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序章

 注


 この小説は、国内から一歩も出たことのない筆者によって書かれております。(連載開始時点)

 そのため、ネットで入手出来る情報を整理し、組み立て、盛り込んでいる関係で、参考サイトと表現や文面が似る可能性があります。

 極力、自力表現方法を模索し、加工した上で書かせていただいてはおりますが、無償小説という事で、ご理解をいただければ幸いでございます。


 主に、Wikipediaが参考サイトとなっております。

 歴史年号、地名表記などは特に、WikipediaとYahooマップに由来します。

シャンバラ


チベットに伝わる伝説上の秘密の仏教王国。

中央アジアのどこかにあると言われる。


元はインドのヒンドゥー教のプラーナ文献やタントラ仏教の『時輪タントラ』に登場する理想郷の名。


ヒンドゥー教では、ヴィシュヌ神のアヴァターラであるカルキの治める国をシャンバラと呼んだ。



◆ ◆



 一七五五年。

 政治思想家のモンテスキューが死に、スコットランドのエディンバラ市内でも、その話題をちらほら耳にする。

 つい四十年ほど前にイングランドとの合併によって揺れたスコットランドも、今や誰が死んだ、誰が結婚したという程度のゴシップを話題に出来るほど、落ち着きを取り戻している。

 街の名に因むエディンバラ公の名は、二十九年前に王太子ジョージ二世の長男フレデリックに授けられたが、そのフレデリックも最近は体調が芳しくないと街の噂で聞く。

 そんな街の喧騒を尻目に、世界地図を片手に、神話を読む。

 こんな生活を始めて、どのくらい経っただろう。

 歴史学者で大学教授のエイン・アンダーソンは、山積みにした資料で埋まった自室の床に座り込み、書物を読み耽っていた。

 部屋は机とベッド以外足の踏み場もないほど本で埋め尽くされ、机上ももう少しで本で埋まるという状況にあった。

 ベッドは眠れないと困るため、物は置かないよう心掛けている。

 屋敷には他にも部屋はあるが、他の部屋に書籍を取りに行く時間が惜しいので、全てを自室に入れ、積んだ。

 三十も半ばだと言うのに独り身で、その上一旦読書を始めると、病的なまでに没頭する。

 この辺で一息、と息吐くはいいが、読書を始めてから三日三晩経っているなんてことも珍しくない。

 この癖が祟って、メイドを雇っても長くは続かず辞めて行ってしまう。

 だが自分独りでは絶対に、読書中に餓死などという奇妙な結末を迎えるに決まっている。

 だからメイドは必要だった。

 そんな事を考えている傍から、一昨日の晩、何人目かのメイドが辞めて行った。

 教授仲間に報せを出すと、一日で代わりのメイドを用立ててくれた。

 そのメイドが、今日来るらしい。

 が、約束の時間を三十分ほど過ぎたが、一向に屋敷の扉が叩かれる気配はない。

 否な噂でも広まっていて、『エイン・アンダーソンの家では働くな』などと言われているのかも知れない、とエインがほくそ笑んだ時、扉がトントン、と二度ほど鳴った。

「はいはい」

 よっこらしょと立ち上がり、部屋を出、扉の前でオールバックにまとめた髪をひと撫でし、ずれた眼鏡を直して、玄関を開ける。

 と、目の前に書類がひらひらとしていた。


執事給仕派遣 ライトディーン商会 紹介状


 そう書かれた書類の向こうで、顔を半分だけ出し、エインを見つめる女性がいた。

教授(プロフェッサー)Aのお屋敷はこちらでしょうか?」

 抑揚のない、しかしはっきりとした声で、女性が言った。

 教授(プロフェッサー)Aとは、エインのあだ名だ。

 教授仲間の誰かがつけたらしく、いつの間にかこう呼ばれていた。

 エインもアンダーソンもAで始まる事から、命名されたそうだ。

「新しいメイドさんかな?」

 エインがにやりと笑うと、女性はこくりと一つ頷いた。

「サンアッチ教授のご紹介で参りました。

 ヴィヴィアン・トーマスと申します。」

 ヴィヴィアンと名乗った女性は、そこでやっと書類を下に下ろした。

 顔を露わにしたヴィヴィアンは、エインを真っ直ぐ見据えた大きな目が印象的な、品の良い顔立ちをした女性だった。

 髪を二つに結い、さらに編み込んで輪にし、ベージュ色のリボンでまとめていた。そのリボンと同じものが、濃いグリーンのハイネックドレスの首元にも巻かれている。

 歳はエインよりずっと若いのだろうか。

 無表情な顔立ちとは対照的に、頬が健康的に赤らんでいる。

 暫し見惚れていると、ヴィヴィアンが口を開いた。

教授(プロフェッサー)

 中に入ってもよろしいですか?」

「あ、ああ、ごめんよ。

 取り敢えず、キミの部屋へ案内しよう。」

 エインはヴィヴィアンが足元に置いていた大きなボストンバッグを持ち上げた。

 ヴィヴィアンが少し慌てる。が、表情は無表情のままだった。

「プロフェ…」

「いいよ。メイドと言ってもね、力仕事とか任せるつもりないの。

 美味しい食事と、美味しい紅茶と、ボクが本に没頭して餓死しそうなときに、肩を叩いてくれれば、それでいいのさ。」

 エインはおどけながら言うと、二階への階段を上がって行った。



◆ ◆



 ヴィヴィアンに、屋敷の中でも一番見晴らしの良い、二階の部屋を宛がう。

 部屋に一歩入ったヴィヴィアンは、相変わらず無表情ながらも、多少動揺した顔をし、エインを見上げた。

 ヴィヴィアンの視線に、言わんとする事を察したエインは、ヴィヴィアンに一つ頷いて、にこりと笑った。

「ボクは下の方が都合が良くてね。

 ただ、この部屋が空き部屋なのは勿体無いし…。

 遠慮なく使ってくれ。」

 そう言って、ヴィヴィアンの荷物をベッドの上に置いた。

「有難うございます。」

 ヴィヴィアンは礼を言って、窓辺に歩み寄り、外を眺める。

 エインの屋敷はエディンバラの郊外の高台に建ち、緑に囲まれた穏やかな風景に包まれている。

 それでいて市街地からもそれほど遠くはなく、夜には街の灯りが一望出来る、大変に眺めのよい屋敷として有名だった。

 時折、金に物を言わせて屋敷と敷地を買い取りたいと申し出る資産家が屋敷を訪れるが、エインはこの場所を手放す気はなく、エインの仕事柄の所為でごり押しする事も出来ず、資産家は項垂れて帰って行くのが落ちだった。

 この屋敷は、エインがエディンバラへ越す事にした際、ヴィヴィアンを斡旋したサンアッチという教授仲間に紹介された物件で、当時は誰の買い手も付かない、只も同然で買い叩かれていた廃屋敷だった。

 しかしエインが住み始めてから、途端に辺りの樹木が整備され、あっという間に絶景ポイントとなり、高騰した、というのが成り行きである。

 一連の流れを、紹介したサンアッチも見る目が無かったと悔しがり、多忙の中でも顔を合わせることがあれば、エインにちくちくと恨み節を叩いては、エインににやりと笑い返されている。

「夏場は日当たりが良すぎて、暑いくらいなんだけどね。

 そういう時は、リビングを使ってくれればいいから。

 この屋敷では、好きなように振舞ってくれて構わないよ。」

 エインはそう言って、部屋を出て行った。

 残されたヴィヴィアンが、エインの後を追うように部屋を駆け出ると、エインは階段を下りていく途中だった。

 うん、と腕を上げ、伸びをしながら、ゆっくりと階段を下りていくエインの背中を、ヴィヴィアンは静かに見つめた。


 教授。

 私は後何度、あなたのその背中を見送る事になるのでしょう…。

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