おじいさんとおばあさん-春の風-
おじいさんとおばあさんに携わる仕事をしていた経験があり、家族と花見の散歩を何度かリハビリのためにしていた時に思い浮かんできたものを思い浮かべながら書き上げました。
おじいさんとおばあさんが居ました。
おばあさんは怒って朝からおじいさんを起こして、「朝ご飯の用意をしたから起きてください」と言いました。
おじいさんは疲労感を持った身体と睡魔が抜け切れていたないようすで、「おう」と返事をしました。
おばあさんはおじいさんが動き出したことに安堵して、次のことをしなければならないと踵を返して台所へと移動します。
目が合う二人。
気恥ずかしいおじいさんは「ふん」と言って、座ります。
「なんじゃい」とおばあさん。
おばあさんに伝わってほしいと心の柔らかな部分の己が願っていることに気づいているのか、知られたくない恥ずかしいからと思っていました。
おじいさんのいつものセリフ。
「朝ごはんには納豆とこのぱりぱりした海苔とみそ汁が一番だ」
「ご飯も食べよ」
おばあさんは呆れています。
忘れているようですが、二人の若い頃は、「ありがとう」とおじいさんの若い姿の男性は優しい口調で伝えていました。若かったおばあさんも嬉しそうに少し横に姿勢を向けながら「いや、ご用意したものが口にあってよかったです」と照れて嬉しそうに語っていました。
一見愛が冷めてしまったように見える二人の関係は、別の形で愛がはぐくまれているのです。
冬の樹木のように、枯れていくのかと心配されている間も幹の中心に近いところでは地中の根っこから栄養を含んだ水分が吸収されており、春の一定以上の温かい日々を恋焦がれて過ごしているのです。
そう、彼らも冬の間、脈々と栄養を送り、日々を生きているのです。
テレビを付けたおじいさんにおばあさんが無言ながらも多くと感情を眼差しで送ります。残念ながら旦那さんに届いておラス。
またか、とショックを受けています。
明日の天気は中旬並みで小春日和となるでしょう。
「ばあさん。一緒に散歩行くか」
おばあさんは結局自分だけが散歩することになるだろうと予測して、そのことを文句を交えて、伝えようとおじいさんへ視線を向けると、あらびっくり。
若かれしおじいさんに見染められたあの若き日々の眼差しでこちらを見るじゃありませんか。
言葉を失うおばあさん。
おばあさんの脳裏にあの頃のおじいさんが鮮明に蘇ってきます。それに比例するようにおばあさんの心にもあのころの自分の気持ちが蘇ってくるようで胸がドキドキしました。
心配になるおじいさん。
二人は目を合わせ、お互いが歳老いた姿が確認できると、途端にへにゃりと笑顔を崩します。
あの頃のどきどきもいいけれど、今確実に二人の中にある安堵感は何物にも代えがたい何かがそこにあると示しているようでした。
「まぁ」
おばあさんは一瞬の自分の心の揺らぎが表に出てきて恥ずかしさで腕を振り、無かったことにしようとします。
おじいさんはおじいさんで、お茶を飲んで咳き込みました。
二人とも気恥ずかしいその気持ちを、丁寧に宥めながら、お互いの中にしまっていこうとしています。
それぞれの内心ではその作業を滞りなく行われるために、言葉を多くご利用中で騒がしいですが、それに反して室内はテレビと鳥の鳴き声そして風の音がします。
テレビに映るお天気お姉さんが言います。
「今日の合言葉は”ときめき”。春の訪れとともに別れもありますが新たな出会いもあります。先生との出会い・クラスのみんなとの出会い・部活の先輩との出会い。あなたはどんな出会いを望んでいますか?」
スタジオのみんなが懐かしそうに学生時代のこぼれ話に花を咲かせてこれから学校や会社に向かう視聴者様へ笑顔と元気を届けます。
彼らの言葉が二人の耳に届く。
「私は悩みを聞いてくださって支えてくださった恩師と中学を卒業し別れましたが、その後素敵な先輩に出会ってその先輩がまた新しい恩師との縁を結んでくださって、今でも彼らと交流を持っています」
その言葉に二人はビックリする。
何でもないいつもの朝のニュース。
二人が宥めている昔の自分たちもそんな先輩と後輩であった。そして仲人を務めてくださったのは、恩師。
二人の心に春の芽生えのように生まれた気持ちにおじいさんは胸がいっぱいになり、あの頃の恩師の言葉を思い出します。
『相手が居るからお前も居る。お前も居るから相手も居ってくれる。今のような悩みを抱えようとムカつくことがあろうと、疲れた時だろうと一緒に居るそれが家族だ。例え距離が離れていても何かあって連絡が来るのは家族だ。事務的なことも対応するのは家族だ』
学生の時に恩師に質問した答えだ。付き合っているのと結婚との違いについて。
ここまでの道のり、目の前の女性を妻にと思い守ると覚悟したあの日からおよそ六十年。
妻の久しぶりに見る照れた笑顔のようすに気が付いたおじいさんは、妻へ何年ぶりかの優しく包み込むような笑顔を向けます。
そのおじいさんの笑顔に気が付いたおばあさんは、「食べましょうか」と何年振りとなる優しい口調で食事を促しました。
「あぁ」
おばあさんの口から本音がこぼれます。
「恥ずかしい。目―、粒ッていた方がちょうどいい!」
勝ち誇ったようにおじいさんが言いました。
「母さんが照れてる」
言わなくていい一言がおじいさんの口からこぼれます。
「モテる男はつらいのう」
「懐かしいし、何言ってるんだか、もう」
長年連れ添った食事を共にした夫婦。無言で醤油を渡すおばあさん。玉子焼きに醤油をかけるおじいさん。
「何が良いんだか」
そのようすを睨みつけながらおばあさんは愚痴ります。
「旨いの」
「一度病院に行って検査してもらおうかしら」
「何度も言っているだろう。この醤油は出汁が効いていて、且つ甘く仕立ててあるから、大丈夫だと」
「関西のなんなのか知りませんけどね」
「九州だっていっただろう」
「ふん」
「お前も食べてみればわかる」
「嫌ですよ。私はおろしポン酢で十分です」
「何だ今のブームはおろしポン酢か」
「えぇ、それが何か」
おばあさんはおじいさんに見せつけるようにおろしポン酢のかかった玉子焼きを食します。
「あぁ、美味しい」
その様子をジーとていたおじいさんは「ふん」というと、そっぽを向きまた食べ始めました。
テレビから再び声が響きます。
「今日はお散歩日和になるようです」
「そうですね。桜も満開だと思いますので、是非お出掛けしてみてください。薄手の物を重ね着して温度調節しやすい格好でお出かけください」
おじいさんがおばあさんを見る。
おばあさんは胸中でため息をつきながら”このひとまさか散歩に誘う気”と警戒する。
そのことを重々承知なおじいさんは、そっぽを向いて、口を開いた。
「散歩に付き合え」
おばあさんは視線をお茶碗に向けて、ご飯を食べながら答えた。
「嫌よ、あなたが私に付き合って散歩してちょうだい。花見なんでしょ」
「ふん」
おばあさんは視線を向けて問います。
”無言の言ってみろ”です。
「一杯飲もう」
漬物をカリカリ食べ始めたおばあさんは、咀嚼している物を飲み込んでから言った。
「もう一杯だけですからね」
「そんなこというな」
「そうね。近くのコンビニで飲み物と食べ物を買って、そこの公園で花見としゃれこみますか」
「そうこなくっちゃな」
「もう、まったく」
「饅頭買ったらいいじゃないか。あの、桜の」
「そうします!」
「ははは」
とおじいさん。
「ふふふ」
とおばあさん。
今年も桜が咲き、久しぶりのデートと相成りました。
二人で楽しそうに歩く姿にコンビニの店員の顔見知りのおばちゃんは、こっそりおばあさんに「いいわね」と楽しそうに告げました。
まるで学生の呟きのようなやり取り。少し離れたところで待っているおじいさんもそのやり取りの内容がなんであるのか察していましたが、知らないふりをしました。
気を紛らわそうと上空の様子を伺います。
そよ風よりも少し強い風が彼の薄くなった髪を揺らします。
こりゃ、雨でも降ったら桜の花弁は落ちてしまうなぁ。
そうひとりで思っているおじいさんにおばあさんが声を掛けます。
「何考えているんですか?」
「もう終わったのか?」
「ええ、終わりましたよ。あなたのお目当てもここにあります」
「おまえだってしっかり買ったんだろう」
「そりゃ、そうですよ。で、何考えていたんですか?」
「いや、なに。何でもない」
「まぁ」
おばあさんは上空を見ておじいさんを見て、顔を左右に振りました。
「まったく。まだ咲いているうちに楽しみましょう」
「あぁ」
バレたか。言わなければバレないと思ったのに。言ったら怒られるからなぁ。
とおじいさんは思いながらおばあさんの後ろをついて歩きます。
おばあさんは止まって後ろを振り返って、睨みます。
「私はあなたの案内役でも介護士さんでもないのよ」
「あ?」
訳のわからないといいたげなおじいさんに、おばあさんはため息をつきながらこう告げます。
「あなたの時々こうしたことに対するすっとボケに慣れたと思っていましたが、まさか今来るとは。今は私とあなたのデートです。デート分かりますか。デートしている二人ならこのような並び方ではなくて横に並んで歩かないでどうするんです」
目を見開いたおじいさんは右手で頭をかるくカリカリとかいて、「おお」と分かっているのか分かっていないのか分からない返事を返します。
「さぁ、ここに来て」
おばあさんの誘導におじいさんは従います。
こういう時は逆らわない方がいい。
おじいさんの長年の智慧。
素直に従うおじいさん。
親にも兄弟にも見せたことがないと思っているその姿は、しっかり親兄弟に知れていると気が付いていないということを知っているおばあさんに叶うはずがありません。
無事におばあさんの望み通りスタイルで闊歩する。まぁ、気持ちはもっと快活な感じになっていて、二人は楽しそうに歩いています。
ビックリした表情の近所の店員さん。
パートに出かける主婦が自転車で横を通り過ぎます。
すかさずおじいさんがおばあさんを自分の腕につかまっているその手を頼りに引き寄せます。
不思議と二人は恥ずかしさも見せず、視線だけでお礼などの挨拶などを交わし、再び前を向きます。
そして今気が付いたかのように、おじいさんが歩みを止め、おばあさんの手にしている買い物袋を持ちます。
見つめ合う二人。
無言の攻防の末、おじいさんは勝ち取りました。
おばあさんは嬉しいのやら悔しいのやら、それでも楽しそうに笑っています。
公園の手前にある川沿いの道を歩く二人。
川にいた鳥が三羽飛び立ち、二人はいいものが見れたと笑顔を浮かべる。
春の風が吹きました。
桜餅少し苦手でしたが、春の味覚を味わうために食べるようになりました。




