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1:旅に誘う風

 アーシャの庭は魔法の庭だ。



 それは魔法のように美しいといった単なる比喩ではなく、本当に所々に魔法が掛けてある、という意味だ。

 夏の午後、この庭の主は色鮮やかな花や草木の間を歩き回っていた。

 彼女は時々立ち止まっては、庭のあちこちを点検する。

 花壇を仕切る柵代わりの石積みの一つを手に取って裏返し、そこに彫られた魔法陣を眺めた。

 風雨に晒され少し表面が減ってきている。

 アーシャは持ってきた専用の彫刻刀で減っている部分を少し深くして、石の中心に埋め込んだ魔石に軽く魔力を込めてまた元の場所にそっと積みなおした。

 この花壇は水切れに弱い薬草や香草が多く生えている。

 だがこの石が維持する水の魔法のお陰で、真夏でも花壇はうっすらと湿り、乾燥しすぎる事は決してない。

 この花壇の他にも、水気がありすぎる事に弱い植物のための花壇や、虫に弱い植物の生える花壇、暑さに弱い植物の花壇、寒さに弱い植物の花壇といった具合に、実に様々な条件に合わせた魔法があちこちに施されてこの庭を維持している。


 森へと続く林に面した庭は一人で手入れするにはかなり広い土地で、そこには決して美しい花ばかり生えている訳ではない。

 様々な草が奔放に伸び、一見すると雑草が生え放題で手入れを怠っているようにすら見える。

 だがそこに生える植物達はどれもつやつやとした葉を太陽に向け、活き活きとしていた。


 いくつかの石をチェックしたアーシャは目を閉じて耳を澄ませた。

 小さな声が庭のあちこちから聞こえる。

 その声が促すままに彼女は忙しく庭を歩き回った。

 暑いと嘆く木の伸びすぎた新芽を間引き、傍に気の合わない草が生えてきたという声に従って植え替えをし、今が採り頃だと誘う薬草達を収穫して陰干しにする。

 明日から暫く留守にするからアーシャは忙しい。

 それでもどうにか一通りの作業を終えてぐるりと庭を見回すと、ふぅ、とため息を吐いた。


「明日から暫くいないから、よろしくね」

 応えはあちこちから聞こえてきた。

 庭の中の精霊達は快く留守を引き受け、彼女に笑いかけた。


「川の街、初めてなんだ」

 アーシャはそう言いながら履いていたサンダルを脱ぎ、ぽいと投げ出すと裸足でのんびりと庭を歩いた。

 不ぞろいな草と土の感触が足の裏にとても気持ちいい。

 こうやって裸足で土の上を歩くと元気が出るのだが、暫くは出来ないから今沢山触れておこうとアーシャは石積みに腰を下ろして脚を伸ばした。


「人ごみも都会も嫌だけど、きっと楽しい気がするよ」

 何故? と精霊達が疑問を投げてくる。

 それには答えずに、ただアーシャは笑顔を浮かべた。

 夕暮れが近い庭に吹く風は緑の匂いがする。


「川の風はどんな匂いだろうね」

 目を瞑ってまだ見ぬ土地を想う。

 魔法の庭に精霊の歌が緩やかに流れる。

 旅立つ者を送る、動かぬ木々が歌う歌は静かに彼らの主を包み込んでいた。










「え? アーシャは夏期休暇に、森に行かないの?」


 試験も終わり成績も出て終業式を終え、明日から待ちに待った夏期休暇、という日。

 この日の昼、一同は休暇の過ごし方を相談しようと久々に集まっていた。

 ここの所ずっと試験に追われていたから余り顔を合わせていなかったのだ。


「ううん、行かないんじゃなくて、ちょっと森に行く前に行きたいとこがあるの」

 アーシャはふるふると首を横に振ると、冷たいお茶を一口飲んだ。

 もうすっかり季節は夏だ。

 アウレスーラ学園は山脈の麓にあるので比較的海抜も高く、夏場は涼しい地域にある。

 それでも夏真っ盛りとなれば石畳が大半の学園内はどこへ行ってもやはり暑かった。

 四人は暑さを避けて魔法学部棟の裏庭の森の木陰に集まり、芝生の上でそれぞれ持ち寄った昼食や飲み物を楽しんでいた。


「行きたいところ? どこなの?」

「うんとね、レイアル公国。あそこでそろそろ始まる夏の市があるんだって。知ってる?」

「ああ、レイアルの夏市か。あれは有名だな。私も名は知っている」

「へぇ、俺もまだ行った事ないなぁ。名前は聞くけどさ」

「私はあるわよ。昔祖母に連れられて何回か行ったわ。すっごい規模の市でなんでも売ってるの」

 三人の言葉にアーシャは頷いた。


 中央大陸と通称で呼ばれるレアラード大陸には現在、大小合わせて五つほどの国がある。

 かつてはもっと沢山の国があったらしいが世界の分裂とその後の戦乱の時代に多くが消え去り、結局残ったのはわずかそれだけの国だった。

 そしてそれらの国々は全てこの大陸の半分の東と南側に位置し、山脈を隔てた向こう側、つまり北と西は広大な森や山といった未踏地域となっている。

 開拓や探索が盛んな現在は残った国々はそれなりに円満な関係を維持し、協力して少しでも北と西の秘境を踏破しようと冒険者や開拓者を送り続けている。

 しかし険しい山脈に隔てられて向こう側にいける場所が極めて限られているのでその地図の進みはとても遅かった。


 その険しい山脈に沿うようにして大陸のほぼ中央に存在するのがアウレスーラがあるハルバラード王国で、その周囲を囲むように二つの大きな国ともう二つの小さな国が存在している。

 レアラード大陸で唯一海を持たないハルバラードは肥沃な土地に恵まれた農業国家だ。

 対してレイアルという国はハルバラードの南東に位置した海辺の小国だった。

 ただ、地理的には東の地の大陸と北東の水の大陸、南の火の大陸に航路を持つ為、他大陸との交易で非常に栄えている。


 六つの大陸はレアラード大陸をほぼ中央に、歪な5片の花びらを配置したように点在している。

 レアラードを中心に時計回りに、北西に闇の大陸シェイアス、北東に水の大陸フィネラス、東に地の大陸ロアレス、南に火の大陸エラード、西に風の大陸シーレイドと並ぶが、それら全てがお互いに交流があるわけではない。

 航路の都合などによってどうしても交流は隣り合わせた大陸同士に偏りがちで、さらにレアラード大陸とその北西のシェイアス大陸のように人の住む国が北側にはない、などの理由で隣り合わせても直接の交流が全く存在しない大陸同士もある。


 レイアルはレアラード大陸の中で3つの国と隣接し、国を流れる広い川に運河を整備し、さらに3つの他大陸と航路を持っているという立地から、小国とはいえこの大陸の商業の中心と言える国だった。

 勿論海に面したほかの3つの国も他大陸との貿易は行っているがその規模はレイアルほどではない。


「レイアルの市で買いたいものがあるの?」

「うん、本とか、魔具の材料とか色々ね。何か掘り出し物とかありそうだしさ、夏期休暇の課題でオリジナルの魔具を作れって言うのでてるんだ」

「そっか、じゃあ森には帰ってきてから行くのか?」

 アーシャは一つ頷くとポケットから小さな鍵と一枚の紙切れを取り出して差し出した。


「うん、でももうログハウスは借りてあるから。こっちが鍵でこれがそこまでの大体の地図。皆先に行って過ごしててね」

 アーシャはそう言ってその二つを更に差し出したが誰もそれを受け取ろうとはしなかった。


「アルシェレイア」

「うん?」

「まさかとは思うが、レイアルまで一人で行くつもりなのか?」

 ディーンの指摘にアーシャはきょとんとしながら頷いた。


「だって私の用だもの。それがどうかしたの?」

 はぁ、とため息が三人の口から零れた。それは無言の嘆きをたっぷりと感じさせる重いため息だった。

 流石にこれには彼女も何か感じる所があったらしい。

 三人にそれとなく責められている雰囲気に気づいてアーシャはおろおろと仲間たちを見回した。


「……もしかして、だめ?」

「駄目に決まってるじゃないの! もう、何で最初っから一人で行くつもりなの! 危ないじゃない!」

「そうだぜ、レイアルの夏市って言ったらその人の多さでも有名なんだ。そんだけ人が出てりゃ治安の悪さだってここと比べ物になんないんだぜ?」

「レイアルの住民は夏の市が立っている間は子供達を決して一人では外に出さないし、大通り以外には行かせないと聞く。そんな街で君のような子供が一人で出歩くなんてとんでもない」

 三人からの攻撃にアーシャは身を縮めた。


「そ、そんな子供じゃない、もん。ちょっとは背だって伸びたし……」

「そういうセリフは私を見上げても首が凝らなくなってから言ってくれ」

 ガーン、という擬音で表現するしかないような表情を浮かべ、アーシャはがっくりとうなだれた。まさに完敗だ。

 ディーンの顔を見上げると首が痛くなって密かに困っていることを何故か知られている。

 アーシャは人のことはよく見ているが自分が人に見られているという事には三人が呆れるほど無頓着だからだ。

 最近では彼女と話をする時はディーンの方が気づかれないように少し屈んでいる事をアーシャはまだ知らなかった。


「とにかく、一人でなんて絶対駄目よ! アーシャなんて小さくて軽いんだから、あっという間に袋に詰められて手荷物で運ばれて市場の棚に並べて売られちゃうわよ!」

「や、いくらなんでもそこまで小さくないだろ……」

 シャルの厳しい追い討ちとジェイのささやかなフォローを浴びてアーシャは更にうなだれた。


「そもそも泊るところはどうするんだ? この季節はあの街の宿屋はどこもいっぱいだろう」

「……それは大丈夫なの。タウロー教授とこの話をした時に教授が知り合いに頼んでくれて、民宿やってるとこに泊めてもらえるから」

 学園の施設の使用申請書は学生課に持っていくか、所属する学部の教授に持って行く事になっている。

 アーシャは魔法学部で多少の付き合いのあるタウロー教授の所に夏期休暇に使う予定のログハウスの使用申請書を持ち込み、その時教授からレイアルとその市場の話を聞いたのだ。

 行ってみる、と言ったアーシャを教授は特に止めはしなかった。


「教授は許可したの?」

「うん。でも仲間と何か約束してるならちゃんと皆に話してから行きなさいって言ってた」

 さすがタウロー教授。

 三人はなるほど、と深く頷いた。

 アーシャが仲間に話せば、彼らが決して彼女一人では行かせない事も読んでいたに違いない。

 ひょっとするとアーシャが泊めてもらえるという民宿も泊る人数は四人だという連絡が入っている可能性すらある。


「じゃあ我々も準備をしなければならないな」

「そうね、教授の方は私が確認しておくわ」

「おー、俺レイアルの市って初めてだな! 美味いもんとかあるかな?」

「え、え……? あの、皆行く、の?」

 アーシャは今にも立ち上がって準備をしに行きそうな三人を再びおろおろと見回す。


「あら、アーシャ、嫌?」

「え、や。んと、嫌じゃないけど……でも、船で行くし、何日かあっちにいるつもりだから、多分お金かかるよ?」

「んな心配すんなって。俺たちって皆夏期休暇にも帰れねぇくらい実家と縁薄いだろ? こうみえてもちゃんと日々蓄えてる訳よ」

「今期の試験対策のノートとヤマも随分売れたしな」

「ディーン……あんたまだその商売やってんのね」

「まだどころか上級に入って科目が増えてからは商売繁盛で困るくらいだ」

 ちなみに親友と言う立場に免じてディーンからタダでノートを提供してもらっているジェイはその代わりに顧客を探してくる事で彼に貢献している。意外にも持ちつ持たれつの関係だ。

 ディーンはその他にも普段から、仲のいい教授や先輩の研究を手伝ったりする簡単なアルバイトをいくつもこなしているから親からの仕送りは手付かずで貯まっていくばかりだった。

 一見貯金とは縁の無さそうなジェイも、ディーンやシャルの強い忠告(という名の脅しだが)もあって昔からそれなりに貯えをしている。貯金というものは習慣になってしまえばさほど難しいことでもない。

 大人に頼る事が難しい彼らは将来の自立を目指して必然的に助けあって生きてきた。

 だからこそ、一度仲間になってしまえば懐はとことん深い。

 アーシャがどうしても嫌だと言わないなら、彼らはなんとしても治安の悪い街に彼女一人で行かせはしないつもりだった。


「そういえばアーシャはお金大丈夫なの? 旅行して買い物っていうんだから大丈夫とは思うけど」

「ん、私は元々じいちゃんから貰った物で生活してるから。じいちゃんて若い頃ピカピカキラキラした物が好きでいっぱい集めてて、私に全部くれたの。いっぱいあるからそういうのたまに売ってここの学費とか払ってるの。でもまだほとんど使ってないから全然平気だよ」

 ピカピカキラキラ、と言う事は恐らくは高価な貴金属の類のことだろう。 

 まるでカラスのような育ての親の趣味に救われている、と言う事らしい。

 森で暮らしていたと言うアーシャの育ての親がそんな趣味を持っていたというのは随分と意外だった。

 だがそもそもある程度の持ち合わせがなければ子供のアーシャが一人旅をしてこの学園まで来るのも無理だったに違いない。


「でも普段はそれは使わないで、自分で採って来たり庭で育てたりした薬草売ったりしてるんだ」

 どうやらそれなりに自活もしているらしいアーシャの生活の謎の一端に触れた三人はなるほどと納得した。

 だがそうなるとまた別の心配事が浮かんでくる。

 以前見たアーシャの家の殺風景さは金銭面の問題ではなく、生活の質の向上に興味がないからという理由から来るものだったということだ。

 生活に必要最低限のものはあるかもしれないが、あれでは情緒とかそういうものが育たないのではないかと心配してしまう。

 最近の三人はすっかりアーシャの保護者のような気分だ。


「そうなの……ねぇ、アーシャ、一緒に行くのが嫌だったらそう言ってもいいのよ? でも嫌じゃないなら一緒に行かせて欲しいの」

「そうそう、どうせ森で一緒に過ごす予定だったんだし、それがちょっと場所が変わったってだけだからな。でも嫌なら遠慮しないで言ってくれよ?俺らもそうしてるしさ」

「付いてこられるのが迷惑なら別行動しても構わないが」

 問いかける三人の顔は真面目なものだった。

 彼らがアーシャを心配して、仲間としてついて行きたいと言ってくれていることが顔を見れば良くわかる。

 彼らがそれをちっとも嫌だと思っていない事も。


「ううん……全然嫌じゃないよ。楽しいと思うし。皆がいいなら私はいいよ」

 アーシャはもじもじとそう言うと不意にぱっと立ち上がった。


「あ、あの、私明後日の朝一の馬車に乗って出かけるから! 準備があるから……先帰るね! また明後日ね!」

「あっ、ちょっと!アーシャ!?」

 三人が止めるのも待たずアーシャはパタパタと走り去っていった。

 それでも出発の予定を告げていったと言う事は一緒に行く事に同意はしたらしい。

 小さな背中を見送った後三人はふぅ、とため息を吐いて顔を見合わせた。足の速い少女はあっという間に見えなくなってしまった。



「なぁ、俺らまだアーシャに信用されてねぇのかなぁ?」

「そんな事もないと思うけど……慣れてないだけじゃないかしらね?」

「多分そうだろう」

 そうは言いつつも、アーシャに無理矢理ついていくと言ったが本当は迷惑がられていたら、という不安が三人の胸をじんわりと冷やす。


「付き合いも短いし仕方ないけど……私、アーシャともっと仲良くなりたいんだけどな」

「なんか危なっかしいしほっとけないよな。妹が出来たみたいな気分でさ」

「まだ過ごした時間は短い。仕方ない」

 シャルもジェイもディーンも、お互いの他にそれなりに友人と言える人間は沢山いる。

 けれど心の底から信頼している、と言える人物は数少なかった。

 良くも悪くも同年代の子供達は、いわゆる普通の幸せな子供達が多いのだ。

 頼る事に慣れ、一人で立つ事の出来ない子供達は当たり障りのない友人にはなれてもその背中を預ける気にはなかなかなれない。

 同じように環境に恵まれなかった人間もいるが、彼らは逆に金銭的には不自由していない三人を敬遠する事が多かった。

 大人でもなく、そして子供でも居られない。けれど他人からはそれでも恵まれていると見られている彼らは同じ場所に立てる人間を求め、大切にする。

 普段接点の少ないシャルとディーンさえ、一応お互いを認め合ってはいるのだ。

 アーシャは三人にとってお互い以外で初めて出会った同じ匂いのする少女だった。

 だからこそ気が急くのだろう。


「時間はある。こういうものはゆっくり進むしかない」

「そうよね……」

「んだよ、らしくねーなぁ。初めて対等の女友達が出来そうで嬉しくて焦ってんのか?」

「んなっ!?」

 バコン、と気持ちの良い打撃音が辺りに響き、傍にあったカバンで殴られたジェイは地面に突っ伏した。

 殴った犯人の頬は図星を突かれた為かほんのりと赤く染まっている。

 素直じゃない人間に直球を投げすぎるとこうなる、という良い見本を見ながらディーンは胸の内で密かに合掌した。






 ギィ、と木の扉が軋んだ音を立てて閉まった。

 アーシャはパタパタと居間まで走りこむと置いてあった椅子にトサ、と座り込んだ。

 ずっと走ってきたので流石に息が荒い。

 きっと顔も赤いに違いない。

 アーシャは居間のテーブルにおいてあった水差しを掴み、渇いた喉に直接水を流し込んだ。

 朝汲んだ水差しの水はすっかりぬるくなってしまっているがそれでも喉を潤す役には立ってくれた。

 ひとしきり水を飲むと、アーシャは水差しを置いて深い息を吐いた。


「びっくりした……」

 アーシャは未だ治まらない鼓動の速さを持て余して椅子の上で膝を抱える。

 さっきは何故だか急にあの場に居られないような気がして走って逃げてしまった。きっと皆変に思った事だろうと少し後悔する。

 まさか皆がレイアルまで付いてくると言うとは思わなかったのだ。

 勿論アーシャにとってそれが嫌な訳ではない。

 むしろ嬉しかったのだが、なんだか急にいてもたってもいられないようなおかしな気持ちになったのだ。


「皆と……旅行? 買い物?」

 小さく呟くとまた胸の鼓動がうるさく聞こえてくる気がした。


「私の都合の用事なのにな……」

 心配だと言ってくれた。一緒に行くと。

 以前はアーシャが彼らに付き合う立場だった。

 アーシャ本人は実習内容は何でも良くて、三人の実習の為の人数あわせだと言う事も勿論理解していた。

 それでも別に構わなかったから、特に意識したことはなかったのだ。


 アーシャはもうずっと一人だった。

 だから一人で生きる方法はちゃんと知っている。

 危険に対して、避ける、隠れる、逃げるはアーシャの得意とするところだ。それで生きてきたと言ってもいい。

 嘘をついてアーシャを騙そうとする人間がいてもすぐにわかる。

 傍にいる精霊がそれを見分けて警告を発してくれるからだ。

 流石に初めてした旅では多少の危険にもあったが大事には至っていない。

 今ではどんな場面でもちゃんと切り抜ける自信はあった。

 それを三人に言う暇はなかったけれど、言っても彼らは付いてくると言ったかもしれないという気がした。


「なんで……? なんだろ、これ」

 あの実習で知り合って以来、彼らはとても自分に良くしてくれる。

 それが何故なのかアーシャは良くわからない。

 友達と言うものがそういうものなのかとも考えたけれど、生まれて初めてそんな存在を持ったアーシャにはその考えが正しいのかどうかもさっぱりわからなかった。

 自分が何故逃げ出してしまったのかもいくら考えてもわからないのだ。


「変なの……」

 アーシャは抱えた膝に顔を埋めた。

 旅行に合わせて今日の午後は庭の手入れをしようと思っていたのになんだかそんな気分にもなれない。

 明後日が待ち遠しいような不安なような、そんなおかしな気分だった。




第二部の始まりです。

まだどのくらいの更新ペースにするか決めてはいませんがとりあえず始まりだけ。

あまり間を空けずに更新したいと考えています。

最後までお付き合い頂ければ幸いです。

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