第48話 実力差
「マイル、軍船の残留エネルギーを調べてくれ」
軍船のエンジンコア情報はすべて登録されている。たとえ同じ機種でも、稼働痕跡――いわば機体の『指紋』のような残留エネルギーには微妙な違いが出る。
マイルは素早く操作席のパネルに手を走らせ、ディスプレイに波形と色分けされたヒートマップを表示した。
「軍から提供されたデータと照合するね……間違いない、例の軍船だよ」
マイルが地図を拡大すると、二つの航跡が並行して北東方向へ延びていた。距離と時間差から、全力で飛べば一時間ほどで追いつけるはずだ。
オレはすぐにレオンとアヤナにも情報を共有した。
「よっしゃ! 地上監視ばっかでうんざりしてたんだ」
「張り切りすぎて失敗しないでね」
アヤナがレオンに釘を刺す。
「大丈夫だって。俺はレオン・ヴァルガスだぜ!」
最近レオンはヴァルガスの名前を使うことに、抵抗が無くなってきたようだ。
父親に認められたことが大きいんだろうな。
「期待してるぞ」
「ああ、まかせとけ」
◇◆◇
「目的地にはまだ着かんのか!」
ワルマールが操縦士に向かって怒鳴り散らかす。
「はっ、合流地点まではあと三十分ほどです」
「ジラールの奴はどうしておる」
「隊長は現在、軍と空賊討伐に従事中とのこと。討伐完了次第、帰還するとの報告です」
「軍の連中め……計画の邪魔ばかりしおって、忌々しい」
ワルマールは吐き捨てるように唾を飛ばした。
その時、無線が入る。
「ワルマール様、よろしいでしょうか?」
「どうした!」
苛立ちを隠そうともせず声を荒らげる。
「大使側が、どうやらこちらの動きに気づいたようです」
「何だと! 気づかれないと言ったではないか、この無能が!」
ワルマールは受信機に怒鳴り散らし、罵声を浴びせる。
「申し訳ありません……想定外でした」
「想定外ですむか! 早く処理しろ!」
「直ちに」
次の瞬間、随伴していた一隻の飛翔船が軌道を変え、ワルマールの機体から離れていった。
「……思ったより気付くのが早かったですね。仕方ありません、計画を変更しましょう」
離れていく飛翔船の中で、執事服の初老の男が感情のない声で呟いた。
◇◆◇
モニターを確認していたマイルが声を上げた。
「スカイ! 前方から船が来るわ。追跡してきた軍船の一機よ」
くそ、気づかれたか……。
「あと五分くらいで確認できるはずよ」
「了解。二人にも伝えてくれ。警戒はするけど、こっちから手は出さない様にって」
オレはマイルに指示をだすと、ノクティに話しかける。
「なあノクティ。一時的に多層バリアの強化って出来ないか?」
「まあ、他の所のエネルギーを回せば可能だけど……どうすんだ?」
ノクティが興味深そうに聞いてくる。
「相手が敵なのは間違いないとは思うけどさ、機体が軍の所属ないじょう、下手にこっちから手を出したら、問題になるかもしれないだろ?」
「まあな」
「だろ? だからさ、ちょっとカマを掛けてみようかなってな」
オレはそう言ってニヤリと笑う。
「なるほど、向こうに“先に撃たせて”口実を作るわけか」
「正解」
「面白そうだな、よし任せろ。軍機の全力射撃でも耐えられるくらいに調整してやる」
ノクティが指輪から飛び出し、不敵に笑った。
「スカイ。そろそろ見えてくるよ」
「了解」
――前方から軍用機がゆっくりと接近してくる。
無線が入り、感情の欠けた声が響いた。
「こちらカレンポート軍だ。そちらは軍の作戦を妨害している。直ちに行動をやめ引き返しなさい」
スモークのコックピットに人影は見えない。ただ、冷たい悪意のようなものが伝わってきた。
「こちらはカレンポート大使の命により、貴方たちを捕縛するように言われています」
オレはカマをかける。
「私たちは軍の所属だぞ。大使にそんな権限は無いはずだが」
「もちろん――本当に貴方達が軍所属であればですけどね」
オレはあえて速度を落としつつ、相手に近づいていく。
「止まれ。それ以上接近すれば攻撃する」
「こちらは、捕縛命令を受けていると言ったはずです。疑うのであれば、そちらも上官に確認したらどうですか?」
『――今確認したが、少将は空賊退治で忙しいそうだ』
「少将は今、空賊退治をしているんですか? それ――もう終わってるぞ!」
『なに!? ジラールからそんな報告は――』
「ジラールから報告? ワルマール商会の私兵隊長の名前だよな」
オレは冷静に言葉を突きつける。
「ちなみに、ジラールは軍に拘束されたぞ。少将が暴走して、空賊と一緒に商会の私兵ごと捕縛した結果な」
大使から事前に聞かされていた情報を、ここで切り札のように突きつけた。
「……なるほど。あの少将そこまで無能な男だったとは。これは参りましたね」
無線の向こうで、男の口調がガラリと変わる。
「やっと本性を表したな」
――その瞬間、敵の飛翔船の主砲が閃光を放った。
いきなり攻撃され避ける間もない。
直撃――だが、多層バリアが輝き、衝撃を完全に受け止めた。ノクティの声が船内に響く。
「どうだ、言ったろ? 軍機の全力でも通さねぇ」
「どういうことです?」動揺した男の声。
オレは怯んだ敵の隙を逃さず、スロットルを押し込み一気に上昇。機体を敵機の上に移動させ、左翼を狙って射撃した。
攻撃はかすめたが、翼を吹き飛ばすことは出来なかった。
「くそ、動きが早い!」
その時、無線から再び男の声が聞こえてきた。今度はわずかに興奮が混じっている。
「なかなかやりますね……しかし、その機体は一体なんですか。攻撃を受けても掠り傷ひとつつかないとは」
「どうする? 大人しく捕縛されるか?」
「ふむ……面白いことを言いますね。ただ、その装甲は厄介です。さて、どうしましょうかね」
男の声からは、攻撃が通じなかったというのに余裕さえ感じる。
「俺も忘れちゃこまるぜ!」
「私もいるわ」
レオンとアヤナが合流する。
「二人とも気をつけろ! 相手は相当な腕だぞ!」
「おう、任せておけ!」
「大丈夫。後ろは任せて」
二人の返事が心強かった。
だが、敵の操縦は桁違いだった。圧倒的な経験に裏打ちされた軌道――ナタリー先生と模擬戦をした時の緊張感が甦る。いや、それ以上のプレッシャーだ。
三機で連携しても、相手はするりとかわしてみせる。
「くそっ、なんだこいつ!」
レオンの苛立ちが無線越しに響く。
「本当にただの私兵なんですか……?」
アヤナの声にも困惑が混じる。
『ふふふ……機体性能に頼った荒削りな動き。実戦経験が足りませんね』
挑発とともに、敵機がオレを狙って突っ込んでくる。
多層バリアに守られている安心感から、ほんの一瞬気を緩めてしまった。
敵は難なくオレの攻撃をかわし、逆に後方を取ってくる。
『実弾ならどうです?』
警告音が鳴り響き、ミサイルが発射される。
「くっ!」
「きゃあ!」
轟音とともに衝撃が機体を揺さぶる。
『ふむ、実弾にも耐えましたか。ですが……中の搭乗者はどうでしょう?』
頭を強く打ちつけ、視界が揺らぐ。口内を切ったらしく血の味がする。
「スカイ大丈夫?!」
「ああ……平気だ」
マイルにはそう言ったが、視界はまだ霞んでいた。




