第6話
呼び出しは、唐突だった。
「ユーリア・ベイガー嬢。本日放課後、上級講堂へ」
理由は告げられなかった。
けれど、分かっていた。
ユーリアは、静かに息を吐く。
逃げるつもりは、最初からない。
むしろ、来るなら早いほうがいい。
(受けて立つ・・・!)
◇ ◇ ◇
貴族学院の上級講堂には、思ったより人がいた。
中央に並ぶのは、数名の教師。
その後ろには、生徒会役員。
そして見学席にはずらりと並んだ貴族令嬢令息たち。
入場した瞬間、視線が一気に集まる。
居心地は正直よくない。
それでも、ユーリアは背筋を伸ばし、一礼した。
「ユーリア・ベイガーです」
上級薬草学の教授が、口を開く。
「あなたが行った“花の保存”について、確認を行う場だ」
確認というが、言葉通りに穏やかではないことは、誰にでも分かった。
「まず聞こう。その技術に、魔法は使われているか?」
「いいえ。一切、使っていません」
ざわ、と小さな驚きが広がる。
「やはり、魔道具では」などと小声で会話している声もちらほら聞こえる。
「では、魔道具の使用は?」
「使っていません。調合した薬液と、物理的な処理が主体です」
上級薬草学の教授が、顎に手を当て、考え込むと、今度は魔法植物学の教授が言葉を継いだ。
「……詳しく説明してください」
どこまで話すか。
――いや。
ユーリアは一瞬迷った。
(隠す理由は、ないわね)
「花は、水分を失うことで枯れます」
朗々とユーリアの自信に満ちた声が講堂に響く。
「つまり水分が抜けると、細胞が壊れ、形が崩れていくと私は考えました」
講堂はユーリアの言葉に耳を傾けている。
「私はまず、表層だけを調整しようとしました」
「表層とは?」
魔法植物学の教授が先を促す。
「はい。花弁の裏側から、極薄く処理を施すのです。
酒精を使い、内部を支える構造に変化させます」
ユーリアは、続ける。
「その上で、色素が変質しないよう、
紅星花の場合は、保存液を二層に分けました」
今度は魔法化学の教授、思わず口を挟んだ。
「……それならが、花ごとに調合を変える必要があるな」
「おっしゃる通りです」
ユーリアは頷いた。
「異なる花に、同じ方法は使えません」
試行錯誤を書き散らしたノートを思い出しながら説明を続けていく。
「白銀の薔薇の場合、異界蜜樹の樹液の配合で失敗を繰り返しました」
「失敗とはどのような?」
「六本中、四本を失っています。紅星花でもそれは同じでした」
一瞬、空気が凍った。
「王弟殿下の花を失ったということ・・・?」とざわめきが大きくなっていく。
ユーリアは、それにかまわずに続けた。
「方法は試行錯誤しました。そして辿り着いたのが今回の支持用と保存用を分け、2層にする方法です」
「その液に浸して組織を固定するのだね?」
「はい、おっしゃる通りです。あとは直射日光と空気の変化を避けるられるよう、
紫外線防止処置を行ったガラスケースに入れて終了です」
(さすが教授たちは理解と論理だてがスムーズだわ)
説明を聞き終わった教授たちは、講堂のざわめきをよそに顔を突き合わせて相談し始めた。
―――やがて、低い声が落ちる。
「……この方法は魔法ではないな」
「法に触れる部分もない」
「むしろ、基礎調合、化学論理の延長だろう」
貴族学院が誇る優秀な教授陣の言葉。
その結論に、空気が変わる。
上級薬草学教授は、はっきりと宣言した。
「ユーリア・ベイガー。あなたの技術に、不正や違法性は認められない」
ざわっ、と音が広がった。
「素晴らしい技術です。あなたがこの貴族学院の生徒であることを、我々は誇りに思います」
「・・・ありがとうございます」
ユーリアは、静かに息を吐いた。嬉しいが緊張してそれどころではない。
(……ひとまず、終わった)
――そう、思った、そのとき。
「ひとつ、よろしいでしょうか」
柔らかだが冷たさがにじむ声が、割り込んだ。
見事な金髪をピンクのリボンで結い上げた令嬢が、一歩前に出る。
イリーナ・オルロフ公爵令嬢、ヴァルデック公爵家と対立するオルロフ派の筆頭貴族だ。
つんとした鼻筋に鋭く光る緑の目、口元にはにこやかな笑みを浮かべている。
「問題が“ない”からといって、安心していいとは限りませんわよね?」
講堂が、再び静まった。
「その技術。個人で扱うには、少々――危険ではなくて?」
教師たちの視線が、揺れる。
「学院として、管理すべきだと思いますの」
その言葉に、胸の奥が冷えた。
(……そこ、か)
白か黒かの話ではなかった。
初めから狙いは“誰のものか”という論点だったのだ。
ユーリアは、ゆっくりと拳を握る。
(これは私の、努力の結晶なのよ)
ユーリアは、顔を上げる。
視線の先で、コーデリアが不安そうにこちらを見ていた。
そして、教師たちもまた、答えを探している。
彼らは学問に関しては王国でも有数の専門家だが、
こと政治力に関しては令嬢であっても貴族に一日の長がある。
(……ここからが、本番ってわけね)
調査は乗り越えた。
だが、本当の争いは、今、始まったばかりだ。




