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26:炎の鳥

「……なんて不気味な戦い方ですの」


 第二競技場の控え室で、自分達の試合が終わったばかりのコーネリアはそう呟いた。もちろんその試合は彼女達の勝利で終わっている。コーネリアが漏らした感想に隣ではカトゥラも嫌そうな顔をして頷いていた。


「じゃあ結局あの二人は今のところ魔具ばかりで戦っているのね?」

「全然魔法は使っていないのかしら?」

「多分……あ、でもイージェイ君が光の魔法を少し使ってるみたい。 多分精霊魔法だと思うんだけど、光を灯したりしてたわ。でも一回戦は煙の中で決着が付いたからよくわからなかったの……」

 エナは気の強い二人の少女に詰め寄られて自信無さそうな声で答えた。

 コーネリア、カトゥラのチームと、アーシャ、ジェイのチームはブロックが違うので試合会場も違う。

 ペアの試合は二日にかけて行われ、一日目は幾つかの会場に分かれて試合をする。二日目は第二競技場で残りの試合が行われる予定だ。

 あちこちで試合が行われている最中である今の時間はまだ別会場の結果はわかり辛い。

 だがコーネリアは友人のエナに二人の試合を見てくるように命じていた。

 そしてそのエナのもたらした情報によると、アーシャとジェイの試合内容はどうやら彼女達が予想していたものと随分違っているらしい。

 コーネリアは不機嫌そうにトントンと指で机を叩いた。


「魔具を使っているなんて……本気を出す気がないということかしら? 失礼な話ですわ!」

 憤るコーネリアにカトゥラは面白そうに笑った。


「あら、わからないわよ? こっちの油断を誘うつもりかもしれないし、もっと勝ち進むまでは実力を温存する気かもしれないわ」

「……それはありえますわね」

 コーネリアとしてはそうでなくては困る。

 どうせ戦うなら本気を出して精霊魔法を使って貰わなければ勝った気がしないからだ。


「ふざけてるのはたしかだけれど、そういうのを叩き潰すのもきっと面白いわよ?」

「私はそういう趣味は……」

 そう言いかけて振り向いたコーネリアは気が付いた。

 面白いと言いながらカトゥラの目は少しも笑っておらず、その両手が固く握り締められたままな事に。

 カトゥラは目の前のコーネリアやエナではなく、どこか遠くを見ている。

 コーネリアは深いため息を吐いてエナの方に向き直った。


「……エナ、今日はあの子達はもう一試合ありましたわね? それも見てきてちょうだい」

「う、うん……」

 エナは弱々しく頷くと、頑張ってねと二人に言って部屋を出て行った。

 部屋に残った二人の間にはどことなく重苦しい沈黙が残った。

 コーネリアにはカトゥラの真意が読めなかった。彼女がこの試合で何をしたいのかわからないのだ。

 それを聞くべきなのかどうかも悩んでいた。他人の事情に深入りするのはコーネリアの好みではない。

 だがこのまま事情も知らずカトゥラと一緒に戦い続けていいものか、コーネリアは正直迷っていた。


「……カトゥラ」

「悪いけど、ちょっと外の空気を吸ってくるわ」

「あっ、ちょっと!」

 コーネリアが口を開く前にカトゥラは言葉を遮るとさっさと外に出て行った。

 いかにも何も聞きたくも聞かれたくもないといった失礼な態度だ。


「何ですの、まったく……」

 まったくもって、訳がわからなかった。









「よし、これでどうかな」

 アーシャは調整を終えたリング状の魔具をジェイに手渡した。

 ジェイがずっと足首に着けていた魔具の一つだ。

 素早さを上げる効果がつけてあったのだが、どうも変化がないとジェイが申告したのだ。

 ライラスに合わせて作ったものだから元々素早いジェイのための補助としては効果が薄かったのだろう。

 一度は調整してあったが、やはり実際に使ってみると色々と足りない点が出てくる。


「お、ありがと。後で試してみるな」

「うん、そうして」

 そう答えながらもアーシャはジェイが身に着けていた他の魔具を一つ一つ点検する。

 気配を隠すための物、魔力の制御をする物、精霊を呼びやすくする物、といった様々な効果の護符はどれもちゃんと機能している。ジェイが元々していた物を土台に急ごしらえした篭手もそれなりにちゃんと役目を果たしている。


「篭手の感じはどうだった?」

「ん、こっちは悪くなかったぜ。いつもより雷が出しやすかった。制御が怪しかった二の魔法も簡単に使えたしな」

「そっか、なら良かった」

 ジェイの篭手を加工して精霊を宿しやすく、より頑丈にしてくれたのはライラスだ。

 それに更にアーシャが手を加え、まだジェイがうまく使えなかった二段階目の魔法を出しやすくしてある。

 右の篭手の甲には聖霊石が嵌めてある。 

 直接相手を殴る事はできないのだが、それでも守りにはなるし、力を発揮する場面があるかもしれないとアーシャが付けたのだ。

 ジェイは魔具を使い慣れていないので、道具を使わせるよりも補助用の護符を多く持たせていつもより強い精霊を呼び出せるようにしよう、というのがアーシャとライラスが出した結論だった。

 そしてそれは立派に役に立ってくれている。


「……試合、一人だとやっぱり大変だったね、きっと。ジェイが居てくれて助かったな」

「ああ、なら良かったよ。ライラスと二人だったらどういう戦い方するつもりだったんだ?」

「んーと、眠りの符とか、そういう類のを色々用意してあったの。だからライラスが主に防御したり霍乱するような魔具を使ってから、私が後ろに回ったりして止めを刺すつもりだったよ」

「へぇ、そういうのも面白かったかもな。アーシャも結構素早いもんな」

 うん、とアーシャは一つ頷いて脇に置いてあったカバンの中をごそごそと漁った。

 そして中から何か細長いものを取り出した。


「これ、次の対戦相手に使うかはわかんないけど、ジェイ持ってて」

「わかった。弓と矢か? 直接攻撃は駄目だろ?」

 アーシャが取り出した細長いものは小ぶりの弓と矢だった。矢の先端には黒い石の鏃が付いている。


「うん、でも大丈夫。使う時は言うね」

「ああ、頼むよ」

「ジェイと組むと攻撃のパターンが色々考えられて面白い。ディーンと出てもきっと面白いだろうね」

 そうだな、とジェイは頷き二人はしばし笑いあった。

 今日最後の試合の前とは思えない和やかな空気だった。









 ワァァァァ、と高い歓声が試合場に出た選手達を包んだ。

 アーシャとジェイはあまりの煩さに眉を寄せた。これでは審判の声もろくに聞こえない。


「なんか、ギャラリー増えてねぇ?」

「そういう気がするね……」

 観客席を良く見ると、満員だった座席の間の通路に立ち見の人間が並んでいる。最初の試合ではそんなに人は居なかったはずだ。


「皆暇なんだね」

「そうだなぁ」

 そんな事を呟きながら二人は審判の指示に従って向かい側に立つ少年少女と礼を交わした。

 ジェイは礼をしてから顔を上げた二人をまじまじと見て少し驚いた。


「そっくりだ」

「え?」

「あいつらさ、そっくりだ。双子かな」

「そうだよ」

 ジェイの疑問に答えたのは相手チームの少年の方だった。

 少年は赤茶の短い髪をかきあげ、細くつり上がった目を更に細めてにっと笑った。

 相手チームの二人は、背丈や体つきを始めとして細かい点はさすがに男女の違いが出ているが、顔立ちはとてもよく似ている。

 並んでいれば一目で血縁だとわかるほどだ。


「まぁ、見りゃ判るよな。俺はマリスだよ。こっちはポーラ。魔法科のステラ兄妹っていや結構有名なんだぜ?」

「へぇ、知らないけど。でも珍しいな、二人で魔法科か」

「あんたらほど珍しい組み合わせじゃないと思うけどな。まぁ、よろしく。面白い戦い、期待してるよ」

「よ、よろしくお願いします……」

 兄と違って気弱なのか緊張しているのか、妹のポーラは蚊のなくような声でそう言うとマリスの後ろに引っ込んだ。

 双方の会話が終わった頃を見計らって審判が位置に付くようにと指示をした。

 それぞれのチームは中央から少し距離を置いたところに向かって歩いていく。


「あれって、私達が朝見た青のチームの方だよね。双子って、顔が似てるの?」

「え? 見てなかったか? そっくりだったぜあいつら。そりゃ男女の違いは多少あるけど」

 アーシャは小さく首を振った。


「顔は……良く見たけどあんまり見えなくて。でも、魔力の性質は全然違ってた。面白いね」

「へぇ、そういうところは一緒じゃないんだな。面白いなぁ」

 頷きながら二人は開始位置に立って振り向いた。離れた位置で向かい合う相手と目が合う。


「朝見たチームなら、まずは炎かなぁ」

「かもなぁ」

 呑気な会話を交わしていると審判が双方を見る。


『始め!』





 両者は向かい合って静かに構えた。

 マリスはジェイとアーシャを眺めてにやりと笑うと杖を振り上げた。

 その杖の先に赤みを帯びた魔力が収束していくのがアーシャには見えた。


「炎よ踊れ、赤き鳥舞い上がれ! 我が前に集いて群れを成せ! その翼は敵を焼く劫火となる!」

 その声に被さるように控えめなポーラの詠唱が響く


『自由なる風の精霊、我が声を聞き我が元に来たれ』

 ぶわ、とポーラのふわふわした髪が風に踊る。


「風の精霊……」

 呟いたアーシャの見る前でマリスの近くの篝火から炎が高く立ち上り、次々に鳥のような姿に分離した。


「風よ、その静かなる吐息で我が友を助けよ。わが友が奮い立つ為の息吹を与えよ!」

 ポーラの周りに渦を巻いていた風が一斉に篝火の元へと向かった。

 篝火は更にその高さと勢いを増し、そこからは朝見た時よりもはるかに数の多い、無数の炎の鳥が生まれてくる。


「いくぞ!」

 マリスの掛け声で炎の鳥達は一斉にアーシャ達に向かって殺到した。


「えいっ」

 アーシャは掛け声と共に手に持っていた札を地面に向かって投げる。地面からは瞬時に水の柱が立ち上り、炎の鳥を数羽飲み込んだ。だが敵は数が多い。

 アーシャは立て続けに札を何枚か投げて自分達の前方を半円状に囲むように水の壁を作った。

 水の壁は次々に炎を飲み込み、周囲は白い蒸気で包まれた。炎が当たる度に壁がゆらゆらと揺れる。

 アーシャの結界札は普通の結界符よりも長持ちするが、やはり一回の効力に限りがある。

 札にこめた魔力が残っているうちは水の柱は立ったままだが、札のタイプの魔法陣にはあまり多くの魔力は入れられないのだ。この間に何か打開策を、と考えた時アーシャの後ろにあった篝火がゴッと高く燃え上がった。


「火は一つじゃないだろ!」

 マリスの声と共に、背後の篝火からふわりと炎の鳥が飛び立った。そしてその一匹が少女へと一直線に向かう。

「アーシャッ!」

 ぐん、と腕を引っ張られてアーシャは宙を舞った。


「ひゃあ!」

 ジェイがアーシャを引っ張り、その腕に抱えて横に飛んだのだ。 

 アーシャが驚いている間に、ジェイは少女を抱えたままくるりと空中で体勢を整え着地した。

 一瞬遅れてさっきまでアーシャが立って居た所に炎の柱が立った。ジェイはそれを確認してふぅ、と息を吐く。


「大丈夫か、アーシャ?」

「ん、平気。びっくりしたけど」

 ジェイはアーシャを小脇に抱えたまま声をかけた。

 アーシャは軽く頭を振ってからそれに答える。一瞬目が回ったけどもう大丈夫だ。


「おっと、また来た!」

 ジェイはそういうとアーシャを抱えたまま走り出した。

 走り去ったその場所に次々と炎の柱が立つ。

 アーシャが相手の方を見るとマリスは次から次へとに炎の鳥を生み出していた。

 これは今日最後の試合だ。彼らはどうやら魔力を温存しないで手数で押して勝負をするつもりらしい。


「どうした? 逃げるだけかよ! 魔具なんて悠長に使う暇を与えなけりゃいいんだ。さぁ、どうするよ!」

 マリスは楽しそうに笑って言った。

 アーシャはそれを見ながら少し考え、それからごそごそと服の内側を探った。


「どうする?」

「んーっと、とりあえず堀に近づいて。あと篝火にも」

「了解」

 ジェイは小刻みにジグザグに炎を避けて走りながら試合場の壁に向かった。

 その間にアーシャは何か小さな物が沢山入った袋を取り出した。


「堀に沿って走って!」

「おう!」

 ジェイが言われるままに堀に沿って走るとアーシャは袋の中身を掴み出してバラバラと堀の中に投げ込んだ。

 ジェイがちらりと見ると、それはどうやら小さな札が貼られた透明な玉のようだった。

 ざっと見ただけで十数個くらいの玉がポチャポチャと堀に落ちていく。けれどそれが何をするものなのかジェイには見当も付かなかった。

 

「次は篝火で一瞬止まって!」

 ジェイは言われるままに篝火のすぐ傍まで走り、一瞬だけ止まる。

 まだこの篝火にはマリスの力が及んでいなかった。

 アーシャはそこに向かって袋の中身をばらばらと放り投げた。


「おっと!」

 一瞬足を止めた二人の元に炎が落ちてきてジェイは慌てて飛び退った。

「あっち! ちっ、跳ねたな」

「ジェイ、ごめん、あとちょっとだけ逃げて!」

「おう、まかしとけ」

 ジェイはむき出しの二の腕に負った軽いやけどをぺろりと舐めるとアーシャを抱えて再び走り出した。

 試合場を無様に逃げ回る二人に、観客席から野次や嘲笑が飛んでくる。

 だがアーシャはそんなことはお構いなしに今度は何か薄い布のようなものと、白っぽい石の嵌った小さな指輪をカバンから取り出すとそれを手に持ったままじっと時間を計った。

 その間にもじわじわと炎の鳥は数を増やし、ポーラはそれに風で力を与えていく。




 二人が試合場を逃げ回る様をシャルとディーンは観客席からじっと見つめていた。

 シャルはアーシャ達の試合を最前列で観戦しながら、もうずっとはらはらしっぱなしだ。

 声を上げて応援するも周りの歓声や野次に負けて二人に届いているのかは判らず、それがまた腹立たしい。


「ちょっと、ジェイ! そんな魔法、素手で良いから叩き落しなさいよ!」

「無茶を言う……」

 ディーンが呆れたようにため息を吐くのもお構いなしにシャルは声を張上げた。

 ディーン達の目の前で、相変わらずジェイはアーシャを小脇に抱えたままひょいひょいと器用に逃げ続けている。

 アーシャはジェイの負担にならないよう手足を軽く縮めて運ばれるに任せていた。


「猫か何かを運ぶように……」

 少女を荷物のように抱えて運ぶ親友に突っ込むべきか、そんな風に運ばれても全く気にしていない少女に突っ込むべきか、ディーンは思わず頭を抱えた。


「ちょっとあんた達! もう一回言ってみなさいよ! 私の友達が何ですって!?」

 隣ではいつの間にかシャルが、アーシャ達に野次を飛ばしていた生徒に激しく喧嘩を売っている。

 ディーンは顔を上げてちらりとそちらを見たが、まだ相手の一人の首元を締め上げているだけなので放っておく事にした。

 火を吹いたら止めよう、と決めて試合に意識を戻す。

 試合の行方はまだまだ予想がつかなかった。



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