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16:チームBの事情


「清らなる水よ 我が前に集いて 敵を穿つ槍となれ!」


 ドン、と鈍い音が森に響いた。

 コーネリアの放った無数の氷柱が熊の足を止め、更に何本かがその毛皮に突き刺さる。

 グオゥ、と痛みに大きく吠えた熊はその原因たる少女に襲い掛かるべくそちらに向き直る。

 しかしすぐさま眼前にもう一人の少女が立ちふさがってその鼻面を蹴り飛ばした。威力は大きくなかったが、熊はその衝撃に思わず身を引き、嫌がるように向きを変え逃亡を図る。

 だがその行動は果たせなかった。

 熊の足元にはしっかりと縄が絡みつき、それに阻まれその場から離れる事ができないのだ。暴れても解けることの無い縄は近くの木や地面に打ち込まれた杭に固く結ばれ、熊の逃亡はただ縄の範囲でぐるりと向きを変えるだけで終わってしまった。

「モース、そっち!」

「まかせろ!」

 ブン、と風を切る音と共に振りかぶられた大剣は無常にもその厚い毛皮を切り裂いた。

 熊の悲痛な叫びが森に響き渡った。



「ふぅ、終わったな」

 熊に止めを刺した大柄な青年はやれやれ、と肩をすくめるとその毛皮で剣に付いた血糊をぬぐった。

「まぁったく、これで何匹目? ほんっと、冗談じゃないわ!」

 側にいた背の高い少女はポニーテールの頭を振り、苛立たしいという様子を隠しもせずに、動かなくなった熊の体を軽く蹴った。


「ア、アロナ、やめなよ。可哀想だよ……」

「可哀想じゃないわよエナ! この森に入ってから熊だの狼だのにしょっちゅう会ってばっかりじゃない! もういい加減見飽きたってのよ!」

 エナ、と呼ばれた少女はその剣幕にビクリと体を縮めた。

 肩の長さで切りそろえた真っ直ぐな茶色の髪がその動きにあわせて揺れる。

髪と同じ色の瞳には友人の怒りに対する怯えが浮かんでいた。

「女のヒステリーはおっかないね」

「まったくだ」

 それを遠巻きに見ていた二人の少年がぼそり、と感想を漏らす。

 しかしそれはしっかりと本人の耳に届いたらしい。

 アロナ、と呼ばれた少女はギロリとそちらを睨むと標的を変えて怒鳴り散らした。

「何か言ったそこの役立たず! コード! ライ! あんた達戦闘でたいしたことして無いくせに無駄飯食らってんじゃないわよ!」

「なっ、なんだとこの大女! 何だかんだ言ってお前とモースが一番飯食ってんじゃねぇか!」

「そうだそうだ! 大体役立たずってな、その熊が動けなかったのだって俺のおかげだろ!」

 役立たず呼ばわりされて黙っていられなかった二人の少年も負けじと言い返した。気が立っているのはお互い様という訳らしい。

「いい加減になさい、見苦しい!」

 甲高い声がその醜い言い争いを切り裂いた。

 ピタリ、と三人の怒声は止み、誰もが気まずそうに目をそらす。

「まったく、もうすぐ最深部だと言うのにこんな所でくだらないことで言い争っている暇はないんですのよ!?」

 そう言ってコーネリアは戦闘で乱れた髪を丁寧に直すと側でビクビクしている少女に視線をやった。

「エナ、お願いしますわ」

「う、うん……。は、母なる大地よ、役目終えし命をその御手に今再び抱きたまえ」

 少女の唱えた呪文に答えてぼこ、と地面が動く。

 熊の亡骸の下の地面がぼこぼこと盛り上がり、あるいはへこみ、じわじわとその巨体を飲み込んでいく。

 五人が見ている前であっという間にその体は地に飲まれて見えなくなってしまった。

「ここにいると残った血の匂いでまた獣が来てしまいますわ」

 コーネリアのその言葉を合図に五人はそれぞれ放り投げてあった自分の荷物を背負いなおすと場所を移動し始めた。


 コーネリアのチーム六人がこの森に入ってからもう五日になる。

まっすぐ西に行けば早ければ四日ほどで最深部につく、と村では言われたのにもうその予定をとうに過ぎている。

「まったく、ほんとに野蛮な動物ばっかり! 嫌な森ですわ」

 コーネリアは歩きながら大層憤慨していた。

 彼女の予定ではシャルフィーナのチームよりも早く課題をクリアして、帰りにすれ違いざまにせいぜい笑ってやろうと思っていたのだ。

 その為に一日早く出発し、彼女より早く森に入ったと言うのに。

 しかし結局は行く手を深い森と度々襲ってくる獣に阻まれ、一向に目的地に辿りつけないでいる。

 同じ魔法学科から連れてきたひょろりと細長い背丈の男子学生のコードに命じ、彼の得意の風の探索魔法で探させたシャルフィーナのチームはもう自分達のすぐ後ろまで来ているらしいというのにだ。


 一日目の道中で突然の突風に見舞われお気に入りのリボンをなくしたのを始まりに、この実習の旅は全く上手く言っているとは言い難い。

 おまけに、もう一つ彼女の予定を壊す出来事が起こりつつある。

「なぁ、俺腹減った」

「またなのモース! まだ昼にも早いじゃないのよ!」

 武術学部では少数派の女子学生、アロナが彼を怒鳴りつけた。

 腹が減った、と訴えたのは武術学部剣術科のモースだった。

 彼は大人の中でももはや巨漢に入るくらいの体つきだが、これでも立派に同じ学年の生徒だ。

 その体の示す通りモースは良く食べる。

 勿論、体格が体格だけに誰よりも大きいバックパックを背負っているのだが、その中にたっぷり入れた食料が先行き不安になるほど食べるのだ。

 つまり、大変に燃費の悪い体の持ち主だった。

「いい加減にしろよ、モース! お前のおかげでこっちまで割り食ってんだぜ?」

 小柄ながら同じ武術学部の男子生徒、ライが彼を諫める。

 並んで歩くとまるで大人と子供のようだった。

「そうよ! 私まで大喰らい呼ばわりされて、冗談じゃないわよ!」

「おやめなさい! 食べ物のことで争うなんて見苦しいですわよ!」

 コーネリアが怒鳴るも彼らの間のぎすぎすした空気は消えそうに無かった。

 と、そこでコーネリアの同級生、魔法学部のエナが小さな声を上げた。


「で、でも、コーネリア……食料、このままじゃ足りないよぅ。行きは良いけど、どう考えても帰りの分が……」

 コーネリアは苦々しい顔をする。

 全く、予想外だ。彼女の予定が予想外に崩れつつある。

 コーネリア率いるチーム・無謀Bの旅の予定を壊しつつある事態。

 それは、じわじわと迫り来る食糧難に他ならなかった。


(やっぱりメンバーの選出を間違えたかしら)

 コーネリアはそんな今更なことを胸の奥で思う。

 コーネリアのチームは魔法学部から彼女とエナとコード、武術学部からモース、アロナ、ライの合わせて六人。

 エナは同級生だし実家同士が付き合いがあるので自ら誘って仲間にしたのだ。

 しかしエナの実家がコーネリアの実家に頭が上がらない為、誘われた時点で彼女に選択肢は無かったという事実をコーネリアは知る由もない。知っても恐らくは気にしないだろうが。


 コードも同じクラスで、彼はコーネリアの大変良く取れているノート目当てで取引を受けた。それからわかるとおり大した成績ではないが、いないよりはましだと考えたのだ。

 気の弱いエナと二人では実習に不安が残る。

 武術学部の三人は、エナと親友のアロナが彼女を見かねて手伝いを申し出、その伝で集めた仲間達だった。

 その選出はアロナに任せ、自分が関わらなかった事をコーネリアは激しく後悔していた。

(大きい体は荷物が沢山運べて便利だと思いましたけど、まさかあんなに食べるとは思いませんでしたわ)

 コーネリアは現在の食糧危機は全てモースの食べ過ぎによるものだと考えている。

 自分達魔法学部生が貧弱すぎて、彼らの半分以下の荷物しか持っていない(しかもそれでも歩きはものすごく遅いのだ)という事や、自分が粗末な物は口に合わないと言い張って、日持ちのあまりしない物や嵩張る物を食料として選んだと言う事実は完全に無視されていた。


 後残された食料はおよそ三、四日分。これでは奥まで行ってもその後森を出ることが出来ない。

 森では木の実や山菜が取れると村の人間は言っていたが、彼らは薬草にはある程度詳しくても、食べられる物となると知識に乏しい。

 結局今は、ここで引き返すかどうかのぎりぎりの距離にいるという訳なのだ。

 ここで引き返せば勿論課題は失敗となってしまう。

 ここまでの旅の経緯をレポートにして提出すれば零点は免れるが評価が低いのは間違いない。

 旅の目的地や荷物の選び方などの不備も指摘されるだろう。

 そうなればもはやシャルフィーナを笑うどころではなくなってしまう。

 それだけはなんとしても避けねばならない、とコーネリアは心を決めた。

(あのお二人に嫌われるのは痛いですが……この際仕方ありませんわ)

 コーネリアは立ち止まって仲間達に向き直った。

「こうなったら仕方ありませんわね、リタイアを避ける手段はもう一つだけです」

 仲間達の視線が彼女に集う。

(お二人には作戦の立案者は他の人間で逆らえなかったと後で訴えることにしましょう)

 腹の中で黒い笑顔を浮かべながら、コーネリアは切なそうな表情で仲間に告げた。

「もう一つのチームに、ちょっとご協力いただきましょう。ね?」


今回はちょっと短めです。

サブタイトルにいつも悩んでしまう……。

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