第52話 ルージュの記憶を探して
宿の奥から、ドタドタッと軽快な足音が響いてきた。
「あら! アヤナちゃんじゃないの! まぁまぁ、久しぶりねぇ!」
声とともに現れたのは、まさに“肝っ玉かあさん”という言葉がぴったりの女性だった。
どっしりとした体躯に結んだエプロン。その姿にはこの宿の主としての頼もしさと温かさが滲んでいる。
「お久しぶりです。マーサおばさん!」
「ほんとねぇ、何年ぶりかしら。――でも活躍は聞いてたわよ。まさか、あのアヤナちゃんがレーサーになるなんてねぇ!」
「ふふっ、私も自分でそう思います」
そう言って、二人は懐かしそうに笑い合った。
「それで、そちらの子たちはお友達?」
「はい、同じ学院の同級生なんです」
「あらまぁ、そうなのね。私は“赤翼亭”の店主、マーサ。よろしくね」
俺たちも順番に自己紹介をしていく。
「マーサおばさんの料理は最高なのよ」
アヤナの一言に、マイルがぱっと顔を輝かせた。
「たのしみ!」
その横で、食いしん坊のノクティがマイルの腕の中で大興奮。
「うおお、メシだぁ!」とでも言いたげに、ぱたぱたと小さな羽をばたつかせている。
「それで、泊まってくのよね? 部屋は二部屋でいい?」
「はい、お願いします」
受付はアヤナに任せて、オレは宿の中を見回した。
入口を入るとすぐ食堂があり、夜は宿泊者以外にも開放しているらしい。
すでに何人かの客が席に着き、香ばしい匂いの漂う料理を楽しんでいた。
「それで、食事はどうするんだい? すぐに用意できるよ!」
マーサさんの声に、みんなの視線が自然と合うと全員同時に頷いた。
ほどなくして運ばれてきたのは、細い串に鶏肉のいろんな部位が刺さった料理だった。
「これ……テリヤキに味が似てるね」
「確かに。このタレが焦げた感じ、最高だな」
「これは“ヤキトリ”って言うのよ。みんなが好きだろうと思って、おばさんにお願いしたの」
どうやら気を利かせて頼んでくれたらしい。
もちろん、その味にノクティは大興奮だ。
「うまい、うまい!」と叫びながら、マイルに串から外してもらったそばから次々と平らげていく。
……これは、どう考えても足りなそうだな。
そんな様子を見ていたマーサさんが笑いながら言った。
「まぁ、わんちゃんにはもう少し薄味のほうがいいかしらね?」
その瞬間、ノクティが「犬じゃねえ!」と言い出しそうになり、マイルが慌てて抱きかかえる。
「あ、あはは……この子、濃い味が好きなんです! 大丈夫ですから!」
マイルの必死な取り繕いに、マーサさんは「まぁそうなの?」と首を傾げ、周りの客たちはくすくすと笑いが起きる一幕もあったが、オレたちは美味しい料理を腹いっぱい楽しむことができ大満足だった。
◇◆◇
街の大通りを少し歩くと、にぎやかな中心街の雰囲気が次第に薄れていき、代わりに落ち着いた空気が流れはじめる。
石畳の道を抜けた先に広がっていたのは、整えられた並木とクラシカルな家々が立ち並ぶ、静かな住宅街だった。
その中でひときわ目を引く大きな屋敷の前で、アヤナが足を止める。
「ここが、私の生家よ」
そう言って微笑むアヤナの後ろで、オレは思わず見上げた。
これ……まるで、王侯貴族の別荘じゃないか?
「マジかよ! うちよりデカいじゃねぇか!」
レオンが驚きの声を上げる。自分も、名門・ヴァルガス家の出身の彼が驚くほどだ。
「もしかして、アヤナちゃんって王族だったり……」
マイルのつぶやきに、アヤナはくすっと笑った。
「ふふ、違うわ。ただの――ちょっと古い家系よ」
そう言ってインターホンを押すと、重厚な鉄柵の門が音もなく開いていく。
手入れの行き届いた庭には、中央に立派な噴水があり、周囲を色とりどりの花壇が取り囲んでいた。
アヤナを先頭に玄関へと向かうと、扉が勢いよく開き、小さな女の子が飛び出してきた。
「アヤナお姉様ぁ!」
勢いそのままにアヤナに抱きつく。
「リリアちゃん、お久しぶりね」
アヤナが優しく微笑みながら抱きとめた。
知り合い――というか、親戚かな?
その女の子はアヤナと同じ黒髪で、肩まで揃えられた髪がふわりと揺れる。
くりっとした大きな瞳が、嬉しそうにアヤナを見上げていた。
◇◆◇
屋敷に招き入れられたオレは、思わず足を止める。
レオンの実家も相当だったけど――あっちは“質実剛健”って感じで、武家の屋敷みたいな重厚さがあった。
それに対して、アヤナの実家は……なんというか、まさに豪華絢爛。なのに、不思議と嫌味がなくて、どこか品のある空気が漂っていた。
隣を歩くマイルも、口をぽかんと開けたまま、きょろきょろと周囲を見渡している。
そして、案内された客間には、すでに一人の女性が座っていた。
「アヤナさん、お久しぶりね」
やわらかな声が響く。
「はい。エレノアおばさま、お久しぶりです」
アヤナがふっと笑顔を浮かべて、ぺこりと頭を下げた。
「さあ、みなさん。遠慮せず、こちらにお掛けなさいな。リリアはこちらに座りなさい」
「やなのですー! アヤナお姉様の隣がいいのです!」
リリアが駄々っ子みたいに甘えると、エレノアさんは苦笑いを浮かべながら、「もう……仕方のない子ね」とため息をついた。
オレたちがソファに腰を下ろすと、すぐにメイドさんが現れて、あたたかいお茶と焼き菓子を丁寧に並べていく。
なんというか……映画の中の貴族の応接間にいる気分だった。
アヤナが少しだけ恐縮したように言うと、エレノアさんはやさしく首を振った。
「気にしないで。いつでも来てちょうだい。ここはあなたの家でもあるのだから」
「ありがとうございます」
そのあと、オレたちは今日ここへ来た目的――ルージュの件について、エレノアさんに説明した。
話を聞いていたエレノアさんは、「あとで使用人に探させましょうか」と申し出てくれたが――
「ありがとうございます、でも自分たちで探します。自分でもやっぱり見ておきたいんです」
アヤナがそう言って、やんわりと断った。
きっと、懐かしさや思い出もあるのだろう。
そのあとは、ここ最近の出来事や学園生活の話をあれこれと語り合った。
エレノアさんもリリアも、どこか嬉しそうに、こちらの話を楽しそうに聞いていた。
――と、そこまでオレたちの話を黙って聞いていたリリアちゃんが、もうがまん出来ないという感じで、とつぜんとんでもないことを聞いてきた。
「それで、アヤナお姉様」
急にぴょこっと顔を上げたリリアが、目をキラキラさせて訊いてきた。
「どちらの方が“彼氏様”なのですか?」
「なっ!? ちょ、ちょっとリリアちゃん!? この二人はただの友達よ!」
アヤナが真っ赤になって慌てて否定する。
「そうなのですか?」
リリアはキョトンとした顔で、交互にオレとレオンを見比べてくる。
「ふーん、わかったです。じゃあ飛翔船に乗せてほしいのです!」
あまりに急展開すぎて、誰もが対応に困るなか――
エレノアさんが困ったように笑って、こちらを見た。
「ごめんなさいね。いつもこうなのよ。誰に似たのかしら」
……オレたちは思わず顔を見合わせて――そして、揃って苦笑いするしかなかった。




