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3:裏庭の眠り姫

 次の日の昼休み、三人は魔法学部の西棟の校舎の廊下を並んで歩いていた。

 この魔法学部の西棟は魔技科や魔法薬学のための実験室や作業室が並んでいるだけなのでとても静かだ。

「やっぱ魔法学部は俺達のとこと結構違うなぁ」

「そりゃあね、体育会系とは違うわよ。あんたんとこなんて広場とか体育館とか筋トレルームとか暑苦しいのばっかりなんでしょ」


 ここへ来る道すがら捉まえた魔技科の生徒の話では、目当ての人物はこの時間はこの辺の空き教室か、ここを抜けたところにある裏庭で昼寝している事が多いらしい。

 ほとんどの授業を寝ていると言う話なのに、昼休みまで寝るのかと三人はますます不安を覚える。

 歩きながら一つ一つの教室を覗いたがそれらしい姿は見えなかった。

 やがて廊下は突き当たり、裏庭へと続く非常用のドアを残すのみとなった。扉には鍵はかかっていないようだった。

「後はここだけね」

 そう言ってシャルはそっとドアノブを回した。

 普段使われることの少ないドアはギギィ、と軋んだ音を立て重たげに外側へと開く。

 外に出たシャルの後にジェイ、ディーンと続き三人は昼の日差しが眩しい裏庭へと降り立った。


 裏庭はその名前とは裏腹に明るい日差しに溢れる場所だった。非常口に近い都合上、いざと言う時非難できるように校舎に近い場所は木が刈られ、ちょっとした広場が作られ芝生が植えられている。

 人が来ないため前庭や中庭のようにベンチなどが置いてあることはないがそれ故に静かで、確かに昼寝をするにはちょうど良さそうな場所と言えそうだ。

 三人は人影を探してきょろきょろと辺りを見回した。

「あ、あれじゃない?」

 シャルが指差したのは校舎から少しはなれた場所、大きな木の作り出す日陰が芝生の上に落ちている辺りだ。芝生の上に横たわる人影が見えた。

「そのようだな」

「行ってみようぜ!」


 歩き出し、近くまで行くとそれが随分と小柄な人物である事に彼らは気がついた。

 白い色のマントか上着のようなものを上半身にかけて無防備に仰向けで眠っているその姿は、小柄というよりはむしろ子供そのものに見えた。

 どうみても十歳より少し上くらい、基礎学部に通うような年齢に見える。日を浴びて柔らかい光を返すオレンジがかった茶色の髪は随分短く、彼女なのか彼なのかもはっきりしない。

 上着から覗く細い手足は少女だと言えばそう見えるし、少年だ、と言っても信じてしまいそうだ。

 ただ、服装だけが短い丈の赤茶のチュニックワンピースに黒のスパッツ、とかろうじて少女のように見えた。

 だがその服装もこの学部にいるには少々簡素な気がする。

 魔法学部の他の大半の生徒のようにローブや制服姿ではないのだ。

 ローブや制服は義務ではないがある種の権威の象徴のような効果はあるので着ていない生徒を探す方が難しいというのに。


 脱いだ上着を体にかけて寝ているその様はまるで死体のようで、三人が側に行っても起きる気配もない。かろうじて上下する胸が彼女が生きている事を伝えていた。

 三人はお互いの顔と少女を交互に見やってしばし沈黙していたが、やがてシャルが意を決したように口を開いた。

「あの、アーシリア・グラウルさん?」

「……」

 スゥ、という静かな寝息だけが呼びかけに答える。

「ねぇ! 起きてくださらない? アーシリアさん!!」

「……」

 少女はピクリとも動かない。

「ちょっと! 聞こえないの!? 話があるのよ!!」

 シャルの声は大きい。

 キンキンと耳に響くその声で怒鳴られて目を覚まさなかった人物を初めて見た、とジェイは思った。

「何見てるのよ! あんた達も起こしなさいよ!」

 黙って見ていた二人に八つ当たりのように怒鳴ると、シャルは更に何度も彼女の名を呼んだ。しかし彼女は起きそうもない。

「すげー、こんなに怒鳴っても全然起きないぜ」

「さすがにほとんどの授業を寝ていると言うだけはあるな」

「ちょっと! 変なとこに感心してないでよ!」

 しかしシャルの声でも起きないものをどうやって起こしたらいいものか二人にはわからない。さっきからシャルは彼女をぐらぐら揺すってもいるのだ。

 それでも起きない様子はまるで眠りの魔法でもかかっているかのようだ。

 さすがに不自然に感じたのだろう、シャルも少女を揺する手を止めてどうしたものかと考え込んだ。

「……気絶して倒れてるとかじゃないわよね?」

「わざわざ上着かけて倒れる人もあんまいないと思うけど」


 眠る少女を見ながらディーンはしばらく考え、ふとある事に気がついた。少女に顔を近づけてよく観察したディーンはシャルに声をかけた。

「シャル」

「何よ」

「昨日のリスト、まだ持っているか?」

 あるわよ、とシャルは答えてローブのポケットからリストを取り出した。

「何よ、まさか人違いなんじゃとか言うの?」

「いや、そうじゃない」

 ディーンはじっとリストに目を落とす。

「ふむ。やはりこの綴りは……」

「なんだ、なんかあんのか?」

「昨日見た時も気になったのだが、彼女の名前の綴りは随分と古い様式で書かれている。恐らく古代語を現代語の発音に直したような形ではないかと思う」

「それって名前の読み方が違うってこと? でも、だから起きないなんて狸寝入りじゃないのよ」

「まぁ落ち着けよ」

 憤慨するシャルはジェイに任せ、ディーンは横たわる少女の隣に跪き呼びかけた。


 ディーンは武術学部では異色の文学派少年だ。

 学部を跨いで講義を受けられる学園の制度を積極的に利用し、魔法薬学や考古学など様々な学科を選択している。

 一昨年くらいから古代語の文献を解読するのにはまっていると言っていたのを思い出し、文学の欠片も持ち合わせないジェイは密かに鳥肌を立てた。

「アル……アーシェレア。いや、違うな。アルシェレイア? アルシェレイア・グラウル?」

 その言葉がもたらした変化は劇的だった。

 ピク、と瞼が震えると少女はう、と小さな声を上げた。

「アルシェレイア」

 その変化に確信を得たディーンがもう一度呼びかけると、ついにゆるゆると瞼が持ち上がり、なんとあれほど怒鳴っても目を覚まさなかった少女はあっさりと目を覚ました。

「起きた……」

「すげー」

 開いた瞳は深い緑色だった。

 森の色の瞳を寝ぼけたように瞬かせ、少女は横たわったまま自分を覗き込む三人を順番に見上げて小さな声を出した。

「呼んだ……誰?」

 それを問いと捉えたディーンは片手を上げてそれに答えた。

「私だ。私は武術学部剣術科の三年、ディラック・アルロードと言う。君に話があるので起きてはもらえないだろうか」

「……ん」

 少女は一つ頷くと、もそもそとその場に上半身を起こした。

 三人もそれに合わせて少女の前に並んで座る。


 短く切った少女の髪は後ろ側に寝癖がついていた。彼女はそれをのんびりした手つきで直しながら三人を順番に見やる。

 顔立ちは可愛いといえなくもないが、随分と痩せている少女だ。痩せた顔に緑の目だけが随分大きく見えてどことなくアンバランスな感じの風貌をしている。

 シャルはその細い体に不安を覚え、もう少し太ればいいのに、と関係ないことを考えた。

「で……誰?」

 主語はないがどうやら他の二人に問いかけたらしい。

 シャルは自分の呼びかけに起きなかった事に内心少し腹を立てていたが、最初の印象を悪くしてはいけないと必死で笑顔を浮かべて問いに答えた。ジェイもそれに続く。

「私は魔法学部魔法学科の三年、シャルフィーナ・ラド・ブランディアよ。よろしくね」

「俺は武術学部拳闘科のジャスティン・ジャン・イージェイ。ジェイとかJJって呼ばれてる」

 二人の自己紹介が終わると少女は一つ頷き口を開いた。

「ん……アルシェレイア・グラウル。魔法学部魔技科、三年。呼びにくかったらアーシャで良い。それ以外は寝てると聞こえないよ」

 そういうと少女は耳に手をやり、何か小さなものを取り出した。

 三人はそれを覗き込み、シャルとジェイはなるほど、と呆れ顔をした。ディーンは先ほどそれに気がついていたので、やはりと頷く。

「耳栓……どうりでいくら呼んでも聞こえないはずね。しかも魔法がかけてあるじゃない」

 小さな耳栓には更に小さな複雑な模様が幾重にも描き込まれていた。恐らくこの模様が外部からの音を遮蔽する魔法を維持しているのだろう。

 なるほど、魔技科の生徒らしい道具と言えなくもない。

「寝ている時は名前とあと幾つか以外の音を完全に消して眠りを維持するようにしてあるから」

 どうやらやはり眠りの魔法までかかっていたらしい。

「幾つかってのは?」

「んーと、授業の鐘とか」

 授業の終わりまでなんとしても眠るつもりなのかとその度胸にある意味頭が下がる。

 しかも全く悪びれていないところがある意味大物だ。

 三人は呆れ果てながらもどうにか少女を起こせた事に安堵した。


「それで……何?」

 アーシャは話の先を促すかのようにディーンの方を見て問いかけた。

 ディーンはそれを受けてシャルに目配せをする。シャルから話すべきだ、というのだろう。

 シャルは頷くと真剣な眼差しで目の前の小柄な少女を見つめた。彼女が使えるかどうかは置いておいて、まずは打診してみることにする。

「とりあえず、用件を先に言わせて貰うと、貴女もう野外実習の班や課題を決めている?」

「課題……野外実習?」

 アーシャは少し考えるような様子を見せた。まだ寝ぼけているのかと三人はまた少しばかり不安になる。

「そういえばそんなのあったっけ。まだ決めてないよ。もしかして登録の〆切って今日? 〆切になったら適当に選ぼうと思ってたんだけど」

 忘れてた、という声に安堵していいのか不安を感じていいのか、シャルは真剣に悩む。

 しかしえり好みをしている暇はもはや自分達にはないのだ。これはチャンスだと前向きに自分に言い聞かせてシャルは話を続けた。

「あの、それで……もし貴女がまだ課題も何も決めていないのなら、私達と一緒に《森》 へ行ってはもらえないかしら?」

  シン、と静寂が深まった気がした。

  断られるだろうか、断らないで欲しい、でも断られる気がする。

 そんな思いを胸に三人は、特にシャルとジェイは少女の答えを待つ。


「いいよ」

 少女の答えはあまりにもあっさりしたものだった。


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