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30:最後の試合1

 第一魔法競技場は他の競技場よりも大分広い。

 観客席の数も試合場の広さもかなり違う。

 だが今、その広い観客席はほとんど満員になっていた。

 客席を埋めた人々はこれから始まる試合を待ち望み、その試合場に出てきた四人に惜しみない声援を送っていた。


「……何これ」

「ひゃー、すげぇ人。たかが三学年の優勝決定戦で、どうなってんだこりゃ」

「いつもはこんなにいないの?」

 アーシャの疑問にジェイは何度も頷いた。


「全然。この競技場だってほんとはもっと上の学年の、五年か六年の優勝決定戦か学年混合の優勝決定戦とかに使うんだ。普通三年で、しかもペアではここは使わないだろうな」

「……私が第二競技場使えなくしたからかな」

 しょんぼりしたアーシャにジェイはぶんぶん手を振った。


「違うって! だったらここじゃなくて第三競技場使ったっていい話なんだしさ。多分見たいって言う人間が多かったんだろ」

 実際ジェイの目から見てもこの客の入りは尋常ではない。

 作業着などの制服以外の服の人間が沢山混じっている所を見ると、どうやら他の学部からも沢山の人が見に来ているらしかった。


「魔法競技会はほとんどいつも魔法科の生徒しか出てこないからな。毎年出場者も代わり映えしないし、武道大会より参加人数も少ないから観客もそんなに多くないんだ。多分、純粋に俺達を見に来てるんだろ。珍しいから」

「へぇ……」

 アーシャはずらりと観客席に並んだ沢山の人間を気持ち悪そうに眺めると、試合場の向こう側から歩いてきた二人に目をやった。

 二組のチームは試合場の中央で向かい合った。

 コーネリアは満員の観客席を見渡し、満足そうに微笑んでから二人に視線を向ける。


「ご機嫌よう。やっとこの日が来ましたわね。ずっと貴女に挑む日を待っていましたわ!」

「そう」

「なっ……何ですのその気のない返事は! 失礼ですわよ!」

 コーネリアはブンと杖を振って怒りを顕わにした。その動きに合わせてゆらゆらと金の縦巻きが揺れる。

 アーシャはそれを面白そうに見つめ、おもむろに口を開いた。


「ね、その髪寝る時どうしてるの?」

「は? それは……寝る時は自然のままですわ。毎朝巻くのですから」

「へぇ……じゃあ朝早いんだ」

「ええ、毎朝五時に起きて……って、止めて下さらない! こんな緊張感のない会話!!」

 コーネリアはうっかり真面目に受け答えしてしまった己に気付き顔を赤らめた。


「だって知りたかったんだもん。ありがと、教えてくれて」

「あら、どう致しまして……ってだから違いますわ!」

 頬を染めたまま憤るコーネリアの隣に立つカトゥラは、そんな緊張感のない二人を面白く無さそうに眺めた。


「試合前に余裕なのね。賭けに負ける覚悟は出来てるってことかしら」

「賭け?」

 コーネリアとジェイが何の事かと不思議そうな顔をする。

 だがアーシャはそれには答えず、カトゥラをじっと見つめて言った。


「負けないよ。あなたこそ、約束忘れないでね」

 フン、とカトゥラは鼻で笑うと踵を返して開始位置へと歩いていった。

 コーネリアも慌ててその後を追う。


「アーシャ、賭けって何のことだよ? 何か賭けたのか?」

「うん、私が負けたら皆の班から抜ける事になってるの」

 何でもないことのように告げられた言葉にジェイが目を剥く。


「はぁ!?」

「でも、負けない。負けたくないから、大丈夫」

「大丈夫って……しょうがねぇなぁ。後でちゃんと話聞かせろよ?」

 ジェイは手を伸ばして、うん、と頷くアーシャの髪をくしゃくしゃと撫でた。

 二人は並んで開始位置へと向かう。

 さっきから誰にも気付いてもらえていない審判は、挨拶もしなかった二組のチームを困ったように見て、諦めてため息を吐いた。

 ヤケになった叫びが試合場に響く。


『始め!』






「清らなる水よ、我が前に集いて、敵を穿つ槍となれ!」

 まず動いたのはコーネリアだった。

 彼女の高らかな詠唱に従い、その眼前に水が集い、ピキピキと音を立てて凍っていく。

 やがて形作られた鋭い氷の槍は彼女が杖を振って示した先に一斉に飛び出した。

 アーシャは用意していた二枚の札をすかさず投げる。

 ゴォッと音を立てて炎の壁が立ち上がり、氷を飲み込んだ。

 もう一枚、炎の壁よりも手前に飛んだ札の周りから土の壁が立ち上がる。


「あっ!?」

 炎の壁で溶かされ、勢いを削がれ半ば水と化した氷の槍は固い土壁に当たって砕け散り周囲に跳ね返った。

「種類の違う二重の結界が即座に作れる……これが魔具の強みって訳ね」

 カトゥラも感心した声を上げた。

 詠唱の時間が要らない魔具は一つ一つの威力はあまり強くはないがその分こういう使い方も出来るのだと教えられた気がした。

 コーネリアはさらに氷の礫を放つがそれもアーシャは事も無げに防いでしまった。

 詠唱魔法は言葉を使うせいで道具で防ぐのは難しくない。

 コーネリアは更に風や小さな炎の魔法を使ったがそれらも有効な手段とはならなかった。

 カトゥラは防御に徹するつもりらしくそれを傍観している。


「くっ……! なら!」

 コーネリアは杖をブン、と振り上げた。

 

『聖なる光の精霊よ! 我が呼び声に応えよ!』

 高らかに光の精霊を呼びつけると、その杖を二人の方へと向けた。


「光の精霊よ、その光の槍もて敵を撃て!」

「ジェイ!」

「おう!」

 コーネリアの杖の前に収束した光が棒のように真っ直ぐに二人を目指して進む。

 だがジェイは逃げる様子もなくむしろ光に向かって大きく一歩踏み出し拳を繰り出した。


「せーのっ、二ぃ!」

 バチンッ! という激しい音と同時にジェイの拳とコーネリアの放った光が真正面からぶつかった。

 激しい音と閃光が瞬き、辺りが一瞬明るく照らされる。

 光は弾けるように消え去り、後にはぶるぶると手を振るジェイが何事も無かったかのように立っていた。


「ジェイ、大丈夫?」 

「あー、ちょっとビリッとしたかな」

 だがそういう割には少しもダメージを受けた様子は無い。

 それを見て客席ではディーンとシャルが頭を抱えてため息を吐いた。


「精霊魔法には精霊魔法が一番有効だって言っても……あれってありなの?」

「殴る他に方法はなかったのか……」

 コーネリアの魔法を相殺できたという事はジェイがいつの間にか彼女より強い精霊を呼べるまでになっているという事だ。だが二人ともなんとなく、それを素直に褒める気にはなれなかった。自慢の精霊魔法を拳で相殺されたコーネリアは衝撃のあまり口をパクパクと開け閉めしている。そんな彼女の気持ちが何となくわかって、流石のシャルも思わず同情してしまった。


 そんな客席の二人の苦悩も知らず、アーシャはジェイに声なき声をかけた。攻撃に転じる合図だ。

 ジェイはその声に従って手にしていた何枚もの符を前に向かって投げる。符はたちまち燃え上がって火の玉となり前方に立つ二人めがけて飛んでいく。

 魔力を少し込めると弱い魔法を発動させる良くある品を強化した物だ。その炎は市販品よりも大分強い。

 更にアーシャはジェイの行動に合わせて聖霊石の腕輪を強く握り、その手をブンッと大きく振った。

 ゴッと風が巻き起こる。それは前の試合で使ったのとは比べ物にならないほど弱い風だった。

 それでもその風は前を飛ぶ火の玉を押し、その炎を更に燃え立たせる。だがそれを迎え撃つカトゥラは余裕の表情だった。十あまりのかなりの大きさの火の玉が間近に迫ってもなんの焦りも見せずに杖を持ち上げた。


「清らかなる水よ、我が眼前にて壁を成せ! 降りかかる厄災を押し包め!」

 ゴバァ、と地面から湧き上がった水がカトゥラとコーネリアを守る。

 水はカトゥラとコーネリアの眼前に高く立ち上ると、一瞬で全ての火の玉を絡め取り消し去ってしまった。


「こんな攻撃しかできないのかしら? なら今度はこちらから行かせて貰うわ」

 カトゥラは目の前に水の壁を立てたままにこりと微笑んだ。

 アーシャはそんなカトゥラの様子を見て、ポケットからあの銀のメダルを取り出した。

 少女のの手の平ほどの大きさのメダルには上部に小さな輪がついている。

 アーシャはその輪に右手の中指を通し、手の平にメダルを握りこんだ。


「清らかなる水よ! 我が元に集え 我が手の平で踊る荒々しき水流となれ!」

 カトゥラの前でゆらゆらと揺れていた水の壁は一斉に形を崩して更に量を増し、何本もの水流となった。

 それらは一直線にアーシャとジェイに向かってくる。

 アーシャは右手をかざしたまま、隣に立つジェイに目配せをした。それを受けたジェイもいつの間にか取り出したらしい何かを持った手を高く振り上げる。


「よっ!」

 掛け声と共にカシャンとガラスが割れるような音がして、二人の目の前の地面で何かが弾けた。

 ジェイが手に持っていた水の小瓶を足元に叩き付けたのだ。

 割れた瓶から溢れた水は叩きつけられた反動か、音を立てて二人の前で一瞬高く吹き上がった。

 アーシャはそれと同時に水に手をかざして声を上げた。


「凍れ!」

 吹き上がった水はその言葉に従い、パキンと固い音を立てて見る見る氷の壁を成す。

 だがそれは彼らの元へと向かう水の勢いの前にはあっけなく崩れてしまいそうな薄い壁だった。

 アーシャは一歩踏み込み、立ち上がった壁に手の平のメダルを押し付けた。


「凍れ!」

 もう一度そう唱えると同時にアーシャはわずかな魔力を石に流した。 

 その言葉と魔力を呼び水に、精霊石の中と外のメダルに記された魔法陣が発動する。

 魔法陣は精霊石から魔力を引き出し、溢れ出たその力を一つの現象へと導いた。

 キィン、と高い音を立てて手の中の石が輝く。

 その次の瞬間、水流は何匹もの蛇のように小さな壁に襲い掛かった。

 ドォン、と壁に水が衝突する鈍い音が辺りに響く。

 誰もがその氷の壁が瞬時に砕かれる事を予想していた。だが――


「なっ!?」

「何ですの!?」

 カトゥラもコーネリアも驚いて声を上げた。

 水流で砕かれると思った小さな壁が、パキンパキン、と固い音を立ててどんどんと広がっていく。

 水流が当たる度にその壁は厚みを増し、広さを増し、見る間にその向こうの二人を完全に覆い隠してしまった。


「氷の魔法でこちらの水を逆に利用しているというの……!?」

「あの水流全てを飲み込むほどだなんて!」

 何本もの水の蛇は今や完全に氷の壁に飲み込まれ姿を消してしまった。

 カトゥラは一旦攻撃の手を休めた。これではこれ以上水で攻撃しても更に壁を厚くするだけだ。

 二人が身を守るための壁を立ち上げたのを見て、それを壊してやろうと攻撃を集中させたのが裏目に出てしまった。自分の行動が読まれていたのだと気付いたカトゥラは悔しげに眉を寄せた。


 一方壁の向こうではアーシャが氷の壁から手を離してほぅ、と息を吐いた。吐いた息が白く広がる。

 右の手の平から腕がじん、と痺れた。

 やはり精霊石の力が強すぎて、急拵えの魔具ではそれを完全に抑え切れていない。


 ライラスと作ったこのメダルには最近貴族の間で流行している魔具の技術を応用してある。

 本来なら夏場に小さな部屋などの一定の範囲の空気を冷やすのに使われている技術を高め、氷結の力を持たせたのだ。

 だが使った石の力が強すぎて、道具を使用した者にも若干の影響が出るのを打ち消す事ができなかった。

 精霊石は高価だから学生のうちは使い方は学んでも、実際の制作に使うことはほとんどない。

 あの扇といい、この氷結の魔具といい、強い力を扱うにはアーシャもライラスもまだまだ経験が不足しているという事なのだ。


(諸刃の剣って……ほんとに、そうだね)

 何度も使うなよ、あんまり強い力を出すなよ、と心配そうに言ったライラスの顔を思い浮かべてアーシャは困ったような笑顔を浮かべた。





「すっげぇ……こんな分厚い壁になっちまった……」

 競技場を真っ二つに区切るほどの広さになった氷の壁を見てジェイは感嘆の声を上げた。


「ジェイ、二人が攻撃してきたら合図するから、この壁を思い切り叩き壊して欲しいんだけどできるかな?」

「壊していいのか?」

「うん、二人が攻撃してくるのに合わせて壊した破片を飛ばせば幾らかは当たると思うから」

「なるほど。よし、任せろ!」

 ジェイは壁の前で構えると油断無く向こう側の動きを伺った。

 アーシャも腕を擦りながら壁の向こうに目を凝らす。

 カトゥラが水の魔法を使おうと魔力を高めているのがおぼろげに見えた。

 水ならばまた凍らせてやる、とアーシャは冷えて痺れる右手を再び持ち上げた。





「こんな氷、炎で溶かしてやりますわ!」

 コーネリアはそういうと杖を高く振り上げた。

「待って、コーネリア」

 だがそれをカトゥラが制する。


「貴女あまり強い炎は使えないでしょう? 私もだけど。ね、私にやらせてちょうだい」

「けれど……これ以上水を使っても無駄なんじゃなくて?」

 更にあの壁を厚くしてしまう、というコーネリアにカトゥラは微笑で答えた。


「水の力はこんなものじゃなくてよ? それをあの子達にも教えてあげるわ」

 凄みのある笑顔にコーネリアも思わず黙る。

 カトゥラはそれを了承と受け止め、青い石の嵌った杖を振り上げた。


「清らなる水よ、我が元へ集え。激しき流れよ、細い細い糸となれ! 岩をも穿つ針となれ!」

 カトゥラの周りにザァッと水が集まる。

 水は先ほどと同じ大きな水流となり、そしてそれは少しずつ細くなっていく。

 激しい水流はやがて細い細い水の糸となり、その先は鋭い針となった。


「穿て!」

 ヒュッと音を立てて水が動いた。

 来る、と壁の向こうのアーシャは身構えた。だが構えた直後にその魔法の持つ力に気付いた。

 凄まじい勢いの水が、細い針となって氷の壁を穿とうと向かってくる。

 これは凍らせても止められない。そしてその切っ先は真っ直ぐに――


「ジェイ!」

 その矛先を理解した瞬間、アーシャは地を蹴って体ごとジェイにぶつかった。

「うわっ!?」

 少女の体は軽かったが、それでも勢いに押されてジェイは地面に転がる。

 その次の瞬間パン、と軽い音が辺りに響き、アーシャは突然足に走った痛みに息を呑んだ。


「ッ!」

 小さな体は勢いよく転がってどさりと地面に倒れ付した。

 響いた音が壁に穴が開いた音だったと気付いたジェイは慌てて起き上がりアーシャに駆け寄ろうとした。だがその前にアーシャの声が響いた。


「ジェイ、壊して!」

 ハッと我に返ったジェイは慌てて氷の壁へと向き直る。


「うっりゃぁ!」

 ジェイは右の拳に渾身の力を込めて壁に叩き付けた。

 ドゴォン、と鈍い音が辺りに響き渡り、大小の氷の破片が激しく向こう側に飛び散る。


「キャァッ!」

 二人分の悲鳴が重なって聞こえ、アーシャは氷の幾つかが彼女らに当たった事を確信した。

 両手を使ってヨロヨロと立ち上がり向こうを見ると、コーネリアもカトゥラも地面に倒れ込んでいるのが見えた。

 だが二人とも頭を軽く振ったりしながらゆっくりと起き上がる。

 やはり今ので勝負が決まるほど二人は甘くはない、とアーシャは表情を固くし、ポケットを漁って茶色い革袋を取り出した。


「アーシャ!? その足!」

 突然ジェイが慌てた声を上げた。

 それもそのはず、振り向いたジェイが見たのは少女の左足の腿の辺りを染めるくすんだ赤い色だった。

 ジェイを突き飛ばした代わりに針のように細い水に足を穿たれたのだ。

 出血は激しくはないがじわじわとズボンを汚していく。


「大丈夫。それよりもジェイ、これを水に落としてきて」

「大丈夫って、アーシャ!」

「お願い、二人が起きないうちに早く!」

 袋を押し付けられたジェイは諦めて一番近い堀を目指して走った。

 広い試合場を全速で横切って、袋の中身をぼちゃぼちゃと全て投げ入れて慌てて戻る。

 ジェイが戻る頃には二人も立ち上がっていた。


「いた……頭を掠りましたわ、まったく」

「あら……残念。その髪の毛が短くなれば少しは素早く動けるようになれたでしょうに」

「なんですって!?」

 カトゥラは防御の魔法が間に合わなくて顔に幾つかの氷の破片が当たったことにいたく腹を立てていた。

 もしかしたら後であざが出来てしまうかもしれない。

 攻撃をしていたのはカトゥラなのだから防御するのはコーネリアの役目だったはずなのだ。

 苛々しながら前を向いたカトゥラは少女が怪我をしているのを見て微笑んだ。

 二人が言い争っている間にアーシャはバッグから取り出した布を傷に巻いていた。きつく縛ったが、あまり激しくは動けそうにない。


「あら、ちゃんと当たってたのね。良かったわ」

「……流石に、水の事を良く知ってるんだね」

 細い糸のような、針のような水流はアーシャの結界さえも突き破った。

 力が一点に集中した為守りきれなかった事にアーシャは悔しさよりもある種の感嘆を覚えていた。


「そうよ、水の事なら誰よりも良く知ってるわ。私にはこれしかないもの」

「……これしかない、か」

 そんなことはない、とアーシャは思う。

 カトゥラがそう思いたいだけだ。

 そうやって自分の可能性を狭めて、広い世界を見ることを恐れている。

 その世界にはアーシャが選んだ道や、彼女の妹が選んだ道もあるという事を認めたくないから。

 あれだけ水を扱えるなら、もっと努力すれば本当に水の神殿の巫女にだってなれるかもしれない。

 精霊に愛されている方が有利な事は確かだろうが、世の中には精霊の加護持ちの数は多くないし、持っていてもごく弱い場合が多い。彼女が本気で望めば、その道はまだ続いている。


 二人がしばし黙って向かい合っていると、突然ゴバァ、と音がして堀から水柱が立ち上がった。

 昨日使ったのと同じ、水の球がぽよんぽよんと次から次へと飛び出してくる。

 さっきジェイが堀に放り込んだ魔具だ。


「でましたわね!」

 コーネリアは水の球を見ると杖を振り上げた。

 もう一度光の精霊を呼びつけると、その杖を水の球へと向けた。

 このおかしな魔具が核を持って動いている事はわかっている。ならば対策は一つ、と勢いよく杖を向ける。


「光の精霊よ その光の槍もて敵を撃て!」

 杖の前に光が収束する。

 次の瞬間、放たれた幾筋もの光は細い槍となって水の球にぶつかった。


「あっ」

「どわっ!?」

 アーシャはそれを見て小さな声を上げると再びジェイに飛びついて床に引き倒した。

 光の槍はコーネリアの意図通り、その核を狙って真っ直ぐに水の球にぶつかった。

 だが水の中に入るや否やキュン、と屈折して核を逸れ、斜めに飛び出す。そしてそれは斜め後ろにいた水の球にぶつかった。


「コーネリア、馬鹿!」

 カトゥラは慌てて水を集めて壁を作り出し、コーネリアの髪を掴んで壁の後ろに引きずり倒した。

「キャァッ!」

 乱暴な扱いに悲鳴が上がる。

 コーネリアが何本も撃った光の槍は密集した水の球から球へと屈折して辺りに乱反射し、次々に意図しない場所から四人を襲った。

 アーシャも低く身を伏せて水の結界札を使って自分達を覆う。

 その上を何本もの光が行き過ぎ、試合場の壁や床に当たって弾けて消えた。





 シャルはこの戦いを観客席からハラハラと見下ろしていたが、コーネリアの行動には呆れてため息を吐いた。


「コーネリアは魔法の腕はまぁまぁなんだけど、考えなしなのよね」

 だからいつも魔法の使い方という点でシャルに劣り、勝てたためしがないのだ。

「性格だな」

「そうね」

 あっさりとそう評された当の本人は、自分の巻き毛が崩れた事についてパートナーに盛大に抗議をしている。

 そんな騒々しい彼女達よりも、シャルはアーシャの怪我が心配でならなかった。



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