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32:最後の試合3

 アーシャは固い表情で横にいたジェイに声を掛けた。


「ジェイ、私が合図するまで、私の後ろにいて。絶対前に出ないでね」

「ああ、わかった」

「それと……聖霊石を使って」

「本気でか?」

「うん、全開で。また氷を割って欲しいんだ。今度はきっと、大変だと思うけど……よろしくね」

 アーシャはそう言うと、深く息を吸い呼吸を整えた。けれどその体内の魔力は一向に循環せず、高まってこない。

 ズキンズキンと足や頭、打った体のあちこちが痛みを訴えている。冷え切った体は感覚がまだ完全に戻っていない。

 それらの要因が足を引っ張り、自分の体内の魔力を上手く回せない状態である事を少女は自覚していた。

 魔力の消費が少ない精霊魔法といっても、強い精霊を呼ぶ為にはそれなりの量の魔力が必要になる。

 だが今の状態ではとてもそれに足るだけの魔力を放出できそうにない。


(修行不足かな……)

 アーシャはそう考えながら、胸のブローチを外して地面に置いて片膝をつき身を屈めた。

 そして左手に氷結の魔具を持ち、右手で腰に刺したナイフを抜く。

 ジェイはしゃがんでいる少女の後ろに下がった。

 アーシャは地面に置いたブローチをしばし眺めた。

 試合場の向こう端ではカトゥラとコーネリアが呪文の詠唱を始めている。

 使いこなせない魔法を、力を底上げして無理に使うにはどうしても呪文が長くなる。

 少女は彼女らの様子を時々見ながら慎重にタイミングを測った。

 そして胸の奥で精霊達に呼びかける。


(ごめん、皆……力を貸して)

 アーシャは精霊を呼ぶつもりだった。本気を見せろと言ったカトゥラに応えて。

 だが、二人掛けの魔法を防ぐほどの精霊魔法となるとかなりの力が要るだろう。

 恐らく近くにいてすぐに応えてくれる精霊では太刀打ちできない。強い精霊を遠くから呼ぶ必要がある。


(ごめんね……)

 アーシャは自分がこれからしようとしていることを、目の前のブローチに向かって謝った。

 これはアーシャがこの学園に来て初めて作った魔具だった。

 時間を掛けて少しずつ改良してきた物だからそれなりに思い入れもある。


『そこまでして得たいものがあるのかね?』


 ライラスの祖父の声が胸に蘇る。

 それでも、譲れないのだ。大切な物を失っても、なお譲れないものがある。

 硬い表情を浮かべたその頬を風がふわりと撫でた。

 周りに集まってきた風の精霊達が、気を利かせたのか向こうから風を吹かせてくれたのだ。

 冷たいはずのその風に、アーシャは一瞬夏の香りを感じたような気がした。

 多分それは少女の心の中を過ぎったものだったのだろう。体に感じる冬の風はもちろん冷たいままだ。


 けれどアーシャはその風を受けながら、夏の森を思い出していた。

 初めて仲間達と過ごした眩しかった夏は、今も目の前にあるかのように思い出せる。

 いくら記憶を辿っても楽しいことしか出てこない。

 今のアーシャにはそれが全てだった。

 自分の意思を曲げても、他の物を捨てても、ただそれだけがあればいい。


「……来年も、きっと」

「え?」

 小さく呟いた声にジェイが首を傾げたが、アーシャはそれ以上語らなかった。

 ただ、その決意だけを内に隠して。

 冷たい風に乗ってカトゥラとコーネリアの唱える呪文が幽かに耳に届く。


「――ぶる川よ 大いなる流れよ 大地を削るその激しき流れを――」

 詠唱がもうすぐ終わる、と判断したアーシャは大きく息を吸い込んだ。


「ジェイ、行くよ!」

「おう!」

 その言葉の直後、アーシャはナイフを持った手をブローチに向かって思い切り振り下ろした。

 ナイフの石突が中心の青い石へと真っ直ぐに向かう。

 パンッと思いのほか軽い音を立てて青い石が砕け散った。アーシャは一瞬だけ切なそうに散った欠片を見送ったがすぐにそれを振り切り、砕けた石の中心から迸った魔力の流れに意識を飛ばす。

 それを追うように少女の声が高らかに響き渡った。


『その豊かな髪は青くたなびき、その瞳は深遠の碧を映す。白き足を揺らし、水煙を纏いて笑え。来たれ我が友 瀑布に踊る青き乙女!』

 アーシャの手元で砕けた石が青い光を放つ。光はたちまち少女の体を包み込んだ。

 その耳元で誰かがくすくすと楽しげに笑う。


『流れよ、満ちよ、ここに溢れよ!』

 突然、足元に川が溢れた。

 アーシャの前方から突如として溢れた大量の水は堰を切ったかのように激しい音を立てて試合場の中央へ向かって流れ出す。

 その大波の向こうでは同じように呪文を唱え終えたカトゥラ達が生み出した大量の水がこちらへと向かってきている。

 ぶつかる、とジェイは息を呑んだ。


『抑えて!』

 アーシャが叫んだ言葉に従い激しい二つの波は真正面からぶつかりあった。

 空気まで震わす凄まじい音と飛沫が辺りに弾け、周囲の全てを水浸しにする。


『上へ!』

 アーシャはしゃがんだまま右手で天を指差した。

 激しくぶつかり合った二つの川の流れは一つに溶け合い、その言葉に従って方向を変えた。

 轟音と共に水が少しずつ天へ向かって流れていく。

 目の前に現れたありえないような光景に誰もが息を呑んだ。

 試合場の中央にはなんと、地面から始まり上へと伸びる巨大な滝が現れていた。


「ジェイ、前に走って!」

「お、おう!」

 アーシャの合図にジェイは足首を浸す水の中を走り始めた。だが水が絡み付いて思うように走れない。

 ジェイは舌打ちをすると、低く言葉を紡いだ。


「求めるのは守る為の強さ!」

 ぐん、と足が軽くなり激しく水を蹴る。呼び出した力を足に振り分けて走るジェイは、見る見るうちに試合場の中央にそびえ立つ滝に近づいた。


「ジェイ、跳んで!」

 その声に従ってジェイは地面を強く蹴り、高く飛び上がった。


「凍てつけ!」

 アーシャはしゃがんだまま膝まで水に浸かり、左手を流れに浸して高く叫んだ。

 水に浸した手の中から強烈な白い光がこぼれる。


「駄目だ! やめろ、グラウル!!」

 その光を見たライラスは思わず席を立って声を上げた。

 けれどその声は試合場の少女には届かない。もし届いていたとしても、きっと何の意味もなさなかっただろう。

 滝の向こう側ではカトゥラとコーネリアが天へと昇る滝を見上げながら声を上げた。


「み、水が!」

「凍る!?」

 天まで届くかに見えた滝が突如として下の方から白く染まっていく。

 パキパキと音を立てて水の壁は氷の壁へとほんの一瞬で姿を変える。

 アーシャはもう一度高く叫んだ。


「ジェイ!」

「うぉりゃぁぁっ!!」

 ジェイは高く高く飛び上がり、その拳を振り上げた。


「いっけぇぇっ!」

 ジェイの放った一撃は氷の壁にぶつかって大きな破壊音を立てた。ビリビリと会場の空気が震え、それと共に氷の壁に無数のひびが走る。

 ジェイの渾身の一撃は氷の壁の下の方を完全に砕き、辺りに氷の塊を散らした。

 そしてその衝撃は支える土台を失った壁の上部へと走る。

 ゴゴゴゴゴ、と恐ろしい音が周囲に響いた。


「カトゥラ、下がって!」

 ギシギシと音を立てて氷がひび割れ、その欠片が周囲に次々と落ちる。

 カトゥラとコーネリアは慌てて試合場から逃げ出そうとしたが、巨大な氷の塊は二人に容赦なく襲い掛かった。


「キャア!」

「コーネリア!」

 ドォン、と二人の上に巨大な氷が落ちかかる。

 だがその氷は何かに弾かれたようにバンと砕け散った。そして同時に二人の手首のリボンがぷつんと千切れた。


「っ!」

 だがそれに驚く間もなく、次の氷の塊が降って来る。

 もう逃げる場所も打つ手もない――二人はお互いの体を強く抱きかかえしゃがみこんだ。


『――!』

 ズドン、ドォン、と恐ろしい音を立てて氷の壁は次々にその身を崩して地面に落とした。

 辺りには土と砕けた氷の粒が舞い試合場を白く煙らせる。

 観客席ではシャルもディーンもライラスも立ち上がり、息を呑んでその様を見つめていた。

 誰もが微動だにせず白い煙の向こうをひたと見つめる。

 やがて、ゴゴン、と最後の氷の塊が鈍い音を響かせて落ち、試合場は静まり返った。






「……?」

 いつまで経っても覚悟した衝撃が訪れない事に、カトゥラは固く瞑っていた目をそろそろと開けた。

 濡れたままの体は辺りを漂う冷気に晒されて冷たく気持ちが悪いが、それ以外に痛いところなどはない。

 辺りを見回したカトゥラはその視線を上に向け、大きく目を見開いた。


「な……!? 何、これ!」

 その声にコーネリアもようやく目を開いた。

 隣のカトゥラを見ると、彼女は何かに驚いたように目を見開いたまま上を見上げていた。

 その視線を追ってコーネリアも顔を動かす。そしてそのまま彼女も目を見開いて凍りついた。

 コーネリアの目に一番最初に入ったもの、それは自分達を覆うようにそびえる巨大な氷の塊だった。

 彼女達のすぐ傍まで迫るその氷の壁はどうしてかそれ以上倒れる気配もなく、むしろ二人を守るかのようにぽっかりと開けた空間を作り出している。


「な、何ですのこれは……偶然?」

「……そうだったら、すごいわね」

 目の前の氷の壁は地面から突き出て斜めにそびえ、その端は闘技場の壁にぶつかって完全にくっついている。

 ここからではわからないが、落ちてくる氷の塊を防いでくれたのだからその厚みもかなりのものだろう。

 それは偶然にしては不自然すぎた。

 そしてそれをやったのは自分達ではありえない。

 それならば誰が、と考えれば選択肢はごく限られている。

 氷が崩れてきた時に一瞬聞こえた気がした高い声はあの少女のものではなかったか。


「……ふ」

「ふ?」

「ふふ……ふふふ、あはは、あっははは!」

「カ、カトゥラ?」

「あはは……はは、もう、負けちゃったわ。ほんと、最悪! 何なのよもう!」

 片手で顔を覆い、最悪だと文句を言いながらカトゥラはくすくすと笑い続けた。

 だがその顔は今までの彼女とは違い、すっかり毒気が抜けたような、年相応の明るい笑顔だった。

 戸惑っていたコーネリアもそれを見て、やがて呆れたような笑顔を浮かべた。






 二人の少女が笑い合っていた頃、氷の壁の向こうではジェイが体を起こしていた。

 壁を砕いた後、氷の崩落からジェイの身を守ってくれたのは、やはり地面から突然突き出た氷の壁だった。

 その下でうずくまって崩落をやり過ごしたは良いが、周囲はひどい有様だ。

 氷の下から無事に姿を見せたジェイに、観客席からはどよめきが漏れるがそんなことに構ってはいられなかった。


「アーシャ!」

 ジェイは辺りに視線を走らせ、試合場の端に探し物を見つけた。

 アーシャの辺りには氷の欠片は落ちてこなかったようだが、少女はさっきと同じくしゃがみこんだままだ。ジェイは慌てて動かない少女の下へと駆けつけた。


「アーシャ、無事か!?」

 アーシャはその体の半分を氷の中に埋めたまま、小さく頷いた。

 だがその顔色はひどく悪い。周囲は未だ吐く息が白くなるほどの冷気に包まれていた。


「待ってろ、今出してやるから」

「止めろ!」

「駄目よ、ジェイ!!」

 拳を振り上げかけたジェイを鋭い声が止めた。

 声の方を振り向くと、シャルとディーンが観客席をぐるりと回って二人の近くへ走ってくるところだった。


「馬鹿!壊したら駄目なのよ!」

 シャルはそう叫ぶと試合場の地面の氷の無い場所を選んで回り込み、客席の手すりに足をかけた。


「えい!」

 最近聖霊石のお陰で身軽になったシャルは勢いよく堀を飛び越え試合場に降り立った。ディーンも次いで飛び降りる。二人はバタバタとアーシャの下へと走り、その顔を覗き込んだ。

 少女は青ざめた顔で歯を食いしばりガチガチと震えていた。


「ジェイ、下がれ。今氷を砕けばアルシェレイアの手足がどうなるかわからない。これは溶かすしかない」

「ええっ!?」

『猛々しき炎の精霊よ 我に応え我が下へ来たれ!』

 シャルは高い声で精霊を呼ぶとその手をアーシャの手が埋まる氷の上にピタリと当てた。


「氷を溶かして、決してアーシャを傷つけないように」

 シュゥ、と辺りから湯気が立ち上る。願いを受けた精霊達はじわじわと少女の周りの氷を溶かし出した。


「ジェイ、救護班を呼んで来い。魔法医をここに来させろ」

「わ、わかった」

 ジェイは氷の上をヨロヨロと走り、救護班の待機所へと向かった。走りながら邪魔な氷の塊を次々に砕いて道を拓く。

 シャルは氷を溶かして少しずつ顕わになるアーシャの手足を見て息を呑んだ。

 その細い手足はひどく青白い色に変わり、所々に水泡が浮かんでいる。ディーンが肌が見えている部分にそっと指先で触れると固い感触がした。


「やはり……凍傷だ」

 ディーンの判断にシャルは焦った。


「すぐ暖めなきゃ!」

「まだ駄目だ。まずはアーシャの体を出して、それから魔法医の治療と同時に行うべきだ」

「でも!」

「いいから黙って氷を溶かせ!」

 冷静に見えたディーンの態度が腹立たしく、なおも言い募ろうとしたシャルは驚いて言葉を止めた。

 驚きに意識が逸れかけたのを慌てて引き戻し、言われた通りにアーシャの周りの氷を溶かす事に専念する。

 しばらくそれを続け、アーシャの体はようやく氷から開放された。

 だが手足は固くこわばったままで、このままでは動かすのも恐ろしい。

 右腕は水につけていなかったため無事だったが、左腕と両足は完全に感覚もないらしい。

 アーシャは白い息を吐きながら、薄っすらと目を開けた。


「……だいじょぶ、だから」

「どこがよ!」

 シャルが思わず怒鳴ったが、アーシャはそれ以上何も言わず薄く笑みすら浮かべて見せた。

 だがその体は相変わらず小さく震え続けていて、二人は気が気ではない。


「服や靴は脱がさなくていいの?」

「駄目だ、脱がせば皮膚が剥がれる。そのままでいい」

「わかったわ……ちょっと、救護班はまだなの!?」

 シャルは何もしてやれない状況に苛立って振り返った。

 すると試合場の向こうから意外な人物が近づいてくるのが目に入った。


「何しに来たのよ!」

 氷を乗り越えてこちら側にやって来たのはカトゥラとコーネリアだった。

 二人はよたよたと氷の上を歩いて三人の傍にくると倒れたままの少女を覗き込んだ。


「ひどいの?」

 カトゥラはシャルの怒声には答えず、青ざめたアーシャを見つめその手足に視線を走らせる。


「凍傷ね……コーネリア、貴女癒しの魔法使える?」

「光の精霊魔法でなら少し。魔力はもうあまり残っていませんが……まぁ何とかなりますわ」

「じゃあお願い。私は護符で何とかするわ」

「ちょっと、何なのあんた達!?」

 声を荒げたシャルにカトゥラは視線を向けた。


「凍傷は早く治療しないと手足を切り落とす事になるわ。救護班は氷で扉がなかなか開かないし、狭い隙間からじゃ担架も運べなくて立ち往生してる。今ここでぐだぐだ言ってる場合じゃないんじゃない?」

 ぐ、と言葉に詰まったシャルからつんと顔を逸らすとカトゥラはディーンに視線を向けた。


「シャルフィーナが凍傷を溶かして、私とコーネリアが魔法を掛けるわ。けれどかなりの疼痛があるはずだから、この子を眠らせられると助かるんだけど」

「……わかった」

 ディーンは頷くと闇の精霊を呼んだ。コーネリアもその間に光の精霊を呼ぶ。

 四人はアーシャの体を囲んでその場にしゃがみこんだ。


「シャルフィーナ、人が高熱を出した時くらいの温度で一気にこの子の手足を溶かして。そうね……お風呂くらいかしら。高すぎたら駄目よ」

「そんな温度で大丈夫なの?」

「大丈夫。間違いないわ。水の大陸の冬はこことは比較にならないくらい厳しいの。凍傷の対策は子供の頃から習うのよ」

 ディーンの影がゆらりと動く。ディーンはそれを確認しながら、片手でアーシャの目を覆った。


「しばしの安らかな眠りを。現から切り離され、何者にも脅かされぬ深い眠りにつけ。朝の光を浴びるまで」

 ふっとアーシャの体から力が抜けた。ディーンはくたりと落ちた少女の頭を支え、カトゥラへと視線を向けた。

 カトゥラは頷くと真剣な目でシャルを見た。


「溶かして。ただし、くれぐれも加減を間違えないでね」

「わかったわ」

 シャルは神経を集中してアーシャの体に手をかざした。

 高熱を出した程度、お風呂くらい、と何度も繰り返しながら精霊に願う。

 ばたばたと音がしてディーンが振り向くと、客席から遠回りで降りてきたライラスが四人の下へ駆けつけるところだった。そしてアーシャの手足を見て息を呑む。


「なんて使い方を……!」

「しっ、静かに!」

 カトゥラに遮られライラスは黙った。

 シャルの願いを聞き届けた火の精霊はアーシャの手足をどんどんと溶かしていく。その手足はじわじわと柔らかさを取り戻していった。


「コーネリア、やるわよ」

「わかりましたわ」

 コーネリアは頷くと光の精霊に願う。


「光の精霊よ、その聖なる光で傷つきし者を照らせ。その大いなる福音を彼の者に」

「清らかなる水よ、その水は命の流れ、傷つきしこの体を癒し、赤き水を再び巡らせよ」

 それぞれがかざした手元に赤と青と白の光が瞬く。

 アーシャの手足は少しずつ元の柔らかさと赤みを取り戻していく。  

 ディーンはそれを見て、緊張の為にずっと詰めていた息を深く吐き出した。

 だが、カトゥラは魔法に集中しながらひどい眩暈を感じていた。

 癒しの魔法は魔力の消費が激しい。

 まだ完全に癒しきれていないのに魔力が切れてしまいそうになり、ぶるぶると小さく頭を振った。

 シャルが溶かし、コーネリアが治した組織に自分が血液を送らなければいけないのだ。

 ここで止める訳にはいかない、とカトゥラは歯を食いしばった。


 突然チャリ、と小さな音がカトゥラの首元で響いた。

 彼女が驚いて首元を見ると見慣れない形の護符が下がっている。

 首の後ろで誰かが留め金を止める気配がし、ふいに眩暈が軽くなった。


「これ使えよ。魔力が足りなくても補助してくれる。」

 カトゥラの後ろから聞こえたのはライラスの声だった。

 その言葉通り、ライラスの護符はチラチラと小さな光を灯しながらカトゥラの魔法を補助してくれる。

 眩暈が消えたどころか、徐々に体の奥から力が湧いてくるような気さえする。

 カトゥラ自身も幾つも市販の補助用の魔具を身に着けているのにそのどれよりも効果が高い。

 軽い驚きを感じながらカトゥラは魔法に最後の力を込めた。



 どれだけの時間が経ったのか、カトゥラは少女の体がすっかり元の肌の色を取り戻したのを確かめてから手を離した。

 小さな体からはいつの間にか震えも消えている。

 もう大丈夫だ、とカトゥラは安堵の息を吐き出した。

 途端にぐらりと眩暈に襲われ後ろに倒れ掛かった。

 だが、トン、と何かにぶつかってその体が止まる。

 後ろにはライラスが黙って立ち、屈みこんでカトゥラの肩を支えてくれていた。

 気がつけば周囲には戻ってきたジェイと、やっと出てこれたのにやる事がなくなった救護班と、試合の終了を告げるべきか悩む審判が立っている。

 輪の向こうには駆けつけた学園長やタウロー教授らの姿も見えた。

 学園長は深く優しい笑みを浮かべ、そっと審判を促した。

 審判はジェイとアーシャの腕のリボンを確認した。アーシャのものは切れていたが、ジェイの腕にはまだ結ばれたままだったそれと、カトゥラとコーネリアの何もない腕を確かめて旗が高く掲げられる。


『勝者、グラウル・イージェイ組!』

 途端会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。

 息を潜めて成り行きを見守っていた観客達は誰一人として席を立っていなかったのだ。

 負けたカトゥラとコーネリアにも惜しみない称賛が浴びせられる。


「よくがんばった。素晴らしい試合じゃったよ」

 学園長は戸惑う二人の少女に優しく声をかけた。


「そして、良くこの子を助けてくれた。立派な行いじゃった」

「と、当然の事をしただけですわ……」

「……元はといえば、先にあの子に助けられたのは私達です」

 学園長は二人の言葉に更に笑顔を見せた。気付けば周りの誰もが彼女達に笑顔を向けている。

 シャルもディーンもジェイも、ほっとした笑顔で二人に頭を下げた。


「ありがと……アーシャを助けてくれて」

「感謝する」

「ありがとな!」

 カトゥラの後ろにいたライラスも何度も頷き、深く頭を下げた。


「ほんとに良かったよ……ありがとう」

 コーネリアは称賛を浴び、感謝されて感動したのか、顔と目を赤く染めて口の中でもごもごと何か呟いた。

 カトゥラも彼らの笑顔を真っ直ぐ見ることが出来ず、思わず俯いてしまう。

 そんな様子に笑顔を浮かべながら学園長はパンパンと手を叩いた。


「さ、救護班の諸君。グラウル君を医務室へ。彼女達が治療してくれたが凍傷は後も怖い。ちゃんと検査してあげておくれ」

「はい!」

 それを皮切りに試合場にはわらわらと会場設営係が後始末の為に入ってくる。

 運ばれるアーシャに付き添って皆も会場を後にした。その背中を途切れることのない拍手や歓声が追う。

 誰もが今日この場で行われた試合を心から称えていた。



 こうして、前代未聞だらけの三学年ペア部門はアーシャ達の勝利で幕を閉じた。

多分次の更新で二部は終わりです。

今週半ばくらいにまとめて更新する予定でいます。


すみません、半ばに更新予定でしたが、諸事情でやはり週末になりそうです。

いつも通りくらいの予定かと。

暫くお待ち下さい。

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