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29:彼女の決意


 パチ、と炎が弾ける音が辺りに響いた。

 日も落ちた頃、四人は食事を終え、小さな焚き火を囲んで暖まっていた。

 初夏とは言え夜になれば森の気温はそれなりに下がる。

 いつもは安全を考え火を熾さないが今日は出血したディーンの為にもと、厳重に風避けして小さな焚き火を熾したのだ。

 火にくべた枯れ木の爆ぜる音や暖かさ、炎の揺らめきは久しぶりの安らぎを皆に与えていた。

 アーシャは食後のお茶を飲みながら、森の奥地であった出来事をぽつぽつと皆に語って聞かせた。

「……ほんとにいたのね、すごいのが」

「よく無事だったなぁ」

「最初はすごくびっくりしたけど、優しかったよ」

 どのくらいのサイズかはわからないが、幻獣ならかなり迫力のある見かけや大きさだろうに、それを優しかったと表現する所がアーシャの驚く所だ。そう思う三人をよそに彼女はさらに続けた。

「それに、ここまで送ってくれたし」

「……ちょっと待て。送ってもらった、とは?」

 アーシャが事も無げに語った言葉をディーンは聞きとがめた。

 彼女はその時の事を思い出すようにのんびりと語る。

「んーと、森の奥からもジェイの出した光の柱が見えたから、慌てて帰ろうとしたら送ってくれるって背中に乗せてくれたの。すごく早かったよ」

 だが送ってもらったものの、大体この辺と言う場所の上空に着くまではあっという間だったが、鬱蒼とした木々に阻まれみんなの正確な場所がよくわからずぐるぐると上空を回る羽目になってしまった。

 結局、シャルが弾き返したコーネリアの光が見えてやっとその場所がわかったのだ。


「でも降りる場所がなかったからちょっと低く飛んでもらって飛び降りたんだよ」

「……」

 間に合って良かったよ、と語る彼女の何でもない口調に三人は呆れて言葉を失う。

 一体どのくらいの高さから飛び降りたのか想像するのも恐ろしい。

 幾ら身が軽く、森の木が受け止めてくれたとは言え落ちてきたアーシャは傷だらけだったのだ。

 他に手がなかったとは言え、簡単に危ない真似をする少女に三人は不安を感じてしまう。

「アルシェレイア。助けに来てくれた事は感謝するが、自分の身を粗末にするのは感心しない」

 ディーンが厳しく言うとシャルもそれに続いて釘を刺す。

「そうよ。打ち所が悪かったりしたらどうするのよ! 本当に感謝してるけど、あんまり危ない事しちゃ駄目よ?」

「そうそう。生きてさえいれば、例えリタイアしたって俺達の問題なんかどうにかできないことないんだから。無理して怪我されたら、そっちの方が痛いぜ」

 アーシャは三人の顔を見回した。

 彼女の行動は皆に注意されたが、それは自分を心配しているからこそだと言うことが良くわかる。

 うん、と頷く顔はどことなく嬉しそうだった。

 ちゃんと理解したらしい事を確認したディーンは一つ頷くと肝心の事を彼女に尋ねた。


「それで、石版は写せたのか?」

「うん……写せたよ」

 内心ぎくりとしながらもそれを隠し、アーシャは黙って文字を写したメモを取り出して見せた。三人は頭を寄せて覗き込んだ。

「古代文字ね。わ……わが、した、しき、風……うーん、読めないわ。私古代文字の授業まだ取ってないし、苦手なのよね」

 シャルは早々に根を上げそれをディーンに回した。ジェイはちらと見ただけでもう既に諦めている。

「我が したわしき、風、我ら、幼子に、優しき、息を送れ、か? かろうじて単語は読めるが……アルシェレイア、読めたか?」

 アーシャは頷くとディーンから紙を受け取った。

「これは、精霊歌の詩に近いようなものみたい。変形版かな。えーとね、

『 我が慕わしき風の兄上

  我ら幼子にその優しき吐息を送りたまえ

  その吐息は花を揺らし

  その吐息は種を届ける

  世界を巡り季節運ぶ祝福の歌

  この西風の森を訪ねし我ら幼き子ら

  その名と絆を貴方に捧げん

  どうか我ら幼子の想いを受け取りたまえ

  我らの旅路にいつも風の祝福のあらんことを 』

 って感じかな」


 アーシャが読み上げる詩をしばらく三人は黙って聞いていた。

 風を称える詩の形式は確かに精霊歌の詩とよく似ていた。

 ジェイはへぇ、と感嘆の声を漏らし何度も頷いた。

「そんな事が書いてあったのかぁ。なんにせよ、これで課題は終わりだな!」

「そうね、思ったよりも早く済んで助かったわ。ありがとうアーシャ」

「……ん」

 アーシャは小さく首を振った。

 言おうか言うまいか、少女はまだ迷ってしまう。

「ちょっと待ってくれ。今の文面、少し気になる。アルシェレイア、本当にそれで全文か?」

「え……う、うん。書いてあるのはこれで全部だったよ」

「一体何が気になるってんだ?」

 ディーンは顎に手を当ててしばし考え、そして口を開いた。

「絆と名を捧げる、と書いてあったのだろう? ならばその名が書いていないのは何故だ? その文面ならその石版を立てた者達の名が書いてあるのが自然な流れだろう」

「そう言われてみれば……確かにそうかもしれないわね」


(やっぱりディーンは鋭いや)

 アーシャは密かに感心していた。と同時に、やはり話すしかないと心を決める。

 グリフォンも、仲間の判断を聞いてみたらいいと言っていたのだ。

 森を後にしてから後悔するよりは、今一緒に悩んだ方がきっと良い。

 そう決めて、顔を上げた。

「……あの、それね、本当の課題を意味しているんだって」

「本当の課題?」

「うん、詳しくは聞かなかったけど、多分その文字が読めるかどうかとか、読めたとしてもそれを額面通りに受け取って済ませてしまわないかとか、そういうことみたい」

「ではこれを読んで、更に何かしなければならないと言う事か」

「うん。でもそれはそこに書いてある通りだと思うよ。石版の前で全員でそれに触れるとかして、名を告げるとか……多分それだけだよ」

 文字が読めるかどうか、それの意図する所を理解するかどうかという事自体が最後の課題なのだとしたら理屈は通っている。行為自体は確かに難しくない。


 けれどそれだけだ、という言葉に全員が押し黙っってしまった。

 それだけの事が今の状態ではとても難しい。

 実際、それが出来そうにないからアーシャ一人を奥へと向わせてしまったのだ。

「それだけ……ね。確かにそうね」

 シャルが自嘲気味に呟いた。彼女の体調は未だ思わしくない。

 頭痛こそ薬で少し治まったが、体は相変わらずだるいし熱っぽい。

 シャルはゆっくりと全員の顔を見回した。

 全ては彼女次第だった。

 シャルが奥へ行けるなら、誰もが迷わず行くだろう。


(今日の水の魔法……久しぶりに上手くいったわね。杖があったからかしら)

 勉強熱心なシャルは当然水の魔法も勉強してきた。

 けれどどうしてもうまく使えなくて、もう随分前に知識を詰める以外の実践は諦めてしまっていた。

 祖母がいなくなってからは練習もしていない。

 だが自分にはもっと可能性があるのかもしれない、とシャルは思う。

 例えそれが祖母の杖のおかげであったとしても、まだ出来る事があるのならそれをどこまでも追求したい。

 そして、そのためには――

「……三年なら、写しを持って帰っただけでもSかAプラスの評価は取れるかもしれないな」

「そ、そうだよな! ここまで来れただけでも三年なら上出来だろ? これで帰ったって誰も文句言わないって!」

「……そうね」

 シャルの呟いた答えに誰もが黙って彼女の方を見た。

 俯いた顔からは表情が良く見えない。

「確かに、これだけでもいいかもしれないわね。もう一度奥に行くなんてリスク、冒さなくても済むかもね」

 アーシャはシャルの言葉を聞きながらぎゅ、と小さな手を握った。

 彼女の出すその答えを望んでいたのか、それとも望んでいなかったのか。

 アーシャはどちらともいえない複雑な気持ちに襲われ、俯いたシャルを言葉もなく見つめた。

 だが、シャルはその直後、キッと顔を上げて三人にきつい眼差しを向けた。

「でも、嫌よ!」

「なっ!?」

「ここで帰るなんてぜっっったいに嫌! 奥へ行くわよ! 当たり前でしょ!?」

「け、けどよ、シャル……」

 これ以上進めば彼女の具合は悪くなる一方だろう。

 それがわかるだけにジェイはここで引き返しても構わなかった。

 これだけの結果を持って帰れば、後はなんとか家を言いくるめることだってできるはずだ。

「嫌ったら嫌よ! 大体、奥にそんなすごいのがいるってわかったのにここで帰るなんて冗談じゃないわよ! 一目見なきゃ勿体無いじゃないの!」

 そう宣言してシャルは一同を見回した。

 一瞬目を瞑って深呼吸をした後、シャルは深々と皆に頭を下げた。

「お願い、協力して欲しいの。私が足手まといなんだって、嫌と言うほどわかってるわ。でも……」

「シャル……」

「一晩、時間を頂戴。何とかできないか考えてみたいの」

 勝気な少女が頭を下げてまで願った言葉に、誰もがそれ以上何も言う事は出来なかった。


お待たせしました、再開です。

このままラストまで走れればなぁと思ってるんですがどうなるやら。

がんばります〜。

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