第8話
翌朝。
貴族学院は、いつも通りの風景をしていた。
朝の光を浴びて登校してくる生徒たち、きちんと整えられた制服。
廊下でかわす優雅な挨拶。
けれど、ユーリアには。
(……昨日までとは、明らかに違う)
ユーリアへの視線が増えていた。
探るような、測るような目。
――まるで値段をつけるような。
◇ ◇ ◇
「おはよう、ユーリア!」
教室に入ると声をかけてきたのはコーデリア。
眉をハの字にして少し困った顔をしている。
「生徒会に届いたのよ」
「……何が?」
コーデリアは封書を数通、まとめて差し出した。
封蝋の付いた厚手の封書。
各々家名入りだ。
ユーリアは、昨日の今日でもう手が回っている貴族の情報網にある意味感嘆を覚えながら
渋々受け取った。
◇ ◇ ◇
一通目は
丁寧で、距離のある文章で、技術協力の打診やその条件が書かれてあった。
二通目は
言葉が少し減り、独占契約の提案だった。
――その報酬、金貨百枚。
(ひゃ、百枚!?!?)
驚いてユーリアは、手紙から目を上げた。
コーデリアが、息を吐いた。
「いよいよ本気でユーリア取り合い合戦ね」
「コーデリア、言い方」
ふふっと笑って頷いたコーデリアは少し真剣な顔になって言う。
「問題はここからよ」
三通目。
差出人を見た瞬間、胸の奥がひやりとした。
あの、イリーナの実家、オルロフ公爵家派閥と深く結びついた商会からの封書だった。
王都の基準に沿った保全と、技術の運用について共同管理の依頼について、
有無を言わせない筆致でつづられている。
(“自由に使うな”、ってことよね)
◇ ◇ ◇
「どうして、ここまで?」
ユーリアが呟くと、コーデリアは少し考えてから答えた。
「理由は、三つ考えられるわ」
指を一本、立てる。
「まず、あなたの技術そのものに価値があること」
保存花は、永遠ではない。
だが今の調子であれば、数年はもつだろうと予測される。
“保存花”は、儀式が多い貴族社会と、致命的に相性がいいのだ。
「2つ目は、魔法を使っていないこと」
指を2本に増やしたコーデリアは続ける。
「開発者以外が再現できる可能性。それを独占できれば商機になるわ」
真似される前に、早く得たものから利益が出るということだ。
そして、3つ目は。
「おそらくこれが一番の理由ね」
コーデリアは、少し声を落とした。
「あなたが、“貧乏子爵家の令嬢”だということ」
ユーリアは、黙って聞いていた。
「身分が低くても、一流の技術があれば評価される」
「それを、今回、紅星花の件で、ユーリアが証明してしまったのよ」
それは下位貴族にとっては希望になる。
しかし同時に、高位貴族にとっては秩序を揺らす異分子。
「前例をのさばらせたくないのよ」
コーデリアは、はっきり言った。
「だから囲う。囲えなければ、縛る。
それも無理なら――」
言葉は、続かず、朝の教室の音に消えていった。
◇ ◇ ◇
学院の応接室。
(最近、呼び出されすぎている気がするんだけど・・・)
授業後に到着したユーリアを待っていたのは、中年の男性だった。
ロマンスグレーの髪をしっかりとなでつけ、仕立ての良いブラックスーはに全く隙のない装い。
見知らぬ人物の登場にけげんな表情を悟ったのか、男性は立ち上がり自己紹介を始めた。
「初めまして、私はルヴァン商会の代表・ボヌール・ルヴァンです」
穏やかな口調で話す。
「あなたの技術に、将来性を感じまして」
(ルヴァン商会、さっきのオルロフ家の息がかかった商会よね)
ユーリアは、促され椅子に腰掛ける。
「当商会からの親書は読んでいただけましたでしょうか。本日は、その共同管理の提案に参りました」
(動きが早い、さすが王都でも1,2を争う大商会ね)
「開発者はベイガー子爵家のユーリア様だとうかがいました。
大変貴重な技術でありますから、もちろん十分な報酬をお支払いいたします。ですが―――」
ルヴァンは条件は整っている、という口ぶりで続ける。
「ベイガー様おひとりでの運用は、いささか困難であろうかと」
ルヴァンは、机に手をつく。
「まず運用には一定の資金が必要です。差し出がましいようですが、ベイガー様は御実家がその・・・」
あからさまな苦笑の表情を浮かべるルヴァン。
「今後は弟君の進学費用も必要となってくるかと存じます。
一度渡していただければ、我々のノウハウをもって大変有効に、その技術を活用できるかと」
弟ヴィクトルの学費、ぼろい実家の修繕や、領地の農作物の開発など―――
積み上がりまくっている現実的な問題の数々。
この提案はまとまったお金が入るという意味では、現実的な救い、なのかもしれない。
だが――
「せっかくのお話ですが、技術をお渡しすることは、できかねます」
ユーリアは覚悟を決めている。
ルヴァンの目が細くなった。
「理由を、お聞きしても?」
「囲われる理由が、技術の価値ではなく、私の立場だと考えるからです」
「私をあなどっている。そんなあなたの提案を受けることはできません」
ユーリアは、視線を逸らさなかった。
◇ ◇ ◇
応接室を出たあと。
廊下の窓から、春の光が差し込んでいた。
(よくもまあ、ヴィクトルの学費のことまで持ち出して、ウチを下に見た交渉だったわね……
あの場で怒りださなかっただけ、ありがたいとほめてほしいくらいよ!)
だが、これで、あっさり引き下がるとは思えない。
――私は、管理される側には立たない。
あの場で宣言してちょうど覚悟も決まった。
春の風が、ユーリアの柔らかな茶髪を揺らしていく。
◇ ◇ ◇
その夜、ユーリアは、自室の乾燥棚の前で、保存用の小瓶を手に取った。
(あれ、軽い・・・)
違和感に、眉をひそめる。
中を確かめた瞬間、息が止まった。
保存液が、わずかに変質していた。
色も、匂いも、昨日の夜確認したときと違う。
(……まさか!)
朝、登校の前に鍵は確かにかけたし、その鍵自体も肌身離さずいつも通り持ち歩いていた。
それでもこれは偶然ではないと確信し、ユーリアは静かに瓶を置いた。
(誰かが、この部屋に・・)
胸の奥が、ひやりと冷える。
囲えなかったとき、相手は次にどう出るか。
その答えが、もう動き始めていた。




