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27:争いの結末


「……ル、シャル! おい、しっかりしろよ!」

「……う、ん」

「おい、シャル! 起きろ!」

「……ジェイ?」

「おう! 大丈夫か?」

 シャルはちかちかする目を数回こすってから起き上がった。

 しかし起き上がったものの自分を取り巻く状況が一瞬わからなくて辺りをきょろきょろと見回す。

 目の前にはジェイが跪いてこちらを見ていた。辺りの森はさっきまでと特に変化はない。

「何が、あったんだっけ?」

「俺が精霊魔法を使ったんだって。大丈夫か?」

「精霊魔法……! あーっ! あんた!」


 突然怒鳴ったシャルにビク、とジェイが一瞬怯えを見せた。

「ジェイ、あんたねぇ! なんてことすんのよ!? 条件の限定もせずに精霊魔法使うなってあれほど私が教えたじゃないの!」

 シャルはさっきここで何があったのか全てを思い出した。

 ジェイの意思に応えて光の精霊が集まった、そこまでは良かったのだ。

 ジェイが彼らに何をさせようと願ったのかはわからないが、集まった精霊はジェイが今まで呼び出した事のある精霊よりも随分ランクが高かった。

 多分それだけジェイが真剣に精霊に呼びかけたと言う事なのだが問題はその後だ。

 ランクが高い精霊になればそれだけ細かな指示や条件の限定が必要となるのに、ジェイは恐らくそれを怠ったのだ。

 その結果、光の精霊はどこまでもジェイの意思に応えようと奮起し、周囲の全てが光に巻き込まれることになってしまったに違いない。

 見れば二人から少し離れた場所でコーネリアとエナが倒れている。恐らくあの二人も防御できなかったのだ。


「すっごく危険なんだってあれだけ教えたのに!」

 ガン、とジェイの頭を一発殴る。

 ぐえ、とジェイは妙なうめき声を上げた。

 それを聞きながらシャルは自分がジェイを殴れた事に気がついた。

 シャルの体に絡み付いていた光の網は、ジェイの放った光で跡形もなく消し飛ばされていた。

 明らかにやりすぎたとはいえ、ある意味成功ではあったらしい。

 それならば敵が倒れているこの隙を無駄にする事はない。

 よし、とシャルはその場に立ち上がった。

「ジェイ、行くわよ。この隙にテントのとこまで戻って、ディーンと合流するわ」

「……なぁ、シャル」

「何よ?」

 さっきから跪いたまま動かないジェイをシャルは訝しげに見た。

 ジェイはシャルが立ち上がった後も、シャルの座っていた位置を見つめたままだ。

「お前一人で行け。俺は、行けないから」

「……なんですって?」

「目がさ、なんか、さっきの光の影響かちょっとおかしいんだよ。ちかちかして、まともに歩けそうにない」

「目が!? 見せなさい!」


 グキ、と音がしそうなほどの勢いでジェイの顔を自分の方に向けると、シャルはまじまじとその目を覗き込んだ。

 見た感じは特に変化はない。だが確かに焦点が合っていないようにも見える。

「どんな感じなの?」

「んー、なんかこう……見えすぎて見えない、みたいな感じかな? 色んな光がちらちらして視界がそれに埋め尽くされて、まともに見えないっぽい。大まかな形くらいはわかるんだけど、森の中を歩けるかどうかは微妙?」

 シャルはその答えにため息を吐いて掴んだままのジェイの頬をぐい、と左右に引っ張った。

「この、バカ! 自分の放った魔法でやられるなんて前代未聞よ! あんた、ここに来る前も魔法使ったわね!?」

「う、うん、使った……けど」

「あの魔法は、目に負担が掛かるから一回使ったら回復しなさいって言ったでしょ!? 多分、それをしないままあんな馬鹿みたいなことしたから何か悪い影響がでたのよ!」

 そうなのか、とジェイはどこか呑気な返事を返した。

「あんたは、もう……!」

 シャルは思わず途方に暮れた。

 あれだけ気をつけて使え、と言ったのにと苦く思う。

 だが今ここでそんな事を言っていても仕方ない。


「もう! 仕方ないわ、行くわよジェイ!」

「えっ、で、でもよ」

 残る、と言おうとしたジェイを制してシャルはその手を取って立ち上がらせた。

「こうして行けば歩けるでしょ! ほら、行くわよ!」

 渋るジェイと手を繋ぎ、問答無用で引きずってシャルは歩き始めた。

 手を繋いで歩きながらも木の根や枝が下がっている所を避けたり、ジェイに注意したりしながら気をつけて先に進む。

 ジェイはシャルに引っ張られ、先導されながらよろよろと後を追った。

「……昔を思い出すな」

「何よ?」

「昔もさ、よくこうしてお前に引きずられてあちこち連れまわされたよな。悪戯とかに散々付き合わされてさぁ、俺だけ捕まって割食ったりして」

 フン、とシャルは鼻で笑う。

「あんたってばあの頃からちっとも成長してないってことよね」

 ひでぇ、と嘆くジェイの声を聞きながら、シャルの顔は笑っていた。

 口には決して出さないが、いつまでもこうして昔の事を忘れないでいてくれる幼馴染の存在が、シャルには本当は嬉しかった。

 泣き虫で頼りなかった少年がいつも後ろに居たからシャルは振り向かないで歩いてこれた。

 祖母を失った時もただ黙ってずっと傍に居てくれた。

 頭痛はまだひどいし体もだるい。ジェイはこんなだし、ディーンもどうしているやら。

 なのに、諦める気にならないのは何故だろう。

 卒業したらもっと旅をしよう、とシャルは胸の内で呟いた。

 その時には例え嫌がってもジェイを付き合わせよう。

 この手を掴んで、無理矢理でも彼を引きずって一緒に世界を回るのだ。

 きっと面白いに違いないわ、とシャルはまだ見えない先を見て微笑みを浮かべた。


 不意にガサガサと近くから音がした。

 思わず二人は身を固くして音のした方を伺う。

 だが身構える二人の前に現れたのは、繁を掻き分けて歩いてくるディーンの姿だった。

「ディーン!」

「え、ディーン!?」

「無事だったか、二人とも」

 ディーンはほっとした様子を見せると二人に歩み寄った。

 だが、シャルに手を引かれるジェイの様子がおかしい事にすぐ気が付き眉を寄せた。

「ジェイ、どうかしたのか」

「どうもこうもないわよ、こいつ自分の放った精霊魔法に目をやられて……って、あんたも怪我してるじゃない!」

 シャルは思わず目を見開いて声を荒げた。

 ディーンの服も肩に巻かれた布切れも黒い色なのでわかりにくかったが、その下のシャツや左手にはべったりと付いた赤黒い色が見える。

「え、ディーン怪我したのか!? 珍しい……大丈夫か?」

「さっきのアレはジェイの仕業か。ならこの怪我は半分はお前のせいだぞ、まったく」

 ディーンはハァ、と深いため息を吐いた。

「さっきの光、あんたのとこまで届いたの?」

「届いたどころじゃない。戦闘の真っ最中に、防御に使っていた闇の精霊を吹き飛ばされた。おかげでこの有様だ」

「わ、わりぃ」

 もはやジェイには謝ることしかできない。


「まぁいい。それよりも問題は、アーシャが張っていった結界も吹き飛ばされたかもしれない事だ」

「ああ、そっか! あーもう、あそこに隠れようと思って来たのに!」

 アーシャが張っていった結界は森の精霊の力を借りたものだと言っていたはずだ。

 その力がどの程度かはわからないがジェイの魔法の暴走加減から考えると、一緒に吹き飛ばされている事は十分考えられた。

「闘っていた連中は気絶していたが、無理矢理リタイアさせる余裕があったのは一人だけだ。もしまた彼らが来るようなら、いっそ食料を渡してやった方がいいかもしれない」

「……腹立たしいけど、それが一番かしら」

 こちらの負傷の具合を考えたらそれが一番の選択肢に思える。

 けれど荷物の全てを渡す訳にはいかないし、特に二人の傷を治す薬は取ってこなければいけない。

「でも、薬がいるわ。あんた達の怪我を何とかしないと。私が治癒魔法が使えればいいんだけど」


 シャルは悔しそうに口ごもった。治癒魔法は彼女にとって大の苦手の部類に入るのだ。

 治癒を得意とする属性は水や光だが、水はそもそもシャルの苦手だし、光の属性の治癒魔法もシャルは上手くない。

 治癒は慈愛のイメージだといわれている。

 他者の傷や痛みを和らげたいという意思が魔法を起こす。

 だがシャルは、慈愛とは程遠い自分を良く知っている。

 シャルは隣人とトラブルがあっても愛するよりも戦う主義だ。

 その自分が治癒魔法なんて上手くなりっこない事も良くわかっていた。


 そんなシャルとは対照的に祖母は治癒魔法に長けた人だった。

 隠居してからも良く頼まれて近所の人の急な怪我を治したりしていたものだ。

 学園の医学部の魔法医学科などからもよく講義に招かれていた。

 優しい祖母に育てられたのにシャルの気性は彼女と正反対だった。それを治そうと思った事はないが、こういう時は少しだけ反省してしまう。

「大丈夫だろう。連中もまさかこちらの薬を奪うまでの事はしないだろうし。とりあえずテントに戻るのが先決だな」

「……そうね、行きましょ」


 三人はテントのある方角に向かって歩き出した。シャルは相変わらずジェイの手を引いたままだ。

 ここからならテントはさほど遠くない。

 そのまま少し歩くと前方の大木の影に自分たちが作った野営地が見えた。やっと戻ってこれた事に、三人の口から思わず安堵の息が漏れる。

 しかし、三人がテントに向かって歩みを速めたその時だった。

「そこまでよ」

 カッ、と脇の木にナイフが突き立った。三人は足を止め辺りを見回す。

 斜め前の木の陰からゆっくりと現れたのはアロナだった。ついでコードとライの二人も同じように姿を現す。

「……チッ、無事だったのかよ」

 相手の声に聞き覚えのあったジェイが思わず舌打ちをする。

「そうよ、おかげさまでね。でも体中やけどで痛いし、ずぶぬれだし散々よ?」

 アロナはそう言ってにっこりと笑ったが目が笑っていないのが恐ろしい。

「そういえば、ライとコードは見つけて叩き起こしたけど、モースはどこ行ったの? 見当たらなかったけど」

「……あの男なら私が強制送還した。森に転がしておいて獣に襲われても寝覚めが悪い」

「あら、そうなの。それだと困ったわね。荷物持ちがいなくなっちゃったわ。どうする、コーネリア?」

 アロナの声に三人はハッと後ろを見る。

 後ろにはどこかまだふらついているが、コーネリアとエナが追いついてきていた。

 考えうる最悪の事態だ、と誰もが思う。

 なんてしぶとい連中なの、とシャルが小さく呟いた。

 きちんと止めを刺して強制送還しておくんだった、とジェイとディーンは後悔に眉を顰めた。実戦の厳しさと連中のしぶとさを誰もが軽く見ていた、その結果が出たのだ。


「そうね、とりあえず、この状況ならもう降参していただけますわよね?」

 コーネリアはにこやかに三人に問いかけた。

 ディーンは眉を顰めたまま不快そうな声でそれに応じた。

「仕方ない。食料は持っていくといい。だが、薬は置いていってもらう。こちらもこの有様だからな」

「そうですわね、まぁそれはよろしいですわ。ところで……ずっと気になっていたんですけど、貴方達、もう一人のメンバーはどうしましたの? あの小さい、失礼な子の姿が見えませんけど」

「……」

 三人はそれには沈黙を守ったが、その答えは意外な所からもたらされた。

「俺知ってるぜ。お前らの行動は風の魔法で朝のうちから監視してたからな。一人だけ、今朝から森の奥に行ってるはずだ。かなりの速度で進んでたからひょっとしたら夕方くらいには帰ってくるんじゃねぇの?」

 答えたのはコードだった。どうやらどちらもお互いの行動を密かに監視していたらしい。

 ディーンは内心で舌打ちをした。アーシャが奥まで行った事がばれているならその目的も明白だ。言い逃れのしようがない。

「まさか、一人で課題をこなしに行きましたの? 無事に戻ってこれるのかしら」

「へぇ、じゃあ丁度いいじゃない。あんた達を人質にして、その子が戻ってきたらその写しだけ貰おうよ。戻ってこなかったら予定通り食料だけ貰って明日の朝出発すればいいしさ」

 当然そうくるだろうと思っていた提案をアロナが持ち出した。

「それが良さそうですわね。写しを頂ければ皆様は解放して差し上げますわ。その後はお好きになさってどうぞ?」

 コーネリアは舞い込んだ幸運に嬉しそうにくすくすと笑う。


 どこかからプチ、という音が聞こえたような気がした。

 昔から何度も経験している不穏な気配を感じてジェイの腕に鳥肌が立つ。

 本能が逃げろ、と警戒を発する。

 マズイ、とジェイは未だ繋いだままの手に力を込めたがそれはバッと振り払われた。

「……冗談じゃないわよ」

「あら、何か言いまして?」

「冗談じゃないわよ! ふざけるのも大概にしなさいよ! 突然襲い掛かってきて、挙句になんだっての!?」

 ひっ、と小さな悲鳴をあげてエナがコーネリアの後ろに隠れた。

 そのコーネリアもシャルの剣幕に思わずたじろいで一歩後ろに下がる。

「な、何ですのいきなり! 貴女こそこの状況がわかっていますの!?」

「わかってるから何だってのよ! あたしはね! あんた達にあの子のした事を横取りされて無駄にされるくらいなら、この森全てを焼き払った方がまだましだってのよ!」

 ジェイは思わず息を呑んだ。ちかちかする視界に薄っすらと映るシャルの姿がおかしい。その髪の赤みが明らかに増している。

 口調もいつもと違ってきている。

 はっきり言ってものすごくヤバイ状況だ。

 シャルはやると言ったら必ずやる女だ。長年一緒にいたジェイはそれを嫌と言うほど知っている。

 シャルはいつも乱暴で怒っているように見えるためそうと知らない人が多いが、実は本当に本気で怒ることは稀なのだ。

 その代わり、彼女を本気で怒らせたらその怒りは留まる所を知らない。

 本当にこの森を焼き払うくらいの事はしてのけるかもしれない。


「シャル、落ち着け、な!」

「落ち着けですって!? これで落ち着いたらあたしじゃないわ! ふざけた事抜かしてるとあんたからぶっ飛ばすわよ!?」

 逃げ出したい。

 ジェイは本気でそう思うが、ここでシャルを置いて逃げたら本気で森は火の海だ。

 ジェイはシャルの形相が良く見えなくて良かった、と思いながら必死で説得した。きっと顔が良く見えていたら恐ろしくて止める気が萎えていただろう。

「さ、さすがに森を燃やすのはまずいって! ディーンからも何とか言ってくれよ!」

 ジェイは傍らのディーンに助けを求める。しかし無常にも助けの手は差し伸べられなかった。

「……止めないから好きにしたらいい。手伝おう」

 ジェイはさっと青ざめた。ディーンも切れている。

 普段物静かなディーンは実は見かけに寄らず物騒な性格だ。

 ディーンはスラリと剣を抜き放つと片手で構えた。

 二人の本気を感じ取ってジェイはますます青くなる。

 するとシャルがごく小さく囁いた。

「ディーン、コーネリアの一発目は何とか反らすから、誰か一人、人質にとって」

 こく、とディーンは不自然に見えないよう小さく頷いた。

 そして自然な動きでジェイを押しやり、シャルと背中合わせに立つ。

「ジェイは私が魔法を展開したら適当に左に飛んで木の陰に隠れて」

 どうやら二人は切れる寸前ではあったが、完全に切れたわけでは無かったらしい。

 ジェイはほっと胸を撫で下ろすと、わかった、と小さく返事をした。

 それを横目にシャルは杖を真っ直ぐに構え、コーネリアと対峙する。

 シャルは、本当は言った通りに辺り一面燃やしてやりたい気分だった。だが、そんな事をすればこの森にいる全てが無事ではすまない。

 勿論、森の奥に居るアーシャもだ。

 シャルは、いつもならたやすく身を委ねているはずの眩暈がしそうなほどの怒りを必死で押しやり、今できる事に強く集中した。


(お願い、力を貸して……おばあちゃん)

 祈りに答えるかのように、杖の石がきらめく。

「強情ですわね! それならしばらく嫌でも大人しくしていただきますわ! 『聖なる光の精霊よ! 我が呼び声に答えよ!』」

 コーネリアの声に応えて一瞬の光が彼女の周りに集う。

 さっきジェイが放った光の影響の残る森で、精霊はすぐに彼女に応じた。

 捕縛の魔法が来る、とシャルは踏んでいた。

 光を止めるなら地の魔法でもいいが、できれば――

「光の精霊よ! それを網となし彼の者らを捉えよ!」


 ヒュゥ、と光が収束する。と同時にシャルは高らかな詠唱でそれを迎え撃った。

「水よ! 我が前に集いて壁を成せ!」

「なっ、水!?」

 驚くコーネリアの予想を裏切り、水は、シャルに応えた。

 空気中から一瞬にして水が集まり、シャルの前に厚い水の壁が現れた。シャルは更にその壁に命じる。

「波打ち弾け!」

 コーネリアの手元からシャルに向かって真っ直ぐに放たれた光が水の壁に激突し、一斉に周囲に弾けた。

 シャルの作り出した波打つ水の壁に当たった光の帯は、あるものは弾かれ、あるものは曲がり、辺り一面に乱反射する。

 ジェイは言われた通りに左の木の陰へ飛び込み身を低くした。

 その頭の上を光が通り過ぎる気配がしてさらに低く伏せる。

 飛び散った光はぶつかった物全てに次々絡みついていく。

 その光の合間を縫ってディーンはアロナへと走った。

 屈折して己の方へ向ってきた光をかろうじて避けたばかりのアロナは反応が一瞬遅れた。

 ディーンの剣が彼女の棍をスパン、と二つに断ち割りその喉元にピタリと突きつけられる。その冷たい感触にアロナは息を呑んで動きを止めた。


 これで形勢はわからなくなった、と思われた刹那、

「待った」

 ギリ、とディーンの脇から音がした。

 ライが間近から弓を構えてディーンに狙いをつけている。

「あんた達もいい加減諦めが悪いな。なんかするとは思ったけどさ。大人しく降参しなよ、怪我が悪化するぜ。大分悪いんだろ? スピードがさっきと全然違ってたし」

 ディーンは思わず舌打ちをした。

 ライの言う通り、思ったよりもすばやく動けなかったのがディーンの敗因だった。

 彼の予定では、一番近くにいたアロナの後ろに瞬時に回りこみ彼女を盾にするつもりでいたのだ。

 しかし傷の痛みと少なくなかった出血のせいで自分が思っていたよりも素早く動けなかった為、彼女に剣を突きつけるのが精一杯だった。

 結局これでは振り出しに戻ったに過ぎない。

 シャルの努力を無駄にさせてしまった事をディーンは苦く思う。

「ふ、ふん、もう終わりかしら? 今度は大人しく魔法を受けていただけますわね?」


 シャルは矢を突きつけられているディーンを振り返ると、一瞬迷ったが結局杖を持っていた腕を下ろした。

 木の陰のジェイにもコードが近寄っている。これ以上の抵抗は二人を危険に晒してしまう。

 ディーンの怪我が本人の様子よりもずっと悪いらしい事も気になった。

 このまま大人しくしていれば流石に手当てはしてもらえるだろう。

 諦めたくはない。けれど、今は諦めたふりをするのだ、とシャルは自分に言い聞かせる。

 コーネリアの杖が上がった。

 しばらくの辛抱だ、とシャルは唇を噛んだ。

 たまらなく、悔しかった。

「光の精霊よ! それを網となし彼の者らを捉えよ!」

 三度目の光がシャルへと向う。眩しさに、シャルは目を瞑った。

 その刹那――


『森よ!』


 ――高い声が森に響き渡った。



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