第49話 帝国の影
霞んだ視界の中、頭の中では考えがぐるぐると渦を巻いていた。
――この相手、間違いなく戦い慣れてる。オレたちなんかとは、経験の桁が違う。
「スカイ大丈夫か!」
「ああ、なんとかな。ルミナークとノクティのお陰だ。二人も深追いはするなよ」
無線越しにレオンの荒い息が聞こえてくる。
「ったく、こいつは何者なんだよオヤジとは違うが。相対した時の殺気っていうか……」
「そうね、かなりの手練だわ。軍人っていうのは、本当なのかもしれない。……カレンポートの所属かはわからないけど」
アヤナも慎重な声で応じる。肌で、相手の格の違いを感じているのだろう。
「――二人とも、アイツがオレと一対一になるよう、誘導してくれないか」
「なんか、考えがあるんだな。任せとけ」
「了解よ。気をつけて、スカイ」
オレはこれまでの戦闘で、ある“癖”に気づいていた。
二人が連携し、敵機を左右から挟み込むように動く。
奴の注意がオレに集中するタイミングを見計らい――誘導開始。
「……まったく。何か策でもあるかと思えば、また正面突破ですか。素人が良い機体を手に入れて調子に乗る典型ですね」
通信越しに、男の冷めた声が響く。
「うるさい黙れ! 今度こそ撃ち落としてやる!」
あえて挑発に乗るフリをする。
ルミナークの主砲を拡散設定にし、正面から突撃する。
(これで“避ける方向”を誘導する……!)
敵機がギリギリでこちらの砲撃を回避しようと動いた――その瞬間、オレは読み切った進路に合わせて船首を切り、そのまま突っ込む!
「何だと!!」
通信の向こうで、初めて男の焦った声がした。
(読み通り。やっぱりあいつ、避けるときの癖がある!)
『オレは、ルミナークの力に慢心してるんじゃない“信じてる”んだよ!』
ルミナークの機体が青白く光を纏いながら、敵機と交差する。
鋼と鋼がぶつかる轟音が響いた。
轟音とともに敵機がバランスを崩す――その片翼は大きく損傷していた。
「……なるほど。慢心していたのは私の方、というわけですか」
「投降しろ! その機体じゃもう逃げられないぞ!」
だが、男は静かに言った。
「残念ですが、そういうわけにもいかないのですよ」
次の瞬間、敵機が信号弾を空へ向けて撃ち上げた。
「スカイ! 何か来る……!」
マイルの緊迫した声が響く。
前方の空が、ぐにゃりと歪んだ。
――空間が波紋のように波打ち、そこから、漆黒の巨艦が現れた。
一つの空島かと思えるほどの圧倒的な質量――まさに超弩級。
その船体に刻まれた紋章が、視界に入る。
「……グラディアス帝国!」
「こちら、グラディアス帝国軍所属艦『ビスマルク』」
重厚な拡声マイクの声が空に響いた。
「そちらの搭乗者は、我が帝国の“客人”だ。以後の処遇はこちらに任せてもらう」
「待て、そいつはこっちに攻撃を仕掛けてきたんだぞ!」
「……言い分があるなら、正式な外交ルートを通してください。
それでも妨害を続けるなら――我々は“国際法”に基づき、しかるべき手段を取らせていただきますが?」
脅すでも怒鳴るでもない。ただ静かに、容赦なく突きつけられる現実。
それでも食い下がろうとするオレをアヤナが止める。
「スカイ待って、今ここで帝国に手を出したら、本当に国際問題になるわ……!」
オレは唇を噛むしかなかった。
怒りと悔しさが胸の奥を焼く――だが、どうすることもできない。
――ちょうどその時、通信機から声が入る。
「スカイ君、セリナよ。……落ち着いて聞いて。たった今、グラディアス帝国から正式に“ワルマールの身柄引き渡し要求”が届いたわ」
「でも、大使……!」
怒りが込み上げて言葉を荒げるオレに、セリナ大使の声が静かに重なる。
「気持ちは、わかる。……ええ、私も本当は、今すぐにでも捕まえたい。でもこれは、国家間の問題なの。今は……どうか、耐えて」
「……くっ……わかりました」
オレは目を閉じて深く息を吐く。
ここで暴れても、どうにもならない……それくらい、わかってる。
「そう言えば、あなたの名前を聞いていませんでしたね」
敵機の男が聞いてくる。
「スカイだ!」
「スカイさん、ですね。……覚えておきましょう」
男は一拍置いて、名乗った。
「私はゼーダ。……以後、お見知りおきを」
そう言い残し、男は傷ついた軍用機から降り、
帝国艦から飛来したシャトルに乗り込んでいった。
――オレは、その光景をただ、黙って見ていることしかできなかった。
◇◆◇
「皆さん、本当にご苦労さまでした」
セリナ大使の柔らかな声が、隊員たちに響いた。
「ワルマール本人を捕らえることは叶いませんでしたが――
人質の救出、そしてカレンポートにおける商会の暗躍を止められたこと。
それは何より大きな成果です」
セリナ大使が作戦に参加した隊員を労う。
今回の“身柄引き渡し”に関する公式発表は、結局“非公開”とされた。
おそらく、グラディアス帝国からの強い圧力がかかったのだろう。
……アヤナが、そんなふうに推測していた。
ワルマール商会については、営業取り消し処分となり、私財のほぼ全てが没収された。
捕らえられた私兵たちの供述、そしてグラディアス帝国側からの内部情報提供――、その積み重ねによって、商会の裏の顔が明るみに出た。
そして――。
マイセンさんからは、当初の目的だった「パンツァーの部品」を正式に提供してもらうことができた。
さらに、救出した息子さんとお孫さんにも、すごく感謝された。
極めつけは、あの蒸気温泉だ。
「これからは、いつでも無料で使ってくださいね」と、息子さんが笑って言ってくれた。
なんでも、あの温泉宿のオーナーは彼なんだとか。
――――――
「いろいろ思うところはあるけど、これでひと区切り、だな」
オレがそうつぶやくと、レオンが肩を回しながら苦笑した。
「まったくだぜ。パンツァーの部品を探しに来ただけなのによぉ。まさか、あんな大騒ぎに巻き込まれるとは思わなかった」
「でもおかげで、温泉いつでも入り放題って最高だよね、アヤナちゃん!」
「ええ、ほんと。大変だったけど……蒸気温泉は癒しよね」
蒸気温泉にすっかり心を掴まれたマイルとアヤナは、どこか浮かれたような笑顔を見せる。
……もちろん、オレだって嫌じゃないけどさ。
「でもよ、蒸気温泉入るために、毎回ここまで来んのか?」
レオンが少しだけ現実に戻ってツッコミを入れると、マイルが得意げに胸を張る。
「ふふん。実はね、アストリアとギアベルグにも支店がオープンするんだって!」
「え、本当に?」
「本当よ。聞いた話だと、来月には開店するそうよ」
「マジかよ……それなら毎日でも通えるな」
「ふふ、楽しみね」
戦いのあとの静けさの中――
オレたちの表情も、自然と和らいでいった。




