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8:やっかいなおまけ


 二人が考え込んでいると船首の方から明るい声がかかった。


「おーい、ディーン、アーシャ。何してんだこんなとこで?」


 声のした方に目を向けるとジェイが手を振りながらこちらに歩いてくるところだった。どうやら川を眺めるのに飽きたらしい。

 ジェイは二人の所まで来ると彼らに倣ってその傍の床に座り込んだ。そしてその顔を交互に見て、なんとなく真剣な雰囲気に気付いたらしい。


「ん、何だ? 何か大事な話?」

「んと……ちょっとしたディーンのお悩み相談?」

 アーシャがそう答えるとジェイは目を見開いて口をぽかんと開けた。


「ディーンが人に悩みを相談!? 明日は雪でも降るのか?」

「……休暇の課題へのアドバイスはいらないらしいな」

「あっ、嘘ですごめんなさい! 俺も相談に乗ってやるから!」

「お前に相談して解決した事があったならその事例を具体的にあげてもらいたい」

 アーシャはそのやり取りにくすくす笑った。

 ジェイが来ると途端に賑やかになる雰囲気が可笑しい。


「あのね、ディーンの目が最近急に良くなったんだって。それで原因がわかんなくて悩んでたの」

 へぇ、と言ってジェイは横からディーンの目を覗き込んだ。

 だが別にいつもとどこが違うという風にも見えない。すっきりとした切れ長の目は相変わらず表情に乏しい。

 変化といえば、外が眩しいせいか背の低いアーシャと話をしているせいか少し俯き加減で、いつもより若干不機嫌そうに見えている事くらいだ。


「そんなに良くなったのか? どのくらい? いつから?」

「すごく遠くの鳥の羽の色まで見えるくらいだって」

「ああ、気付いたのは最近だが、恐らく変化は試験の前後からだろう。確信したのはレイアルにいた時だ」

「へぇ……試験の前後かぁ」

 そう呟いてから、ジェイはふとある事に気が付いた。


「そういえば、俺も最近なんかちょっと変だぜ。どうも妙に右手だけ力が強くなってるみたいなんだよな」

「ええ?」

「そう言われてみれば試験の時にやった体力測定の結果がどうとか騒いでいたな」

 そうそう、とジェイは何度も頷く。


「なんかさ、右手の握力とか腕力が妙に強くなってて……懸垂とかやっても右手だけで片手懸垂出来ちまいそうなくらい楽だったんだ。最初は筋力がついたのかとも思ったんだけど、左手はそんなに変わってなくて右手だけってのが気になってて……」

「ジェイ、ちょっと手を見せて」

 アーシャはジェイの右手を取って見てみたが特にこちらも変化は感じられなかった。

 見た目も別に、左手に比べて太くなっているといった事もない。


「気づいたのは試験の時?」

「ん、多分……あ、でもそういえば試験前のあの地獄の勉強の日々で、なんでか鉛筆を随分駄目にしたっけ……ひょっとしてあん時からか?」

 その言葉にアーシャはますます考え込んだ。

 その前後からの変化と言えば四人が良く一緒にいるようになった事くらいだが、特に原因として思い当たる事もない。


「試験の前から……力が強く、目が良く……二人だけなのかな。でも私はなんともないし、シャルも何も言ってなかったしなぁ」


 その時、不意に風が強く吹いた。

 ギャァギャァと濁った声が頭上から聞こえ、アーシャが顔を上げると隊列を組んだ白っぽい鳥の群れが風に乗って空を渡っていく所だった。

 白いその姿は太陽に見え隠れして少しずつ遠くなって行く。

 アーシャはその姿に一瞬既視感を覚えた。白い鳥を肩に乗せた姿が記憶の中を過ぎる。


『自分がそれに、何を求めたか』


 もう面影も薄いが記憶の中の彼はそう彼女に言った。

 アーシャは弾かれたように自分の腰を見た。

 そこには自分が作った銀の枠に嵌った緑の石が下がっている。飾り紐が風に煽られてゆらゆらと揺れた。

 彼はあの時、これを指してその言葉を告げたのではなかったろうか。

 

 目の前の二人を見れば彼らも同じようにこれとそっくりな物をベルトに身に着けていた。

 四人のそれに枠や金具を取り付けたのはアーシャなのだから、揃いなのは当たり前だ。

 それは確かに彼らだけの共通点だ。


「まさか……」

 アーシャは恐る恐る腰につけた飾りを外して手に取った。

 その緑の石は勿論、あの風の森で四人が手にした、森の王からの贈り物の聖霊石だった。

 どんな力を秘めているのか、帰ってからアーシャも探っては見たが短い時間では良くわからず、とりあえず失くさぬようにと四人の石をそれぞれ身に着けやすく加工したのだ。

 そのまま試験に突入しそしてこの旅行となったから、その間その存在をすっかり忘れ去っていた。

 だがもし二人の変化がこの石によるものだとしたなら時期的にも丁度合っている。


「……おまけ付きって言ってたっけ」

 アーシャは石をきゅっと右手で包むとじっと考えた。

 ジェイとディーンもアーシャの仕草に、彼女が考えた可能性に気づいたらしい。

 まさか、という顔で自分達の石とアーシャを交互に見つめている。


「……どう思う?」

「そう言われて見れば……時期は合うかもしれないが」

「まさかこれが?」

「可能性だけど……二人ともこれ、いつも着けてた?」

 二人はそう問われて少し考えた。

 

「そういえば、最近はずっと着けているな」

「俺も。なんかこれ着けてると気分が爽やかっつーか、涼しくなるような気がするんだよな」

 そっか、と頷きながらアーシャは石を掌で転がした。風の石だからそういう事もあるのかもしれない。

 彼らがいつもこれを身に着けているとなると益々異変の原因である可能性は高い。

 そうなれば後は試してみるのが早い。

 アーシャがあの場で求めると告げたのは絆だ。けれどそれは随分と漠然としているように思われた。

 だから彼女には何も変化がないのか、それとも気づかないだけなのか。


 だが絆なら危険は少ないかもしれない、とアーシャは軽く考えた。

 まぁ何とかなるか、と覚悟を決め、それがどんな現象を象徴するのか分からないまま、アーシャは石を握りなおして小さく呟いた。


「求めるは……絆」

 途端、アーシャを襲ったのは、想像もしない現象だった。

 キィィン、という高い耳鳴りの様な音が聞こえ、頭蓋の中に響き渡る。

「ッ!?」

 それはまるで音の波、とでもいうような何かだった。その得体のしれない何かが凄まじい勢いで少女の頭の中に流れ込む。アーシャは思わず頭を抑えたがその流入は止まらない。何が、と思う間もなく少女の思考がそれに侵食されていく。


 アーシャのの頭の中に響き渡ったのは、溢れるほどの”声”だった。

 それはまるで衝撃すら感じるような、頭が割れるのではないかと思うほどの量の、音を持たないはずの声の波。


 様々な精霊の声がいつもよりも遥かに強く聞こえる。

 上空を行く渡り鳥達が交わす声が聞こえる。

 川の両岸に揺れる木々が囁く声が聞こえる。

 その向こうの草原を走る動物達の声が聞こえる。

 水の中を泳ぐ魚達の意思にもならぬ声のようなものが聞こえる。


 そして何よりも大きく、この船に乗る人間達の聞こえないはずの声がアーシャの耳を埋め尽くす。

 余りにも多くの声が一度に押し寄せ、一瞬何も聞こえていないかのような錯覚すら起しそうになる。

 その中にほんの一瞬、船酔いも良くなったしお腹が空いたな、と呟く馴染み深い声を聞いたような気がしたがそれが現実なのかも分からない。


「やぁっ!」

 アーシャは堪らず短い悲鳴をあげ、耳を押さえてうずくまった。

 けれど耳ではないところを通して聞こえる声はその手では何一つ遮れない。

 自分と他人の境界線が薄れていくような感覚にアーシャは恐怖を覚えた。

 この声を止めなければ、と意識のどこかが囁く。

 けれどその方法を思いつく事も出来ない。


「アーシャ!?」

「アルシェレイア、どうした!」

 目の前の二人が発した直接の声とは別に、その心の動きが音としてアーシャに瞬時に届いた。

 彼女を強く心配している思い、そして突然の事態に対する不審、困惑。それから少しの恐怖と、解決策の模索。

 彼らが発する自分を心配してくれている声と、それでも冷静さを失わない心は薄れ掛けていた少女の意識を現実に少し引き戻した。

 アーシャは耳を塞いでも消えない声に喘ぎながら、意思の力を総動員して右手を耳から離してその手をゆるゆると開き、握ったままだった石をぽとり、と手放した。

 カシャン、と硬い音がその場に響く。


 途端全ての声が掻き消えた。

 だがアーシャはまだ頭の中に声が聞こえる気がして、うずくまったまま荒い息を繰り返した。


「だ、大丈夫かよ! くっそ、この船に医者って乗ってたっけ!?」

「医者は常駐してないはずだ、どこか川岸にある村か町に行かないと……」

 アーシャは慌てる二人の声を聞きながらどうにか息を少しだけ整えた。

 そして重い体をゆっくりと傾け、その場にころりと転がって彼らを見上げる。

 ディーンもジェイもひどく心配そうな顔で少女の顔を覗き込んだ。

 アーシャは二人に小さく手を振って平気だと示した。


「だいじょう、ぶ。ちょっと、びっくりした、だけ……もう平気だよ」

「アーシャ……けどすげー汗だぜ? ほんとに大丈夫かよ」

「顔色も良くない。一体何があった?」

 アーシャは額の汗を拭い、まだ荒い息の合間からゆっくりとその問いに答えた。


「なんか、色んな生き物の声が……声なき声、みたいなのが、一度に聞こえて、頭が割れそうだった。

 この船に乗る人達とか、鳥とか魚とか、木とか……私が普段聞いてる精霊の声もすごく強く聞こえたし……二人が私を心配してる心みたいなのも聞こえた、みたい」

 その言葉に思わず二人は顔を見合わせた。

 アーシャはそれを見ながらどうにか半身を起すと後ろの樽にゆっくりと寄りかかり、疲れきったように足を伸ばした。

 時間にしたら恐らくほんの短い間の事だっただろうに、よほど体が驚いたのか手足が軽く震えていた。

 震えをなだめようと手を擦ったがその指先も驚くほど冷たかった。


「……まだ良くわかんないけど、もしかしたら今のは……あのグリフォンが使ってた心話とか、そういうのなのかも。その範囲をすごく広げたっていう感じだった」

「じゃあ、やっぱり俺達の変化もコイツが原因?」

 ジェイが自分の腰についた緑の石を恐る恐る指差した。

 アーシャは弱く頷く。


「多分。二人があそこで、求めると告げたもの……真実と、強さだよね。

 ジェイのそれはそう考えると一番分かりやすいし、ディーンのもそれを象徴する現象が起こってるんだと思う。シャルのはまだわかんないけど……」

「……なるほど。確かに、納得できなくもないな」

「さっきのアーシャみたいに、言葉を告げたらもっと強くなるのかな?」

 うう、とアーシャは呻いた。さっきのひどい衝撃を思い出したらしい。

 それを振り払うように小さく頭を振る。


「多分……私のは、さっきのが一番強い状態だと思う。

 あれと同じのはもう絶対嫌だけど……でもあらかじめ分かってれば、慎重にやれば調節できると思う。けど今ここで試すのは止めた方がいいと思うけど」

「……そうだな、とりあえず原因が分かっただけでも何よりだ。これを体から離せば一時的な進行は止まると思うか?」

「うん、きっと。私も、さっきのは手を離したら止まったし」

 ディーンはそれを聞いて頷くと、床に落ちたままのアーシャの石を拾い上げた。


「これは私が預かろう。しばらく触らない方が良さそうだ。荷物の奥にでも入れておく」

「そうだな、アーシャもその様子じゃちょっと休んだ方が良さそうだしな」

 ジェイは右腕を伸ばすとぐったりしているアーシャの体をひょいとその腕に抱え上げた。

 元から細くて軽いアーシャの体は今のジェイなら朝持った荷物よりも軽く感じるくらいだ。


「とりあえず、日陰に入ろうな。汗もかいてるしここじゃ体に悪い」

 子供のように抱え上げられたアーシャはジェイの気遣いをありがたく受け取り、その肩に寄りかかってため息を吐いた。


「私の、絆だなんて……こんなおまけ、あんまりいらないよ。もっと違うこと言えばよかったかな……」

「使いようによっては役に立つかもしれない。嫌になったらその時は持ち歩くのを止めたらいい」

「そうそう。まだわかんないって。何か役に立ちそうな事とか聞こえなかったのか?」

「……そういえば、シャルが起きてお腹を空かせてたような気がする」

 ぷっ、とジェイは吹き出し、明るく笑って歩き出した。


「そりゃ急がなきゃな、腹を空かせて火を吹かれたら困るしな!」




 部屋に戻ると案の定お腹を空かせたシャルが、簡単な食事の準備をして仲間達を待っていた。


「あら、丁度良かったわ、今呼びに行こうと思ってたのよ」

 三人はそれを聞いてこっそりと目配せして笑顔を交わした。

 

「お昼にしようと思って……ってアーシャ、どうしたの!?」

「色々あってな。とりあえず水を飲ませてやってくれ」

「わかったわ、ほら、ジェイこっちに座らせてあげて!」

「おう」

 シャルはぐったりとして抱えられてきたアーシャに、すぐに水を用意してくれた。

 カップに注いだ水の上に手をかざし、その水からそっと熱を奪う。火の魔法の簡単な応用だ。


「はい、アーシャ。冷たくしたわよ」

「ありがとう……」

 シャルが冷やしてくれた水を飲み、切ってくれた甘い果物を少しだけ食べ、皆が食事を終える頃にはアーシャの具合も大分回復していた。

 気分が良くなった事を伝えると三人もほっとした様子を見せた。

 けれど気分が良くなると今度は疲れがじわじわと強烈な眠気に変わり、段々と起きているのが辛くなる。

 皆に休む事を勧められ、石に対するシャルへの説明はディーンとジェイに任せ、アーシャは急速に重くなった体をハンモックに沈めて深く息を吐いた。


(さっき聞こえたシャルの声、当たってたのか……離れてても仲間の事がわかるなら……使いこなせれば、助かる事もあるかもだけど)

 けれどさっき聞こえた人間達の思いのようなものの鋭さがアーシャの気分を暗くする。

 あんなものばかり聞こえるんだとしたら、良い事より悪い事の方が多い気がした。

 本当にとんだおまけ付きだ、と少しだけ恨めしく思ってしまう。


 それでもとりあえず、森へ行ったらこの石を手懐けるのに時間を使ってみよう、とアーシャは心を決めて目を瞑った。

 瞼の裏に一瞬見えた緑の石は、まるでそれに応えるようにゆらゆらと揺れていた。

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