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第一部epilogue:始まりの終わり


 夢を見ていた。

 懐かしい、幸せだった頃の夢だ。

 夢を見ながらいつもこれが夢だとわかってしまう。

 眠りの中で帰る故郷と呼べる場所は変わらず美しく、アーシャ、と自分を呼ぶ声は優しかった。

 懐かしい森を背に、彼はいつも笑っている。

 聞きたい事も話したい事も沢山あったけれど、夢の中ではいつもそれは叶わなかった。

 それでも、頭を撫でて名前を呼んでくれるだけで十分だ。

 最近、過去を辿る夢は少しずつ回数と時間が減っている。

 それが良い事なのか悪い事なのかはわからない。

 けれど、減っている事自体を余り寂しいと感じていない自分には少し戸惑っていた。

「……ェレイア」

 誰かが自分を呼んでいる。

 それが誰だかわかったから、これ以上眠る事を諦めた。

 またくるね、と胸の内で告げ意識を現からの呼び声に向けた。

 ゆっくりと意識が浮上する。


「アルシェレイア」

 パチ、と目を開くと、自分を覗き込み、呼んでいたのはもうすっかり見慣れた黒髪の少年だった。

「ディーン、おはよ」

「……おはようではない気がするが、まぁおはよう」

 ふわ、と一つ欠伸をしてアーシャは木に吊るしてあったハンモックに身を起こした。

 いつもの魔法学部棟の裏庭の奥、林の中に入りかけた目立たない場所にそれはあった。

 このところ段々暑い日が増えているから日の当たらない昼寝場所を、と自分で作って木の陰にこっそり吊るしたハンモックは実に快適だ。

 通気性も良いし、虫除けの魔法を施してあるから蚊に刺されたりといった事もない。

 ここで寝るのは最近のアーシャの一番のお気に入りだ。

 昼寝の回数や時間が減った分、量より質を追求しようと言う少女の熱意が存分に発揮されている。

 仲間達がそこに寝ている自分の事を網に捕まった小動物のようだと思っている事をアーシャは知っていたが快適だから別に良いと思っていた。

「で、どうしたの?」

 ハンモックを眺めていたディーンに質問すると、彼はああ、と目的を思い出した。

「タウロー教授からの呼び出しが来ている。教授会の結果が出たらしい。」

「あ、もうそんな時間?」

「ああ、二人はもう先に行っている」

 アーシャは急いでハンモックを降りる。

 今日はこの結果待ちのため講義を休みにしてあったのだ。


 一週間前、学園に帰ってきた彼らを迎えたのは教授達からの呼び出しだった。

 強制送還されたコーネリアチームが当然のごとく、自分達は妨害されて強制送還されたのだ、と言い張ったのだ。

 競う必要のない課題でチーム同士の明らかな妨害が行われた場合、教授会は厳罰に処する事を定めている。

 今回は一つのチームが全滅して強制送還されたこともあり、教授会はあらかじめ送っておいた手紙だけではなく、直に真偽を問いただそうとシャル達のチームの帰還を待ちわびていた。

 そしてこの一週間、何度も双方への聞き取り調査や、旅に用意した装備、実際の行程などのレポートを提出し、今日それらを審議した結果が出た、と言う訳だ。

 二人はその結果を聞くために目の前の魔法学部棟目指して歩き出した。



「まずは課題達成おめでとう、と言わせてもらおう」

 呼び出されてやってきた四人を教授はにこやかに迎えてくれた。

 ありがとうございます、と四人がそれぞれ答えるのを教授は満足そうに見つめて笑った。

「あの課題を三年でクリアするチームが出たのは実に久しぶりだ。しかも古代語も読み解くとは全く驚かされるばかりだよ」

 教授の手元には自分達が提出したレポートがある。

 教授はそれに目を落とすと今日の教授会の結果を伝えた。


「結論から言うと、教授会は君らの主張を全面的に認めた。君達の提出した旅の詳細を記したレポートは実に素晴らしかった。準備の段階から十分な装備を整え、無理のないルートを辿り、なおかつ現地で食用の植物や魚の調達までしている。君らが物資で不足したという事はありえないと教授会も判断した」


 決め手となったのはディーンのつけていた旅の記録だった。

 万事においてまめな彼は十年日記を毎日欠かさずつけている。

 今回の旅にもなんと荷物の中に持参して寝る前に毎日書いていたのだ。

 それを元に作成されたレポートははっきり言って非の打ち所がなかった。

 旅の日程の細かい予定から始まって荷物を買った店、中身、値段、毎日歩いたおおよその距離、辿ったルートや使った食料の分量まで事細かに記録されていた。

 アーシャが採って来た山菜や木の実、魚の種類や大体の数まで書かれていたほどだ。


「対してデッセル君のチームは用意した食料などの荷物に不足や不向きな物が目立った。旅の行程も詳細は記録されてなかったし、不備が多かったようだ」


(デッセルって誰?)

(コーネリアよ。コーネリア・レイズ・デッセルってのがフルネームなの)

 アーシャの疑問に隣のシャルがこっそり答えてくれたが、アーシャはコーネリアが誰なのか思い出すのに時間がかかった。

 しばらく考えてやっと、ああ、あの変な金髪かと思い出す。

 自分を負かした少女に、実は名前すら覚えて貰えていなかった事を知ったらコーネリアはさぞ激怒した事だろう。


「実際の妨害についても、君達のレポートは時系列に沿って実に理路整然としていたし、正確な内容だった。あの状況で冷静に対応し、相手を必要以上に傷つけることなく退けたのも教授達の評価は高かったよ」

「ありがとうございます」

 ディーンがまとめたコーネリアチームの妨害に関する記述も仲間達からの聞き取りを加えた正確な内容で、アーシャの特殊な能力の事など一部だけごまかしてあったが、どこから見ても矛盾の感じられない完璧なものだった。

 それに対してコーネリアのチームはと言えば、襲撃されたと言い張るもその証言には矛盾や穴が多すぎた。

 結局、彼らの主張は一切受け入れられることなく終わり、むしろ六対四という不利な条件での突然の襲撃を跳ね除け、かつ大きな怪我を負わせることなく冷静に対処したと言う事でこちらのチームの株が上がる結果になったらしい。


「アクシデントに見舞われても諦めることなく現地で食料を調達しながら課題を完遂した、と言う事で教授会は文句なしに君達を無罪放免、今期の実習ではS評価確定だ」

「本当ですか!」

「やったぜ!」

「ああ。それと、心配していたようだが君達が森の奥で手に入れた風の森の証……あの石の事を我らはそういう通称で呼んでいるのだが、それはそのまま君達の所有になる。優秀な魔石だ、今後に役立てるといいだろう」

「ありがとうございます」

 どうやら教授達もあの石がどのような物であるのか、正確には知らないらしい。

 もっとも、百年に及ぶ歴史の中で手に入れたものが数えるほどであるなら無理はないかもしれない。しかも前の所有者が手に入れたものがこれと同じだとは限らない。

 だがそれについては四人は慎ましく沈黙を守った。


「コーネリア達は処分されるんですか?」

「ああ。まぁ、本人達も事実が判明してからは全面的に認めて反省していると言っているから、たっぷりの反省文と奉仕活動、夏休みを全て使った補習授業と実習の追試くらいで済むだろう」

 そうですか、としおらしく言ったシャルは内心で万歳三唱をしていた。

 これで当分静かになるに違いない、と思うと思わず顔がほころびそうになる。

 だが彼女は顔の筋肉を総動員して礼儀正しくそれを堪えた。


「まぁ、そういう訳だから、君達は安心して夏期休暇まで勉学に励んで欲しい。次の野外実習は後期になるし、じきに前期試験も行われる。がんばってくれたまえ」

「はい!」




 昼時の中央棟の食堂は人でごった返していた。

 快適な昼食の為の席取り合戦やあちこちに出来た列に、生徒も教職員も幾分うんざりした顔を並べている。

 早めに来る事が出来た四人は二階の奥に陣取りそれぞれ好みのランチを口に運んでいた。


 アーシャは丈夫な海の魚の骨と格闘しながら煮込み料理を堪能していた。

 煮込み料理はたっぷりの魚貝から出たスープがとても美味しかった。

 煮崩れたトマトが所々に姿を残していて、それをちぎった雑穀パンに乗せてスープを少しかけて食べると更に美味しい。

(いつもこんなの食べれたらいいのになぁ)

 アーシャは今まで余り料理の出来栄えに興味がなかった。

 火を通さなければ危険があるかどうかとか、茹でないとアクが強くて食べにくいとか、そのくらいの基準しか持っていなかったが、味がわからない訳ではないのでこういう食事を取るとやはり美味しい物は良い、と思う。

 毎日自分の食べたいものを食べたい時に食べられると言う点で料理と言う作業に最近興味が湧いている。

 野外実習以来、アーシャは周囲の色々なものに興味を持ち始めていた。


「後は前期試験が勝負ね」

「試験かぁ……」

 選択している授業は実技試験が多いジェイだが、さすがにいくつかは必修の筆記試験が入っている。

 それを考えて今からジェイは憂鬱そうだった。

 だが実技だけSでも他が散々では意味がないのだから頑張るしかない。

「ジェイ、今から死ぬ気でやんなさいよ!」

「はい……」

 もう既に半分死んでいるような返事にアーシャはくすくす笑った。

 ディーンはいつもの事と涼しい顔でコーヒーを飲んでいる。


「そういえば皆は夏期休暇どうするの? 私はここで過ごすけど、たまには会って遊びたいし、後期の実習の相談もしたいのよ」

「俺もここで過ごすぜ。実家に帰ったら何が用意されてるか考えるのもこえーもん」

「私もいつも通りだな。特に予定はない」

「まぁそんなもんよね。アーシャは?」

「んー、私いつも夏は森で過ごしてるから……学園の近くの森の管理小屋借りるんだ」

 アーシャの答えに三人は目を丸くした。

 学園を囲む森にはところどころに管理用の小屋や実習用のログハウスなどが用意されているのは知っている。

 だがそれを個人で借りられるというのは初耳だった。


「借りられるのか、それは」

「うん、事前に申請出せば、ここの生徒とか先生なら借りられるんだよ。でも自炊だし、井戸とかないし、食料も持参だからあんまり人気ないみたいで格安なんだ」

「アーシャ良くそんなの知ってるわね」

「ん、休みは冬以外は森で過ごすから。野宿してるって言ったら先生が教えてくれたんだ」

 アーシャがこの小屋を使うのも2年目だ。

「へぇ、親切な先生がいたのね。誰? 魔技科の先生?」

「ううん、学園長」

 ぶは、とジェイは飲んでいた水を吐いた。

「が、学園長に聞いたのかよ! どこで会ったんだ!?」

「やっぱり森だよ。一年の時に森の奥で野宿してたら散歩してた学園長と会ったの。その時に聞いたんだ。学園長も時々使うんだってさ」

 それは学園長も、森で平気で野宿をする少女を心配して見かねたのではなかろうかと三人は思う。

「学園から歩いて二時間くらいだから、約束してたら帰ってくるよ」

 アーシャはそう言ったが、三人にはそれは聞き逃せない話だった。


「いえ、ちょっと待って。その小屋って大きさはどのくらい?」

「うんと……私がいつも借りるのはあんまり広くないかな。部屋も二つだし。でも他にもうちょっと大きい所もあるよ。そっちは、居間や台所の他に一部屋と屋根裏部屋があったはずだと思う」

「……いいかも知れないな」

「うん、実家から迎えが来ても逃げられるよな」

「森の中なら騒いでも平気よね」

 きょとん、としているアーシャを他所に三人は顔を寄せて何事か話し合った。

 そして話がまとまるとぱっとアーシャの方に向き直る。

「アーシャ! 頼む!」

「は、はい?」

「お願い、一緒に森で過ごさせて!」

「大きい所を全員で借りればさらに暮らしやすいし割安だろう」

「え、え? 皆も森に来るの?」

 急な提案にアーシャは驚いて三人の顔を見回した。

「嫌か?」

「え、嫌、じゃないけど……不便だよ?」

「大丈夫よ、森の暮らしなら実習で慣れたもの。二時間で帰ってこれるんだから、あれより全然いいわ」

「そうそう、頼むよ! 力仕事とかなら俺が手伝うからさ」

 三人の顔は本気だった。

 どうやら本気で夏を森で過ごす気らしい。

 不便さも平気だというならアーシャには特に反対する理由もない。

 むしろ、一人よりも楽しそうだ。


「皆が良いなら私も良いよ。じゃあ今年は大き目の小屋、借りとくね」

「やった、頼むぜアーシャ!」

「ありがとう! じゃあ後は、問題は前期試験のみね!」

 ガタン、と音を立ててシャルは立ち上がり、ジェイの襟首を捕まえた。

「さ、食事も終わったし行くわよ! 今日は授業は休みにしてあるんだから試験の傾向と対策を練るのよ!」

「なっ!? い、今から?」

「あんたが高得点取るためには今からでも遅いくらいよ! 黙って来る!

 じゃ、二人ともまた後でね」

「あ、ちょ、待っ! 助けてくれー!」

 ぽかん、と見送る二人を置いてシャルはジェイを引きずりながらにぎやかに食堂を出て行った。

 しばらくしてからなんだか急に可笑しくなってアーシャはまた笑った。

「にぎやかだったね」

「うるさくて困る」

 ディーンはいつの間にか持ってきていた二杯目のコーヒーを飲んでいる。

 アーシャは忘れていて溶け出したデザートのシャーベットを慌てて口に運んだ。


「ほんとに、森に来るの?」

「ああ。君が嫌じゃなければ」

「……嫌じゃないよ。むしろ……嬉しい、かな。面白そうだもん」

「それなら良かった。夏の間よろしく頼む。森の事を教えてくれると助かる」

 いいよ、とアーシャは笑って答えた。

 その後ふと思案する顔になる。

「ね、じゃあ代わりに教えて欲しい事があるんだけど、だめかな」

「私で教えられる事ならかまわないが、何だ?」

「うん、あのね―― 」




 午後、皆と別れたアーシャは魔法学部棟の空き教室で窓の外を見ていた。

 カラーンカラーン、と大きな鐘が何回も鳴り、授業の終わりを知らせている。

 教室や校舎から続々と生徒達が吐き出されて来る。

 彼らは思い思いの放課後を過ごすために、広い学園に散って行く。

 アーシャはそれらをじっと眺めていた。もうこの景色も、以前ほど退屈に感じない。


 いろんな事が楽しかった。

 こんな日々が出来るだけ続けば良い、と心から思う。

 天気は快晴だけど今日は眠たくない。

 夏の休暇や、後期の実習、これから待ち受ける色々な事に思いをめぐらせながら鼻歌を歌う。

 それはあの日聞いた夜明けの歌だった。

 まだ二重唱は実現していない。


(いつか、世界を見に行く。そして道を探しに行こう)

 それが一人でなのか、そうでないのかまだ先のことはわからない。

 けれど、もうそれを待つ時間が苦しくも、退屈でもない。

 だから――


(だから、今はもう少しこの揺り籠に―― )



 アウレスーラ総合学園 ―― 古き言葉で≪幼子の揺り籠≫を意味する学び舎は今日も多くの子供達でにぎわっている。

 迷い子達はこの揺り籠で一時羽を休め、明日を夢見て眠る。



 いつか、それぞれの夜が明けるまで。






第一部 了



最後まで読んでくださってどうもありがとうございました!

何か話を書いて見ようと思い立ってから一月半くらいでやっとここまでこぎつけました。

オリジナルを書いたのは初めてなのですが、こうして書いて見ると自分の欠点などもわかり、色々な発見がありました。

この四人の話はまだ続きます。これはその始まりの話です。構想が練りあがったらまた書き始めるつもりです。仕事の合間に更新できるという社会人失格な理由でここをお借りしているのですが、続編などが書き溜まったらそれ用のサイトなども始めるかもしれません。

またどこかでお目にかかれれば幸いです。

読んでみての感想などもお待ちしております。

どうもありがとうございました!

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