第1話
貴族学院の「花の日」は、毎年決まって賑やかだ。
学院中の廊下には、瑞々しい香りが満ち、
講堂には生徒の親たち、つまり王国貴族たちから献上された花が美しく、優雅に並ぶ。
令嬢たちは着飾り、令息たちは婚約者に厳選した花束を贈る。
美しく華やかで、甘酸っぱい――「花の日」は学院の春、一大イベントなのだ。
そんなキラキラした日に、
私、ユーリア・ベイガーはというと。
悲しいかな、壁の華になるしかないというのが現状だ。
なぜならば我が家は貴族とは名ばかりの、貧乏子爵家。
着飾るドレスも宝飾品も無ければ、こんな女を娶ってくれるような奇特な婚約者も、もちろんいない。
私自身こういう華美なイベントが苦手なのもあり
(だってどうやって振るまえばよいのかわからないのだもの)
色々もったいないと感じてしまったりなんて貧乏性を発揮し、
そんな風に感じてしまう自分に対しても、なんとも、居心地が悪いのだ。
もはや、学院食堂の料理人が腕によりをかけた御馳走をお腹いーーーっぱいに食するくらいしか、やることがない。
まあそんなこんななので、
婚約者から贈られたのだろう色とりどりの花束を眺めながら嬉しそうに歩いていく令嬢たちの輪に入りきれず、自然と足は、ひと気の少ない中庭の奥へ向かっていた。
(あーお腹いっぱい、ちょっと食べ過ぎたかしら・・・あのキャラメルケーキ、美味しかったなあ。
あ、花束も良いけれど、この中庭のバラも本当に美しいのよね、うわ、いい香り・・・!)
ベンチに腰掛け、中庭のアーチに沿って綺麗に育て上げられた真っ赤なバラに顔を寄せていると、
「ユーリア!」
可憐な声に呼ばれて振り向く。
コーデリアが優雅に手を振っていた。
コーデリア・フォン・サイヘゲート。
名門サイヘゲート侯爵家出身、白銀に輝く髪と紫の瞳をもつ上品で優雅なご令嬢だ。
その高貴な身分を笠に着ることなく、自領の一般市民とも積極的に交流しサイヘゲート領の繁栄に貢献している。勉学でも優秀な成績をおさめ、同級生のなかでも目立つ存在だ。
入学当初、ユーリアは彼女と親しくなるなんて思いもしなかった。
家格も、生活も、何もかも違いすぎる。
同格程度の男爵、子爵家の令嬢と連れ立つのだろうと考えていた。
けれど、入学したての頃、慣れない教材室でたまたま同じ参考書を一緒に探して以来、私たちは何度かきっかけがあり、お互いがお互いの大切な友人になった。
コーデリアは我が家の事情ももちろん知っている。だが、むやみに慈悲をかけたりせず、我が家なりのプライドを理解してつき合ってくれる。私があの手この手で家計を助けている話も、いやな顔一つせずに、いつも楽しそうに聞いてくれ、貴族学院4年生、最終学年の今となっては、気づけば親友とも呼べる間柄になっていた。
そんな彼女の少しはにかんだような、嬉しそうな声。
「見せたいものがあるの」
そう言ったコーデリアが手に持っていたのは大きな花束だった。
白銀に輝く薔薇に、瑞々しく香り高い、淡いブルーの小花が添えられている。
「あら、愛しの婚約者様からね?」
「ええ、そうなの!レオンハルト様が、先ほどのダンスのあとに」
彼女の声は嬉しそうに弾んだ。
レオンハルト・フォン・ヴァルデック――ヴァルデック公爵家の嫡男だ。
コーデリアとは去年の秋に婚約を結んだ。
同い年である2人にとって今年は、
婚約者になってから迎える最初で最後の「花の日」。
コーデリアとレオンハルトが婚約を結ぶまでの一部始終を見守ってきたユーリアにとっても、
とても喜ばしいことであった。
二人が仲睦まじいことは、普段から誰の目にも明らかであったが、
今回もレオンハルトのコーデリアへの愛はたいそうなものであったようで。
王族でもそう簡単には手に入らないと言われる白銀の薔薇が、その愛の大きさを象徴していた。
「白銀色はコーデリアの髪、淡いブルーはレオンハルト様の瞳の色ね。とっても素敵」
「本当に白銀の薔薇をくださるなんて・・・私、とっても驚いたの!」
ユーリアは幸せいっぱいに紫の瞳をキラキラさせて微笑む美しいコーデリアをほほえましく思いながら、一方でどこか遠い気持ちで見ていた。
婚約は、ましてや恋なんて、私には縁がないだろう。
ベイガー家は7歳年下の弟が継ぐが、弟はまだ、貴族学院に入学すらしていない。
卒業後は弟を教えながら、ユーリアが、家計を支えるのだ。
そう思ってきたからこそ学院在籍中、「自分のできること」を探し学び、増やしてきた。
(幸せそうなコーデリアを見ていると、こっちまで幸せな気分になってくるわ)
ここまで2人の紆余曲折を見守ったユーリアにとって、幸せ全開のコーデリアは全く不快ではなく、むしろ喜ばしいこと。ユーリアがそんな喜びと思い出に浸っていると、
「でもね、ユーリア」
コーデリアの声が少し曇った。
「この花は今日が、いちばん綺麗だと思うの」
「・・・どういうこと?」
「明日からは少しずつ元気がなくなっていってしまうのよ……」
彼女が伏せた視線の先に、地面に落ちた薔薇の花があった。
数日前に枝から離れたのだろうか。鮮やかな色を失い、小さく萎びた薔薇。
「枯れてしまったら、戻らないものね」
「ええ…普段ならいいのだけれど。
今年の、今日の、この花束だけは・・・永遠に残していたいと願ってしまうの・・・」
コーデリアのあまりに悲し気な表情。
最初で最後の「花の日」の、愛のこもった花束。
私の中の思考が、動き出した。
枯れるのは、水を失うからだ。このまま乾いてしまったら、形が壊れていく。
(……枯れる前に、何か、何か、)
枯れた花を元に戻すことはできない。
鮮やかな色は徐々に陰り、張りのある花びらは水を足しても、決してもとには戻らない。
ならば―――
いっそ枯れる前に水分が飛ばないようにすれば。
そうだ、細胞が壊れないように加工してしまえばいい・・・!
「ユーリア?どうかしたの・・・?」
急に黙って考え込んでいたユーリアだったが、一つの考えが思い浮かんだ。
「……コーデリア、その大切なお花、・・・少し私に預けてくれる?」
「え、ええ、ユーリアになら良いわ。また、何か考えていたの?」
「うん、これがうまく行けば・・・コーデリアにも喜んでもらえると思う」
そう言って、ユーリアは白銀の薔薇と青い小花を数本ずつ、大事にくるんで受け取った。




