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教授とシャンバラの時計  作者: L→R
月の港の極東人
29/40

月の港の極東人 8

 まだか、と、扉が開くのを待っている。

 何もなければいい。

 ここは大丈夫だと、あの人は言っていた。

 だから、この扉が開くのを待っている。

 握り締めた祈る手が痺れ始めた時、扉が開いた。

 あの人は、扉が開く瞬間、とても険しい顔をして俯いていた。まるで、何かに怒っているようだった。

 だが、あの人はこちらを見るなり優しく微笑み、言った。

「…………。」


◆ ◆


 瞼が重い。

 何とかこじ開けると、目の周りに塵が溜まっているのが解った。

 擦り取りながら起き上がる。

 体も重い。

 ヴィヴィアンは、久しぶりに疲れの取れない睡眠をしたと思った。

 今、何時だろうか。

 窓から差し込む光は柔らかく、カーテンを開けると薄雲がかかっていた。雨は降りそうにないが、晴れそうにもない。

 そういえば、いつも、こんな天気だった気がする。

 部屋を見回し、洗面道具を見つけたので顔を洗うと、幾らかすっきりはしたが、まだどことなく、何となく、何かが拭い去れずに頭に残っていた。

 ヴィヴィアンは溜め息を吐き、序でに深呼吸をした。

 ここでの用事は、早く終わる筈だ。

 その時、道はどちらへ別れるか…。

 否、すでに別れているかも知れない。

 如何なる道に別れていても、これで最後にしたい。

 でも、最後ならば、望みどおりであって欲しい。今までの悲しみが、無駄にならぬように。

 ヴィヴィアンが窓辺に立つと、同時にドアがノックされた。

 振り向き、「はい」と返事をすると、「お目覚めですか」とクレリーの声がした。

 ヴィヴィアンがドアを開けると、クレリーが疲れた様子など何も感じさせない穏やかな笑みを浮かべて立っていた。

「おはようございます。

 朝食のお支度が整いました。」

「あ、ありがとうございます…。」

 この家でも、結局客人扱いであった。ふと自分が”ここ”ではメイドである事を忘れそうになる。

「教授は既に食堂でお待ちです。どうしてもヴィヴィアン様がお出でになるまで食事は始めないとおっしゃっております。」

 おかしそうに、クレリーが笑った。

「すみません。そのような時間なのですね。」

「いえ。まだお休みになられていても構わないようなお時間ですよ。

 ちなみに、まだ八時を迎えておりません。

 あの方は、早く遺跡調査に向かいたくてそわそわとしていらっしゃるのでしょうね。」

 そう言われて、合点した。

「支度は済んでおります。」

 ヴィヴィアンが言うと、クレリーが頷いた。

「それでは、参りましょう。」

 クレリーの後に続き、一階へと降りる。

 エントランスに差し掛かると、昨夜闇の中でも圧倒的な影姿を披露していた大花瓶が目に飛び込んできた。やはり、日の光を浴びた中でも、その姿は圧巻だった。そして、調和の取れた飾られた花々の美しさに思わず目を奪われる。

 階段途中で足を止め、暫し見惚れていると、気付いたクレリーが振り返ってふと笑った。

「如何でしょうか?

 夜の闇の中とは、当然ながら赴きも違いましょう。」

「ええ…。

 素晴らしいですね…。

 こんなに素晴らしく活けたお花を見るのは、初めてです…。」

 そう言って、ヴィヴィアンはどきりとした。

 ”初めて”…?

 そうだ、この光景は初めて見る。

 あの扉の記憶がある以上、この屋敷へも”来ている”筈だし、思い返せば見覚えもある。

 だが、この花は…。

 この花を見るのは、初めてだ…。

 やはり道は変わっていたか。

 あとは、どちらに変わったかだけだ…。

 ヴィヴィアンが無意識にきゅっと唇を噛むと、クレリーが「冷えますか?」と心配した。

「い、いえ。

 済みません。教授もお待ちですね。」

 慌ててヴィヴィアンが階段を下り、クレリーに駆け寄ると、クレリーはにこりと笑って食堂へと歩き出した。


◆ ◆


 通された食堂では、既に席に着いていたエインが詰まらなさそうに頬杖を突いてだらけていた。

 が、ヴィヴィアンを見るなり、ぱっと起き上がり、満面の笑みを浮かべる。

「おはよう。」

「おはようございます。

 お待たせしてしまって、申し訳ありません。」

 一応謝罪をすると、エインは手をひらひらさせて「ごめんごめん」と謝り返してきた。

「クレリーにはああ言ったけど、まさか呼びに行ってくれるとは思っていなくてね。」

 クレリーが気を利かせすぎたらしい。

 食堂に待機していたメイドが、エインの真正面にある椅子を引いたので、ヴィヴィアンは素直に座り、姿勢を正した。

「リュリュはもうそろそろ来るよ。

 あの子は朝早くてね、起きてすぐに馬を走らせに行くんだ。」

「乗馬をされるのですか。」

「幼少の頃から、馬好きの奥様の施しを受けてね。

 かなりの腕前だよ。」

「教授も、乗馬はお上手なのですよ。」

 エインとヴィヴィアンの会話に、食事を運んで来たクレリーが加わった。

 ヴィヴィアンがエインを見ると、エインは「その話はナイショだと言ったのに」と苦笑した。

「リュリュに比べたら大した事ないからね。

 それに、ホラ、ボクは体動かすの似合わないでしょ。」

 くすすと笑うエインの前にポタージュの皿を置きながら、クレリーは一言「ご謙遜を」と言って話を切った。

 次いで、メイドたちがチキンソテーとパンを傍らに並べる。

「コーンポタージュと、チキンのハーブ焼きをご用意致しました。

 バタールとメテイユはリュリュ様がご用意したものです。」

「リュリュの手作りパンか。当たり前だが、久しぶりだ。」

 並べられたバタールとメテイユは焼き立てらしく、湯気を立てている。ほんのりとバターと、小麦粉の香りが鼻を掠める。メテイユからはさらに、ライ麦の香りもしてくる。

 そこへ、食堂の扉が開いた。

「あら、おはようございます。」

 はきはきと切れの良い声がした。

 振り向くと、パンツルックの少女が一人、鞭を持って立っていた。ふわふわとしたたわわなブロンドの髪を勝気に結い上げている。

「お嬢様、お着替えなさってからいらっしゃれば宜しいものを…。」

 クレリーが少女の姿を見て、慌てて言う。

 なるほど、彼女がリュリュのようだ。

 ヴィヴィアンが見つめていると、リュリュは大きな目をさらに大きくして、ヴィヴィアンとエインを交互に見た。

「珍しいです事。エイン様が女性をお連れになるなんて。

 てっきり、女性にご縁のない方だと思ってましたのに。」

「お嬢様!」

 遠慮なしに言葉を並べるリュリュを、クレリーが嗜めた。

「ああ、大丈夫、クレリーさん。お気になさらず。」

「そうよ。」

 エインのフォローも、リュリュの同意で形無しになる。だが、言葉のキレとは裏腹に、リュリュからはその行いを赦させる何かが感じられる。

「もう少しゆっくり休んでいらしてもよろしかったのに。」

「歳だから早いんだよ。」

 リュリュが一応気を遣うと、エインは肩を竦めて冗談を言う。

「エイン様はそうでしょうけど。

 エイン様、お気付きになりませんの?

 そちらの女性は少し疲れていらっしゃるようですのよ。」

 そう言ってリュリュがヴィヴィアンを見たので、エインは少し驚き、ヴィヴィアンは慌てた。

 確かに寝起きは疲れてはいたが、言う程のことではなかったし、エインに余計な気を遣わせたくなかった。

「い、いえ。済みません。疲れている訳では。」

「そうですの? 随分口数が少ないので、お疲れなのかと。」

 そこで判断されたのではたまらない。

 ヴィヴィアンが微かに困惑すると、エインが笑いながら、

「リュリュに圧倒されているだけだよ。」

 とフォローした。

「あら、私お喋りすぎました?

 ごめんなさい、気を遣わせてしまったかしら?

 先にお食事なさって。着替えてまいります。

 今日は馬のご機嫌が良くなくて。」

 ぱっぱっと手早く話題を切り替え、リュリュは腰を少し捻ってエインとヴィヴィアンに背中を見せた。

 馬のご機嫌が悪かった所為で、どうやら落馬しかけたようだ。背中が少し汚れていた。

 その汚れを見せて、ふぅと溜め息を吐くと、リュリュは会釈をして食堂を出て行った。

 嵐の過ぎ去ったかのように一変してしんと鎮まり返った食堂に、クレリーの申し訳なさそうな声が響く。

「お騒がせを…。

 どうぞ、お食事をお召し上がり下さい。」

 クレリーに言われ、食事を始める。

 ハーブ農園であるからこその多様なハーブを使っての味付けと、肉類の多さがベルトワーズ邸で食した料理とは大分違ったが、見た目ほどに脂こくないチキンソテーとリュリュのパンはとても素晴らしかった。

 加減をしてくれたのか手頃な量であったので、リュリュが着替えを終えて戻って来た頃には、二人の皿は空になっていた。

「如何でした?」

「相変わらず、リュリュのパンは美味しい。」

 エインが率直に言うと、当然と言った様子でリュリュがふふんと笑った。

「でしょう?

 そちらの…。」

 ヴィヴィアンにも同意を求めようとしたリュリュが、一呼吸止まって「…お名前なんて仰るの?」と言った。

「ああ、すまないね、リュリュ。

 こちらはヴィヴィアン。ボクの助手をお願いしている。」

「助手の方ですの。」

 そう言って、リュリュが手を差し伸べたので、ヴィヴィアンは立ち上がってその手を握り返す。

「ヴィヴィアン・トーマスです。」

「リュリュ・サジュマンと申します。リュリュと呼んで下さいな。

 まったく、エイン様の助手なんて、この世で一番大変なお仕事でしてよ。」

 リュリュがエインをからかうと、食後の紅茶を運んで来たクレリーが、また「お嬢様!」と嗜めた。

「お客様に何という事を。」

「いいじゃないの。本当の事ですもの。

 ねぇ? ヴィヴィアンもそう思いません?」

 同意を求められ、思わずエインを見る。エインは面白そうに笑いながら、こちらを見ていた。「どうとでも言えばいい」。そんな表情だ。

 きっと、リュリュの性格を理解しているからだろう。

「まだ…、助手になったばかりですので…。」

 ヴィヴィアンが差し障りのない答えをすると、リュリュは気の毒そうに眉間に皺を寄せた。

「これからご苦労なさるのよ。

 困った事があったら、何でも相談してくださいな。」

 そう言って、リュリュはぎゅっとヴィヴィアンの手を握り直し、しかしすぐに手を離し、自分の席に着いた。

 次々ページを捲るように展開するリュリュを、ヴィヴィアンは暫く呆然と見つめ、理解した。

 --優しいお二人に大切に育てられすぎて我侭娘になってしまったが…

 有無を言わせぬ言動に、止まらない展開。自分のペースを維持するために必要不可欠な要素である。

 だが、これが嫌味にならないのは、偏に両親の教えが大きかろうと思われる。

 踏み込んで赦される境界線を理解している雰囲気なのである。

 そのリュリュは、エインと話しながら目の前に運ばれた食事に手を伸ばしていた。

「…婚約者のポーロがどうしても遺跡に入る事を拒みますの。」

 どうやら、早速クレリーが持って来た話を始めているようだ。

 ヴィヴィアンも、席に着き、話に耳を傾ける。

 そういえば、ポーロが拒んでいるのは、”家を継ぐための試練”ではなかったか。

「あそこに入らないと、”試練”は受けられないのは知っているのかな?」

「知ってますわ。お話してありますし。

 元々、それを承知した上での婚約でしたもの。」

「…気が変わったかな…?」

 ふむと溜め息を吐いて、エインが腕組をした。

「そうならそれで構いませんの。でも結婚はする気なんです。

 ポーロは”試練”の内容が嫌なのですわ。」

「まぁ、解らないでもないけど。」

 そう言って、エインが笑うと、また食堂の扉が開いた。

「おや…。」

 入って来たのは若い男性で、エインを見るなり不審者を見るような視線を向けた。

 その表情を見たリュリュは、間髪入れずに

「失礼ですわよ。」

 と言った。

「こちらは?」

「以前にお話しましたでしょ?

 エディンバラのアンダーソン教授です。」

 リュリュが簡素な説明をすると、男性はふぅんと言ってエインを見た。

「ようこそ。

 ポーロ・ジルベルスタインと言います。」

「お邪魔していますよ。

 キミのお話も窺っています。

 遺跡には入りたくないとか。」

 相手をポーロだと知って、エインは早速本題を投げつけた。

「当たり前でしょう。

 あんな”試練”、誰も受けたくないですよ。あれは拷問ですよ。」

「言いたい事は解りますけど。」

 リュリュにしたのと同じように、エインはそう言って笑った。

 同意に気を良くしたのか、ポーロは大袈裟に腕を広げて「でしょう!?」と声を上げた。

「でも…。

 キミはそれに同意してたのでしょ?」

 エインが笑みを消さずに静かに言うと、ポーロは少し身を引いて、口を尖らせた。

「確かにそうですけど。

 後々どうにでもなると思ったんですよ…。

 こちらの夫妻もなくなったし、この辺りでそのような慣わし自体をやめさせようと思ったのです。」

「ま、言い分は解りますけど。

 サジュマン卿は、ここを継ぐ者には絶対に遺跡に入って貰わなければならないと思っていたようだし、亡くなったとは言え、そのご意思を簡単に棄てる訳にも行きませんね。」

 エインが俯いた。

「エイン様はここへいらしたと言う事は、お受けして下さるという事でしょう?」

 然も当然と言うように、リュリュがエインをちろりと見た。

 エインはにやりと笑って、

「まぁ、そうだけど。」

 と言い、足を組んだ。

「ボクが”試練”を受ける以上、それを果たした時は、サジュマン家はボクのものだと了承する事が条件かな。」

 その言葉に、ポーロは「な、何を言うんです!?」と驚き、リュリュは「当然ですわね」と言った。

 ポーロがリュリュに詰め寄る。

「何を言ってるんだ、キミは!

 僕と結婚しないという事か!?」

「違いますわ。

 ”試練”を受けた以上、この家がエイン様の物なのだと了承するだけです。

 不都合がありまして?」

「不都合って…。僕たちは家を手放す事になるんだぞ?

 だから僕は、下らない”試練”などもう棄ててしまえば言いと言っているんだ。」

「ああ…。」

 ポーロの声に、エインが自分の声を被せて遮った。

「誤解しているようなので説明をしようか。

 ボクは別に、この家が欲しいと言っている訳ではないよ。

 ボクが”試練”を受けた。だからボクはこの家を継ぐ資格を持っている、と理解しろという事。」

 幾許か遠慮をしているような遠回しなエインの説明に、ポーロの眉間の皺が深くなる。

「解りませんの?

 ”試練”はエイン様が受けたのだから、本来この家を継ぐ資格を持つのはポーロではなく、エイン様だと自覚するべき、という意味ですわ。」

 リュリュの補足にやっと理解をしたポーロは、逆立ちしていた眉を今度はハの字に下げ、動揺した。

「あなたには本来、家を継ぐ資格がない、という自覚をして欲しいのですわ。

 その上で、私はあなたと結婚するのですわ、ポーロ。

 ポーロは知らないでしょうけど、この家は、とても大切なものを護るためにあるのです。

 ”試練”はその、大切なものを見、それを自覚するために行われるものだと、お父様は言っていました。」

「それを断る以上は、無資格者だと自覚をするのが、先代への敬いだと思うよ。」

「……。」

 押し黙ってしまったポーロに、エインはふと笑った。

「そんなに深刻な話でもない。

 さっきも言ったけど、ボクはキミの言い分にも理解を持ってはいる。

 でもね、人の意思というものは、そう容易く無下にしてはいけないものだよ。」

 諭すようにエインは言い、さらに口の端を上げた。

「さて。

 この”試練”は日を選ぶようなものじゃないから、リュリュの食事が終わったら、早く済ませてしまおう。リュリュは、ボクに同行しなければならないよ。」

「存じてますわ。お待ちくださいね。」

 リュリュはそう言うと、それまで止めていた食事を再開した。

 三人のやり取りを聞きながら、端で蚊帳の外だったヴィヴィアンは、思い出していた。

 あの扉から出て来たあの人が、それから暫く、利き手である右手を使わなかった事を。

 異変に気付いていたのに、歩み寄る事をしなかった事を。

 素知らぬ振りがその後の道をさらに別けるのだとしたら。あの結末を招くのだとしたら…。

 今度は、あの人の手に触れてみよう。

 そう思った。


◆ ◆


 急かされ慣れているのか、元々早食いなのか、リュリュはあっという間に食事を終え、十分ほど一休みをしたあと、クレリーを呼びつけた。

 今日何が行われるかは当然承知しているクレリーは、二つのオイルランプと予備の蝋燭、フード付きのケープを持って食堂に現れた。

 クレリーがケープをリュリュに手渡すと、リュリュはケープをはらりと羽織いながら、

「参りますわよ。」

 と言って、すたすたと歩いて行ってしまった。

 ペースに慣れているクレリーとエインも構わず後に続き、まだ慣れていないヴィヴィアンと、何故か挙動不審のポーロはその後に着いた。

 先頭のリュリュは真っ直ぐエントランスへ向かうと、階段の脇にある小さな扉を指差した。

「クレリー。」

 呼ばれたクレリーが、扉に鍵を挿し込み捻ると、その見た目にそぐわぬ重い音が響いて錠が開いた。

「物置じゃなかったのか。」

 ポーロが言った。屋敷に出入りしているポーロにすら物置と思われていたその扉は、一見すると壁と同化して、エインとヴィヴィアンも気付かなかった。

 少し得意げにリュリュが扉を開ける。

「遺跡への扉です。

 ここからはずっと階段を下ります。クレリー、暗いのでランプをお願いね。

 しっかりした階段ですけど、足元にお気をつけあそばせ。」

 そう言って、クレリーが灯りを点ける前に、リュリュは階段を下り始めた。足取りを見る限り、慣れている様子だった。

「どうぞ。」

 クレリーも、灯りの点いたランプをエインに手渡すと、もう一つを持って駆け足でリュリュを追う。彼もまた、慣れている様だ。

「行こう。」

 エインを先頭に、ヴィヴィアンとポーロも続く。

 中は円柱の内側のように円形に掘られた空洞が下へと続き、遺跡への道の割りに真新しくしっかりとした階段が、螺旋状に伸びていた。

 下を見ると、リュリュは既に三つほど螺旋を下った先にいて、漸くクレリーが追いついたところだった。

 ひんやりとした風が吹き上がり、時折ドレスを揺らす。

 風があると言う事は、この階段以外にも出入り口があると言う事だろうか。

 楽しそうに階段を下るエインの後姿を眺めながら、ヴィヴィアンとポーロは無口で着いて行った。

 やがて、「到着しましたわ」というリュリュの声が聞こえた。

 見下ろすと、階段終わりにリュリュが立って、こちらを見上げている。

 徐々に下る階段の隙間から、リュリュの目の前を見ると、重い鉄製の扉がどんと立っていた。

 エインたちが到着すると、リュリュは説明を始める。

「入り口はここですの。

 出口が、別の場所にあります。

 場所はクレリーが存じておりますので、教授と私が入ったら、ポーロとヴィヴィアンはそちらで私たちをお待ちくださいね。

 教授、準備はよろしくて?」

 リュリュがエインを見上げて訊ねた。

「どうぞ。」

 エインがランプをリュリュに向けて翳しながら答えた。

「では、行って参ります。」

「お気をつけて。」

 クレリーがリュリュに鍵を一つ渡し、頭を下げて一歩退くと、リュリュは慣れた手付きで鍵を開けた。扉の向こうには深い闇が広がり、寸分先も見えぬほどだった。

 が、リュリュは躊躇いもなく暗闇の中へと歩き出す。エインはエインで、にこにこと笑いながら歩き出し、ヴィヴィアンに振り返って「行って来るよ」と言うと、扉を閉めた。

 クレリーは暫く扉の向こうから聞こえる足音に耳を澄ませたあと、合鍵らしいもう一つの鍵で扉を施錠した。

「さあ、私どもは出口でお待ちしましょう。」

「鍵、閉めちゃっていい訳?」

 まだ何故かおどおどしているポーロが、クレリーの袖を引っ張った。

「はい。ここへ入ったら何があっても、出口から出なければなりません。

 それが、ここへ入るための条件でございますから。」

「でも、もし入ってすぐに何かあったら…。」

「致し方ございませんでしょう。

 そういうルールでございます。」

「ルールって…!

 下らん。だからこんなもの埋めてしまえばいいと…。」

「ポーロ様。」

 若干取り乱したポーロの声を、クレリーがぴしゃりと遮った。

「ここへ入る者は、本来”見てはいけないもの”を見る。

 そのために、掟を護れぬ者は生きてここを出てはいけない。

 これが、このサジュマン家の慣わしでございます。

 アンダーソン教授も、それをよくよく承知の上で、此度の我侭をお聞き入れ下さったのです。」

「”見てはいけないもの”って…、なんだよ…。」

 ポーロはそう言うと、ヴィヴィアンを見た。

 ヴィヴィアンは表情一つ変えない。元々だが、今回に関しては理由がある。

「何で、あんたもそんな何ともない顔してるんだ…?」

「………。」

 理由はあるが、それを口に出して良いかは解らない。

 どうしようか思案した挙句、ヴィヴィアンは一言、

「お戻りになると信じておりますので。」

 と言い切った。

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