第47話 ワルマールの尻尾
――ワルマールが脱出したのと同じ時刻。
フードの男は必死に走っていた。
「くそっ! なぜバレた!」
ここまで計画は順調だったはずだ。
軍の作戦が失敗した隙に人質を始末し、それで依頼は完了――そのはずだった。
雇い主からも「問題はない」と告げられていた。
「問題ないだと……ふざけやがって!」
男は毒づく。
裏路地の角を曲がり、アジトへ通じる古ぼけた扉を開ける。
中に入り、もしものために用意してあった最小限の荷物を掴む。
逃げ切れるはずだった……。
――そのとき、男は背後に気配を感じる。
振り向いた男の目に映ったのは、執事服の初老の男。
「ば、馬鹿な……今まで気配すらなかったはず……」
押し殺すような声が漏れた。
「ふふふ。最初からいましたよ」
感情の読めない声が、薄暗い部屋に響く。
「どこから入った……!」
「おや、そんな大声を出せば……外に潜んでいる連中に気づかれてしまいますよ」
「なっ……!?」
フードの男の喉が凍りついた。
「今、あなたに捕まられては少々都合が悪いのです」
「……助けてくれるのか?」
わずかな希望を込めて問いかける。
執事服の男は静かに片手を差し出した。
その手に縋るように伸ばした瞬間――フードの男の意識は、永遠の闇に沈んだ。
◇◆◇
「隊長、しばらく経ちますが……どうしますか?」
フードの男を尾行してきた追跡部隊の一人が、低い声で指示を仰ぐ。
「偵察の報告は?」
「内部からの物音は一切なし。気配も感知できません」
(休んでいる? いや、この状況でそんなはずがない……!)
隊長の胸に嫌な予感が走る。
「……まさか。全員、突入だ!」
号令と同時に扉が蹴破られ、部隊がなだれ込む。
だがそこにいたのは、すでに絶命したフードの男。
その顔には、恐怖と絶望を焼きつけた表情が残されていた。
「大使! 追跡部隊より報告――作戦は失敗とのことです!」
連絡員の悲痛な声が響く。
「なんですって!」
セリナ大使の口から思わず声が張り上がる。
「詳しい状況を聞かせて。回線を繋いでちょうだい!」
◇◆◇
「作戦、どうなってるかな」
「順調に進んでるといいけどな」
マイルに返事をしたちょうどその時、コックピットの無線が鳴った。
『作戦部隊に告ぐ。実行犯の追跡に失敗――対象は死亡。なお殺害犯は逃走中』
「えっ……!」
思わず声が漏れる。
「スカイ、どうしよう?」
マイルが不安そうに言う。
オレは必死に平静を装い、答えた。
「とりあえず、指示があるまで現状待機だ。殺害犯を捕まえられれば、まだ挽回は可能だ」
「……うん、そうだね」
そうは言ったものの、胸の奥はざわついていた。
人質が無事なのは幸いだ。だけどここでワルマールの尻尾を掴めなければ、同じことが繰り返されないとも限らない。
そこへ、レオンとアヤナからも通信が入る。
「こっちは引き続き見張ってるが、特に変わった動きはねーな」
「こちらも異常なしよ」
「空港の出入りは、まだ禁止されてるんだよな?」
俺が確認すると、アヤナが答える。
「ええ。一般の船は出入りできないわ。……そういえば、さっき軍の飛翔船が二隻、外へ出て行ったくらいね」
船の出入りは軍船だけか。
となると、殺人犯はまだカレンポートに潜んでいる? いや――。
「その飛翔船に、怪しいところはなかった?」
「……そういえば、二隻とも空港から出てきたところを見てないの。その時は、ただ見逃しただけかと思ったんだけど」
アヤナの言葉にオレは眉をひそめる
「空港からはその時間に出発した船は無いぜ」
レオンの報告が追い打ちをかけた。
「しかも二隻とも、軍基地とは逆。北東方向へ飛んでいったのを確認してるわ」
アヤナの声が重なる。
オレは二人に礼を言い、セリナ大使に通信を繋いだ。
「セリナ大使、すみません。少しお聞きしたいことがあって。今、お時間大丈夫ですか?」
「ええ、短い時間なら大丈夫よ」
「ありがとうございます。実は空港の出入りについてですが……軍の船も警備と同じようにチェックしているんですか?」
「警備船はこちらの管轄だから確認しているけれど、軍の飛翔船まではノーチェックね」
「では、軍に飛翔船の入出港記録を照会してもらうことはできますか?」
「もちろんできるけれど……どうして? 何か気になることでも?」
「はい。もし犯人がカレンポートから逃げるなら、飛翔船を使うしかないはずです。ところが今は一般の船は入出港できない。つまり――利用できるのは警備か軍の船だけ。
……そして、あの時間に空港を出入りしたのは、二隻の軍船だけなんです。それも空港からじゃなく、どこからともなく現れたと言うんです」
「なるほど……怪しいわね」
大使の声が低くなる。
「もちろん、まだカレンポートに潜伏している可能性もあります。ですが念のため、その軍船を調べてほしいんです」
「わかったわ、すぐに調べてみるわね」
通信を切ると、すぐにマイルが話しかけた。
「追跡することになるかもしれない。センサーの調整を頼む」
「りょうかい」
――ほどなくして、セリナ大使から追加の連絡が入る。
「スカイ君、お手柄よ。二隻は正式な軍の所属機ではあるけれど、飛行命令は出ていないそうなの」
「つまり、犯人である可能性が高いってことですね」
「ええ。こちらでも追跡部隊を至急手配するわ。あなたたちはまず先行して動いてちょうだい。危険を感じたら深追いはしないで」
「了解です」
オレは通信を切り、レオンとアヤナに合流を指示した。
ついに、ワルマールの尻尾を掴んだ。絶対に見つけ出してやる。
オレは操縦桿を握る手に力を込めた。




