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25:奇妙な試合

「大した事なくて良かったな!」

 控え室への廊下を歩きながらジェイはアーシャに笑顔を向けた。


「うん……」

 だがアーシャは何だか元気がなかった。

 その様子にジェイは思わず身を屈めて隣を歩く少女の顔を覗き込んだ。


「どうした? なんか……落ち込んでる?」

「ん……ちょっと、気持ち悪いだけ」

 アーシャの顔色はあまり良くない。ジェイは心配になって医務室に連れて行った方がいいかと考えた。


「アーシャ! ジェイ!」

「おっ」

 廊下の向こうから聞きなれた声がした。そちらを見ると控え室のすぐ脇でシャルとディーンが二人を待って手を振っていた。

 シャルは立ち止まっていたアーシャ達の所にパタパタと走り寄り、アーシャの手を握ってぶんぶん振った。


「一回戦突破おめでとうアーシャ!」

「うん、ありがと」

「おめでとう……どうした? 顔色が良くないようだが」

 ディーンにも問われてアーシャは首を横に振った。


「大した事じゃないよ……ちょっと、心を閉じ損ねて、気持ち悪いだけ……」

 その返答にジェイはハッと気がついた。


「あっ、もしかして石を使って俺に話しかけたせいか?」

 うん、と小さくアーシャは頷いた。


「ちゃんとジェイだけに意識を向けて使ってたんだけど……魔法って、あんなに人の思いがこもってるもんなんだね。相手の魔法、魔具で防御しただけなのに、なんか……ちょっと伝わっちゃって、気持ち悪くて……」

 アーシャのすぐ傍で弾けたクラークの魔法の、それにこめられていた彼の思いをアーシャは受けてしまったのだ。

 彼はアーシャやジェイをひどく嘲り、馬鹿にしていた。魔技科なんて、と嘲笑っていた。

 いつもならその心の奥までは届かないそんな声が、石を介してアーシャに聞こえてしまった。


「私……やっぱりずるかったかな。あんなの受ければ、誰だって痛いよね……」

 自分のせいでクラスの人間はあんな嫌なものを他人から投げつけられたのだろうか、と思うとアーシャは俯いてしまう。


「アーシャ。駄目よ、俯いちゃ」

 だがそれをシャルが優しい声で制した。


「ほら、顔上げて。あのね、嫌な事なら、私なんて昔っから何回言われたかわかんないわよ?」

「……シャルが?」

「そうよ。祖母がここの教授だったからひいきされてるとか、だから魔法が強いんだとか、家族が魔法教えてくれるとやっぱり違うよねとか。祖母に似ず回復魔法が下手なのは性格が悪いからだろうっていうのもあったわ」

「ははは、俺そういうの親戚とかに言われたぜ。俺に滅多に会わない癖にたまに顔合わせちゃ、勉強も剣も魔法も駄目で、兄貴達に似てない落ちこぼれだってさ」

「私は協調性がない、クラスから浮いている、クラスメイトを内心で馬鹿にしている嫌な奴だと言われていた気がするな」

「そりゃ事実だろ……ってイデデデ! 嘘です、嘘!」

 ぐい、と耳をつかまれてジェイはディーンに慌てて謝った。

 シャルはアーシャの頭を優しく撫でるとその目を見て言った。


「だからね、誰だってそんなことあるのよ。ただ、それをどう受け止めるかは本人の問題で、その後どうするかも本人の選択なのよ。そんなのを受け流して気にせず飄々としてたって良いし、悔しいならやり返したって良いのよ」

「そうそう、生徒同士なら腹が立ったならその場で殴りかかって解決してもいいのさ。ガキ同士の小競り合いには教授達は結構寛大だもんな」

「結局、受け流すことも出来ず、奮起することもなく、被害者面してその場で蹲っているのは彼らの選択という事だ。君が責任を感じる事はない。言い返すことも出来ない彼らの自業自得だ」

「でも、私のせいじゃないの……?」

 それでも不安そうにしたアーシャにシャルは笑って首を振った。


「違うわよ! 誰に責任があるかって言ったら、見下す相手がいなけりゃ自分を保てない魔法科の馬鹿共と、見下されてるのに立ち上がれない魔技科の腰抜け連中よ! 断じてアーシャのせいじゃないわ!」

「んなの気にするなって。アーシャは、自信持ってその馬鹿共の目を覚まさせてやりゃいいのさ!」

「その石を使って、人の負の感情に触れて足が竦む気持ちは判る。けれどそんなものに負けてしまう事はない。顔を上げて、逆に相手を馬鹿にしてやるといい」

 三人は口々にそういうと、代わる代わるアーシャの頭を撫でた。

 そうやって頭を撫でてもらうのがアーシャは好きだった。何だか皆との距離がとても縮まったように思えて。

 うん、と力強くアーシャは頷いた。


「判った。私……気にしないでがんばる。なんかすごく、負けたくないみたい」

 強く言ったその言葉に誰もが笑顔で頷いた。


「容赦しないで、きっちり勝つね!」

 少女が容赦しないと一体どうなるのか彼らにも全く予想が付かず、微笑みながらもちょっと先が怖いと思う三人だった。







 実戦部門の試合はどれもトーナメント方式になっている。

 ペアに参加する人数はさほど多くなく、一学年が二日に分けて一チームが大体四か五試合することになっていた。

 幸いというべきか、コーネリアとカトゥラの組とアーシャとジェイの組は決勝までいかないと当たらない組み分けになっている。

 アーシャとジェイの二試合目は、昼過ぎに始まった。二人は今度は少女二人組と対峙していた。


 シラーとタリタという相手チームの女生徒達はアーシャ達を警戒していた。

 アーシャ達が魔具を使って防御を行い、不可思議な手で一回戦の二人を下した事を少女達は知っていた。

 他者の試合の観戦が許されないとはいえ、応援者が休憩時間にその試合の様子を伝えるのは良くあることだ。

 一回戦をおかしな魔法で勝った二人の出方が判らない彼女らは、最初は様子を見ようと決めていた。


『始め!』


 その掛け声と同時にタリタが杖を掲げた。意識を集中して魔力を収束させ呪文を唱える。

 その手元に収束した魔力がオレンジの光を帯びるのをアーシャは見ていた。

 土の攻撃魔法かと思って警戒したが魔力の光は彼女らを囲むように拡散していく。

 どうやら先に防御してこちらの出方をみるつもりらしい、とアーシャは気付いて思わず微笑んだ。


「母なる大地よ、その優しき御手を一時我らに貸し与えたまえ! その手の平は堅固なる壁となりて、我らを守る家となる!」

 少女の呪文が終わると同時に彼女らの周りの地面が揺れ、周囲の土が大きく波打つ。アーシャはそれを眺めながら腰のバッグに手を入れて中を探った。


「ジェイ」

 小さな瓶を二つ取り出すとジェイにぽいと放る。


「おっと!」

 ジェイはそれを慌てて受け止めた。小瓶はその手の中で茶色と青にきらめく。

 茶色の丸い瓶の中は濃い色の液体と何かの粒が入っている。青く細長い瓶は液体が入っているだけだった。どちらも天辺に石が乗ったふたで封がされている。


「それ、あの壁が完全に立ち上がったら、あれに向かって思い切り投げて。茶色い瓶が先で、その次に青を」

「わかった」

 頷くジェイの目の前では地面から盛り上がった壁が完全に二人の少女を隠そうとしていた。

 土の壁は彼女達の周りをぐるりと取り囲み半円を描くように立ち上がった。天辺に小さな穴があるだけで、そこ意外には中を伺えるような隙間一つない。なかなかレベルが高い頑丈な壁だ。タリタは土の魔法が得意らしい。


「いくぞ」

「うん、お願い」

 アーシャはもう一つ、細長い木の棒を鞄から取り出すとそれを構えた。


「せーのっと!」

 ジェイは丈夫な肩で見事なコントロールを見せた。

 ヒュッと音を立てて茶色い小瓶が真っ直ぐに壁に向かって飛んでいく。

 パン、と固い音を立てて瓶は土の壁に当たって割れた。

 その衝撃で中から飛び出したのは、妙にねっとりとした謎の緑の液体と無数の小さな茶色い粒だった。それらは辺り土壁の表面にべったりと広がり張り付いた。


「ジェイ、青!」

「おう!」

 ジェイは大きく振りかぶってもう一つの瓶をさっきとほぼ同じ場所に叩き付けた。

 さっきより少し大きい瓶はガシャン、と音を立てて割れる。


「キャッ!?」

「何、水!?」

 突然、土の壁の中で守られた少女達に、壁の上部に丸く開いた狭い穴からわずかではあるが水が降ってきた。

 どうやら二つ目の瓶の中には水が入っていたらしい。

 しかも少しの量ではなかった。その瓶に入っていたとは思えない量の水が中から溢れ出し、土の壁をじっとりと濡らす。けれど上の穴から中まで届いた水はごくわずかで、少女達の服をほんの少し濡らしたに過ぎなかった。


「何よ、これっぽっちの水でどうにかなるとでも思ってるの?」

 タリタは自分の壁が多少の水の魔法では崩せないことを良く知っている。

 苦し紛れのような攻撃を鼻で笑った。


「このままあいつらの出方を見よう。魔具なら大した攻撃は出来ないもん。そのうちネタ切れするよ!」

 二人の少女は顔を見合わせて頷いた。魔法や魔具をこの壁に向かって無駄に使わせ、相手の手の内が減った所を叩くつもりなのだ。そしてそれはきっと容易いことだろうと信じて疑わない。

 だがその時、おかしな音が辺りに響いた。

 シャン、と沢山の鈴が打ち合わされるような軽やかな音が聞こえたのだ。


「何……?」

 シャン、シャン、とさらにその音は規則的に響く。


「何なの……? 土の壁ってこういう時不便ね、向こうが見えないんだもん」

「悪かったわね……けどどうせ大した事出来ないわよ! これは私が作れる中で一番強い壁だもの!」

 二人がそう言っている間にも不可思議な音は止むことなく続く。

 シャン、シャラン、シャン、と音に緩急がついた、と思った直後――


 ポコ、と目の前の土壁の一部がほんの少し剥がれ落ちた。


「……え?」

 外側でなく内側で起きた変化に二人は戸惑う。

 土壁をほんの少し突き崩し、目の前に現れたもの。それは緑色の小さな植物の芽だった。


「……何これ」

 二人がじっと見つめるその前で、小さな芽はぷるぷると体を揺するとパッと葉を開いた。

 可愛らしい双葉が目の前でゆらゆらと揺れる。そしてそれを合図とするかのように、同じ音が次々と土壁の中に響いた。

 ポコポコポコポコポコ、と次から次へと小さな音と共に、壁のあちこちに緑の芽が現れる。


「えっ、ええ!?」

「なっ、何これ! 気味悪い!」

 シラーは慌てて手を伸ばすと伸びてきた双葉をぶちっとむしりとった。

 けれどその間にも他のところから次々と芽が顔を出し、葉を開き、茎を伸ばす。

 二人が慌てて草をむしっていると、不意に薄暗かった土壁の中が明るくなった。


「えっ?」

 上を見ると真上に太陽がある。

 さっきまでそんな位置に太陽があったか、と二人は訝しく思ったがすぐにそれどころではなくなった。


「あっ、ちょっと、やだ!」

「キャアッ、伸びてこないでよ! この!」

 上から光で照らされ、顔を出していた謎の草達が一気にやる気を出したのだ。

 芽はぐんぐんと伸び、細長い蔦となって土壁に絡まりながら辺りを這い回る。

 その細い茎を支える物を探して絡まるのが彼らの習性だ。


「やだ、痛い! 髪の毛引っ張らないでよ!」

「もう、この! 風よ唸れ! その鋭き刃にて我が敵を切り裂け!」

「あっ馬鹿! シラー、だめっ!!」

 タリタが止める間もなく風の刃は鋭い音と共にシラーの手から放たれ、彼女達に絡み付いていた蔦を切り払った。

 しかしその勢いのまま真正面の土壁に当たり、激しくぶつかって風が弾けた。


「キャアッ!」

 弾けた風は小さくなったが、それでも鋭い切れ味で少女達の手足へと跳ね返る。


「痛いっ!! もうやだ! シラーの馬鹿!」

「馬鹿って何よ! 蔦を切ってあげたんじゃないの!」

「私の壁は固いって言ったでしょ!? 跳ね返ってくるの当たり前じゃない!」

「固いって言ってもこんな草に負けてるじゃないの! 何とかしなさいよ!」

 だが蔦は逞しかった。

 二人が言い争っている間にも風で切られた所のすぐ下からまた新しい芽が伸び、ぐんぐんと伸びるのだ。

 光を求め、支えを求めて蔦は壁の中一杯に広がり、お互いを罵り合っていた少女達は気が付くと身動きすることも出来なくなっていた。





 シャン、シャン、シャラン、シャン、と美しい音色は続く。

 アーシャは規則正しく手に持った棒を振っていた。それは以前彼女が課題で作ったヤドリギの杖だった。

 木の形そのままに切り取って杖にしたそれには、銀でコーティングした葉っぱが一枚と実が二粒、そして今はその枝に小さな銀の鈴が沢山付いている。

 アーシャはそれをシャンシャンと規則正しく振っている。ただそれだけで、目の前の土の壁はどんどんと緑の蔦に覆われてぼろぼろと崩れていく。

 ジェイはアーシャの指示を受け、その壁の上に開いた穴の上空に精霊魔法で光を灯していた。


「……これ中で今どうなってんだろうなぁ」

「さぁ。私も使ったことないからわかんないや。多分そろそろぎゅうぎゅうなんじゃないかなぁ」

 ジェイは中を想像して、ぶるっと小さく身震いすると乾いてきた土壁に向かって手に持った瓶を傾けた。小さな瓶からはコポコポと止め処なく水が流れ出る。

 さっき投げた物と同じ水の瓶の二本目を開けて、乾かないように蔦に水を供給しているのだ。おかげで蔦は元気良くすくすくと育つ。


 この蔦はアーシャが自宅の庭の裏手の林の中で育ている草の一つだ。

 とても丈夫で成長が早く、広範囲に広がるので庭では育てられないのだが、根っこから薬になる粉が取れる。

 アーシャは秋にとったこの蔦の種を成長促進効果のある魔法薬に浸し、成長を抑える魔法を掛けた瓶に詰めておいた。

 それを割る事で土に蒔き、水を与え、土の魔法に特化した杖にさらに手を加えたヤドリギの杖で芽吹かせ、成長を早める。あとは芽が出てしまえばジェイが光を与え、水を追加するだけで彼らは好き放題に育つという寸法だ。


「こんな壁の中に閉じこもってれば安全て思うんだから、面白いね」

「全くなぁ。シャルならこの壁ごと蒸し焼きだぜ。アーシャは優しいな」

「ううん、私にはあんなに強い炎が使えないだけだよ。道具だけで戦うと結構制約があるからやっぱり大変だね」

「そうだなぁ、けどシャルみたいにはならなくても良いからな?」

 どこまでも呑気な会話を交わしながら、二人は蔦が壁の上からひょろりと顔を出したのを見上げた。


「そろそろ止めないと窒息するかな」

「ん、じゃあこっちもいいかな」

 ジェイは水の瓶を傾けるのをやめてふたをし、アーシャは杖を鳴らすのを止めた。

 観客席はさっきから何故か、シンと静まり返っている。

 静かなのをいいことにアーシャは壁の中に耳を澄ませ、二人の声が聞こえない事を確かめてから審判を振り返った。


「そろそろ出さないと窒息すると思う」

「はっ、はいっ!」

 ポカンと試合を見ていた審判は慌ててその土壁に駆けつけ、中を覗こうと背伸びをした。


「あ、あの、これ崩してもらえませんか?」

「うん、じゃあちょっと下がって」

 ジェイが光を消して後ろに下がり、アーシャも少し離れてから木の杖を逆さまにして細かく振った。

 シャラララララ、と涼やかな音色が響き渡る。


「うわ!」

 見守るジェイと審判の前で、土壁がバカン、と爆ぜた。

 土壁に絡み付いていた蔦が外側にバンと一気に広がったのだ。

 茎や根に絡みつかれて穴だらけにされた壁はいともたやすく弾けて崩れた。


「あ、いた」

 アーシャの小さな呟きに目を向けると、広がって動かなくなった蔦の中心からぐったりとした少女二人が出てきたのが見えた。手足に幾つかの軽い切り傷を負った少女二人は蔦の支えを失ってその場にくたりと倒れて動かなくなってしまった。


「軽い酸欠かもね」

「きゅっ、救護班!!」

 ばたばたと救護班がその場に駆けつけ、地面に広がった蔦を気味悪そうに跨いで少女二人を連れ出した。

 二人は酸欠で気を失っていただけらしく、救護班の応急処置と回復魔法を受けてすぐに息を吹き返した。

 うう、と小さく呻く二人を見て、アーシャもジェイもちょっとほっとする。やりすぎたかと思ってしまったのだ。

 絞め殺すほどの力は与えていないから死にはしないと思っていたが、酸欠くらいなら許されるだろう。

 二人が慌しく運ばれて行き、それを見送った審判はハッと自分の仕事を思い出した。


『しょ、勝者、グラウル・イージェイ組!』


 静まり返っていた会場から歓声が沸き起こった。

 今回も幾分戸惑いを含んだ歓声だったけれど、仲間に手を振る二人は気にもしなかった。


あっさりめの試合です。

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