妄人日記
イカロスと言う名前のギリシャ人が太陽に服を着せようとして失敗してから何年か経って、人間たちはようやく月に到達した。
その頃の地球は青かったらしい。
それからしばらく経って、地球は赤くなった。
つまり前にも増して勤労と言うものが求められる様になった。
勤労と言ってもかつて行われていた農作物の生産、それの形式的な尊敬を示す行為で、各個人に日々割り振られた「生産緑地」と呼ばれる土地の草を毟ったり、土を混ぜ返したりする事を指す。
これはかつてあった「収穫」と言うやつの真似事らしい。
いまは全ての野菜が工場で生産されている。
土地を平面にしか使えなかった頃はきっと不便だったろうし、野菜も少なかったんだろうと思う。
昔の人たちはどうやって健康を維持していたんだろう?
こうなる前、具体的に言うと東京でオリンピックと言う世界規模の運動会(様々な肉体的行為での優劣を決める何かが行われるらしい)があった頃、まだ地球は青くて、人々はそれぞれ好きな労働をしたり食事をしたりしていたらしいけれど、疫病とか色んな宗教が流行った結果として「革命」と言う事になったらしい。
「革命」と言うのはとても大変で、その頃にあった過剰な労働が無くなった代わりに平均的な労働が増えたと言うことだ。
「怠惰が許されなくなった」
むかし生産緑地で一緒に労働した老人がそう言っていた。
最近は彼を見ないのできっと山に入ったのだろう。元気にしているだろうか?
その話をしてくれた老人がまだ産まれてもいない頃、いまと似たような事をしようとした国があるらしい。
でもその頃は土地を平面にしか使えず、野菜の不足から人々は貧困から勤労できずに失敗してしまったらしい。
今は充分な野菜が配給されるから、誰でも労働に勤しむ事ができる。悪いことじゃない。
いまは全ての人たちに草毟りや土を混ぜたらする仕事があってきちんと社会に必要とされているから安心だ。
むかしの人たちは自分が社会に必要とされていないと感じていて、とても不安だったと聞いた。
その頃は怒ったり笑ったりする為のエンターテイメントが隆盛で、人々そうやって不安を紛らわせていたと言うけどそんな事は可能なんだろうか?
いまはそう言った不安が無いからエンターテイメントを必要とする人はいない。
そんなものが必要な世界は少し怖いと思う。
少し怖いと言えば、実を言うと明日が少し怖い。明日は交配日と言う予定で、初めて違う性別の人と出会う。
違う居住区で暮らしている女性と言うのはどんな存在なのだろう?
噂だとこの交配日もいずれは無くなるらしい。
あした会うひとはどんな言葉を知っているのだろう?
その人も生産緑地で老人から色んな話を聞いたりするのだろうか?
どんな野菜を食べて、どんな労働をするのだろう?
そろそろ眠らなければならない。おやすみなさい。




