冴塚愛はそこにいる
「あっ、そうだ。私あと一ヶ月で死ぬらしいんだよね。死ぬまでよろしく!」
部室は静寂に包まれた。全員が全員何を言うべきか、となっている。最初に口を開けたのはやはり我らがリーダー、部長だった。
「なぁ冴塚、いくらお前でも死ぬなんて冗談はやめてくれ。もしこれが水谷みたいな普段おちゃらけないタイプがマネしたら私はおそらく心臓が止まってしまう。」
「いやいや部長、私嘘言ってないよ? 本当にあと一ヶ月で死ぬんだって。」
部長がくらっと倒れそうだったからすかさず支えた。さながらヒロインを抱き抱えた主人公のようだと思う。
「とりあえずアンタがあと一ヶ月で死ぬことは分かった。だが、一つ言わせてもらおう。なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ。」
「だって私も昨日言われたんだもん。なんか頭痛いなーって思って病院行ったらなんかすんごい大がかりになっちゃって、それで色々終わったら余命一ヶ月です。って言われたんだよー。まじショックだわあ。」
ショックとかいう次元じゃないと思う。いつもノリだけで生きてる冴塚でも流石に死ぬ時くらいは落ち込むものだと思ってた。
「ねぇ、愛ちゃん。さっきの話、本当?」
「おっ! 桜ちゃんじゃーん! そうそう、私あと一ヶ月で死んじゃうんだよね〜。まじウケるわぁ。」
今部室に入ってきた桜は特段冴塚と仲が良かったから、卒倒しそうになっていた。
今日もいつも通りちょっと話して全員帰宅と思われた我ら写真部の活動は冴塚の口から発せられた衝撃の事実によって、緊急会議が開かれることになった。
「えー、ではまず私の処遇についてですが……」
「なんでお前が仕切っているのだ。普通部長である私の役割のはずだ。」
「ごめんね、実は私、こういう役割やってみたくて。」
「そう言われたら私も断れないではないか。」
「まぁ私こういうの避けて生きてきた人生だけど。」
「お前はこれから死ぬというのに変わらんのだな。」
こんな時でも部長と冴塚は変わらない。きっと、この感じが染み付いてしまって変えようにも変えられないのだと思う。しみじみとしていると、真面目で定評のある水谷が口を開けた。
「それで、どうします? これからの活動。確か三週間後にコンテストありますよね?」
「そうだったな。どうする? アンタはこれ出るのか?」
「そりゃもちろん! もしかしたら『天才写真家冴塚愛の遺作!』みたいな感じでテレビとかで紹介されるかもしれないじゃ〜ん。」
この人はずっと能天気だな。きっと死んでも変わらないだろう……ってこれは不謹慎か。
「じゃあとりあえずコンテストに出す写真いつ撮るか決めよ〜。てかどこで撮る?」
「ベタなのは華厳の滝とかそこら辺だな。そういえば去年は滝をテーマにして撮ったんだったな。」
「え? 私今年から入ったんから知らないんだけど去年どこの滝で写真撮ったの?」
「ナイアガラの滝」
「予算どこから出たん? それ。」
「そのせいで今年の予算どころかこの先5年の写真部の予算無くなったよ。」
「何やってんの部長〜いつもそんなはっちゃけたことしないじゃん!」
「去年の部長がな、なんというか『俺は! この部活に革命を起こすんだ!!』みたいな人でな。後先考えずに各方面に頼んで5年分の予算を前借りしてきたんだ。」
「ほーーーん。やっばい人もいるもんだね! この世界!」
冴塚もなかなか負けず劣らずだと思うのだがその気持ちは心の底にしまっておく物だろう。
数分間の沈黙が部屋を満たした。一応俺も考えてはいるが、予算無しとなると良い感じの写真スポットにも行きづらいものだ。会議に詰まっていると桜が口を開けた。
「じ、じゃあお泊まりというのはどうでしょうか…………ほら、最後に愛ちゃんと思い出を作りたいなって思って。」
「あー、確かにそれ良いですね桜さん。ナイスです。」
水谷がナイスと言ってる時に指でグッドマークを作っているのを見てちょっと吹き出しそうになってしまった。だが、実際桜の案はだいぶ良いと思う。これなら冴塚の体調が急に悪くなっても冴塚の親が駆けつけることができる。
「じゃあ場所はどこにする? 俺は誰の家でも良いけど。」
「それじゃあ私の別荘とかどうだろうか。」
「えwちょっと待って!? 部長別荘持ってんの!? もっと早く言ってよ〜。そしたら私毎日行ってたのに。」
「五月蝿いのが私の安らぎの家にいてもらっては困るのでな。というかそれ以前に私は誰にも別荘を持っていることなんて言ってない。」
「よし! それじゃ部長の別荘に決まりね! じゃ! 私これから用事あるから!」
そう言って冴塚は瞬く間に部室からいなくなってしまった。
「おい待て冴塚! まだ日程とか決まってないんだぞ!」
部長の叫びが届くはずもなく。結局日程は四週間後になった。冴塚は人気者だからな。俺らの他にも遊びたい友達がいるのだろう。
「あっつ〜。ねぇ部長〜〜まだ着かないの?」
まさか部長の別荘が山の中に建てられているとは。この酷暑には流石に冴塚でも堪えるらしい。先ほどからずっと溶けそうになっていた。保冷剤を差し出すと、冴塚の目がキラッキラになった。やはりこいつは普通に可愛い部類ということが改めて分かった。
「アンタって意外と可愛いのな。」
「なっっっっっ……山岸ってそんなこと言うんだ……。てか意外とって何!? 意外とじゃ無くてめっちゃでしょ! 全く、これだから最近の若者は。」
「俺とアンタ同い年どころか一個差でしょうが。」
「お前らが痴話喧嘩してる間に着いたぞ。ここが私の別荘だ。」
そこには俺が思っていたよりデカめの屋敷のような家があった。
「えーちょっと部長! なんで早く言ってくれなかったの!? もう私死んだ後も入り浸るよ?」
「死んだ後なら化けて出てこなければいいぞ。」
「え!? マジ!? あーもう部長好き好き大好き愛してる!」
少し土で汚れた手で部長をがっしり捕らえてキスを迫ってたが、部長の「やめろバカ!」の一声でしょんぼり黙りこくってしまった。
「にしても広いですね。私、尊敬しちゃいます。」
「いやいや桜、この家はうちの親が都会疲れたとか言って買ったんだ。むしろここに来てくれてありがとう。私の予想だが、おそらくこの家は今蜘蛛の巣まみれだ。」
そんな訳ないだろうと思って扉を開けると、そこには動植物園といっても差し支えないような自然の楽園が広がっていた。
「これは今日休んでる暇は無さそうだな。綺麗にするか。」
「あっ桜ちゃんそっち大丈夫? 私手伝うよー。」
世話を焼く冴塚を見てどうしても思ってしまうことがあった。あぁ、どうしてこんな良い子が死ぬんだろうな。冴塚は根はいいやつなんだ。じゃなきゃ俺だってこんなに構ってない。きっと、部長も桜も水谷も。美人薄命という言葉があるが、良子薄命のような言葉もあって良いと思う。だが、きっとそれは憎まれっ子世にはばかるという言葉に意味が込められてるのだと思う。
「あっ! 山岸が手止めてさぼってる! 私もさぼっちゃお〜。桜ちゃんもさぼろ!」
「コラ! 山岸と冴塚! このままじゃ日が暮れるぞ!」
「俺はさぼってないっすよ! なぁ水谷?」
「…………え? あぁはいさぼってませんでしたよ。」
まぁ、そんなこんなで日が暮れる前に掃除は終わった。リビングでゴロ〜っとしていると、水谷が口を開いた。
「いやー疲れましたね。この後どうしますか?」
「ん? あぁこの後か、ちょっと待っててくれないか?」
部長がそう言うと、ダーッと走って冷蔵庫の中から何かを取り出した。
「ほら。好きなものを選んでいいぞ。俺の奢りだ。」
そこには人数分のキンキンに冷えた缶ジュースが並んでいた。
「おぉ! 部長最高まじ最高! 私これで!」
「私は最後でいいですよ。水谷くんどうぞ。」
「ありがとうございます。じゃあ僕はこれを。」
「じゃあ俺はこれで、これが一番冷えてて美味そうだ。」
「桜、本当にいいのか? 正直私が最後じゃないと部長として立つ瀬がないのだが。」
「そこまで言うのならわかりました。では、これをいただきます。」
「よし! 皆選んだな。それじゃ行くぞ。」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
その時飲んだオレンジジュースは正直今まで飲んだジュースの中で一番美味しかったと思う。俺はきっとこの日のことを一生忘れないと思う。開いていた窓から空を見上げるとそこにはキラッキラの星と大きな存在感を放つ月がよく見えた。山だから空気が澄んでいるのだろう。その景色になんだか夏を感じた。暑さ以外で夏を感じたのは後にも先にもこれが初めてだと思う。その後、なんだか冴塚が変なことをしていたが気にしようとは思わなかった。
「いやー。ジュースってこんなに美味しかったんだ。私知らなかったわ〜。部長! いい思い出ありがと!」
「喜んでくれて何よりだ。ところで冴塚。じゃんけんをしないか?」
「いいよー! 私本当にじゃんけん無敗の女って地元で恐れられてっから!」
「それじゃあ行くぞ? せーの!」
「「じゃんけんぽい!」」
「あー負けた!私の連勝記録が!」
「はっはっはー! 水谷、山岸! 一緒に風呂行くぞ! 一番風呂だ!」
「あーずるい! 私たち入りたかったよね!? 桜ちゃん!」
「それじゃあまた後でな〜」
水谷と俺は部長に腕を引かれて、そのままの流れで風呂に飛び込んだ。風呂はめちゃくちゃ広かった。さすが豪邸と言った感じだ。床も大理石的なやつで映画のセットみたいだ。
湯船でリラックスしていると、お湯鉄砲が飛んできた。射出元は部長だった。
「やりましたね? 普通にジュースの恩とかなしにやっちゃいますよ?」
「あぁ山岸、全力でかかってこい!」
その掛け声と同時に俺は近くにあった手桶を掴み取り、力一杯お湯を飛ばした。ザッバーンと音を立てて部長にお湯が覆い被さったため、思わず「やったか?」と言ってしまった。言った後に思ったんだが、これは世間では負けフラグというやつだ。そのまま部長が俺が飛ばしたお湯の隣から登場した時には、ドラゴンボールで16号の自爆がセルに一切効いてなかった時のような絶望感を感じた。まさに一触即発といった感じだったが、水谷の「すいません。」という言葉でその空気は終わった。
「ん? どうした水谷。」
「いやーあの最近悩んでることがありましてね。僕ってこの部活に必要かなって。」
「何を言ってる水谷。私はお前がいないと収拾がつかなくなると思う。」
「そりゃあそうっすね。そういえば部長、この部活の人を動物に例えるとなんだと思います?」
「とりあえず思いつくのは冴塚が猫ってことだな。」
「ほら! 今も僕のことなんて気にしてない! 冴塚さんたちもいつも二人で話してるから僕はいつも肩身が狭いんですよ! それなら……僕もうこの部活辞めます。」
水谷はそう捲し立てて浴場から出て行ってしまった。普段静かな水谷がこんなに大きな声を出すのは初めてだった。
沈黙が走った。部長と俺は目を合わせてやらかしたって感じのアイコンタクトをした。
「私は水谷が強い人間だと勝手に思ってしまっていた。だが水谷も私達と同じ人間だ。ただ我慢強かっただけだ。私達はその我慢に甘えてしまっていたのだな。」
何も言えなかった。部長が言ってることはごもっともだったからだ。俺たちはいつの間にか水谷だから大丈夫という思考になってしまっていた。本当は水谷だって俺らと絡みたかったはずなのに。
「とりあえず風呂を出よう。悩んでいるとのぼせてしまう。」
そのままとぼとぼと更衣室に入った。無言のまま支度を済ませ、更衣室から出るとそこには冴塚がいた。
「ねぇ水谷と何かあったの? すっごい怒った感じで自室に戻っちゃったけど……。」
「あぁ実はな………」
何があったかを話した。冴塚はきっと気まずそうにするだろうな。と思っていたが、予想とは違った。
「ほうほう。オッケー! 私に任せて!」
「ちょっと待て冴塚! 任せてってどう言うことだ!?」
概要を聞く前に冴塚は自室へ走り去ってしまった。いつも通りだ。だが、今はそのいつも通りを封印したければいけない。水谷はそのいつも通りが嫌だと言っているんだ。
「とりあえず作戦会議をしよう。私の部屋に来てくれ。」
「じゃあどうする? 正直私にはアホみたいな策しか思いつかないのだが。」
「そのアホみたいな策でいいんで話してみてくださいよ。」
「私とお前が喧嘩してる風を装って水谷の部屋に入る。そして偽の意見を主張して水谷にどっちが正しいと思う? と聞く。それで水谷が重要と言うことを自覚してもらう。作戦名は、そうだな。MWSとかどうだ?」
「作戦名の語源なんなんすか?」
「水谷、和解、するぞ。作戦だ。」
「作戦名は含めないとしてまぁいいんじゃないすか? 正直俺には作戦なんて思いつく脳みそないですし。」
その後、少し作戦内容を詰めてから俺たちは水谷の部屋に向かった。
コンコン。緊張の瞬間だ。そもそもここで開けてくれなければこの作戦は成り立たない。心の表面から願っていた。
「……なんですか?」
ここは部長のアドリブだ。俺たちが何で揉めてるのかをここで決めてもらう。
「今山岸ときのこ派かたけのこ派かで揉めててな。水谷にどちらが美味いか決めて欲しいんだ。」
終わった。部長の設定センス終わってんだろ。
「話を聞きましょう。僕の部屋に入ってください。」
いけるんかい。と、まぁこんな感じで水谷と話す場を設けることができた。
「なぁ水谷、お前はどっち派なんだ?」
「まぁきのこ派ですね。たけのこなんてクッキーの塊食べるなら普通にチョコチップクッキーとか食べればいいじゃないすか。」
「「だよな水谷!!」」
あっまずい、ここで詰めの甘さが出た。俺は生涯きのこ派なんだがまさか部長もだとは。これは誤魔化しが効かないぞ。
「え? どっちもきのこ派で話まとまってるじゃないですか。わざわざ僕の部屋に入ってまでやることでした?」
まずいまずいどうする? 対立してると言って来たのに一切対立してないと分かったら水谷は俺らのことをどう思うだろうか。普通なら慰めに来てくれたのだと思うだろうが、今の水谷の精神状態だったらなにか悪い方に行ってしまうかもしれない。どうする考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ! 無情にも俺の頭では良い言い訳が思いつかなかった。よく言えば普段言い訳なんかに脳のリソースを使ってない人、悪く言えばアホという感じだ。これはもう万事休すだ。
「ちょっと待って!」
突然扉がバン! と音を立てて開いた。ドアが壊れるんじゃないかと思うほど大きかった。入って来たのは冴塚だった。
「水谷くん、部活辞めちゃうの? 私、寂しいよ。」
「冴塚さんはもう今月で死んじゃうじゃないですか。」
「まぁ確かにそうだね。だからこそ! 私は大事な大事な任務を水谷くんに伝えに来た!」
もう冴塚のペースだ。ここまで来たらもう部長でさえ止められない。少なくとも俺は止められる人類はいないと思っている。
「………なんですか? 先に言っておきますが僕はもうこの部活を辞めるんです。決めたんです。最後までこの部活にいることが任務とかは言わないでくださいね。」
「水谷くんには私の代わりを務めてもらいます!」
はぁ? とここにいる誰しもが思ったことであろう。水谷は冴塚とは対極にいるような人間だ。流石に今からキャラ変は厳しいだろう。
「あの……流石に僕と冴塚さんじゃキャラが違いすぎると思うんですが。」
「分かってるよ? でもさ、そろそろ私死んじゃうじゃん? そしたらこの写真部には盛り上げ役がいなくなっちゃうわけだよ。そ•こ•で•だ! 今自分の立ち位置について悩んでる水谷クンが私のお眼鏡にかなったわけだ!」
「出来ませんって。僕クラスでも大人しめな感じで過ごしてきてるんです。それを急に冴塚さんみたいにえー!? マジ? ウケるwみたいな感じでやっても僕の周りの人困惑するんですよ。」
そりゃそうだ。俺だったら洗脳とかを疑う。
「えーダメ? 試しに慣らそうよ! やってみなきゃ分かんないこともあるじゃん!」
「そんなものないんですよ‼︎ 僕だって中学の時一回急なキャラ変というものをやってみました。そうすればみんなと仲良くなれるかなって思ったんです。でも周りの反応は急に気でも狂ったのか、という感じで前よりずっと煙たがられました。以上のことから僕はキャラ変というものが大っ嫌いなんですよ!」
「ちょっと待って、私歴史っていう教科の存在理由やっと実感したわ。」
急に何言い出したんだこいつ。水谷の心の叫びを聞かなかったのか? 聞いてそれだとしたら俺はこいつをサイコパス認定する。
「いやね、私ずっと考えてたんだよね。なんで歴史っていう教科ってあるんだろーなーって。なんか過去から学ぶとかは聞いたことあるけどそれができる人が私の前に現れるまで絶対にそんなこと信じない! って思ってたんだけどさ。ここにいるじゃん。」
そう言って水谷を指差す。その目は先ほどまでとは明らかに違う真剣な眼差しだ。
「水谷は過去のトラウマを学んで今こんな感じの大人しめな人になってるんでしょ? それって過去から学んでるじゃん! 天才じゃん! それとさ、ここにいる人が急に水谷がキャラ変してもバカにしたりすると思う?」
「それは……しないと思いますけど、万が一があったら嫌なんです。」
「じゃあ分かった。絶対に起きないと思うけどこの部活の中でその万が一が起きちゃったら私が呪ってあげる。もちろん天国からね。」
これが冴塚という人間だ。どこまで行っても自分を貫き通す。水谷に足りないのは自分を信じる力なのかもしれない。
「…………本当にバカにしないんですか?」
「「バカにする訳ないだ」」
「あっ! ちょっと待って! せっかくこういう良いシーンなら全員いないと!」
そう言うと冴塚はダッシュで部屋から出て桜の部屋に向かった。さっきまで結構言ってることがかっこよかっただけにそのギャップがすごくて気づくと俺たち三人は大笑いしていた。その後部屋に入ってきた冴塚と桜は首を傾げていた。
まぁそんなことがあって俺らの一日が終わった。思えば今日は写真部らしいことを一切していなかったな。まぁ今日はそういう日ってことで良いだろう。
次の日になった。一日寝ただけで八時間くらいずっと片付けてた疲れが完璧に取れる訳ないのだが。リビングに行くとそこには誰もいなかった。まだみんな寝ているのか。と少し呆れながら顔洗いをしていると、急に足が動かなくなった。鏡を見ると俺の後ろには長髪の女がいた。なにか呪い的なことを受けたか? そういえば冴塚が昨日水谷をバカにした奴は呪うとか言ってたな。いや俺水谷のことバカにしてないんだが!? てかそもそも水谷のキャラ変をまだ見てない。これは圧倒的な理不尽だ。理不尽に負けてたまるか! と足を思いっきり動かしたら、下から「うわっ」と声がして何か大きなものが壁に当たる大きな音が聞こえた。
「水谷くん! 大丈夫?」
後ろの長髪の女が俺の下で足を抑えていた水谷を心配する。声的にこの女は桜だな。
「あーちょっと! 山岸暴れすぎ! 水谷と桜ちゃんが怪我したらどうするの!?」
「アンタだな? このイタズラの主犯は。」
「いーやいやいやいやいや私じゃないよ! やろうって言い出したのは水谷だって!」
これがそのキャラ変か。確かにこれはある程度の親しさがないと成り立たないな。
「みんなおはよう。ん? なんだこの惨事は!?」
「あっ部長来ちゃった。ちぇっ部長の反応楽しみだったのに。」
「とりあえず飯を食うぞ。腹が減っては戦はできないからな。」
朝ごはんは桜が作ってくれた。少し手伝おうと思っていたが、手伝う隙がなかった。正直めちゃくちゃ美味かった。高校卒業したら桜の家に転がり込もうか迷うほど美味しかった。
満腹になった後は、動きやすい服に着替えて部活動を開始した。
「ねぇ見て山岸! めっちゃいい写真撮れた! これ入賞狙えるんじゃない?」
「どれどれ……おっいいんじゃないか? 特にこの川面に浮かぶ葉が綺麗だ。」
冴塚は飛び跳ねて喜んでいた。俺も負けてられないな。
「おっこれはいい写真なんじゃないか? 山岸! 良かったら見てみてくれ。」
「部長、逆光えぐすぎて何も見えません。」
「あっ! 私としたことが、やらかしてしまった。」
「まぁまぁ部長ならもっといい写真撮れますよ!」
「ありがとう山岸。」
部長はやっぱり天然だな。間が悪い感じもする。まぁその人間らしさが人を惹きつけているんだろう。
「すいません山岸さん。この写真何をしたらいい感じになると思いますか?」
「あーここは多分明るさをちょっと絞るといいかも。」
「ありがとうございます!」
「また困ったら俺に聞いてね。」
桜はやっぱり伝えたことを素直に受け取ってくれるから話しやすい。正直俺の中ではこの部活の癒し枠だ。
「山岸さん、これどう思います? 僕的にはいい感じなんすですけど。」
「あぁいいんじゃないか? 俺はお前の写真好きだぞ。」
「ありがとうございます!」
水谷も明るくなったな。前まではこんなに俺に話しかけてくれなかった。これも成長か……。
「今日はもう暗くなったからここまでにしよう! 帰るぞ!」
やばい人の写真ばっか見てたらいつのまにかこんな時間に。俺だけか? まだ何も撮っていないのは。
「山岸〜〜この時間何してたんだ〜? もう他四人は撮り終えてるんだぞ〜?」
「あなた達の写真の話とか相談乗ってたらいつのまにかこんな時間になってたんすよ。なんか文句でもあります?」
「いや、あの、本当に申し訳ないと思っている。」
少しの沈黙が続いた。まぁそういう沈黙を破るのは基本的に冴塚だ。
「とりあえず私たちお風呂入っちゃっていい?」
「いやちょっと待ってくれ。私がどうしてもやりたいことがあるんだ。」
「珍しいですね、何やりたいんですか?」
「私はな、花火がやってみたかったんだ。もちろん手持ちだがな。」
「花火! 私めっちゃ好きなんだよね! やろやろ!」
そのまま二人はダーッと走って玄関に向かった。俺を含めた他三人はワンテンポ遅れたが走っていった。
花火は手持ち花火から始まったスタンダードな感じの始まり方だと思う。普通なら片手で持って歩くとしてもちょっとだけとかなんだろうが、冴塚はテンションが上がりすぎていて両手持ちでぐるぐる回って火の粉を撒き散らしていた。……頼むから木に火をつけるなよ……?
「やっぱりみんなでやる花火って楽しいですね。」
「そうだな! 桜。私も冴塚ほどではないがテンション上がっていてな。この時間が永遠に続けばいいのにと思っていたところだ。」
「なぁ水谷、ちょっくら冴塚にイタズラ仕掛けてみないか?」
「山岸さん……それ最高です。やっちゃいましょ。」
俺らは冴塚に向かってたまたま持っていた水風船を投げた。
「冷たっ。あっ山岸と水谷やったな!? 次私の番だからね!」
そう言うと冴塚は俺らの方に花火を向けてきてこっちに走ってきた。
「うわぁぁ危ねぇって! それを持ったまま近寄るな!」
「うるさい! 私も冷たかったんだからそっちは熱い思いしてもらうよ!」
「お二人は仲がいいですね〜」
「おい待て水谷! お前も一緒にやってただろ!」
俺は水谷の肩をがっしり掴んで盾にした。
「ちょっ! 流石にまずいですって!」
「うるさい水谷! 道連れじゃ」
「お前ら〜私が桜と談笑してる間に何危ないことやってんだ?」
「「「あっ」」」
俺、水谷、冴塚は正座させられていた。そりゃあ今思えば危なすぎる遊びだったからな。
「とりあえず危ないからもう線香花火だけやっておけ。」
「オッケー! 私実は線香花火が一番の楽しみだと思ってるんだよね!」
俺らは線香花火に火をつけてパチパチと音を立てながら次第に大きくなっていく先端を眺めていた。
「さっき思ったんだがアンタっていつでも前向きだよな。」
「そりゃあそうだよ! 前向きって辞書で引いたら類義語に冴塚愛って出てくるんだから。むしろ前向きじゃない私は私じゃないって言っても過言じゃないよ。」
「僕もその前向きの秘訣教えて欲しいです。」
「んーーー強いて言えばこの世界は私が主人公! みたいな感じです生きるとか?」
「あーなるほど、参考にしてみます。」
「あっ落ちちゃった。」
「新しいの出すか?」
「いや大丈夫。たまには静かにみんなを眺める時間作らないとね。」
珍しいな、冴塚が静かとか言い出すなんて。静かとは対義語と言えるような人間だからな。
鼻歌を歌いながら部員を眺めている冴塚の花火に照らされた横顔を見て、俺は思わず「綺麗だな」と口に出してしまった。
「ん? 山岸なんか言った?」
「いや、何も?」
「そっか……。」
「おーい冴塚。落ち着いてるのはやっぱりお前らしくないって思ったから振り回さなければ手持ち花火もいいぞ。」
「え!? まじ? やった!」
まぁそんなこんなで花火は終わった。明日でこの写真部のお泊まりも終わりだ。そして冴塚も…………。考えても埒が明かないから俺は寝た。
「おい! 山岸起きてくれ! 冴塚が……冴塚が!」
「なんなんすか部長。朝から大声出して。」
「冴塚がいなくなったんだよ!」
は? いなくなった? なんでだいや今は理由なんてどうでもいい。一旦冴塚がどこに行ったかが重要だ。
「愛ちゃん大丈夫かな? ここって山ですし、遭難したなんてことも……。」
「頼むから遭難なんて怖いこと言わないでくれ。誰か心当たりがあるって人はいないか? 昨日水谷と山岸は話していただろう。」
「いや、ないっすね。」
「僕もないです。」
困ったな。誰も心当たりが無いとなれば冴塚の居場所を突き止めることは不可能に近いと思う。冴塚が気に入ってた場所なんてどこか分からないしもちろん冴塚の家も分からない。
俺は自分で思っていたより冴塚のことを知らなかったのかもしれない。
「とりあえず手分けして冴塚がいるかもしれないところを探そう!」
そう部長が言って一旦解散になった。
「冴塚ー! いるかー!?」
気分としては迷子の猫を探してる気分だ。もしかしたら急に目の前にいつもの感じで現れるかもしれない。だがそんなことはあり得ない。冴塚は意図的にいなくなったのだから。冴塚を探さなければ。
数時間が経った。もう太陽は完全に落ち切っていた。冴塚もきっと逃げてるわけじゃない。きっと隠れているんだ。冴塚が好きな場所ってなんだ? 高いところか? まぁそんな冗談はよして真剣に考えよう。あいつから家族の話は聞いたことがない。友達の話とうちの部活の話、あとこれは少なかったが勉強の話しか聞いたことがない。好きな場所の共通点を探せ。探せ探せ探せ探せ探せ!
「あっ分かったぞ。冴塚がいる場所!」
俺は部員にその場所を伝えて、その場所にダッシュで向かった。
「はぁはぁはぁ、見つけたぞ。冴塚!」
「見つかっちゃった。すごいね山岸。」
息を切らしてようやくついた。冴塚が好きな場所、それは写真部の部室だ。これは俺の推測だが、冴塚は家に居場所と言い張れる居場所がなかったのだろう。だけど学校の友達と話す時や部員と話す時は楽しかった。その楽しい時に家の事情や弱さを見せてしまっては心配されていつものように話せなくなってしまう。だから冴塚は常に前向きという暗示のようなものを自分にかけたのだろう。
「アンタは何がしたかったんだよ! こんな迷惑かけて!」
「私が死ぬところを見られたくなかったって感じかな。」
「嘘つけ。それだけじゃないだろ。アンタは人に心配をかけたくなかったんだろ。」
「そんなわけないじゃん。私、いつも山岸とか部長に心配されてたでしょ? 心配をかけられることくらい慣れてるよ。」
「それはそうだが、とにかく! アンタはこんな誰にも見られない心配されない死に方で満足なのかよ。」
「…………満足だよ。」
「アンタは大嘘つきだ。現に今アンタは目を腫らしている。アンタ、本当は怖かったんだろ? 死にたくないってな。」
その目の腫らし方は明らかに泣いていた人間の腫らし方だ。しかもちょっとだけじゃない。大泣きだ。
「………そうだよ! 死にたくないよ! もっとやりたいこともあった。行きたい場所もやってみたい仕事もあった! でも、しょうがないじゃん! 私はもう今日で死ぬんだから。」
「……なぁ、なんで俺らにもっと早く死ぬことを言ってくれなかったんだ?」
「え? 何言ってるの? 私言ったじゃん。頭痛いなって病院行ってそれで色々あって余命一ヶ月って分かったって。」
「だから! 何回言わせるんだ。アンタは大嘘つきだ。余命宣告までが一日で終わるわけないだろ。本当はもっと前に言われてたんだろ? だけど俺たちに心配をかけたくなかった。違うか?」
「…………違わないよ。本当は一年くらい前に言われてた。でもそんなこと言っちゃったら私の対応が変わるかもしれない。だから言いたくなかったの! みんなにはいつものように私と接して欲しかったから!」
「一個聞きたい。アンタが余命一ヶ月って言ってから今までで俺らの接し方は変わったか? 変わってないよな? 俺らを舐めないでくれ。」
「でも、私はもう死んじゃうの。山岸がどんなに良いことを言っても明日の私には届かないの。だから諦めて。山岸はみんなと一緒にいると良いよ。」
「諦めてたまるかよ。確かにアンタが死ぬのは変わらない。そこは諦める。だが! アンタをこんな不完全な死に方させてたまるかよ。」
「ん? 不完全って何言ってるの? 私は元々一人で死ぬつもりだったんだから山岸が来てくれるだけでちょっとくらいは報われてるよ。」
「いーや違うね。俺はどうせなら完璧を求めたいんだ。」
「おい冴塚! 一人で死のうなんて水臭いじゃないか!」
「そうですよ。良いシーンなら全員いないとって言ったのどこの誰ですか?」
「愛ちゃん。やっぱり私もみんなでいたいよ。」俺らはみんな冴塚のことが大好きなんだ。きっと、冴塚が思ってるより何倍も。
「これでも一人で死ぬっていうのか?」
「分かった分かったよ。もう一人で死ぬなんてやめる! 今思えば私らしくないしね!」
全員ほっと息をついた。まぁ冴塚が死ぬということは変わらないのだが。
「じゃあ何する? 私は今冴塚を探したせいで何も持っているものがない。スマホくらいだな。」
その言葉に俺を含めた全員が賛同した。そしてどっと笑いが起きた。理由なんてわからない。分からなくていいんだ。
ひとしきり笑い終わった後、冴塚が口を開けた。
「あっ、ちょっと手痺れてきたかも。まぁ時間も時間だしね。そろそろか〜。楽しい人生だったな。」
あぁ、終わってしまうのか。この時間がもう終わってしまう。
「ちょっと耳貸して。」
冴塚がそういうと俺に「今までありがと」と言った。俺はアンタに感謝されるようなことはしてない。だからそんな今までなんて悲しいこと言わないでくれ。だが、そのありがとうの真相がわからないため無視するしかなかった。
「あっそうだ。まだ俺の写真が撮れてなかったな。ちょっと失礼。」
「え? 山岸、私写っちゃってるけどいいの?」
「いいんだ。むしろアンタがいないと完成しないと思う。」
「ふーん。なんかありがと。」
それはこっちのセリフだ。アンタがいてずっと楽しかったんだ。お礼を言いたいのは俺の方だ。
「なんか、眠くなってきちゃった。みんな、おやすみ………………」
そう言うと、冴塚はこくりと眠りについてしまった。分かってる、受け入れたくないだけだ。
「いやー、こんなあっさりなんですね。」
「ね。私はもっと話せると思ってたよ。」
「私もだ。冴塚はもっと……俺らと……うぅ。すまない何故か視界がぼやけるんだ。」
「奇遇ですね。部長、俺もです。」
「私も。なんでだろうね。」
「僕も、急な病気ですかね?」
「なぁアンタはどうだ? なんか急に視界がぼやけたりしないか? なぁ。冴塚。」
部室はいつも通りだった。ただ違うところがあるとするならそこには元気な大声で話す人間がいないことと鼻を啜る音だけが響いていたことだ。
「くっ、もう、認めなければいけないんだ。写真部部員、冴塚愛は死んだ………。死んだんだ。」
部長がそう言いながら大粒の涙を流している。それに釣られて桜、水谷、そして俺と涙を流した。
「うわぁぁぁぁん! 愛ちゃん! 起きてよ愛ちゃん!」
「冴塚さん! 冴塚さん!」
俺と部長は静かに泣いた。そこには「なんで泣いてるの? もしかして私が死んだから?」とからかってほしいという欲望も込められていたのだと思う。
そのまま泣き疲れて眠ってしまった。朝目覚めたら冴塚が眠りから醒めて「なんかめっちゃ泣いてなかった?」とか言って欲しかったが。現実には冷たくなった冴塚がいただけだった。
夏が終わってコンテストに提出する作品を選ぶことになった。部室に冴塚の文字で私のはこれでお願い! と書いてあった。それは前に俺がいいんじゃないか? と言ったやつだった。
「なぁ山岸、お前は何にするんだ?」
「俺はこれにしますよ。写真としてはぼやけてて最悪ですがそこには確かに愛があるんで。」
「そうか……。確かにそうだな。」
またしんみりしてしまった。いつもならこの沈黙を破る人間がいるのだがもういない。
「それにしても愛ちゃんの撮る写真っていいですよね。なんか現実なのにファンタジーみたいな感じがするんですよね。」
そう言うと桜が冴塚のデジカメを手に取った。
「内容、見ちゃって大丈夫ですかね?」
「冴塚はそんなことで怒ったりしないよ。」
「なんなら一緒に見ないか? 私も気になるんだ。」
四人で冴塚のデジカメを中心に集まり、思い出を語った。
「あっこれって部室にゴキブリが出て僕がビビり散らかしてるやつじゃないですか。なかなか性格の悪いことしますね。」
「これは私がお花見てる時だ。私、愛ちゃんの写真に写り込んじゃったかな。」
「これ私が大いびきで寝てる時じゃないか? 何が楽しくて撮ったんだか。」
「これは……ははっ、本当に冴塚は俺たちのことが大好きだったんだな。」
そこにはジュースを飲んで最高な顔になってる俺たちがいた。
「冴塚、私もなんだかんだお前が好きだったよ。お前がいないとなんだか物足りないんだ。」
思い出話から一転しんみりしてしまった。やはりこの部活において冴塚愛という人間の存在は大きかったのだと改めて理解させられた。
「ん? 待ってください。なんか続きがありますよ。」
「続き? 冴塚だって写真部なんだから写真くらいたらふく撮ってるものだろう。」
「いや、それが動画っぽいんですよね。」
動画? 基本的に写真部では動画はあまり撮らないと思う。だが冴塚は撮っていた。そこには何かのっぴきならない理由があるはずだ。
「それじゃあ、流しますよ。」
『やっほー。みんな聞こえてる? 聞こえてる者は挙手! って、私からはなんも見えないけどね。それじゃあ早速本題から話させてもらおうかな。じゃあまず水谷! 水谷はもっとはっちゃけちゃっていいんだって。多分私はこのお泊まりでそういうこと言うかもしれないけど言わなかった時のために言っておくね。』
そこには確かに冴塚がいた。最近まで聞いていた声だが、懐かしさを感じた。
「冴塚さん、前から僕のことを気にかけてくれていたんでしょうか。いや、このビデオを見れば明白ですね。……本当にありがとうございました。」
『次は桜ちゃん! 桜ちゃんはね〜、本当に可愛いからね〜もっと犬みたいにわしゃわしゃしたかったな〜。意外とお願いすればさせてくれたのかな。そんな桜ちゃんには一言だけ言いたい! これからは私なんか気にしないで自分の人生生きて!』
「私、愛ちゃんはずっといるものだと思ってたんだよね。なんか五百歳くらいまで生きてるんだろうなぁって。でも現実は違ったんだよね…………。わかった。私、受け入れる。愛ちゃんがいなくても頑張る!」
『次に部長! 部長はね〜多分いっちばん泣くと思う! しかも男泣きって感じ。そんな部長に言えることは……言えることは……特に無いかな! 第一、私が人に何か言えるような人間って感じじゃないしね。まぁもう水谷と桜ちゃんには言ったけど。』
「冴塚め、偉そうなことを言って。……ありがとう。お前には元気をもらってばっかりだな。」
『そして最後に山岸! 山岸にはありがとうって言いたかったな。いや私さ、みんなに黙って一人で死のうと思ってるんだよね。だけど山岸はいつも私のこと気にかけてくれたからさ。感謝は伝えたかったなって。だからこの場を借りて伝えるね。山岸、今まで本当にありがと! それじゃみんな、バイバイ。これが私の最後の言葉!』
「俺からアンタに言えることは一つだ。俺はアンタに会えて本当に良かったよ。俺に楽しい時間をくれてありがとな。」
俺がそう言い終わって少し間が空いた。季節外れの蝉が少し鳴り響いていたくらいだ。なんだか急に蒸し暑さを感じた。昨日まではちょっとした雨で涼しかったのだが今日になって何故かカンカン照りだった。
「終わっちゃいましたね……なんだか夏が終わった気がします。ようやく踏ん切りがついたというか。」
「あぁ、楽しい夏だったな!」
部長がにっこり笑った。
「なぁ、これから大人になったら冴塚の墓に年一で集まらないか?」
「いいですねそれ!」
「僕も賛成です。」
「もちろん私もだ。」
冴塚愛が死んで十年経った。今でも俺は用事がないとここに来てしまう。
「アンタの墓はいつも濡れてるな。今日は部長の新婚イチャイチャエピソード10選でも話すとするか。」
そんなくだらないことでいいんだ。俺とアンタが会うのに理由なんていらない。そうだろ?




