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2:ささやかなる希望

 ここはアウレスーラ総合学園と呼ばれている。

 様々な分野の初等から高等の教育を施す機関として、その歴史、実力、そして門戸の広さでもレアラード大陸随一、といわれる有名な学園だ。

 レアラードという名のこの中央大陸で戦乱の時代の終結が宣言されてから百余年、国々の間では学問や文化の振興が盛んに唱えられた。

 アウレスーラ学園は、そんな時代に各国、各大陸が競って作った学校の中でも一際歴史が古く有名だった。


 中でも特に、いち早く奨学金制度や夜間部門など様々な制度を設け、王侯貴族や一般庶民、貧しい階級の人々まで分け隔てなく意志と実力さえあれば誰もが学べることで名が知れている。

 この学園に入り卒業していった生徒の中から高名な剣士や魔導師、冒険者や発明家が多くでている事も有名で、その知名度と生徒の受け入れ数の多さ、様々な分野を教える人材の充実ぶりからこの大陸のみならず他の大陸や島々から遠路遥々入学してくる者も多かった。


 レアラード大陸のほぼ中央を北東から南西に向かって斜めに横たわるセドラ山脈の、その東側のふもとに立つ学園の内部はもはや一つの都市と言うほかないような広さだ。

 多くの学生と、その学生の住む寮や下宿、幼い内から子供を通わせる為に遠方からくる家族向けの借家、学園に関わる者達の住まいや彼らの生活を支える商店の数々がいつの間にか寄り集まり、いまや巨大な学園都市を形成している。

 そしてそれは学ぶ事が奨励されるこの時代には広がりを見せる一方だ。

 設立当初はこの土地を有するハルバラード王国の国立であったが、現在はほぼ独立し独自の体制で運営されている。

 国に依存しないが故の自由な校風は多くの生徒に愛されていた。


 学園都市の内部は基礎学部、上級学部の大きく二つに建物を始めとして全てが分けられている。

 子供達は個人の事情で差はあるが六、七歳くらいで基礎学部に入学し、六年の課程を経て十二、三歳くらいで卒業する。

 そこでは読み書きや計算などの基礎的な勉強と、剣などを始めとした体術や、魔法や薬学などの様々な分野のほんの初級の部分を遍りなく学ぶ。

 基礎を終えた子供達の多くは上級学部に進み、自分が基礎学部で学んだ多くの科目の中から自分に合うもの、職業にしたいものを選んで武術学部、魔法学部、医学部、技巧学部の四つの中から学部を選び、更に専門の科に進むのが普通のコースだった。

 ただ、基礎学部から入学する子供はほとんどがこの近隣の子供たちなので、基礎学部は上級学部に比べると三分の一ほどの規模だ。

 多くの子供たちは親元で基礎過程の学校に通い、外部から上級学部を受験する。


 基礎学部だけを卒業しその後親の勧めで徒弟として様々な職につく子供や、直接剣士や魔術師の弟子になるものなどもいるが、その数はあまり多くない。

 学問奨励が浸透してきてから、人々は確実に少しずつ豊かになっているから子供を長く学ばせてやる事が出来るようになっているからだ。

 上級学部に進んだ子供は、これも個人差はあるが、十八歳前後で六年の専門課程を修了する。

 その後は卒業して就職、冒険者として出発、さらに上の学問を修める為に研究科へ進学、などその道は様々だった。


 さて、その学園都市の北西部、上級学部寮の食堂に三人の男女が集まっていた。

 学園寮は当然男子寮と女子寮に分かれ、双方の寮に食堂やカフェテリアなどがいくつも入っている。何しろ巨大な学園なので入寮者数も半端ではない。

 それ以外にも向かい合って立つ二つの寮の真ん中に、共同食堂が作られている。

 様々な授業や課題で協力することがある生徒同士、交流や打ち合わせに使用できるよう設置された大きな食堂だった。

 特に新学年が始まって二月ほどたったこの時期は、野外実習やグループ課題の打ち合わせをしている生徒達があちこちに見られた。


 にこりともしない顔を付き合わせた三人も今まさにその野外実習について話し合いをしているところなのだ。

 だがその話し合いは早くも暗礁に乗り上げようとしていた。

「だから、見つからないって言ったのよ」

「……やっぱりか」

「……」

 重い沈黙が場を支配する。

「やっぱりって何よ! 私だって必死で当たったんだからね!? でも森は無理だ嫌だって言われちゃって、もうどうしたらいいのよ!」

「そうは言ってもさぁ、俺はほら、ちゃんと見つけてきたんだぜ? 予想はしてたけどどうすんだよ? もう一人はお前の担当だろ」

 ディーンは一人静かに食後のコーヒーを飲みながら、沈黙に耐えかねて癇癪を起こしかける少女と、それを宥めつつ煽る友人と言う構図を懐かしい思いで眺めていた。

 このやりとりは基礎学部に居た頃に良く見ていたが、それぞれ上級に進み学部が別れてからは久しぶりだ。

 ディーンとシャルは個人的な繋がりが薄いためほとんど顔を合わせていない。

 今年三年に進級したからもう丸二年はまともにしゃべっていないのだ。

 もっとも、物静かなディーンと気が強く口が立つシャルは端から性格が合わず、もともと会話自体が少なかったのだが。

 基礎学部で同じクラスだった事と、友人であるジェイがシャルと幼馴染であることがなければ一切付き合いのないタイプに間違いない。


 一方でジェイは幼馴染の気安さでよくシャルにこの食堂に呼び出されては様々な愚痴を聞かされていたらしい。

 その経緯を語るジェイの愚痴を聞いていた(ほとんど聞き流していたが)ディーンはその事も良く知っていた。

 知っているからこそ、この二人の間に口を挟むのは愚かな行為だと言う事も良くわかっている。


(ここのコーヒーはやはり今ひとつだな)

 ディーンのお気に入りは技巧学部の一階の喫茶店の日替わりブレンドとハーブティーだ。

 技巧学部には様々な学科があり、学年が上がると授業はかなり実践的なものになってくる。

 例えば、その建物の入り口脇に設置された小さな喫茶店で技巧学部の飲食に関わる学科の実習生が働いていることは有名だ。

 彼らはさすがに専門的に学んでいるだけあって、お茶やコーヒーなどの飲料から様々なパンや焼き菓子のような軽食まで教師達の監督の下で全て手作りしており、その技術の高さには定評がある。

 武術学部と技巧学部は校舎が隣り合わせている事もあり、授業の合間に時々そこで休憩するのがディーンのささやかな楽しみだった。


(まぁ、飲めないほどではないが)

 そう、飲めないほどではない。食後の口直しという役目は十分に果たしている。

「だから、お前友達少ないくせに見栄はりすぎなんだよ!」

「なんですって!? あんたこそディーンが居なかったら誰も付き合ってくれないじゃないの!」

 この見苦しい言い争いがすぐ隣で繰り広げられていなければ、さぞ安らいだ気持ちになったに違いない。

 ディーンの口からはくつろいだ時間への満足に対するものととは違う、深いため息がこぼれた。

「いい加減にしろ」

 静かだが、威圧感のある一言で言い争っていた二人が一瞬止まる。

「どちらにしても明日には時間切れだ。もうほとんどの学生が今回の野外実習の班分けも課題も決定しているはずだ」

 どうするんだ、という冷静な問いに固まった二人は答えられなかった。


 上級学部の三年になると野外実習という課題が全ての生徒達に与えられる。

 それぞれ学部によって異なる課題が数多く用意され、生徒達は単独で、あるいは共に行動する班を作って、年に数回それらに挑戦する。

 課題は学部によって様々で、例えば技巧学部や医学部の生徒なら実際に学校外の現場に技術研修に行くのがメインとなる。

 対して、武術学部や魔法学部の生徒は合同で班を作り、学校指定の迷宮や山や森などに探索や薬草などの収集、害獣の駆除などの実戦に赴く事が多い。

 無論研修と違って危険を伴うこともあるため、班の編成や課題の選び方には慎重さが必要とされ、それも得点として審査される項目の一つとなっていた。

 難しい課題に挑戦する事は称賛されるがそれが難しいを通り越して無謀となれば話は別だ。

 緊急時には専用の避難用魔具によって学校側が生徒を回収してくれるが、それは同時に課題の失敗を意味している。

 ハイリスクハイリターンを狙って出かけ、大怪我をした挙句にペナルティを食らって留年、という生徒が出ることも珍しくはない。


 そして、ここに集まった三人はそのハイリスクハイリターンに挑もうという毎年一学年に一組は現れるチーム・無謀の面々なのだった。

 しかも三年に進級して初めての野外実習で、この学年で挑める最高ランクの課題にいきなり挑もうという相当の無謀ぶりだ。

 だが今その無謀は出発前に失敗に終わろうとしている。

 課題に付き合ってくれるメンバーが揃わないと言う不測の事態によってだ。

「まだ班を組んでいない生徒は個人課題に当たる生徒ばかりだろう。そういった生徒が協力してくれる率はかなり低いと思うが」

 ディーンの言うとおりだ。

 野外実習の準備と出発のために規定された期間はもう間近に迫り、ほとんどの生徒が既に班を組んでしまっている。

 個人課題を行う生徒は魔法学部では魔法薬学科や魔法技巧科といった実戦にはあまり向かない科を専攻している事が多い。

「森は諦めるしかないのかな……」

 《森》の課題でなければ、この三人で挑める課題は他にも幾つかある。難易度も評価も森よりは低くはなるが成功率はかなり高い。

 ハイリスクハイリターンを望まなければ、三人は十分優秀なのだ。


「絶対嫌よ! この学年でS評価を狙えるのなんてあそこしかないのよ!? ぜっったい森じゃなきゃ!」

「……俺だってS評価はどうしても欲しいぜ? けどそうは言っても三人じゃ端から選択すら許してもらえないだろ。今からもう一人見つけるってもなぁ……そもそも、まだ班とか課題を登録してない生徒ってお前のとこにいんの?」

「確かに、班を作らない人間は早々に課題を選んでいることが多いようだからな」

 実際武術学部でも単独の生徒のほとんどは学校外の道場での短期修業などを選び、もう出かけている生徒もいるくらいだ。

 この学校はそれが生徒の為になることならばかなり鷹揚なのだ。


「それなんだけどね……学生課に行って頼み込んで登録に来ていない生徒の名前を調べて、それぞれ訪ねてみたんだけど」

 そう言ってシャルは学生の名前がずらりと並んだ紙を取り出して見せた。名前の上には所々に線が引かれている。

「これがまだ登録に来ていない同学年魔法学部の生徒。で、線が引いてあるのは登録はまだだけどもう班を作ってたり、話してみたけど断られた人よ」

「残るは数人か。この中で戦力として当てになりそうなのに心当たりは?」

「ほとんどが薬学や魔技科で当てにはできなさそうだったわ。けど、一人だけ……」

 シャルは紙の上のほうに書かれた一つの名前を指差した。

「この子だけ、在籍は魔技科だけど精霊魔法が得意らしいっていう話を聞いたわ」

「魔技科で精霊魔法? ほんとかよ?」

「本当かどうかは知らないけど噂ではね。何でも彼女は入学した時期とか色々変わってるらしいっていう話なのよ」

「ふぅん、なんて読むんだ? ア……ルシリア? 変なスペルだし、聞かない名だなぁ」

「魔技科の子はアーシリア・グラウルだって言ってたわ。魔技科自体、あんまり噂にはならないしね」


 魔技科というのは略称で、正式名称を魔法技巧科という魔法学部の一学科だ。

 魔術を込めた様々な道具の研究、開発を主に学び、ここを卒業したものは大体が魔技師と呼ばれる職業に就く。

 魔力はある程度あるが、魔道士として立つには足りない者などが進む事の多い道だ。


 魔道士はそれだけで食べていこうと思えばかなりの適正のいる職業だ。

 魔力自体は多かれ少なかれ大抵の人間が持っているが、それで身を立てられる人間はさほど多くない。

 生来持って生まれた潜在魔力の量やそれをさらに高める努力、繊細に扱う為のセンス、感情のコントロールなど、必要とされる資質が沢山ある。


 それに対して魔技師は、簡単に言えば魔法と様々な物質や道具を組み合わせて、簡単に魔法や色々な技術を使える《魔具》を作り出すのを仕事としている。

 作る物にもよるが、道具を作る際に必要とされる魔力は多くないのでせいぜい人並み程度の魔力があれば十分仕事が出来る。

 仕事としては地味だし、純粋な魔道士辺りからは見下される事も多いが、一般にも広く使え作りやすい魔具を発明すれば富を築いたり名を上げたりすることも可能な職業だ。

 ただ、手先の器用さや材料となる物の特性などの知識、たとえ弱くても魔力を正確に操る技術などが必要となる。

 だがそれは訓練である程度補えるものでもあるので、魔道士になることを挫折した者には比較的人気の職業だった。


 しかしそれもあくまで、魔法科を卒業できるほど魔法の適正がない場合の人気の職業であって、精霊魔法が得意だと言うのにわざわざ魔技科に入るなど普通はあまり考えられない。

 実際、魔法学部を選ぶ生徒のほとんどは、自分の才能が開花するのを信じて魔道士を目指す為の魔法科やそれに準じた科目を選択するのだ。

だから魔技科は最初から居る者よりも、途中で転科する者の方が多いくらいだ。


「どんな生徒なのか確かめたのか?」

「まだよ。けど、聞いた話では、それが……」

 いつもはっきりと物を言うシャルにしては歯切れの悪い口調だった。

 口ごもられると不安が増してしまう気がして、ジェイは軽く眉をひそめた。

「なんだよ、はっきり言えよ」

「ええ、その……眠り姫、って呼ばれてるって」

「……」

沈黙が痛い。

「……それって、授業中とか寝てばっかいるとか、そういうの?」

 しばらく黙った後、ジェイは恐る恐る確認を取った。

 シャルは苦い面持ちでコクリと頷いた。

 ディーンはその名称を頭の中で反芻し、一つの記憶に辿りついた。

「……聞いた事がある気がする。確か、外部からの派手な飛び級で編入してきてすわ天才かと騒がれたのに、授業のほとんどを眠って過ごしている人間がどこかの学部に居ると昨年くらいに教授達の話題にのぼっていたはずだ」

 物静かなディーンは同年代の友人は多くないが、その礼儀正しい態度から年上に受けが良く意外に情報通だった。


「それで眠り姫? それほんとに大丈夫なのかよ」

 ジェイは眉をひそめたまま、心配そうに呟いた。

 確かにその噂だけ聞けば到底難易度の高い課題に誘えそうな人物とは思えない。

「けど同じクラスをとってるって言う魔技科の子の話では、定期試験とか進級試験ではちゃんと合格点をとってるし、課題なんかもきちんと提出してるし、編入試験の実技で見事な精霊魔法を使ったってのもホントらしいって。だからその子が魔技科を選んだときは上の方で揉めたみたいだって言ってたわ」

「魔法科に断られたとかじゃなくてか? それで自分から魔技科だなんて、相当の変わり者なんじゃねーの?」

「かもしれんな。だが噂だけでも、役に立ちそうなのが彼女一人ならば仕方ない。変わり者だとしても、他に候補がいるのか?」

 ジェイは額に手を当てて考え込んだ。

 しかしいくら考えても他のあては出てこない。そもそも当たれそうな所はシャルが当たりつくした後なのだ。

「いねぇよな。期限ぎりぎりまで探してこれだもんな……」

「そうよ、もうこの際相手の実力はどうでもいいの! 最悪、私達に着いて来てくれるってだけでいいわ!」

「だな。じゃあ、明日早速会いに行ってみるか。その魔技科の変わり者が、真の変わり者である事を祈ってよ」

  むしろ少しくらい変わっていた方が協力が期待できるかもしれない。

  そんな三人の不安と期待を抱きながら夜は静かに更けていった。


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