた過去の技術を復興させ、そしてそれを更に発展させる道を選んだのじゃ。そのおかげで、魔法技術を含めた近年の様々な技術の発展は目覚しいものがある。だがそれでも魔法が強い事がステータスだ、という風潮はまだなくならん」 

 学園長はため息を一つ吐き、ゆるゆると首を横に振った。

 

「魔法も魔技も、君達が生まれる遥か昔から存在する。長命種が我らに魔法を伝え、やがてそれは技術と組み合わされた。その歴史の中で、誰が魔法と魔技の優劣を唱えたのか、今となっては知る者もおるまい。

 だが、それは愚かで悲しい事だとは思わぬかね? 見下した方にも、見下された方にも、良い事など一つも生まれない」 

 生徒達の幾人かがそっと顔を伏せる。

 それが何科の生徒なのか、壇上の上からは判らなかったが、学園長はそちらを静かに見つめた。

 

「わしは彼らの試合をずっと見ておった。もしあれが魔法のみが許された試合ではなかったなら。彼女が己の持てる力の全てを使い、彼が本来の自分の戦いをしたのなら、彼らはもっと簡単に優勝していたかもしれん。

 けれど、彼女は自分の作った物に誇りを持ち、それを使って戦う事を選んだ。そして彼は、そんな友を不得手な技で精一杯助ける事を。そしてその結果は試合場で皆が見た通りじゃ」 

 アーシャとジェイはお互いの顔を見合わせた。

 どちらの顔にも微笑が浮かぶ。

 

「だからかのう。自作の魔具を駆使して戦う彼らを見てわしは胸が躍った。人の手が作り出したものが、魔法という力と融合し、それを超えようとしていると。人にはもっともっと可能性があるのだと誇らしく思った。大げさに聞こえるかもしれぬが、わしは昨日ここで、人の未来を垣間見たような気がした」 

 学園長は嬉しそうな笑顔を浮かべると、もう一度ゆっくりと生徒達を見回した。

 

「もし千年前に、人間が己の力を誇っていたのなら。与えられた知識や力から新たなものを生み出す事の出来るこの両の手を誇りに思っていたのなら。あるいは世界は二つに別れなかったのではないか。わしは、そう思うておる」

 もう誰も身じろぎもしなかった。

 ただ静かな視線だけが、壇上へと真っ直ぐに向かう。

 

「他を見下すなかれ。他を見下して自分を高みに置こうとするものは、いずれ誰かの足元に這い蹲る事になるじゃろう。

 そして、己を卑下することなかれ。己の力を誇り、その両の手をもって、己にしか出来ない事を成しなさい。それが、いずれは人の新しい未来へと繋がるじゃろう」 

 その言葉の前に、魔法科の生徒達は少しだけ項垂れ、魔技科の生徒達はまるで光でも指したかのようにしっかりと顔を上げて明るい目をしていた。


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