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勝ち気な観光客

この世には、『天才』と『凡才』の二種類の人間が存在する。

いつの世も『天才』が革命を起こし、『凡才』がそれに乗っかる形になる。そうやって世界は廻ってきたのだ。

しかしそんな二種類でも、『凡才』に比べれば『天才』なんてのはほんの一握りしかいないのが真理。そしてこの俺、牧田明憲(まきた あきのり)も、御多分に漏れずその『凡才』の一員である。

「凡才……フフフ……良いじゃないか、凡才」

小学校、中学校、高校とエスカレーター式に「青いメガネがカッコいいね」としきりに持て(はや)されてきたのはいいが、それはメガネが認められていただけであって決して俺がモテていた訳ではなかったのだと最近になって気付いた俺だが、俺にはどうしてか尿と便を別々に排出する癖がある。

早朝から第一ラウンドを終えて第二ラウンドを迎え、今もこうしてぬんぬんと踏ん張っている半ば、カッチリと閉められたトイレの鍵を眺めながら思う。

どうせ一人暮らしなんだ、別に鍵など開けたままでもいいだろう。

それでも尚、堅牢な鍵で無防備な排泄時にありもしない外敵からその身を護らんとするのは、俺の心が何らかの理由でせせこましい世俗から距離を置こうとしているからなのか──

「今日も大漁だぜ」

今さっき肛門を痛めながらまろび出した我が分身にサヨナラを告げ、レバーを『大』に捻る。

なす術なく濁流に埋もれる分身を尻目に、備え付けの鏡で身だしなみを整えながら一人呟く。

「何で俺……大きい方を出すと尻の穴痛くなるんだろう……」

自分の知的さに似つかわしくないお下劣な呟きに、静かに苦笑する。

なんにしても、これが牧田明憲の一日の始まりなのである。

あ、俺ニートっす。



ニート生活もかれこれ四年目。ここまで来れば、いくら俺だって思うところはある。

それは──彼女が欲しい。

いくら人間のクズだ、働けと罵られようとも、男たるもの彼女は欲しい。ひょっとしたらこれは、“種”の本能なのではないのだろうか?

そこまで考えたのだが、生憎俺は哲学くさいことはあまり好きではない。あくまで知的な雰囲気を出そうとしているだけなので、本能がどうとかこの話にはもう触れない事にした。

取り敢えず今日もいつも通りニートライフに入り浸ろう。そう思い、漫画に手を伸ばすのだが──


ミシミシミシッ!


何かが大きく軋む音に、掴みかけた漫画をいったん諦めることにする。

「上から聞こえたな……?」

俺がいるのは二階に位置する自室だ。ということは……。

ニートのくせに贅沢にも一戸建てに住まう俺は、カラカラと窓を開け、屋根の様子を伺うように身を乗り出した。

その数秒後、俺の目は強烈な驚きによって大きく見開かれることになる。


「何だ、これぇ?」

俺が目の当たりにしたのは、鈍い銀色の円盤──知っている範囲の言葉で言うなれば……、

「UFO?」

だった。

巨大な円盤からはカメラなどに付いてる三脚のようなものが伸びており、ガッシリと我が家の屋根にめり込んでいる。

眼前に悠々と鎮座するソレは、見れば見るほど不気味な物であった。

「ったく……朝も(はよ)からなんなんだ……」

くたびれたグレーの半袖シャツに青みがかったよれよれの短パンという出で立ちの俺は、なんとも仰仰しいUFOらしき物体を眺めながらボリボリと腹を掻いた。

いったいいつからこんなアメリカもびっくりな世の中になってしまったのか。取り敢えず警察にでも連絡するか。俺が深く溜め息をついた時だった。

「もしかして、成功したのか!?」

「え?」

どこからともなく、声が聞こえた。幻聴だろうか……しかし十分な睡眠を取っている俺には、幻聴など無縁のものであった。クスリなんて以ての外だ。

すると、円盤の底がポッカリと開き、ウィーンと機械音を上げて階段が現れた。

固唾を飲んで様子を見守ると、不意にミュー○ックス○ーションの音楽が流れ、一人の少女が降りてくる。きっと彼女の頭の中は今、これからのステージに思いを馳せる歌手──

「おい、そこの人間」

「私ですか」

「そうだよお前だよ」

俺の思考を遮るように口を開いた少女はいつの間にか最上部の屋根から一段下がった屋根に降りていて、俺の目の前で俗にいうウンコ座りをしていた。

「何でしょう……?」

内心ビビりながらも、極力相手を刺激しないような口調をセレクトして応答をこなす。我ながらベストな判断だろう。

「ここは地球であってるか?」

淡い緑色の髪をかきあげ、ぶっきらぼうに少女は言う。

あってるもなにも、ここはまごう事なく地球だ。我ら人間の住まう、オアシスだ。

「ええ、地球ですが……」

この言動、あのUFOっぽいのからして、彼女は宇宙人なのだろうか?

地球の夏服の女子高生を思わせる淡いピンクのセーラー服からは、そんな風には見えないのだが……。

だいたいミニスカートでウンコ座りなんてするからパンツが丸見えで、さっきから目のやり場に困っているのが現状だ。

「取り敢えずまずは休憩だなー」

少女は軽い身のこなしで窓から俺の部屋へと侵入してきた。

これは新手のナンパと捉えて差し支えないのだろうか。いささかの疑念が姿を現す中、少女が俺のベッドに腰を下ろす。

そして間を置かずに、

「何か冷たい飲み物をくれ」

「第一声がそれかよ!!」

反射的に俺はツッコミを入れた。




「ふはー」

買い置きしていた炭酸のジュースを一息に飲み干すと、少女は満足そうに大きく息を吐き出した。その様子から、長旅だったのか? などと俺は考える。

「で、気が済んだのなら話してもらおうか?」

俺の問いかけに、少女はキョトンと目を見開く。

「何の話だ?」

「とぼけるんじゃねえ! お前は誰だ! いったいなんなんだ!?」

「あー、そうだなー……」

目を閉じ腕組みをする少女は、何か考えるように低く唸った。

そして言葉が見付かったらしく、パッと目を開いてとんでもない事をのたまった。

「お前ら地球人が言う、宇宙人ってやつだ!」

もう何がなんだかとっ散らかっちゃってる答えだった。

どうにも胡散臭い話だったので、俺は事情聴取を実施することにした。

「おい宇宙人」

「何だよ」

「まずは名を名乗れ」

「ディセッタ」

「ディセッタ? そうかディセッタか。お前、宇宙のどこから来たんだ?」

「ワルワーヌ星だ。地球人には分からないだろうけどな」

「で、そのワルワーヌ星人のお前が地球に何をしに来た?」

「バッカじゃねえのお前? 地球っていったらすることは観光しかないだろ!」

これは予想だにしなかった返事だった。

宇宙人と言ったら普通、地球侵略とか地球征服とかが相場だと思っていた。それだけに、観光しにきたなんて聞かされた俺の頭は混乱を見せ始めた。

「とにかく……だ」

このまま混乱しながら話を進めるのは気乗りがしない。そう思い、俺は一旦ここまでの流れを整理することにした。

「ディセッタとか言ったな。お前はたったさっき地球に飛来した宇宙人で、目的は観光……でいいんだな?」

まるで客の注文を復唱するウェイトレスのような気持ちだった。働いた経験はないが、きっとこんな気持ちなのだろうと、ディセッタを見つめながら思いを巡らせる。

「大方あってる」

「侵略しに来たとかでは……?」

「ない」

良かった。どうやら友好的な宇宙人のようだ。

内心ホッと胸を撫で下ろした俺だったが、次の瞬間とんでもない言葉に耳を疑った。

「地球人、名前は何だ?」

「牧田明憲だけど……」

「そうかノリマキか」

「“マキ”と“ノリ”だけ抽出すんじゃねえ! 牧田明憲だって──」

「喜べノリマキ! 今からお前を宇宙人にしてやるっ!!」

「はい?」

宇宙人? 宇宙人ってあの宇宙人?

頭の中で疑問を反芻するが、何をどう考えてもおかしな話だった。

会っていきなり宇宙人にされるなど、俺の人生に今まであっただろうか。常識的に考えればあろうはずがない。

「それってどういう──」

慌てて口を開いたが、時既に遅し。

土手っ腹に深々と食い込むディセッタの拳に、俺は意識を刈り取られた。



『遅いよノリピロッサ、早く行こう』

どこまでも広がるお花畑で、俺は中学の時の級友である市川君と再会した。

変な呼び方、変な声、変な匂い、変な顔、どこを取っても昔と変わらない市川君に、俺は不思議な懐かしさを覚えた。

市川君は、相変わらず変な顔で花を摘んでいる。

『ノリピロッサ、行こう』

さっきから急かされているが、どこへ行こうとしているのか。

『決まってるじゃん』

市川君が微笑むその顔は、いつか見た近所のブルドックと瓜二つだった。

『行こうよ、秘密基地に』

市川君が手を差し伸べてくる。この手を取れば、昔に戻れるのか? 楽しかった昔に……。

俺も手を伸ばそうとしたその時、“何か”によって俺の意識は現実に引き戻された。

「あ、起きた。やっぱショック療法ってスゲーな。っていうか地球の医学スゲェ」

頬が痛い。ショック療法ってこの野郎、さては思い切り殴りやがったな?

気が付けば俺は、丸い円卓のような物の上に仰向けで寝かされていた。

パンツ一枚で、両手両足をリング状の金具で拘束されている。

ここはディセッタの宇宙船の中なのだろうか。さっきからかかりっぱなしのミュージ○クステーシ○ンの音楽が鼓膜にへばりつく。

「取り敢えず音楽を止めろ。んでもって俺を解放しろ」

「嫌だね」

淡々と解放を求める俺に、ディセッタは淡々と返す。

いくら身体に力を入れても金具でカッチリ固定されているのでびくともしない。俺は歯噛みするしかなかった。

「怖いか? 安心しろ、あたしこう見えて改造は得意だから」

「改造? 改造って言ったよね今!」

「あー大丈夫大丈夫。改造っても金属埋めるだけだから」

ヒラヒラと手を振るディセッタ。心配するなという意味なのだろうけど、何を根拠に大丈夫だなどとほざいているのか。俺は小一時間エンドレスで問い詰めたい衝動に駆られた。

「だいたいなぁ……何で改造なんてするんだよ?」

「あ? お前が気にすることじゃないだろ」

「気にするわ! 少しは改造される身にもなりやがれっ!!」

地球上と宇宙人じゃ感性が違うのか、はたまた面倒なだけなのか、ディセッタはまともに取り合ってはくれなかった。

「うだうだ言ってても始まんないからさ、サクッとやっちゃおう。サクッと」

「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待っ──」

間髪入れずに天井のライトが強く発光し、瞬く間に視界がブラックアウトする。

意識が薄れてく最中、走馬灯とまではいかないものの、今までの楽しかった思い出が回転寿司が回るペースくらいで脳内を駆け巡った……。

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