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18/88

18:招かれざる客再び

 川の水は澄んでいて冷たい。

 シャルは川に足を浸して、冷たい水が自分の熱を冷ましてくれるのを感じながら気持ちよく空を見上げていた。


 この森に来てからずっと足元ばかり見ていた。

 慣れない森の中、足元を見ないと木の根に躓いたりしてすぐ転びそうになるからだ。けれどこうして顔を上げて見る森はとても綺麗だった。道中勿体無い事をしてきたな、と少し思う。

 森の緑に額縁のように縁取られた空も綺麗だ。

 街の中で見る、建物に切り取られた空とは色まで違って見える。

 こんなに沢山の木々を見るのも、それに囲まれてのんびりと空を見上げる事も多分初めての経験だった。


 シャルは去年祖母を亡くすまで、学園都市にある祖母の住まいでずっと二人で暮らしていた。

 祖母は結婚して旅を辞めてからはアウレスーラで長く教鞭を取っていた為、上級学部の近くに家を持っていたのだ。

 シャルをその家に引き取った時に彼女は学園を辞め、非常勤や相談役のような事をずっとしていた。

 シャルは生まれこそ王都の実家だが、ほとんど全ての時間を学園都市の祖母の家で過ごした。


 シャルの母は祖母にとって遅くに生まれた一人娘で、母が死に、祖母がシャルを引き取った時、彼女は既に結構な高齢だった。

 それでも十五年近い年月を二人で過ごした。

 だが昨年の秋、季節の変わり目に体調を崩した祖母は病の床に付き、そしてそのまま最期まで笑みを絶やさず、冬が来る頃眠るように旅立っていった。

 魔法も医学も、年齢とそれが引き起こす病には未だ無力だ。


 シャルが寮に入ったのは祖母を亡くしてからだった。

 今も祖母と暮らした小さな家は売ったり貸したりせずにそのままにしてある。

 それも祖母が彼女に遺してくれたものの一つだ。

 いつか戻りたいと思っているけれど、それにはもう少し時間が必要だった。


(もっとあちこち行ってみれば良かったわ)

 祖母が元気だった頃、彼女は休みの度にどこかへ行こうとシャルを誘ってくれた。

 けれど魔法の勉強に打ち込んでいた彼女はいつもそれを断っていたのだ。

 祖母のように立派な魔道士になることが、自分の夢で、祖母への恩返しだと思い込んでいたから。

 何より、それが楽しかったから。


『シャルフィーナ、公園にピクニックに行かない?』


 もうちょっと、これが終わってから。

 いつもそう言って結局いつの間にか夕方になってしまっても、祖母は何も言わずににこやかに笑っているだけだった。

 シャルの成績をいつも優しく褒めてくれた。

 そこにほんの少し、寂しさを滲ませていた事にどうして気づかなかったのだろう。

 祖母が逝ってから、数え切れないほど後悔ばかりしてきた。

 だからこそシャルは、最期の約束だけは守って見せると思ったのだ。

 だが、それも今となってはどうなるのかわからない。

 空を見るのをやめて俯くと、昔より茶色くなった髪がばさりと視界に入った。

 この髪が、あの頃のように紅かったなら何か違っていただろうか?

 シャルは側においてある形見の杖にそっと手を伸ばした。

 杖はひんやりと優しい冷たさで、シャルの手の熱をそっと吸い取ってくれた。


「おーし、いくぞー」

「ああ」

 少年二人の掛け声と共に何かを叩くような大きな音が聞こえてシャルは顔を上げた。

 シャルの居る場所よりも少し上流でジェイとディーンが魚を獲っているのだ。

 ジェイは昨日アーシャがやって見せたのと同じ方法で魚を獲ろうと岩に登っている。教わったように岩に魔力を叩きつけたらしいが少し威力が弱かったようで、ぷかりと浮いて来た魚は昨日より大分数が少なかった。

 ディーンはその魚をさっと拾い集めて川原に投げた。

「うーん、やっぱまだ威力が弱いかなぁ」

「単純に強くするだけでは駄目なのか?」

「何か加減が上手く行かなくてさ、強くしすぎそうなんだよな。

アーシャが、あんまり強すぎても小さい虫とか他の生き物に良くないって言ってたし」

「なるほど。無駄に川の中を荒らすのは確かに良くないな」

 後でもっかいな、と言いながらジェイは岩から飛び降りると川原で跳ねている魚を集めた。

 旅の日程が予定より延びる可能性を考えて、二人は今朝からこうして食料を集めているのだ。

 昼食は先ほど取ったばかりだから、これは夕飯の分だろう。

 二人は川原を少し掘って岩で囲って作った生簀に魚を入れる。

 気絶していた魚はゆるゆると水底に逃げていった。

 アーシャがいつの間にか採って来ていたり、教えてくれたりした食べられる山菜や木の実もジェイとディーンが手分けして集めてきていた。

 それを見てシャルは少し申し訳なく思う。

 魔法も使えず、そんなことも手伝えない今の彼女は本当に役立たずのように思えた。

 この旅でシャルが思い知ったのは、学校で過ごした時間は現実では全く役に立っていない、という事だけだった。


「シャル、具合どうだ?」

 いつの間にかジェイが側に来てしゃがみこんでいた。

 シャルは彼らの作業を見ながらぼんやりしていたらしい。

「水に浸かってると悪くないわ」

「そっか、良かったな」

 ほっとした様子のジェイにシャルの胸が痛む。ジェイだって彼女と同じ立場なのだ。

 この課題を成功させる必要性に駆られているのはシャルと一緒だ。

 それを思うと自分を置いて行ってくれても良かったのに、とシャルは思ってしまう。

 彼らがここにいるのは他でもない自分の為だと言うのに。

「でもお前、気分は最悪って顔してんなぁ」

「良くわかってるじゃないの」

 げらげら笑いながら隣に座るジェイを、シャルは横目でじろりと睨む。

「良かったの? あんただって切羽詰ってるくせに、アーシャ一人を行かせて」

「んー、まぁ心配はしてるけどな。けど、ここまで歩いてきて、どう考えても足手まといだったのって俺達の方だろ。アーシャは大丈夫だと思うぜ」

 そういう心配よりさ、と呟いてジェイは足元の石を拾って川に向かって投げる。

 勢い良く投げられた石は一回、二回と跳ねた後、川の波にぶつかって水に沈んだ。

「悪いなぁって気持ちの方が強いな。俺達の問題に巻き込んどいて、挙句一人で行かせちまって、何にもできない自分が情けないっつーかさ。それとも俺達が足手まといだから、アーシャに見限られたのかなぁとかも考えちまうし」

 それはシャルも全く同じ気持ちだ。

「なんかそのうち埋め合わせとかしないとなぁ」

 そう言ってジェイはさっきまでシャルがそうしていたように空を仰いだ。

「いい天気だな」

「……」

 いつの間にかディーンの姿が見えない。恐らく近くの森を散策しているのだろう。

「なぁ、シャル。お前さ……学校入る前、少しの間病気だとかで寝込んでたことあったろ。六歳くらいの頃。」

「……どうだったかしら」

 口ではそう答えたが勿論その頃の事は覚えている。

「俺、お前のお見舞いに行くってばーちゃんに頼んだのに駄目だって言われて、会いにいけなかったんだぜ」

 会いにこられてもきっと会わなかったろう、とシャルは思った。

「あの後しばらくして、学校の入学式で会ったお前は、もう今みたいだった」

 そうだ、確かに入学式で久しぶりに会ったジェイはシャルを見て不思議そうな顔をしていた。

「あの頃からだろ、お前が今みたいな髪になったの。なぁ、あの頃、何かあったのか?」

「……それは」

 シャルはその問いに答えられなかった。



『キャアァァ!!』


「!?」

「何!?」

 シャルが口を開きかけたその時、森に悲鳴が響き渡った。

「コーネリア?」

「違うわ、あの女の声じゃない。でもあいつらのチームのメンバーなのは確かよ」

 ザッと近くの繁みが揺れ、ディーンが森の中から走り出てきた。

「何だ?」

「わかんねぇ、でも多分コーネリアのチームになんかあったんだろ」

「そうか……どうする? 様子だけでも見に行くか?」

「ああ、そうだな」

 ジェイはちらりとシャルの方を見た。

「いいわよ、二人とも行ってきて。私はテントの結界の中に入って待ってるわ」

「……ジェイはここに残れ」

「大丈夫よ。全く魔法が使えないわけじゃないんだから。水辺にいて調子もよくなったしね!」

 二人はしばらく迷ったようだが、その言葉に従うことにしたようだった。

「すぐ戻ってくるからな!」

「いいからさっさと行きなさい! 女の子のピンチかもしれないんだからね!」

 シャルの怒声に追い立てられ二人は走り出した。

 その背中を見送ってからシャルは立ち上がり、足を拭いてブーツを履いた。

 結界の中へ戻ろう、と歩き始めた途端、キン、と頭の中を走った頭痛に思わず身を屈める。

次の瞬間、ゴゥッと音を立てて、屈めた体の上を何かが通り過ぎた。


「えっ!?」

 バシャン、と大きな水音を立て、目標を失った水の塊がその向こうにあった木にぶつかって弾ける。

 頭の上を横切ったその水の帯を避けれたのは、全くの奇跡だった。

「ちっ、外しましたわ! 運がいいですわね!」

 声と共に繁みから姿を現したのは、言わずと知れたおかしな金髪の少女だった。





 ジェイとディーンは走りにくい川原を懸命に走っていた。

 前方に川の分岐点が見える。

 連中はこの辺で野営していたはず、と辺りを見回したが川原には姿は見えなかった。

 自分達のように川原から少し入った所で野営をしている可能性もある、と二人は進路を森の方へと変える。

 森の中に踏み込むと少し進んだ所に開けた場所とテントがいくつか見えた。

「あれか」

「何か見えるか?」

「いや……」

 危険な獣に襲われているなら助けなければいけないが共倒れしては元も子もない、と二人は走りつつも慎重に近づく。

 間近に見えてきたテントはぐしゃりと傾き、その前には誰かが倒れていた。

 茶色い髪をポニーテールにした少女が一人うつ伏せで横たわっているようだが、辺りには他に人影も生き物の姿も見えなかった。

 ディーンはその状況をすばやく観察すると、他のメンバーは強制送還されたのかと考えた。

 しかしそれにしては少女一人取り残されているのはおかしい。


 野外実習では生徒は皆、胸に小さなバッジをつけることを求められる。これには複雑な魔法がかけてあって、生徒が命に関わるような怪我をしたりそれに準じた状況になったりすると自動的に魔法が発動して、学園の医務室まで強制送還されるのだ。

 勿論自分でもうリタイアだ、と思えばそれを使って帰る事も出来る。

 もし一つの班のメンバーが次々強制送還されるような事態になればすぐに学園側からの操作で残ったメンバーも連れ戻されるはずなのだ。

 周囲を良く見ればテントが崩れている以外は木がなぎ倒されたりした様子も特に無い。何かに襲われてメンバーが全滅して強制送還された、と言うにしては辺りの様子は平和すぎる。

 その違和感が、ディーンの足を止めさせた。

「ジェイ、ちょっと待て」

「あ? なんだよディーン、早くしねぇと!」

「何かおかしい」

「え? おかしいってな」

 パキン、と枝が折れる音がした。

 ジェイの足元から妙に響いて聞こえたその音を訝しく思った次の瞬間。

「う、うっわあぁぁぁ!」

「ジェイ!?」


 バサバサと音を立てて木々が揺れ、悲鳴と共に不自然に跳ね上がったジェイの体は近くの大木に当たって止まった。

 木から逆さまに吊られたその足首にはロープが絡まっている。

 いってぇ! と叫びながらジェイは木に打ち付けた頭を抱え、身を縮めた。

 先ほどの音はジェイが繁みに仕掛けられていた罠を踏んだものだったらしい。

「チッ!」

 ディーンはすぐにロープを切ろうと木に駆け寄ろうとしたが、一歩足を踏み出した次の瞬間ザッとその場から飛び退いた。

 タン、と一瞬前まで足があった場所にナイフが刺さる。

「へぇ、やるね。今のを避けるなんて」

 彼の足を狙ってナイフを投げたのは、なんと二人が助けに来たはずの先ほどまで倒れていた少女だった。

 いつの間にか半身を起こしていた彼女はゆっくりとその場に立ち上がる。 立ってみると彼女はかなりの長身で少女というほど可愛らしくない。

「くっそ、このっ! なんだよこれ!」

 ジェイはその間にも体を持ち上げてロープを解こうと暴れているが素手では流石に分が悪いらしい。

 ディーンはそれをちらりと横目で見ながら立ち上がった女と向かい合った。


「女の子が倒れてるってのに、すぐに側まで駆けつけてこないのはひどいんじゃない?」

「……」

 女――アロナは余裕の表情で側に立てかけてあった棒を手に取った。

 背が高くしっかりした体格から見ても棒が杖ではないことからも、武術学部生か、とディーンは判断した。

 コーネリアはあの食堂でメンバーは六人だと言っていた。

 周囲の気配を探ると、もう一つの気配が今来た道を塞ぐように近くの繁みの中を移動しているのがわかる。

 ガサ、と音を立ててディーンの背後の繁みから姿を現したのは大剣を携えた大柄な男、モースだった。

「目的は何だ」

「ふふ、あんた達のリタイア。なーんてね」

 ブン、と背後から剣を振る音がする。

 ただの威嚇だが、その音から考えてもかなりの重量級だ。

「別に目的は一緒でも妨害しあう必要はないはずだ。競い合う必要の無い課題での妨害は禁止されている」

「妨害じゃないわよ。言うなればちょっとした協力のお願いね。あんた達の持ってる食料を分けて欲しいだけ」

 それが目的か、とディーンは納得する。

 班同士の無意味な妨害は禁止されているが、協力し合う事は許されている。

 恐らくはこのチームは自分達から食料を奪い、学校側にはあくまでリタイアする予定のチームから協力してもらった、とでも言い張るつもりなのだろう。

 それが通るかどうかは問題にしていない所を見るとかなり切羽詰っているらしい。


(わざわざ罠まで用意して、手を出してこないのは時間稼ぎか)


「随分と礼儀を知らないお願いもあったものだ」

「だって、食料全部ちょうだい、なんて言ったって断るでしょ? 仕方ないじゃない」

「当たり前だ! ざけんなこのやろう!」

 下ろせと叫び続けるジェイを放ってディーンは考えを巡らせた。

 恐らくはこの二人が自分達の足止めをしている間に、他の人間がシャルと野営地のところへ向っているのだろう。

 連中の人数とリーダーの性格から判断すると、恐らくコーネリアがシャルの足止めをし、その間に残ったメンバーが食料を奪うという計画の可能性が高い。

 そこまで考えて、しまった、とディーンは内心で舌打ちをした。

 連中の目的が食料だけなら黙って取らせてやればこちらの被害は小さい。足止めして作戦が成功した後は連中は引き上げるはずだからだ。

 食料を失う事はこちらも痛いが、この森は動物もいるし、魚も取れる。アーシャが帰ってくれば森から出るだけなら難しくは無いはずなのだ。

 けれど、テントとそこに置いた荷物の周りには昨日アーシャが厳重に結界を張って行ったばかりなのだ。

 体調の悪いシャルを守れるように、と丁寧に張られた結界は広く、彼女がくれた蔦の腕輪の持ち主だけをその奥に通す仕掛けになっていると言っていた。


 シャルがもうその中に避難していればいいが、もしそうでなかったとしたら。

 荷物を奪いに行った連中が結界を解けなければ、足止めされているシャルにそれを解かせるために脅しにかかるだろう。

 そうでなくてもシャルとコーネリアが出会って、ただの足止めで済むとは考えにくい。

 今のシャルの状態からの最悪の事態を想像してディーンは思わず軽い頭痛を覚える。

 一刻も早くシャルの元へ戻らなければならない。

「ジェイ、喧しいから黙れ。ところで平気か」

「うぅ、お前ひでぇ……まぁ、なんとか」

 シャッと剣を鞘から抜く。ディーンが得意とするのは長剣だ。

 体に合わせた長さの細身の剣が木漏れ日を弾く。

 重さでは負けるが、背後の男は自分が相手にするべきだろうと判断した。

 女の方は剣を抜いたディーンを面白そうに見つめ、少し距離を詰めてきた。

 だがすぐに踏み込んでこない。

 その姿に、恐らくこの周辺には他にも罠が仕掛けてあるのだとディーンは気づいた。

 一瞬考えた後、結局剣を鞘に戻す。

 女がその行動を見て不審そうに眉を上げたのを見ながら、ディーンは極めて何気ない仕草で一歩横に踏み出した。

 そのまま足元に突き立ったナイフを静かに拾って女に向き直る。

 目の前の女はすぐにディーンの動きに身構えた。そのナイフを投げ返されると思ったのだろう。

 ヒュッ、と風を切る音と共にディーンの手が大きく振られ、何かが空を切る。それに反応して女の持っていた棒が素早く跳ね上がった。

 カンッ、と固い音を立ててそれはあっさりと棒に弾かれた。

 何の芸も無い攻撃にニヤリ、と笑った女の顔は次の瞬間驚愕に変わった。

「よっと、サンキュー!」

 木に吊るされていた少年がくるりと一回転してトン、と地面に降り立ったのだ。

 ハッとして木を見ると幹にはナイフが突き立っていた。

 ディーンは女にナイフを投げると思わせて、それを本当はロープに向かって投げていたのだ。

 彼女が棒で弾いたのは同時に投げられていた石か何かだったらしい。

「……面白いじゃない」

 ここのところ、知恵の無い獣ばかり相手にしていてアロナは少し飽きてきていた。久しぶりのやりがいのある相手のようだ。


「ジェイ、シャルが危ない」

「おう。俺どっち?」

「棒の女を。だが罠が他にもあるはずだ。まだ動くな」

 誘うように笑う女を無視して二人はごく短い打ち合わせを終えた。

 了解、という返事を確認してディーンはすぅ、と息を吸って意識を澄ませる。


『優しき闇の精霊よ、我に応えよ』


 その聖句に反応して、サワ、と辺りを包む木の陰が濃くなった気がした。

 ディーンは自分の周りに漂う慣れ親しんだ気配に向けて願う。

「悪しき意思の排除を」

 途端、ざわりと繁みが揺れそこから何かが跳ね上がった。

「何っ!?」

 ブン、と跳ね上がって向かって来た何かをアロナはとっさに避けた。

 避けてから良く見るとそれは仲間がこの周辺に仕掛けていった罠の一つ、輪になったロープだった。

 慌てて周囲を見回せば、辺りに仕掛けられていたロープや杭、蔦で編んだ網などが次々と繁みから現れ、木から落ちて行く。

 近くにあった落とし穴が、何も乗っていないのにぼこリ、と音を立ててその姿を晒す。

 彼らを誘い出し嵌める為に手間をかけて用意した物なのに、その全てが目の前の人物のたった一言で明らかになってしまった。

「なっ、何したのよあんた!」

「別に何も。ジェイ、行くぞ」

「おう!」

 ジェイとディーンは身を翻し全ての罠が無くなった森の中へ走り出した。

「モース!」

 その声に反応して大柄な青年が剣を構えて前に出る。

 殺すつもりは無いだろうが、その剣を受ければただでは済まないに違いない。

 二人は一瞬目配せするとモースの間合いに入る直前にぱっと左右に分かれた。

「!?」

 ブン、と剣が宙を切る。

 モースは小回りが不得手と見た二人は二手に分かれて木々の間に走りこんだ。

「馬鹿! 何やってんのよ!」

 走り去ろうとする二人を慌ててアロナは追った。

 二手に分かれた二人を追えば自分達も当然分かれる事になる。

 アロナは走る二人の速度を目測する。

「モース! あんたそっちよっ、黒い方!」

「おう!」

 モースはその大きな体が邪魔をして走る速度は速くない。

 足の速い方は自分が行くしかない、と踏んだのだ。

 彼女の指示にどたどたと走り出した仲間を見てアロナも速度を上げる。

 金色の髪が開けた川原の方に向かって走っていく。


 走り去る彼女は、ディーンがわざと走る速度を調節していた事にとうとう気づく事はなかった。



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