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22:吐き出された思い

 ポン、ポポン、と青空に花火の音が響き渡った。

 小さく白く弾けた花火は競技会が予定通り今日から行われる合図だ。

 道を行く生徒達は秋の終わりの高い空を見つめ、白い煙をたちまち吹き飛ばした冷たい風に頬を撫でられて首をすくめた。

 学園は冬が訪れる直前の冷たい空気に包まれている。

 生徒達の身を包むローブや制服も冬の物へと変わっている。


 シャルは、生徒達が登校する朝の街を赤いローブと白いマフラーを揺らして走っていた。

 彼女は今日は寮を出てすぐに学校とは逆の方向へと走り、街の西の外れにあるアーシャの家を目指していた。

 細い路地を縫うように走り、やがてシャルは古ぼけた家の古ぼけた扉の前に辿りつき荒く息を吐いた。

 冷たい空気に晒された頬が赤く染まっている。

 シャルは、今日から始まる魔法競技会の開会式に出るために少女を呼びに来たのだ。


 アーシャと仲間達は少女の実習が終わってから何度か会ったけれど、魔具を作るのに忙しい彼女をそっとして置いてやろうとここしばらくはほとんど顔を合わせていない。

 それでも今日くらいはいいだろうと思いながら、シャルは古びた扉に付いたノッカーを叩いた。


 コンコン、と何度か叩いてしばらく待ったが、中からは何も聞こえない。

 ゴンゴン、ともう一度叩いて様子を見た。

 もう学校に行ってしまったのだろうかとも思ったが、ここ数日アーシャは学校にもほとんど来ていないらしい。

 出席日数に極めて厳しい授業にだけ出てすぐに姿を消すと人伝に聞いたのだ。


 魔法学部に広がっていたあの噂は今回の実習でアーシャが別行動をとった事で一旦は鎮まっている。

 もっともアーシャが居ない間は、やはり足手まといだったから抜けたんだ、とまことしやかに囁かれてシャルは切れそうなのを抑える事に必死な毎日だったのだが。


「アーシャ? アーシャ、いないの!?」

 色々な可能性を考えていたら部屋の中で少女が倒れているんじゃないかと不安になり、シャルは古ぼけたドアをガンガンと叩いた。

 扉はギィギィと抗議の悲鳴を上げたがそんなことに構っていられない。


「いないのかしら……」

 何度も叩いたがやはり返事はなく、裏に回ってみようかとシャルが考えた時、ガチャリ、と音が響いた。


「アーシャ!?」

「うっわぁ!」

 バン、と鍵の開いた扉を勢いよく引くと、突然開いた扉に引っ張られて少年が一人転がり出てきた。


「あら」

 玄関の前に転がったのは、アーシャの臨時パートナーのライラスだった。

 シャルはちょっとむっとして、ライラスを睨みつけた。


「いっててて……いきなり開けないでくれよ……」

「もたもたしてるから悪いのよ! 貴方、ライラスよね? アーシャはどうしたの?」

 矢継ぎ早に少女の行方を聞くとライラスは、中にいるよ、と家の中を示した。

 シャルは慌てて中に飛び込み、部屋のあちこちを見回した。


「どこにいるの? 開会式に呼びに来たんだけど」

「居間で寝てると思う……」

 ライラスは力なく答えるとヨロヨロと立ち上がって家の中へ入ってきた。


「貴方具合でも悪いの?」

「そりゃ……もうずっとまともに寝てねぇし……今のは効いたし」

 ここ数日ライラスは毎日のようにアーシャの家で魔具を一緒に作っていたのだ。

 少女も彼も、もう何日もまともに寝ていない。

 ライラスがさっきまで台所のテーブルに突っ伏していたように、恐らくアーシャも部屋のどこかで寝ていると思われた。


「アーシャも!?」

 ライラスからそう聞いたシャルは慌てて居間に踏み込んだが、居間は道具や紙が散乱して足の踏み場もないような状態だった。


「うわ、何これ……アーシャ? アーシャどこ?」

 部屋の入り口で立ち止まったシャルは中を見回したが少女の姿はなかった。

 やはり二階か、と部屋から出ようとすると脇からライラスが顔を出して中を覗き込んだ。


「ああ、いるじゃん。ほら、あそこ」

「え?」

 彼の指し示す場所を見ると、背の低いテーブルの下に何か布の塊が置いてある。

 ライラスは床の上に散乱した紙をバサバサと乱暴にまとめてどかし、無理矢理道を作った。

 そしてテーブルに近づくとその布の端を掴んでぐい、と引っ張った。


「よっ、と」

 ライラスはテーブルの下からずるずると引きずり出した布の塊をシャルの前まで持ってきてそっと開いた。

 布の塊はなんと毛布にくるまって小さく丸まって寝ているアーシャだった。

 まるで冬眠するヤマネか何かのようだ。


「明かり点けっぱなしだったから、眩しくて潜り込んだんだろ。ここんとこずっとそうなんだ」

 ライラスは呆れたようにそう呟いて傍にあった椅子に座り込んだ。

 もう椅子の上の紙をどかす気力もなくそのままくしゃり、と尻に敷く。


「アーシャったら……アーシャ、ねぇ、開会式が始まるわよ?」

 シャルはアーシャの肩に手をかけ、名前を呼んだ。

 だが軽く揺すっても声をかけても、少女は動く気配もない。

 耳栓をしている訳ではないが、とにかく疲れているようだった。


「やめといたほうが良い……開会式、義務じゃないよな、確か……俺も出る体力ねぇし」

 ライラスは力なくシャルにそう勧めた。

 その目の下に色濃くついた隈が彼も疲労している事を物語っている。


「そうね……でも、こんな調子で大丈夫なの?」

 シャルは二人の顔を交互に見て無理に連れ出すことを諦め、アーシャにそっとまた毛布をかけた。


「競技会は長い……最初は実戦以外の部門だし、先に一、二年のがあるから、まぁなんとか、かなぁ」

「もう準備は終わったの?」

「やる事はやったよ……俺もちょっと寝ないと、使いもんにならないけどな……」

 ライラスは部屋の隅にまとめられた大きな箱を指差した。

 そこからは様々な道具が顔を出している。


「あんた達が持ってきてくれた、対戦するかもしんない相手のデータを参考にここんとこずっと作業しっぱなしだったからな……グラウル、感謝してたぜ」

「そう……良かった……」

 自分達がやった事が少しでも少女の助けになったのなら何よりだ。

 役に立たなかったら本当に闇討ちでもしてやろうかとシャルは苛々していたのだ。


「とりあえず俺は寮に帰って寝る……まだもうちょっと作業が残ってるから、しばらく通うけど、今日はベッドで寝てぇ……」

「わかったわ、それが良さそうね」

 シャルは少し考えて、アーシャを包んだ毛布をもう一度開いた。

 中で眠る少女を起こさないように毛布をそっと引っ張り、完全に彼女を包み込んで端をきゅっと二箇所で縛る。

 それからライラスを振り返ってにっこりと笑顔を見せた。


「帰る前に、こっち半分持って。アーシャをベッドまで運ぶから」

「……はい」

 疲れていて力が出ないと訴えるべきか、荷物のように人を包むのはどうなのかと突っ込むべきか、当然のように持ってと言われた事に文句を言うべきか、ライラスは動かない頭で一瞬考えた。

 だが確かに少女をこのまま床の上で寝かせておくのも忍びない。

 ライラスは諦めて、問答無用で渡された袋の端を持ち、シャルに引きずられるようにしてどうにか歩いた。


「やっぱり寝てる人って結構重いわね……ほら、もっとしっかり持ってよ!」

「はい……」

 疲れ切った彼がベッドで安らかに眠れるようになるには、まだしばらくの時間が必要なようだった。







 魔法競技会を迎えた学園はどこか浮かれた雰囲気だった。

 学園の行事には大小様々なものがあるが、一年おきに交互に開かれるこの魔法競技会や武道大会は規模が大きい。


 技巧学部や医学部の生徒達が、日頃の訓練の成果や研究論文、作り上げた作品などを披露する行事も定期的に行われるが、そちらは比較的小規模だ。

 大きな学園祭は四年に一度行われるのだが、今年度はその年ではないので目立つ行事は魔法競技会だけだった。

 そのせいもあって魔法競技会は始まる前から大いに盛り上がっていた。


 競技会はルールさえ守れば上級学部の生徒なら誰でも参加可能で、毎回参加者の人数によって日程に差がある。

 その日程の前半は実戦以外の部門が行われ、小さな会場が幾つも用意されていた。




 ディーンは魔法学部内に設けられた会場の一つで行われる、魔法薬学の競技を見学しに来ていた。

 魔法薬学競技は会場内に用意された道具と材料を使い、その日に発表された課題の魔法薬を制限時間以内に調合すると言うものだ。

 参加者達は、課題として示された色や効果から正解の薬を予想しそれを調合する。


 魔法競技会にはこういう実戦以外の競技もかなり沢山ある。

 ディーンは魔法薬学を専攻しているので出場しても良かったのだが、今回ばかりは気がかりがあって集中できそうにないため参加を見送った。

 作る薬によって制限時間にも差があるのだが、今年は制限時間四時間とかなり長かったので最後まで見る事は諦めた。

 参加を見送って正解だった、と思いながらディーンは懸命に調合をする生徒を見ながら途中で教室を出た。


 隣の会場では紋陣魔法の競技が行われている。

 こちらは制限時間内に、定められた魔法効果を示す魔法陣を描き、その正確さを競うというものだ。

 その更に隣では魔法の矢を飛ばしてその飛距離で遠隔操作の可能範囲と正確さを競う競技、単純な魔法を行いそれをどれだけ持続していられるか競う競技……と他愛ない競技が様々に行われている。

 地味な種目が多いのであまりギャラリーはいないが、それでも出場者やその応援者が部屋を熱心に覗き込んでいた。


 ディーンはそれらを横目に見ながら魔法学部の廊下を出口に向かって静かに歩いた。

 シャルやアーシャが出場する部門はもう二日ほど後から始まる。

 それが始まると本当に学園はお祭りムードに変わり、幾つかある魔法競技場はどこもギャラリーでいっぱいになるのだ。




 開会式の日、シャルがアーシャを訪ねた事をディーンは聞いていた。

 家の中の様子を聞いて、やっぱり出場して魔具で勝負するつもりなのかと内心でため息を吐いた。

 精霊魔法を使えばきっとそんな苦労もしなくて済むだろうに、と何度も思った。

 やはり今からでも遅くないから参加者を闇討ちしてやるべきか、とディーンは一瞬思ったが、首を振ってその考えを打ち消した。


(……そんな事をしても喜ばないだろうな)

 その考えがシャルと実に似ていることに気付かないまま、ディーンは学部を出ようと出口に差し掛かった。

 競技をやっているこの時間は生徒達はあまり建物の出入りをしないので、通路はシンと静まりかえっていた。


「こんにちは」

 不意に横から掛かった声にディーンはピタリと足を止めた。

 見たくなかったが嫌々横目で声のした方を見ると、そこにいたのは予想通りの人物だった。


「お久しぶり、アルロード君」

 語尾にハートマークでも付いていそうな媚を含んだ声に思わず鳥肌が立つ。

 長袖を着ていてそれが相手に分からないのが残念だった。


「……何か」

「あら、冷たぁい。用がなくちゃ話しかけちゃいけないの?」

 こちらを苛立たせるためにわざとしているのだろうかと思うような歩き方でカトゥラはしなしなとディーンに歩み寄った。


「用がないなら遠慮願いたい。私は君に用はない」

 ディーンは固い口調で告げたが、彼女は引き下がらなかった。


「あら、私はあるわよ?大事な用が。あのね……次の野外実習に、私を入れてもらえないかと思って。駄目かしら?」

 ぬけぬけと何を言うのかとディーンのこめかみが思わず引きつる。

 だがこの手の人間はどんな形であれ感情を露にして相手にすると後が厄介だと知っているディーンは怒りをぐっと堪えた。


「お断りする」

「あら、どうしてぇ? 貴方の班、今三人だけでしょ? バランス悪いじゃない。私、役に立つわよ?」

「……今回は三人だったが、次回はまたアルシェレイアが戻ってくる事になっている」

 努めて静かに告げると、カトゥラは一瞬眉を上げた。


「あら、でもあの子、足手まといだから抜けたんでしょ? そう聞いてるわよ、私?」

「……君は」

 ハァ、とディーンは深いため息を吐きだす。

 そして目の前の女をきつく睨みつけた。


「君がしたことを我々が知らないと思っているのか。それならばおめでたいにも程があるし、そうでないなら尚の事、何故我々に近づく」

「……!」

 ディーンが見せた冷たい目に、カトゥラは思わず怯んで一歩下がった。

 だがすぐにそんな自分を恥じるようにまた一歩踏み出し強気に問いかけた。


「何言ってるの? 私が何かしたって言うの? ……もしかして、あの子が何か言ったの?」

 今回の事や、賭けの事は仲間達に言わないようにとカトゥラはアーシャに条件として告げてあった。

 そして少女もそれを了承したはずだ。

 それもあって強気に出たカトゥラだったが、だがディーンは首を横に振った。


「情報と言うのは根気よく辿ればその源に行き着くことは難しくない。まして君のような目立つ発信源なら尚更だ」

 君は案外頭が悪いな、とディーンは馬鹿にした風でもなく呟いた。

 まるでただの事実を告げるようなその口調は、はっきりと馬鹿にするよりも遥かに彼女の神経を逆撫でした。


「なっ……! それなら、どうして放って置いたのよ! それこそがあの子がもういらないって言う事の証拠じゃないの!?」

「別に放置したくてした訳ではない。アルシェレイアが自分で何とかすると言い張るから、それを尊重して我慢しているだけだ」

 それを聞いてカトゥラはフン、と鼻で笑った。

 そこまでばれているのならもう取り付くろっても無駄だと思ったのだろう。あからさまに態度が荒くなる。


「自分でなんとかするですって!? とんだ思い上がりね! ちょっと精霊魔法が使えるからって、所詮は魔技科の人間に何が出来るの? おまけにあの子、シャルフィーナと組まないんでしょう?」

「ああ、魔技科の生徒と組むと言っていた」

「ふふ、馬鹿げてるわ。シャルフィーナが出てこないなら、私とコーネリアの勝ちに決まってるもの。賭けは私の勝ちね」

「賭け?」

 ディーンはカトゥラの言葉に眉を寄せた。

 賭けの話などアーシャから一言も聞いていない。


「知らないのね。じゃああの子約束は守ったのね」

 カトゥラはディーンの様子にくすくすと楽しそうに笑った。


「私とね、賭けをしたのよ。あの子が私に負けたら、あるいは勝ち上がれなくて勝負できなかったら、貴方達の班から抜けるって。もう貴方達に近づかないってね。私が負けたらあの子のいう事を一つ聞くって言う約束だけど、どうせ私達の勝ちに決まってるわ」

「……!」

「私が貴方達の班に入れなくても、あの子が抜けるならそれでもいいわ。目障りだったのがすっきりするもの。

 あ、でももし貴方が私と付き合ってくれるって言うなら、賭けはナシにしてもいいわよ?」

 楽しそうなカトゥラの様子にディーンは尋常でないものを感じた。

 付き合いもないアーシャを、彼女が何故そこまで嫌がるのか全く理解できない。


「……お断りだ。私にも選ぶ権利はある。そもそも何故、君はそんなにアルシェレイアを眼の敵にする? 理由は何だ」

「一体私の何が気に入らないの? 貴方っていっつも失礼だわ。あの子が気にいらない理由なんて、そんなの何となくよ。貴方の傍にいるし、ただそれだけ」

 だがそんな言葉でディーンが納得するはずもなく、彼は静かに首を横に振った。


「気に入られると思う方が驚くが……アルシェレイアが気に入らないのは、君の父親が魔技師だというのと関係があるのか」

「っ!」

 ディーンの言葉にカトゥラは目を見開いた。

 まさかそこまで知られているとは思わなかったのだろう。

 綺麗なピンクに塗った唇を噛締め、カトゥラは激情を堪えるかのように顔を歪めた。


「……父親なんて、そんなの関係あるわけ、ないじゃない。馬鹿じゃないの?」

「そうか……ならば、君が精霊の加護持ちの男ばかり選んで口説くのも関係がないのか?」

「なっ……!」

 ディーンはその深い色の目でカトゥラの目を見つめた。

 彼女の灰色がかった青い瞳がその心を映すかのように揺れる。


「私が君の誘いを受けない理由は幾つかあるが、一番大きいのは……君が私を嫌っている点だ」

 カトゥラは目を大きく見開いたまま何も言わなかった。


「君は加護持ちの男ばかりを誘っては、翻弄して捨てるような真似を繰り返している。本当は、加護持ちが嫌いなのだろう? 嫌っている人間を何故誘うのか、私にはさっぱり理解できない」

 カトゥラはディーンの視線から逃げるように顔を伏せ、無言で立ち尽くした。

 強張った肩が小さく震える。

 やがて、カトゥラは深く息を吸い、ゆっくりと口を開いた。


「……そうよ。私は、精霊の加護持ちが嫌いなのよ。それがどうかした? 大体、簡単に引っかかる方が悪いのよ」

「まぁ、それには同意しよう」

「そもそも、加護ってなんなのよ!? なんでそんなものがあるの? 不公平じゃない! 私だって、加護があれば……!」

 カトゥラは脇に垂らした両手をきつく握り締めた。

 その姿からはいつもの艶のある雰囲気は消え、年相応の一人の少女がそこにいた。

 少女は尚も拳を握り締め、苦しそうに言葉を紡いだ。


「私の父親が魔技師なんかじゃなければ……妹みたいに、私にも精霊の加護があったかもしれないのに……。大した魔法も使えない癖に……魔道士と結婚なんかしなければ!」

「……それが理由か」

 ディーンの静かな声に、カトゥラはキッと顔を上げた。


「そうよ! 私の父親は大した魔力も持たない魔技師で、早くに死んだわ! 後から来た義父は魔道士で、生まれた妹は水の精霊の加護を持っていた……それだけで……たったそれだけで!」

 たったそれだけの理由で、彼女は愛されなかった。

 もちろん、父親が違っていたらカトゥラにも加護があったという保障があるわけではない。

 家族にだって、もしかしたらそれなりに愛されてはいたのかもしれない。

 けれど、妹ほどには彼らの関心を得る事は出来なかった。

 幼い頃憧れた道さえも、自分の前ではなく妹の前に開かれた。

 その悔しさや悲しさ、寂しさが彼女をいつの間にかこんなにも歪めてしまった。


「だから私は、魔技師も、加護持ちも嫌いなのよ! あの子なんて最悪だわ! 加護があるのに、魔技師を目指すなんて無駄なことして! そのくせ貴方達と仲間だなんて!」

 ディーンは深いため息を吐いた。

 彼女の悲嘆は理解できる。

 親に愛されない子供の苦しみは良く知っている。

 だが、理解は出来ても同意も同情もできなかった。

 彼女には、アーシャが自分より恵まれているように見えるのだろうか。

 才能や友に恵まれているのに、それを無駄にしているように見えるのか。


「……アルシェレイアの選択は、正しかったかもしれないな。 君は、彼女と戦ってみるといい。そうすれば、何か見つかるかもしれない」

「何よそれ……! 訳わかんない! 貴方ってホントに苛々するわ!」

「そうか、初めて気が合ったな」

 ディーンは自分を睨みつけるカトゥラにそれ以上視線を向けず、踵を返した。

 カトゥラはもう何も言わなかった。

 ディーンは自分の背に向けられた強い視線を感じながら、真っ直ぐ街に向かって歩いた。

 アーシャに会いに行こうと、そう思っていた。

 会って、頑張れと言おうと。


 ディーンは歩きながら足元の影を見た。

 いつもと同じ、濃い、黒い影。

 これが欲しかったと彼女は言った。

 だがディーンは、これさえなければ、と幼い頃幾度思ったかもう分からない。

 加護があってもなくても、人はこうしてそれぞれに悩み苦しむ。


(精霊が悪いのではない)


 苦しみを生むのは、全て人の心だ。

 人は、どうしようもなく弱い。

 何故こんなにも弱く作ったのか、ディーンは神々に問いたかった。

 どこにいるとも知れぬ神々に。


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